【作品紹介】尺 鮎
夏の風物詩に数えられる「 鮎の友釣り 」。
その時節を迎えると、清き流れの川岸は釣り人の熱気で充満します。そして誰もが、良い流れをものにして多くの鮎を釣ろうと躍起になるのです。
しかしそれは、川の中も同様で … 。釣り人だけではなく、鮎の方も熾烈な 縄張り争い を繰り広げているのです。
釣る側も釣られる側も、同時に似たような時を過ごしていると云うわけです。ちょっと距離をとって眺めてみると、実に滑稽な話ですよね(笑)。
そんなこんなで、鮎釣りの解禁前に完成できて安堵の溜息をついている伝吉小父なのでした。
1:本作「 尺 鮎 」について
本作のモチーフは、言わずもがなの 鮎 。
でも、少々趣が異なるのは、清流の女王と呼ばれる可憐な鮎ではなくて、30㎝を越える尺鮎を主役にしていることでしょうか。
二尾共にふてぶてしい顔をしているでしょ?
尺鮎ともなれば、食べ頃の7,8寸程度(凡そ21~24㎝)の鮎とは全く別の魚 … という位の存在感と貫禄があるのです。
そして、この根付で重要な役割を果たしているのが、二尾の尺鮎を隔てるように配された底石です。それも漢数字の「 二 」の様な模様がランダムに刻まれていますよね。これは、底石の表面に生育した苔(コケ・アカ等の藻類)を鮎が食んだ跡です。
ご存知の通り、鮎は川底の石に付着した苔を好みます。そこで、餌となる苔がよく育った底石を巡って縄張り争いが勃発するわけですね。
この二尾の尺鮎は、本格的な戦闘モードに入る前の状態を保っているようです。互いの動向を伺いながら、けん制し合っているみたいですね。良質な苔を供給してくれる底石を独占するのは何れの一尾か?
とまぁ、そんな場面を彫ってみたというわけです。
蛇足ながら、製作者ならではの雑記を残しておきましょう。
本作では、染付に使用するヤシャブシの濃淡のみで 鮎の雰囲気をだすということに挑戦してみました。
根付とて木彫なので、様々な着色方法があるわけですが、リアリティーだけを求めて着色することで、根付がフィギア化してしまっては本末転倒。
とまれ、挑戦の成否は他人様にお任せすることにして、作者としては、黄楊という硬くて身の詰まった木素材と、ヤシャブシという植物の力だけを頼りに悪戦苦闘したということだけは事実なのです。
2:尺鮎にのせた思い
といった具合に、一触即発の場面を彫ってみたわけですが、本作に込めた想いは、その緊迫感とは趣が異なっているのです。
そもそも、魚の世界のみならず、成長の過程で大きな体躯を獲得した生物の多くは、生存競争を勝ち抜くための能力を有していることは明らかです。
成長するのに必要な餌を見つける嗅覚と知恵を有し、それを獲得するための力を持ち、そして生命の危険を察知する能力を身に付けていると … 。
こうした生存能力は、人間社会においても有益だと思います。
ただ、ちょっと想像して頂けると嬉しいのです。
誰だって、多くのお金を稼ぎ、美味しい物を食べて、他人が羨むような生活をしたいものです。でも、独占する必要はないですよね(微笑)。ほどよく食べられれば、食いっぱぐれがなければ良いことにしましょう … と。
本作「 尺鮎 」には、僕自身が水辺を歩いてきた中で、鮎という魚や、鮎を取り巻く人々、そして鮎が育つ川の環境に接した体験から得た感慨や教訓が込められています。それも、ややアイロニカルなテイストをまとって … 。
それらを一言で纏めるならば「ひもじい思いをすることなく人生航路を進んでいって欲しい。」という願いになるでしょうか。
平凡過ぎて呆れた方もおられるかもしれませんね。
けれど、ほどよくお腹が空いて、ほどよくお腹が満足できる … そんな毎日が過ごせたら、僕は幸せだと思うのです。
お金や食べ物を巡る連鎖の軸に多少のズレが生じたとしても、滞らずに回転し続けて欲しいと、僕は願うのです。
偽善と青臭さに満ちた言に聞こえたらお許しあれ。
さわさりながら、年魚と呼ばれる短命な鮎と、齢八十余まで生きてしまう人間とのライフサイクルの著しい異なりを鑑みれば、おのずと理解できるはずなのです。
長く生きてしまう人間なればこそ、足るを知らねばならないと。
果てしなき欲望を手放した先に、穏やかな日常が続いていくことを信じたいものです(微笑)。
3:鮎を取り巻く難題
昨今は、鮎も海産物と同様に、資源保護の観点から放流事業によって維持している河川が多いのですが、懸念される点も少なくありません。
例としては、放流される多くの稚鮎が、偏った地域(例:琵琶湖)で産出された個体になっているという点が挙げられるでしょう。(同様の懸念は、鮎に限った事ではありません。)
こうした状況は、鮎の習性だけではなく、地域の固有な特性(DNA等)を損じる要因にもなっているわけですが、人間側の経済活動(釣り業界・養殖業界・内水面漁協 等々)の都合や要請を優先するあまり、解決し難い矛盾を内包させたまま、時だけが過ぎているといった状況です。
とかく、内水面漁協の多くは、経済的に潤沢とは言えません。こうした状況もあって、遊漁券の値段を高く設定しやすい鮎に頼っているという実情があります。(愛好者が多いのでドル箱なのですね。)
このような「 鮎頼み 」の傾向が、実は内水面漁協の組織を硬直化させ、前時代的な運営を永続させているように思われてなりません。(※全国には進歩的な内水面漁協も存在していますが、皆さんが暮らす地域の川を管理している漁協は如何でしょうか?)
僕は、人様の愉しみを云々する口を持ちません。
けれども、高い遊漁券の元を取るべく、放流した鮎を釣り溜めて、囮鮎を売っている店に持ち込む釣り人(昔からの慣習なのでしょう)や、食べきれない程の鮎を確保して、適切な処理をせずに腐らせている釣り師等々を見ていると、資源保護だとかルールだとかマナーだとか … そんな言葉が詭弁に聞こえてしまうのは何故でしょう。
とかく、人間がやることの多くは、例えそのベクトルが「 善意の方向 」であったとしても、何らかの負荷を自然に対して与えているに違いなく、常に解消しきれぬ矛盾と業を孕んでいるということだけは認識しておきたいものです。(僕も業まみれ)
少々観念的になってしまいましたが(作品の紹介とは思えない!)、日本の川が健やかであらんことを切に願うばかりの伝吉小父でした。
4:ご案内
ご都合の良い時にでも、見てやって下さい。
【使用材料】
本体:黄楊(ツゲ:御蔵島産)
目の素材:水牛の角(象嵌)
川虫の素材:水牛の角
仕上げ材:染料(ヤシャブシ)、イボタ蝋
付属品:桐箱、手作りクッション(ツートン)、正絹組紐
【サイズ・長さ】
本体サイズ:長辺 44㎜ × 短辺 32㎜ × 高さ(厚) 19㎜(最大部分で計測した凡その寸法)