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三重の書家が東京のクイズ番組に出た話③

前回までのあらすじ
ビビリなのに99人の壁に応募して、書類と面接に受かってしまった。

さて、1年間の出場権を得、レギュラー1回目の収録日が決定した。
日程を見るとパリに行く10日ほど前。
高飛びの直前とあって仕事で忙殺されていることは予想できたのでお断りしようと思ったが、兄弟子に「そんなん参加1択やん」とのお言葉を賜り、「なるほど」と日帰り東京を決意した。

実はこの時、第一回に参加してもう出ないつもりであった。作品製作と仕事と東京通いを全てこなす能力に自信が無かったからだ。

当日、スタジオにつくと人でごった返していた。参加者100名と付き添い(子供の場合は保護者同伴)とスタッフでとても100名どころじゃない。田舎っ子で人混みが苦手な私は既に気圧されていた。
しかも何だか既に参加者で人間関係が出来上がっているように見える。
それもそのはずで、既に三回の特番で顔見知りになっている人々や、過去にクイズ番組やクイズサークルに出たことのある一般人(クイズプレーヤー)が多数だった。

一般参加型のクイズ番組が大阪の某番組以外皆無な現代で、レギュラー化の情報を敏感に察知して応募する人々。
芸能人みたいなテレビのクイズ番組の常連ではないけれど、在野のクイズの猛者達がそこにはいたのだ。
私みたいな『特番見たからなんとなく応募しちゃった』な人間は、この日本ではまれなのだと悟った。

そんなわけで、輪の中に入れない私は孤独だった。圧倒的な孤独だった。
海外に2週間ぐらい1人でも平気なのに、回りが仲が良さそうな場所の1人はかなり堪えた。
転校生って辛いんだな、学生の時にもっと優しくしておけばよかった、と後悔した。

仕方がないので本を読むことにした。手元には小野不由美さんの『鬼談百景』。
超短編の名著だ。
新幹線やちょっとした時間に読むならちょうどよいのだが、孤独を紛らすのにホラーは不向きだった。

そんな気分のまま収録へ。隣の番号の方が「軽い気持ちで来ていいんだよ」と慰めてくれた。優しさがしみた。
席に着くと初めて目にするボタンにテンションも上がり、気分は盛り上がっていった。

番組が始まってみると、その隣の方が押す押す。圧倒的な切れ味鋭い速さ、落ち着き払った佇まい、テレビカメラの前でも平常心。
彼女の早押しは、それはもう「カッコいい」の一言につきる。

後で知ったが、その女性は大阪の某アタック25でパーフェクトもとったことのある方で、ジャンル「長嶋一茂」さんだった。初回のジャンルはちょっと思い出せない。

この日はちっとも押せなかったが、番組収録後、私はフワフワした気持ちで帰路についた。

コンサートはCDはどこでも気軽に聞けるが、会場の音の圧は体感しないとわからない。
フィギュアスケートはテレビだと着氷まで細かく見れるが、会場の点数が出る直前の万の人々の息を飲む空気は別格だ。
早押しもテレビだと見やすく編集されているが、不意に斬り込むように押すあのスリリングな感覚はライブならではだ。

早押しスゴい!
これ、毎回お金払わなくても交通費だけで早押しライブが見れるのか!

私は早押しする人を見に1年間東京へ通うことを決意した。
完全に視聴者気分で収録を満喫する気だったので、早押しボタンを各メーカーごと買って練習したりする気もさらさら無かった。

数日後、私はパリへ行き、間でルクセンブルクへ行き、ルーブル美術館の地下ギャラリーで作品の解説をし、曼荼羅作家さんと仲良くなった。
ルクセンブルク国立美術館で発掘遺跡の展示を満喫し、ギメ美術館で中国の青銅器を堪能し、ルーブル美術館でハンムラビ法典の楔形文字を穴が空くほど眺めた。

テレビ放送日はパリだったのでリアルタイムで見れなかった。
日本に帰ったら「テレビ見たよ」と言われるのかなと思ったが、全く押してない人が目立つはずもなく、ほぼ気づかれなかった。

ただ、パリからの出国時間と日展の発表が重なり、ネットで確認したところ、父と親子で同時入選していた。
私は日展の結果をシャルル・ド・ゴール空港で知ったのだった。
日本に帰ってからはそちらの方がクイズ番組に出たことより随分と賑やかだった。

④へつづく!!

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