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私とドイツ語① きっかけと自分語り・これからこのシリーズで書きたいこと

もうnoteをほったらかしにし、最近は友達に「ハマり方えぐくない?」といわれるくらいスプラトゥーンにハマってしまい、ちみちみと本を読みちみちみと韓国語の勉強を再開し、そしてちみちみと博論を書いている、そんなTellerです。11月から暖房つけるって言ったのに、寒さはどこに行ってしまったんでしょうか?(暖房代節約できるから良いのですが)

最近語学学習や語学学習のためのサービスについて、私なりに思うことが良くも悪くも増えてきて、「じゃあ自分はどんな風にドイツ語と向き合ってきたのだろう?今までどんな風にドイツ語を勉強してきたのだろう?そもそもなんでドイツ語だったのだろう?」と、色んなことをさかのぼって考えるようになりました。それをアウトプットするとだいぶ頭の中も整理されるんじゃないかと思い、この何回続くかわからんシリーズをまたまたしたいと思い、今、ここに書きなぐっています。興味ある人いるか知らんけど。

(他のシリーズももちろんそのうち続けたい。ネタはあるんだけど気づくとスプラ開いてる。)

今日はそんなわけで、私のドイツ語とのファーストコンタクトを振り返ってみたいと思います。

きっかけは不純なものでした

私がドイツ語を勉強することにしたのは、高校2年生のとき。私の高校ではとってもとらなくてもどっちでもいい語学コースがありました。選べたのは確か英語上級、ドイツ語、韓国語、中国語、フランス語とかだったんじゃなかろうか?もう覚えていません。当時好きで好きでたまらない人がドイツ語を選ぶって言うんで「じゃあ私もドイツ語とったら、この人と一緒にいられる時間増えるじゃん…♡」という、ストーカーみたいな理由でドイツ語を選びました。

もう一つ現実的かつ消極的な理由があったのですが、英語だと帰国子女もたくさんいるような現代で、そういう人たちとはもはや同じスタートラインにすら立っていないわけです。そういう人たちと同じくらいの英語力をつけられるはずがない、と思春期のひねくれTellerは思っていたのでした。(語学は努力次第でどうにでもなる!と今は思っているし、それが語学の良いところだから当時の私の生意気な言い訳を聞いたらおしりぺんぺんしたい。)そんなわけで、英語以外の言語だったら帰国子女の数もそんなにすごく多いわけではないし、みんな同じスタートラインに立てるじゃん、いいじゃんと思ったのもありました。

さて、とはいえ、ドイツ語なんてその当時は一単語も知らない、興味もクラシック音楽を通してしかない、そんな本当にノー知識の私が授業初回にドイツ語のクラスへ行くと、人生で初めて出会うドイツ人の先生が私たちに何かをドイツ語で尋ねるのです。"Wie geht es Ihnen?" - 私たち「????????????」

すると日本人の先生が回答の仕方を教えてくれました。"Gut, danke!" - dankeが何なのかわからないけど、全然知らない言語の単語をたった二つ口から発することができた時、何とも言いようのない喜びを感じたのを覚えています。そして楽観的な私は当時思ったのです。「私、ドイツ語話せる…!」と。たった二単語ですよ?

そんなわけで1年間週に1度夕方2コマドイツ語の授業に出始めた私は、文法は全然体系的には習わなかったけれど、ドイツ語の音に魅了され、理系にいきたいなーとか言っていた進路を「ドイツ語を専攻できるところ」にコロっと変えてしまうのでした。

大学でドイツ語を主専攻として学ぶ

私が学士を終えた大学では、ドイツ人の教授のもとで卒業論文をドイツ語で書くことができる、ということで大学入学時の目標として「ドイツ語で卒論を書く」というのを設定しました。せっかくドイツ語をメインにして4年間を過ごすんだから、4年後にはペラペラになりたい ー このモチベーションがなんと信じられないことに4年間途絶えることがなかったのでした。

大学の授業の内容を予習・復習し、それに加え言語の骨組みとなる文法はどんどん自分で進める。大学1年生の前期には教科書の文法事項全てをとりあえず自分で終わらせ、夏休みはひたすらオンラインで読める新聞を印刷・精読し、単語帳を作り、夏休みが終わってからその単語を使って作文しては先生に添削してもらう。リスニングはひたすらドイツのラジオやDWを聴く。たとえ何を言っているかわからなくてもそれでよし。ラジオなら何回も同じ内容のニュースが出てくるから、そのうちわかるようになるし、わからなかったらそのニュースはオンラインの新聞でまた精読して内容を把握することができました。特にラジオを聴いているときは、内容を理解しようとするというよりは、発音やイントネーション、音の長さを自分のものにすることを目的にしていました。実際の発音練習は自転車で爆走しているときやシャワーを浴びながらやっていたので、多分外から見たらやばい奴だったと思います(一人でööööööööとか言ってたんでね)。

そして忘れもしない2011年3月。初めてドイツはミュンヘンに行ったのですが、挫折を経験します。みんなが何言ってるか全然わからん。まだフリーで話すことなんてできず、まずは言いたいことを紙に書きあげなければなりませんでした。だけど、書いたことを読み上げたら、通じるんですよ、これが。これはとてもいい経験でした。そして、ミュンヘン、アウクスブルク、ケルンに行ったのですが、この時に「いろんなドイツ語があるということ」を知ることができました。この時この「いろんなドイツ語」について学びたい、という思いが漠然と生まれました。

そんな挫折を乗り越え、2年生の終わりには1か月の短期留学でB2.2のコースに通い、3年生の終わりにまたDAADの奨学金をもらい1か月の短期留学でC1.1を終え、最終的には「ドイツ系少数民族に対する言語政策の比較」をテーマに無事ドイツ語で卒論を執筆することができました。めでたしめでたし。

ではなかった!ドイツ語言語学(方言学・言語接触)を大学院で専門とすることに

もうすでに学部2年くらいから「このまま就職なんてできない!もったいない!」と思い、割と早い段階で大学院に行くことを決めていた私は、みんなが就活をしている間、髪を金髪にし、受験勉強をしてました。そもそも興味があることが多すぎて、言語系でいくのか、文学系でいくのか、歴史系を選ぶのか、はたまた哲学系のテーマにするのか決められずにいました。そこでそれぞれの分野でやってみたいことをExposéにし、それぞれ専門の先生のもとへ送ってみました。すると言語学の先生が「興味あります!」と即答してくださいました。そこを受験し、無事合格し、大学院でもドイツ語を、しかもドイツのドイツ語ではなく、Sprachinselのドイツ語を研究することとなりました。

ここではドイツ語の勉強よりも、ドイツ語を使って何かをすることが要求されました。当たり前だけど。だからドイツ語で学会発表したり、ドイツ語で現地の研究者と研究に関する意見交換をしたり、大学のプロジェクトに関わり各レベル別にドイツ語の教材を作ったり、参加者のドイツ語学習を支援するための会を開いたり、学部の頃よりももっと実践的なことを毎日することによって、実用能力がとても上がったと思います。

そんな中、M2で学会発表をドイツ語でしたとき、とある先生に言われたのです。「そのテーマでさ、本当に日本に残り続けるつもりなの?もったいなくない?てか効率的じゃなくない?ドイツ語もできるんだしさ、ドイツとか行かないの?」と。

私の夢は確かに「ドイツで学位をとること」だったのですが、私にそんなことできるのかわからなかったし、この時点で完ぺきではなくても「ドイツ語が上手だね」といわれる環境から外へ出て「ドイツ語ができる」ことが当たり前の環境に飛び込むことに不安がありました。「井の中の蛙でいたい」と思う一方、このままではこれ以上伸びることもないということは、正直よくわかっていました。ぬるま湯につかっていても、ぬるま湯はそのうち冷たくなる。慣れているから冷たくなってもそこから出ない限り、寒いと感じることはない。でも、もっと温かいところに行けなくなったら終わりじゃないか。そして更に、私のパニック障害が発覚し「何かを変えよう!トライしよう!」ということでドイツでの博士号取得を目指すことになりました。

ドイツへ来て初めてドイツ語に打ちのめされる→でも起き上がり小法師は何度でも立ち上がる

ついにドイツでの長期滞在を始めた私は、ドイツ語だらけの環境についていけなくて打ちのめされます。当時の彼(今の夫)と二人で話すのは問題ないけど、3人以上になるともう全然会話に入れない、聞き取るので精一杯、話があっちこっちいくのについていけない。毎日頭が沸騰してました。奨学金もなかったからバイトを始めようと思い、とある日系の翻訳会社の面接を受けると「これで甘んじてたら上手くならないよ。でも伸びしろはあるから、しっかりやったら遅くない。今やらなかったらあなたのドイツ語力はこれで終わる」と言われ、最低賃金で雇われそうになり、悔しすぎて絶対うまくなってやるからな!!!!!!!!!!!!!と闘志を再び燃やしここでは働かず、また一からドイツ語と向き合いめちゃくちゃ勉強しつつ、バイトでもいいからドイツでの職歴とスキルをつけるべくインターナショナルな元スタートアップでちょびっと働いたりもしてたら、なんとドイツに来て2年が経過していました。研究は全然進まなかったんだけど、ドイツ語もC2をとることができました。そしてそこから更にいろんなこと(それ以降はそのうち書いていきたいので割愛)があって、今に至るわけです。

このシリーズで書いていきたいこと

このシリーズでは、上に書き綴っていった中でいくつかをもう一度詳しく取り出して、今回のようなBlablaにならない程度にそれぞれシェアしていきたいと思います。具体的には以下のようなことを考えています。

  • 学部時代に実践したドイツ語学習法

  • タンデム

  • ドイツに来てからドイツ語に関して意識し始めたこと

  • 大学院の先生を見つける

  • 勉強会の企画・参加

  • ドイツ語のコースを受ける

  • ドイツ語の試験を受ける

  • 内向的だっていいじゃないか

他にも何か思いついたら書きたいなと思いますが、まずは近いうちに上から順番に書きたいと思います。いくつかのものに関しては、何回かに分けます。

こんなこと知りたい!これはどうしましたか?などのご質問はコメントに是非頂ければ嬉しいです。続けられるように頑張ります。

それではどうぞよろしくお願いします!

スプラ大好きだけどポケモンも楽しみすぎるTeller

*画像:Pixabay, StockSnap

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