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禁句 第8話

【第1話はコチラから


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 武井は次第に離れつつ、クリスマスが嫌いな本当の理由を思い返していた。

 父親を憎んでいた。

 だらしがなく、仕事も長続きせず、家にいることの多い父親だった。
 家計は母親のパートとやりくりで、何とかつないでいくことがほとんどだった。
 そんな父親を武井は確かに憎んでいた、と思っている。
 そしてクリスマスが嫌いな根本的な理由がこの父親にあることを、久々に思い出したのだった。

 両親は離婚していた。

 離婚後しばらくしてから母は再婚し、武井には新しい父親ができた。
 新しい父親と諍いがあるわけではなかったが、近しい他人であるという気持ちは、最後まで消えていない。

 本来の父親とは離婚後、何度か会っていた。

 どうして暮らしていたかは知らなかったが、なんとか食いつないではいるようだった。
 しかしそれが精一杯にも見えた。
 そんな父と、クリスマスも近くなった十一月の終わり頃、通りを歩きながら交わした会話の内容を今でも覚えている。

「今年のクリスマスに欲しい物、もうお願いしたか、サンタクロースに」

 大通り脇の、ほとんど葉が落ちた街路樹の並ぶ歩道を二人は歩く。

 のっぺりとした鉛色の空。
 静かで、しんと冷えた日曜の午後だった。

「まだ」

「そうか。何を頼むのかは決まったのか」

「決めてない」

「早く決めたほうがいいぞ。
 サンタクロースだって、そんな待ってくれないだろうから」

「サンタクロースなんていないよ」

 このとき、武井はこの話題を馬鹿馬鹿しいと思うことにしていた。
 そして平気でそんな話をしてくる父親を馬鹿にしていた。
 歩きながら、父の視線が向けられたのをそれとなく感じた。

 見上げるようにしなければ、父の顔を見ることはできない。

 見上げた父の顔には、うっすらと悲しみの線が浮かんでいるようだった。

「そんなこと言うなって」

「だっていないものはいないもん」

「いるさ」

 武井はそれ以上答えず、ただ前を見て歩く。
 友人から、サンタクロースは父親がやっていて、サンタクロースなんて存在しないことを聞いていた。

 武井には父親さえいない。

 同居している男性を父親と認めるには、武井はまだ幼すぎた。

「それじゃあクリスマスイブの夜、頑張って起きてろよ。
 もしかしたらくるかもしれないぜ」

 心を動かさないように気をつけて、ただ前だけを見て歩こうとした。

 反応がない様子をその時の父親がどう見ていたのか、武井には分からない。
 ただ、相変わらず父の視線が向けられているような感じがあったことだけ覚えている。

 クリスマスイブの夜、結局誰も訪れては来なかった。

 クリスマスの日、父が交通事故で死んだことを知らされる。

 サンタクロースはやはり存在せず、そして父親もいなくなった。

 武井にとって、クリスマスは浮かれることのできない日になった。
 悲しむことよりも、父親には最期まで裏切られた、という思いが残った。

 そしてそのときから、武井は事実を突き放して見ることを覚えた。


(続く)

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