サムライ 第25話(最終話)

【前回の話】
第24話https://note.com/teepei/n/n7a167a3bf706

 徳本さんの事件からしばらくして、俺は夢を持ち始めた。


 それは映画に関わる仕事をしたい、というものだった。
 さすがに監督は無理だろうから、とその周囲の仕事を調べ、映画の配給、という仕事にたどり着いた。
 しかし安定した求人を提供する大手企業は限られていて、そのほとんどが中小規模で求人も少ない。それでも探し続け、ようやく見つけたと思いきや大卒が要件に含まれていた。
 何だよ、とすっかり肩を落としたのだが、心残りに引きずられてもう一度見てみると、大卒には代替要件があった。

 そう、サムライポイントだ。

 保持しているサムライポイントによって、大卒相当と見做されると選考の入り口に立てる。
 そのポイントは一般からするとだいぶ大きい桁だったが、俺の保持ポイントはさらに上回っていたのだ。
 
 意識的に集めていたのは勿論、職場では当然に行われている気遣いや助け合いが思った以上に反映されていて、職場の人間の保持ポイントは誰もが平均値を大きく超えていたのだ。
 すべては、気遣いや思いやりを当然のごとく浸透させた徳本さんのお陰だった。

「徳本さん、元気にやってるかな」
「なんだよ突然」
「いや、この仕事に受かったのも徳本さんのお陰かなってさ」
「ああ、前から言ってるもんな」
 と、森井は紙コップに入った焼酎を覗くようにして俯く。
「もう一度会いてえよ」
 しみじみというその言葉は、俺にも、そしておそらく山辺にも沁みたに違いない。

 徳本さんはその後、再び会うことはなかった。

 事件そのものは犯罪組織の壊滅に貢献したということで、暴力事件としての追求は不問となった。
 拘置所から出てくると聞いたその日、俺と山辺は病院から外泊許可を得た森井を支え、上長と谷口を伴って、出口で待っていた。

 しかし現れなかったのだ。
 
 何かあったのだろうか。
 上長が拘置所の人間に確認をしたら、朝早くに出所していったと言う。
 突然取り残された俺達は、ただ言葉を失った。

 翌日からいつも通り仕事をし、その内森井が退院した。
 消えた理由は分からないけれど、俺達は徳本さんの行いを心に浮かべ、他人への気遣いの精神を保ち続けた。

 そんな中、徳本さんから職場宛に手紙が届いたのだ。

 まずは上長の手に届けられ、驚きとともに俺達に報告し、仕事の手を休めてまで集合を掛けた。
 とにかく徳本さんは生きていて、この世界のどこかで暮らしている。
 それが分かっただけでもよかった。
 だけどできれば手紙の内容だって知りたい。
 皆が同じ思いで上長に注目し、その中で厳かに開封する。
 しかし開かれた便箋を見つめる上長は神妙な面持ちをした。
 
 まさか徳本さんの身に何か不幸なことが。

 それから上長は言ったのだ。

「達筆すぎて、読めない」


 徳本さんにまつわる話はそれで最後だ。
 あとは、皆がそれぞれ会いたいと思いながら、心の中に徳本さんを浮かべるのだ。
 そして他人を思いやると、そこにも徳本さんが現れる。
 そんな徳本さんはつい忘れがちだが、鬼のように強くもある。
 そしてどこまでも優しい。

「そうだな、俺も会いたいよ」
 そうして俺は、空を仰ぎ見る。
 
 ここには徳本さんがいた。
 
 そして確かに、それは俺の青春でもあった。


 サムライってのはな、心に刀を持つ奴を言うんだ。そして、その時が来たら抜く。


 俺はサムライになれるかな。
 相変らず答えの見つからない疑問を胸にしまい、風に散る桜の花びらを見送っていた。
(了)

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