猟師が老女を射たら実は古狸だったという話(「老女を猟師が射たる事」『曾呂里物語』巻第二)

伊賀国の名張という所より巽(南東)の方角に山里があった。
そこでは夜な夜な住人が一人ずつ姿を消すという事件が起こっていた。
どういうことなのかと、住民たちは不審がって暮らしていた。

その村に住む猟師が、ある時、夜になったので山に入ろうとしたところ、山の奥から、齢百歳にもなろうかと思しき老女が、雪のような白髪を頭に戴き、眼は周囲をも照らすほどに輝く、物凄い姿で飛び出してきた。
猟師は、
「何者であろうが、矢壺は違えまい」
と大雁股で以て、胴中を射抜いた。
射られた老婆はどこへやら逃げ去った。
猟師は今までにない不思議なことに遭遇したので、兎にも角にも、その夜は家に帰ることにした。

夜が明けて、昨夜に老女を射た現場を再び訪れてみると、道もないような山奥の、彼方此方に生血が点々と残っている。
それを目印に跡を辿れば、自分の在所の方へと続いている。
怪訝に思い、更に辿れば、庄屋の家の後ろにある、小さな家屋の中まで血痕が続いていた。
サテ、猟師は庄屋の邸へ行き、
「甚だ唐突なことではございますが……」
と昨夜の出来事を丁寧に語れば、庄屋は不思議の思いに堪えかねて、
「後ろの家屋は私の母が住んでおりますが、夕べから風邪の心地がすると云って、私に顔も見せず、内に籠って、殊の外に呻いていたのが気がかりなのです」
と云うので、庄屋の母の家へ行って見てみれば、家の周囲や、戸口から大量の血が垂れている。

いよいよ怪しいことだと、家の中へ押し入ろうとしたその時、雷電のごとき轟音と共にばたばたっと、庄屋の母は家の中から抜け出していった。
家の中へ入ってみれば、昨晩に猟師が老女を射た矢は、喰い折られて軒に刺してあった。
老女がいたと思しきところを見れば、夥しい血溜まりがある。その床板を外して、床下を覗いてみれば、人骨が山のように積もっていた。

その後、在所の者たちで山々へ分け入ったところ、深山の奥にある大きな洞穴の中で、巨大な古狸が胸板を射抜かれたまま死んでいるのが見つかった。

案ずるに、この古狸が庄屋の母をすみやかに喰い殺して、庄屋の母に化けて成り代わっていたのだろう。

【参考文献】
・花田富二夫ほか編『假名草子集成 第四十五巻』東京堂出版 2009
・湯浅佳子「『曾呂里物語』の類話」『東京学芸大学紀要』東京学芸大学紀要出版委員会 2009

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?