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禁句 第12話

【第1話はコチラから】

***


 阿倍と男は武井と別れたあと、しばらくはそのままバス通りをいった。

 相変わらず頻繁に行き交う自動車の群れは、すでにライトを点けているのが当たり前だった。

「ところでよ、なんで刑務所になんか入る破目になったんだ」

 とりあえず阿倍は踏み込んでみることにした。

 しばらくは言葉を待ってみたが、そりゃあそうだよな、と阿倍は思い直す。

「やっぱり話しづれえか、そういうことは。
 それとも、もともと無口なだけか」

 話題を切り替えるべく沈黙を断ち切る。

「まあ、いいや。
 今のは聞かなかったことにしてくれよ」

 阿倍は男の方を見もせず、そのまま歩き続けた。

「しかしあんた、本当にしゃべらねえな。
 もとからそうなのか」

 改めて、男の方を振り向いてみる。
 その気配に反応するように、男の顔もチラっとこちらへ向いた。

 何かを話し出しそうだった。
 それを待ち、阿倍はそのまま男を見ながら歩く。

「前」

 と、やっと出てきた言葉の意味が理解できないうちに、脇見をする阿倍の側頭部を衝撃が襲う。

 うお、と声を漏らし、正面を向くと、生垣がから大きくはみ出た枝が行く手を阻んでいる。

「前、危ないぞ、って、言おうとしたんだ」

 こめかみを押さえつつ、再び男を振り返る。

「あのさ、そういうことはちゃんと教えてくれよ」

「ああ、すまない」

 おお痛ぇ、とつぶやきながら、再び歩き始める。

「しかし、こんな日に道案内するなんて、おれも奇特な奴だよな」

 独り言のように自画自賛をつぶやく。

 車道をやってくるヘッドライトを眺めてみる。
 あっさりと過ぎ、間を潰すほどの役割も果たさない。

「申し訳ない」

 自分がつぶやいたこともかすみ始めた頃に、男の言葉はやってきた。

 言ってしまった一言には、思いもよらず男を責める含みを持っていたことに気付く。

「いや、そういう意味じゃねえんだ。ただ、なんとなく自分を称えてみたくなっただけでね」

 しかし庇うような物言いが、返って責めの含みを際立たせている気がする。

 よくある罠に嵌まり込んでいく自分に、いつものようにいかない何かを感じてしまう。

 とりあえず鼻でため息をつき、それから続く無言の間をどうしようかと考えてみる。

 何でもいいから切り口が欲しい。

「あんたさ、服装は質素だが、手袋だけは殺し屋みたいだな。
 昔の趣味の名残かい」

 切り出すことで男に視線をやる。
 男は手を見つめてから、ああ、と答えた。

「きっと娘さんに会うために身奇麗にしたんだろう。
 その割には、その高級そうな手袋だけが浮いてるぜ」

 再び男が手袋に視線をやる。
 そのあとは、何も答えなかった。

 どうやらこの切り口は気に召さなかったらしい。

「あんたは、手袋はしないのか」

 男が会話を繋げてきた。
 ようやく機をみた気がして、阿倍はまんまと食いつく。

「俺か。
 いや、俺もさ、本当はしたいんだけどな。
 まだ大丈夫だって思っているうちにシーズン過ぎちまうんだ、毎年。
 しかも、もう、かれこれ二十年ほど繰り返しててさ。
 二十年だぜ、二十年。
 自分のことながら嫌になっちまうんだが、ここまできたらいっそのこと、誰かが哀れんで買ってくれるまで頑張ろうか、とも思ってよ。
 どうだい、あんた、この俺に手袋を恵んでみる気はないか」

 話の接ぎ穂を男に渡して、反応を待つ。

 阿倍が視線を向けたとき、初めてそのことに気付いたように、ああ、と声を漏らすようにした。
 おそらく、そこまで聞いていなかったのだろう。
 阿倍が投げかけた話題に答える様子ではなかった。

 ああ、と阿倍はそれこそ噛み合わない相槌を漏らした。

 さて、どうしたものか。

 内心でそんなことをつぶやきながら、いつの間にやらすっかり暗くなった空を、とりあえず仰ぎ見ていた。


***

(続く)

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