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カリフォルニアワイン/冷涼な気候を生み出す要因(North CoastとCental Coastの違い)

ワインが好きな人であれば一度は飲んだことのあるカリフォルニアワイン。少し詳しい方であればNapa ValleyやSonoma Valleyなど、個々の産地名もご存知である筈。もう少し詳しい事を言えば、カリフォルニアの産地はサンフランシスコ付近からロサンゼルス近郊にかけて北から順にNorth Coast・Central Coast・Central Valley・South Coastの4つに分類される。

一般的にカリフォルニアワインは温暖な気候を活かした果実味の豊かなワインが主流であるが(勿論、現在はニューカリフォルニアスタイルと呼ばれるエレガントなワインも増えている)、今回はそんなカリフォルニアの中でも冷涼な気候を活かして高品質なワインが生産されているNorth CoastとCentral Coastについて深掘りしていく。

JSWワインエキスパート/ソムリエ試験を勉強した方であれば誰しも、Napa ValleyやSonoma Valleyはカナダからの寒流の影響を受けて気温が低く、サンパブロ湾が生み出す朝霧の影響で冷涼な気候が形成されていると聞いた筈。このストーリーの印象が強いが故に、Napa Valley・Sonoma Valley等のあるNorth Coastは、Monterey・Santa Cruz・Santa Rita Hills・Santa Barbara等があるCentral Coastよりも冷涼と思っている人が多いのではないだろうか。しかし、これは必ずしもそうではなく、ここに挙げたCentral Coastの産地はSonoma ValleyやSonoma Coastに匹敵する冷涼な気候である事を知っておきたい。気になるのは、North Coastよりも南にあるはずのCentral Coastが何故Sonoma Valley・Sonoma Coast同様に冷涼なのか、また寒流以外にどのようなCool Effectがあるのか。これらの疑問をこの記事では考察したい。

ここでは下記の通りNorth Coast・Central Coast(北部)・Central Coast(南部)の3つに分けて、夫々の産地で何故冷涼な気候が生まれるのかを比較しながら説明する。


North Coastが冷涼になる気象/地理的要因

まず、North Coastが冷涼な理由はワインエキスパート/ソムリエ試験の通り「寒流による冷風」「サンパブロ湾による朝霧」の2つである。

寒流による冷風:カナダから南下する冷たい海流が、Sonoma Coast沿岸またはサンパブロ湾から内陸へと冷たい海風を生み出す。夏場の日中は100deg.F(37℃)を超える猛暑であるが、この冷たい海風により夜は50deg.F(10℃)まで冷え込む。

サンパブロ湾による朝霧:その冷たい海流が留まるサンパブロ湾では、明け方から昼頃まで朝霧を生み出す。この朝霧はカリフォルニアの強い日照を防ぐ効果があり、ブドウの成長を遅らせる事が出来る。カリフォルニアのような温暖で日照の強い地域では、ブドウのアロマ成分が十分に醸成される前に完熟する。又はアロマ成分を最大限引き出そうと収穫時期を遅らせてしまうと、今後は適切な収穫時期を逃してしまい、酸が落ちて強い果実味だけのワインとなる。朝霧による成長抑制効果は、ブドウを長くゆっくりと栽培する事を可能にして、酸を残しながら果実味とのバランスが取れているワインに仕上げる。

Central Coast(北部)が冷涼になる気象/地理的要因

Central Coast(北部)は主にモンテレー湾を囲むAVA MontereyやAVA Santa Cruzを指す。この地域が冷涼な理由は「寒流からの冷風」「深い峡谷があるモンテレー湾の冷却効果」「モンテレー湾による朝霧」の3つ。

寒流からの冷風:North Coast同様にカナダからの寒流が影響している。この説明は上記同様である為、割愛する。

深い峡谷があるモンテレー湾の冷却効果:モンテレー湾沖には太古の河川の浸食作用で形成された世界最大の海底の峡谷の1つモンテレーキャニオン(別名:ブルーキャニオン)があり、水深1,900mに達する深い峡谷がある(グランドキャニオンの高さに相当)。ただ寒流が傍を流れるだけではなく、この深い峡谷が湛える冷たい海水によって周囲の気温が冷やされる為、North Coastよりも若干南に位置していてもNorth Coast / Sonoma Coast同様の冷涼な気候が得られる。

モンテレー湾による朝霧:そしてサンパブロ湾同様に朝霧が太陽光を遮断して冷涼な気候を演出する。

モンテレー湾(モンテレーキャニオン)

この冷涼な気候を活かして栽培しているのがシャルドネ・ソーヴィニヨンブラン・ピノノワール。特に有名なピノノワールの1つがNoria Wines(緑ラベル)。Noria Winesはカリフォルニアで日本食に合うワインを作られている醸造家であり、下記の写真の通りピノノワールに関しては緑・紫・青の3種類のラインナップを揃えている(畑・産地の違いによるもの)。この中でも緑ラベルは近年リリースされたばかりのワインなのだが、これがまさにMontereyで栽培されたブドウを使用している。カリフォルニアでは珍しい石灰岩土壌が広がる標高2,000ftの丘陵地でブドウを栽培。綺麗で豊かな酸が残り、アルコール度数も抑えられているブルゴーニュを彷彿とさせる華やかでエレガントでミネラル感のあるスタイルを生みだしている。

Noria Wines

ソーヴィニヨンブランドで有名なのはSanta Lucia Highlands。個人的な印象ではKenzo Estateのソーヴィニヨンブランに似ているが、色調は淡めのレモンイエローで、レモン・青リンゴ・パイナップル・ミネラル・青草(ハーベシャス)が主な香りの構成。少しパイナップルのような甘酸っぱいトロピカルフルーツの香りも感じられる。ドライでシャープな酸があるにも関わらず、アルコール度数は14.1%と高い。ブドウの熟度が高い一方で冷涼な気候による酸の豊かさ・エレガントさを感じる。

そして少し話を戻すと、上記の3つの気象/地理的要因に加えて、AVA Monterey・AVA Santa Cruzのワインがエレガントなスタイルになる傾向があるのは、モンテレー湾から吹く強風(風速20-40km/h = 550-1,100cm/sec)による光合成抑制効果もある。AVA Monterey / Santa Lucia Highland公式サイトでも記載されている通り、強い海風は気温の冷却効果を生むだけでなく光合成を抑制することで、光合成つまりブドウの代謝(糖の生成と酸の消費)を抑え、ブドウの生理的熟成を遅らせる事が可能になる。これにより成熟期間をゆっくり長く取る事が可能になり、気温の下がる秋以降にブドウを収穫する事が出来る。実際、ブドウの収穫時期は温暖なカリフォルニアにしては遅く、9月末~10月頃だと言う。

以下は大阪府立大学の風速と光合成に関する研究からの引用であるが、
>>照射エネルギー0.6cal/cm2.min.の場合は風速30cm/sec.で光合成の最大値を示し、以後の風速では光合成量は緩かに低下。一方、この1/5のエネルギーである0.12cal/cm2.min.の場合は、風速と共に光合成量は増加し、実験の範囲内の180cm/sec.までは増加を続けた。en (jst.go.jp)

AVA Montereyのモンテレー湾から吹く海風は風速20-40km/h(550-1,100cm/sec)。この強風がブドウの過度な代謝を抑え、ブドウを長い期間かけてゆっくりと成熟させる事が出来る(栽培時期を冷涼な秋まで伸ばす事が可能に)。これがNorth Coastよりも南に位置するCentral Coast北部のワインがCool Climateを感じさせる要因の1つになっている。

Central Coast(南部)が冷涼になる気象/地理的要因

AVA Santa BarbaraやAVA Santa Rita Hillsに代表されるCentral Coast南部もまた別の要因で冷涼な気候となる。その冷涼な気候が得られる気象/地理的的要因は「寒流からの冷風」「Transverse Rangeによる標高」の2つ。

寒流からの冷風:North Coast同様にカナダからの寒流が影響しているが、直接の海から吹いてくる海風だけではなく、North CoastやCentral Coast北部に上陸した冷たい風が南北に走る海岸山脈に沿ってCentral Coast南部まで南下して届くものもある。繰り返しになるが、この冷風がブドウ畑の気温を下げてエレガントなブドウを生み出す。

Transverse Rangeによる標高:下図を参照頂きたい。ロサンゼルスの少し西側の紫色のエリアがCentral Coast南部にあたるのだが、ここに高品質なワインを輩出しているAVA Santa BarbaraやAVA Santa Rita Hillsなどが広がる。注目したいのは、この産地の北側に東西に走る海岸山脈Transverse Rangesがある点。当然ながらNorth Coastよりも随分南に位置する為、寒流の影響は少なくなるが、この山脈の標高により冷涼な気候が得られる。元々AVA Santa BarbaraやAVA Santa Rita Hills周辺は大昔海底であった地域と言われているが、プレートテクトニクスの影響で徐々に海底が隆起して海面に浮上、そのまま東西に峰を成す山脈を形成した。この山脈があることでCentral Coast南部でもCool Climateを活かしたワインが作られている。

Central Coast南部を東西に走るTransverse Ranges

まとめ

このように同じカリフォルニア、しかも同じ海岸沿いの地域であるNorth Coast・Central Coastであっても、例えそれぞれ温暖な気候でありながらも冷涼な気候を思わせるワインを輩出していたとしても、その背景にある気象/地理的条件は様々である。このような背景を理解して夫々の産地のワインを飲み比べると、今晩のワインの味わい方もまた少し変わったものになるかもしれない。

以上

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