私と先生、あるいはThe Beatles最後の曲について

 私と先生について、今の内に書き留めておこうと思った。
 先生、とは呼んでいるが、まあそう呼ぶ慣例のある業界にいらっしゃっただけであり、私が直接先生に指導されたことはない。一度、いまだに私は英語を書くのが苦手で、どのように克服すればいいのか分からない、と相談してみたことはあったが、先生はニヤリと笑って「お金さえ出せば翻訳はなんとかなりますよ」と仰るので、それっきり何か教えを乞おうとしたことはなかった。ただ先生と呼んでいたので、ここでもそれに倣うことにする。
 私と先生が初めて出会ったのは病室であった。先生の病床は大部屋の窓の無い通路側に位置していたので外を見た覚えがなく、また病院の中というのは常に空調が効いていて気候がどうであったのかという記憶も薄く、従って季節の頃もいつであったのか今となっては分からない。
 私は自己紹介をして、いくつか事務的な会話をした後に床頭台に無造作に置かれた雑誌に目が止まった。「月刊 ザ・ビートルズ」であったと思う。
 「ビートルズ、お好きなんですか」と私が尋ねると、先生は少しはにかんだような笑みを浮かべて「まあ……その雑誌は惰性で買っているだけで、あんまり読んでいないんですが」と答えた。その会話が始まりであった。
 私は先生にお会いするたび息抜きがてら、音楽についての雑談を時折交えてみることにした。先生は特別おしゃべりな性格というわけでは無かったと思うが、音楽についての話は盛り上がった。特にThe Beatlesについては。
 先に先生に教えを乞うたことはない、と書いたが、The Beatlesについてはさまざまなことを雑談の中で教えていただいた。80枚組のブートレグがあるだとか、レコードにはマト1と呼ばれるものがあるだとか、来日コンサートの持ち時間は30分だったとか。先生の名誉のために言っておくと、それらの知識は決して押し付けられたものではなく、会話の中で自然と花開いていくように享受したものだった。
 ある時、なんの気はなしに先生がThe Beatlesの曲で一番好きなものはなんですか、という我ながら阿呆みたいな質問をしたことがあった。先生は大分悩んでから、「"A Day in the life"」とポツリと言った。日常。人生の中のとある日。私はどうしてその曲を挙げたのか、深い理由についてまでは尋ねずにその話題を終えた。
 先生は退院してからも私のところへ定期的に通っていたので、交流は続いた。時には先生が自分のオフィスに私を招待してくれたこともあった。先生のデスク周りは仕事に関係のないThe Beatles関連の切り抜きなどが沢山貼られており、MacbookからはもちろんThe Beatlesが流れていた。「リマスター盤が出る度にCDは全て買っているけれど、最近は聴くのは専らサブスクですよ。楽ですからね」と言って先生は笑った。
 少しの時が経ち、先生の病状は緩徐に、しかし確実に進行していった。やがて再入院を余儀なくされる時が来た。その時には先生はほとんどコミュニケーションをとれる状況ではなくなっていた。病室は初めて会った時とは違い個室だった。訪床すると奥様が眠る先生の横に佇んでいた。奥様は先生のMacbookを操作しようとしていた。私に気がつくとはっとして、「音楽をかけようとしていたんです。でも、沢山ありすぎて何をかけたらいいか分からなくて。何かご存知ですか」と仰ったので、奥様の了承を得て私は先生のMacbookを操作し、"A Day in the Life"を再生した。アコースティックギターのカッティングに乗ったピアノに乗せて、John Lennonが歌い出す。交通事故のニュース。ある日の朝の光景。先生は目を開けることはなかった。
 しばらくして、先生の訃報を知った。分かっていた事だ。ただ、よくある話として片付けるには私は先生を仕事上の関係というよりも友人だと感じすぎていた。年齢は20近くも離れていたと思うが、私は確かに友人だと思っていたし、先生もそう思って下さっていたのではないか、と思う。であるにも関わらず、私は告別式に行けなかった。どうしても外せない試験があったためだ。そのせいか、私の中で先生の死が宙ぶらりんなものになってしまった。まだどこかでMacbookを広げて"A Day in the Life"を聴いている先生がいるような気がした。
 しばらくして、信じられないニュースが飛び込んできた。The Beatlesが令和の世に、新曲をリリースするというのだった。タイトルは"Now and Then"。そのニュースを聞いた瞬間、浮かんだのは先生のことであった。私は曲のリリースを待って、先生に会いに行くことにした。
 その日の空は厚い鼠色の雲に覆われ肌寒い日だった。奥様に聞いた先生の眠る霊園は、西洋風の庭園のような場所であった。入り口には立派な門があり、私はThe Smithsの"Cemetary Gates"という曲を思い出したが、歌い出しは「恐ろしく晴れた日に」であり全く正反対だ、と思った。それに、先生にThe Smithsの話題を振ったときに「全然聴いてこなかったです」と一蹴されたのも思い出し、なんだか笑ってしまった。
 先生の墓を見つけると寒空の下線香に火をつけた。風が思いの外強く、なかなか手こずった。花を供えると、スマートフォンで"Now and Then"を再生した。"Now and then, I miss you." 墓地で聴くにはあまりにも出来過ぎだ。
 先生はこの曲を聴いてどんな感想を述べただろうか。ニヤリと笑って「悪くはないけど、A Day in the Lifeを聴くことの方が多いと思います」と仰ったのではないか。全部想像でしかないが。曲が終わり、先生に別れを告げた。雲の隙間から少し日が差すようになってはいたが、相変わらず肌寒かった。




 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?