駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第26話

「そこから先は、私が説明します」
 と魔王。
「Bさんは決して騙していたわけではありません。物語を管理するための、登場人物型エージェントです」
「より分からないのですが」
「物語を内側から管理するために、便宜的に登場人物としての外形を持ち合わせた、いわば物語の一部とも、そのものとも言えます」
 魔王の説明を聞くほど藪に踏み込むようで、Aは見失う一方だった。
「そうですか…その辺りはやはり分かりませんが、肝心なのは、物語である事実を隠して私に接触していたことです。それも、ずっと長い間」
 長い間接していたという設定だっただけかもしれませんがね、と続けて言い捨てるAは、その響きに精一杯の皮肉を込める。
「役割上、仕方がなかったのです。物語であることを前提とした登場人物、とは本来成立し得ず、それこそ他の登場人物に打ち明けたところで混乱しか招かない。崩壊さえ引き起こしかねないのです。それは、分かるでしょう」
「しかし今、私はその事実を知ってしまいした」
「ええ、貴方は既にただの登場人物ではありません。私と一緒に物語に対して反旗を翻した登場人物Aです。それを証拠にAさん、あなたはこの事実に理解さえ追いつかないものの、物語性という物語以上の存在は受け入れている」
 確かに、物語性という存在を受け容れる土壌はできている。無理やり馴らされた感はあるが、と全肯定だけは避けながら、Aは戸惑いを隠せない。
「魔王さんはああ言ってくれるが、お前が騙されたというならばそれが事実だ、俺には何も言えない」
 重い口をBがようやく開き、言い訳する気が微塵もないようだった。まあ、そう言う奴だったな、と何となく下がる溜飲に、Aは軽くため息をつく。
「分かったよ。しかし物語だからと言って、それがそのまま巨大化した理由になるのか」
「ああ、そうでした、それなんですが」
 と改めて魔王が口を挟む。
「私の魔法のせいです」
魔法。灼熱の塊を思い出す。
「違う物語性であるカヅマさん、つまり屋敷の巨人だった彼には、物語のルールが違うために、私達の物語である攻撃魔法は直接通用するものではありませんでした。そこで一計を案じ、魔法による巨大化を試みました。巨大化は魔法ですが、巨大化した体による物理的攻撃ならば対抗できるのではないか、と、そう思ったからです。しかし魔法を走らせた時点で『対抗できる力としての巨大化』が『物語性に対抗し得る力を条件とする巨大化』に解釈されました。物語性に対抗し得るのは、やはり物語性なのです。その結果、物語性であるBさんが巨大化しました」
 淀みない解説が魔王から繰り出され、だからと言ってAが理解するとは限らない。そもそも全体として見ると、Aの理解は概ね追いついておらず、一抹の寂しさを伴う。
(続く)

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