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スウェーデンの森で子どもたちは何を学んでいるのだろうか? vol,1          (スウェーデンの野外就学前学校での学びや子育て)

巽朝菜さん(スウェーデンの保育士・環境教育実践家)

(vol,1・・スウェーデン公園にて)

 こんにちは。子どもたちは皆、私のことを「朝菜」と呼びます。スウェーデンでは私の名前に先生はつきません。私たちは人として同じ価値があるっていうことを、名前でも敬称抜きで示しています。

 ストックホルムは首都ではあるんですけれども、北欧の中でも最大の都市なんですね。そのストックホルムの人口が100万人。電車で30分ほど行くと郊外にでます。そうすると、この当別のように豊かな自然が広がってるんですね。私はそこでよく森に入って行きます。森に入っていくと、こういうツノを持ったのが木の陰からグーッと突然出てくるので、もう腰を抜かしそうになったことが何回もありました。オオカミは山奥にいるので人間が見れることはほぼありません。でも、首都から電車で30分の当別ぐらいの距離ですけれども、他にもキツネやウサギ、ハリネズミ、リスといった動物たちがストックホルムの郊外にいます。非常に自然豊かな環境です。

 ストックホルムは緑地が大体30%、水の部分ですね、運河だとか湖の部分がやはり30%。飛行機から見下ろすと、首都であっても緑が広がっている。そんな環境に私は住んでいます。
 その環境を守るために、戦ってきた歴史があります。スウェーデンでも100年ぐらい前を振り振り返ると絶滅してしまった動物がたくさんいます。ビーバーも絶滅しました。オオカミも全滅しました。他にもヘラジカなんかも特定の地域でしか見れなくなってしまいました。そこで、1950年ぐらいから環境教育が始まって今のような野生動物や自然と共生しているストックホルムが戻ってきてます。

 今日はその秘密、どういうふうに子どもたちは環境を学んでいるのかということを皆さんと一緒に体験していきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

1)1本の枝を使って算数から民主主義を学んでいく

 早速、自己紹介からしましょうか。まずは野外で算数から。子どもたちって森に行くと枝を拾い集めるんですね。枝ってすごく魅力的なんです、子どもたちには。皆さんにも今日はやっていただきたいと思います。手と同じ長さの枝を一本拾ってきてください。この近くで、5分ぐらいで。自分らしい枝を拾ってきてください。

(参加者は枝を拾いに行く。その後、その枝を持って自己紹介を行った)

 1本1本個性豊かな枝が集まったと思います。子どもたちに「拾ってきてね」って言うと、この枝の1本1本をちゃんと覚えていまして、非常に愛着を持つんですね。なので、この後は工作をしたり、自分の枝を残すようなことをしています。
 私のクラスは15人、4歳、5歳の年長さんです。ここから野外で算数の授業に入って行きます。子どもたちは元々非常に枝に関心があるから、じゃあみんなで「長いものから短いものの順に並べようと促します。」(一緒に参加していた子どもと一緒にやってみる)

 順番に並べるということをやったり、あるいは分類ということで、太いものから細いものとか、細いものから太いものにしていくとか。後は五感を使った遊びですね。枝を触ってもらって、ツルツルするものとスベスベなのと、ゴツゴツするものに分類するとか。匂いを嗅いでもらって、匂いのするものとしないものに分けてもらったり。虫眼鏡でよーく見てもらって、虫がはった後があるものとか、穴がついているものとついてないものとか、そういうふうに分けてもらいます。そうしていくうちに、なんだかどうも、同じ枝が一本としてないんじゃないかなあと、子どもたちは気がついてくるんですね。そんな時に保育者は「どう? 同じ枝ってある?」というように聞きます。そうすると子どもたちは、「同じ枝がない。」って言います。そうすると、「人も同じだよね。」って話しています。

 野外で算数から人間の可能性について話をするんですね。私達良く「同じだよね。」ということを言いますよね。今日、「同じ服でかぶったね」とか、「同じ遊びをしているね」とか。子どもたちも同じで、やっぱり同じグループに分かれることが多いんですね。なので、こういうふうに野外で算数を通して、自然のものを使って遊ぶときは、一つずつ違うよね。あなたと私は違うよねっていうことを伝えていきます。
 みんな同じじゃないっていうところを強調して伝えていく。その違いを肯定的に受け止められるように、否定的に違うっていうことを言うんじゃなくて、肯定的に違っていて良いよねっていうことを常に日常生活の中で受け止められるように子どもたちに伝えています。
 なぜそういうことをするのかというと、プレスクールには乳幼児期の子どもたち、1歳から5歳の子どもたちがいます。そういった子どもたちが何を学んでいるかというと、スウェーデンの教育理念である人権の尊重と民主主義の基本的価値観を活動や生活の中で学んでいくということです。身につけていくということなんですね。教科書から学ぶのではなく、体験を通して感じていくということになります。なので、こういうふうに野外で算数から1人1人が違うということを見つけられる目と、それを感じる感覚と、あとはそれを肯定的に受け止められるようにということで、野外で算数をこのように展開しています。

 そして、この活動を名付けて、子どもの権利条約の活動って呼んでいます。なぜかというと、自分の物差しで自分のことを理解する。自分の世界を知るということができるからです。今日は手と同じ長さの枝を1本と言いましたけれども、手の中に入る石を持ってきてねと、石に興味があればそういうふうにフォーカスしたりとか、腕と同じ長さの枝を取ってきてねというように、子どもたちが自分の体について学んでいくという学びの活動になりますね。今日はそれをやりました。

 それで、一つ指示を出す時に非常に気をつけるべきことがあります。先ほども言いましたけれども、民主主義の価値観を遊びの中で見つけていくということはどういうことかというと、民主主義の価値観として、人として皆同じ価値があるっていうことを学んでゆきます。というのも、いろんな子どもたちがいるんですね。外国籍を持つ親の子どもたちが4人に一人いるといわれています。私のようなスウェーデン語が母国語としない、家庭がスウェーデン語ではないので、スウェーデン語の知識が子どもたちにはない。そうすると、手と同じ長さの棒を拾って来てと言っても非常に難しい教示にもなるので、先ほど言いましたけれども、手話をお見せしたりとか、絵に書いて子どもたちにも視覚的にわかるように提示しています。他にも、手足が不自由だったり、知的に障害を持っていたり、発達障害の子どもたちもいて、全ての子どもたちが理解できるように伝えていくっていうのは非常に大切なことなので、このように指示をみんなが解るように伝えるということが非常に大切なことになります。

2)今日は森に行くよ

 次にですね、皆さんに森に入ってもらおうと思います。ただ森があって、子どもたちがそこに遊びに行くだけで、豊かな学びの場ができると思われますでしょうか? いかがでしょう? 特にスウェーデンではですね、天気に関わらず出かけています。雨が降ろうが風が吹こうが森に出かけています。北欧の方には、よく知られたことわざがありまして、「悪い天気などない。服装が悪いだけ。」皆さん、私がそう言いますと、「良い天気ばかりの国なんですね」って思われることがありますが、実を言うと、1年のうちの半年は冬だと私は感じています。ストックホルムで10月から4月はいつ雪が降ってもおかしくない天気です。雨の季節は秋です。そうなると、もう1年の半年以上は、正直悪い天気なんですね。そんなときに、天候に左右されない強い精神と強靭な力を作っていく必要があるんですね。私の園は野外に特化した園ですが、スウェーデン全土で天気が悪くても外に出かける。
 だけど、ただ森に行くだけでは、やはり豊な学びの環境が作られないんですね。1歳児、2歳児の子どもたちというのは、非常に敏感で繊細ですね。居心地が悪いとすぐにいなくなってしまうので、保育者がやるべきことというのは、人数確認をずっとやらなきゃいけないという大変さがあります。まずは環境作りをしていきます。その環境作りのために何が必要かということを今日はお伝えしていきたいと思います。

 まずは、その強靭な身体と強靭な心がどういうふうに培われるかというと、雨が降っても、天気が悪くても出かけるという日課を作ることなんですね。この日課は非常に大切です。スウェーデンはですね、この日課を崩さない。特にウクライナの戦争が始まった時に、日課を大切にするっていうことに終始しました。低学年と幼児期のお子さんには、保育、就学前学校プレスクールは絶対に閉鎖しないと決めたんです。というのは、同じ日課を大切にするということです。そうすることで、安心が築かれてゆきます。毎回慣れるまで同じ場所に行く。1歳の子どもたちは同じ場所にしか行きません。まずは家庭と同じような、家の中と同じような安心できる環境を築いていきます。森には全部名前がついているんです。子どもたちがわかる名前が一つずつ付けられていて、今日は森に行くよっていうことを、手話を使いながら、あるいは写真を見せながら話していきます。
 今日は、森に行くよ。森っていうのは、木は1本(人差し指を立てて回す) でこういうふうに手話で表すんですね。2本で森になります。私がお見せする支援手話と手話の違いは、「森」と発しながら手話をすることですね。普通の手話と言われるものは、言葉がないんです。それに言葉を加えることで、支援手話、スウェーデン語ではTAKK(タック)というふうに言われています。言語がわからない子にもわかるように、そして視覚的にも理解できるように伝えています。

3)自然の中に行くだけでは学びの場にならない

 同じルーティーンで森に入っていく。あるいは、自然の中に行くということを重視しています。9時になったら門の前で子どもたちがカラフルな蛍光色のベストを着て立っています。そこから森に入っていきます。自然の中に入っていくと、大きな木が入口のところにシンボルとしてあり、鍵、扉を開けます。自然物を一つ、葉っぱでも、草でも落ちているものを1個拾います。鍵を拾ってみんなでこの森の扉を開けようかと言って、歌を歌います。「ヴィークナッカ ポー」で始まる歌ですが、私は扉を叩くっていう歌詞ですね。ここから森の中にお邪魔をします、森は人間の世界ではなくて動物たちの生きる世界ですよってことを言ってるんですね。最後に私たちは何も残さない。ゴミなどを残さないで森を去るんだよと。木の鍵を開けてみんなで「カチャ」と開けて、森に入っていくんですね。そんなときに森への入り方があります。森に入る時に、街中を歩く人と同じように入っていくのではなく、木の音を聞き、風は吹いているかな? 何か聞こえるかな? というふうに、五感がキュっと澄まされるような感覚になります。そして、「もしかしたらね、森に入ると動物たちがいるかもしれないからね。」と言うと、忍び足で歩いていくんですね。歩く姿を見ているとすごく面白くて、まるで忍者のようなんです。その感覚っていうのは、五感の器官が顔にあるからでしょうか。本能的に顔が前につき出る姿勢をよくしますね。このように、五感を集中して入っていくということをしています。

 目的地に1歳の子どもたちも歩いて行きます。よちよち歩きだと大人の足で5分ぐらいのところを30回くらい転んで、何回も何回も転んで、自分で立ち上がって、最後には泣きながら目的地に着くということもあります。4歳5歳になってくると、子どもたちはもう活発に、自分でアクティブに発見する発見者になって行きますね。
 子どもたちがワーッと駆け出して行くのですが、ほとんど自由遊びでなんすね。めいめいに何かを発見するらしく、「アサナー、コーム」って言うんですよ。「コーム」っておいでっていう意味ですね。そして、「ティッター」見て、「コーム」「ティッター」って、もうあっちこっちで聞こえてきます。だから、季節の変わり目、秋だったらキノコだったり、花だとか、自然の中で変わっていくものを一緒に見てほしいという子どもたちの後を追いかけるのに大忙しです。
 子どもの発見を保育者が共有していくということを繰り返していくうちに、子どもたちには安心感や達成感が生まれて、今度はいよいよ冒険者になっていくんですね。冒険していくんです。どういうことをするかというと、木登りだとか、ちょっと険しいところを登ってみたりだとか、子どもたちが自分で冒険できる木っがあって、挑戦していく。その子どもたちの発達に合った、それぞれの木が見つかっていくっていうことでしょうかね。そういうふうにして冒険者になり、あるいは研究者にもなって行きます。木の枝に合う穴を探してそこにものを突っ込んだりだとか、森にあるもので実験して、自然のことを学んで行きます。森にただ行けば、子どもたちが豊かに、学びの場になるかっていうたらそうではないということです。日課があること。そして、安心できる保育者がいること。同じ場所に通っていくといういう段階を経て、冒険という豊かな学びの場が広がっていくということなんですね。

 もう一つですね、スウェーデはインクルーシブ教育をしています。いろんな子どもたちが一緒になって生活して遊べる場、環境作りをしているんですね。教育理念が人権の尊重、人を大切にするという考え方です。そうすると、4人に1人ぐらいが、スウェーデン語がわからない子がいる。例えば、自分1人だけが言語がわからない環境ってどんな感じがしますか? 心細くないですか。本当にここにいていいのかなという感じがしません? 今からリンゴの詩を朗読したいと思います。支援手話を使って、スウェーデン語で朗読します。

(スウェーデン語の手話でリンゴのお話)

 何となく安心感だとか、わかりそうだなっていう感覚はありませんか?
そういうふうにして、支援手話を使いながらお話ししていく、遊んでいく現場があります。

質問:

(参加者)子どもたちの森に入るときの安全というか、もうここから先は絶対行っちゃ駄目だよとか、子どもたちの安全を確保することはありますか?

(asana)あります。子どもたちには保育者が見えるところにいてねっていうふうに言っています。あとは歩いて確認しますね。大きい子になると、一緒に歩いて、これ以上は行かないでねっていうふうには伝えています。スウェーデンでは非常に森の事故が多いんですね。統計的に1日2人子どもたちが行方不明になると言われています。本当にそれで、重大な事故が起こることは少ないんですけれども、迷子になっちゃうことがあるので、三、四歳ぐらいの時期から迷ったらどうするっていうことを子どもたちと話しています。
そこで、迷ったときにはじめに何をすると思いますか? 

(参加者)泣く。大きな声を出す。集合場所に戻る。動かない。

(asana)はい、私今お見せします。これ、こうすること(大きな木に抱きつく)。こうすることでパニックにならない。安心できるんです。冬は木は温かいんですね。子どもたちと自然というのは非常に近いんですね。毎日森で遊んでいると木はお友達なんですね。ですので、子どもたちは木を抱きしめて、そうすると緊張しないで過ごせますから。ぜひ、皆さんもやってみてください。子どもがパニックにならなず、そのまま場所にとどまっていれば、早く見つけることが可能です。

(参加者)いつもそのぐらいの声の音量ですか? 森に入った時。

(asana)今日は皆さん非常に多いです。数えたら25人ぐらいです。でも大声は出しません。基本的に。森の中は動物たちの住処っていうふうに伝えていますので、邪魔しないという考え方です。それはハイキングも一緒ですね。大人も同じ考え方を共有しています。

(参加者)人権教育をしていく中で、小さい時に自分と違うということを身をもって育っていくということですね?

(asana)そうですね。本当に子どもたちって素直ですね。私の目の前に来て、「asanaってなんでそんな顔してるの?みんなと違うの?って」って聞くことも度々あります。そういうときには、あなたと私は違うねって話をしています。具体的に肌の色だとか目の色だとか、髪の毛の色の違いを伝えることもあります。子どもたちと会話するとき、人それぞれ違うんだよっていうことを保育者は付け加えています。それを子どもたちが見たり触ったりしながら体験的に学んでいくっていうことです。私は日本では同じ、同質性に非常に重きを置く教育だと思うんですね。スウェーデンの子どもたちのふるまいを見ていても、やっぱり同じっていうことに非常に共感しやすい。そこで、あえて1人1人は違うっていうことをいろんな場面で伝えていっています。

(参加者)違うっていうことが前提にあるということが育っていくということですね

(asana)そうですね、外見だけではないですよね。人って考えていることや感じていることもそれぞれ違うと伝えています。自分の考えや感情を伝えて対話が生まれる、子どもたちは対話の中から違いを具体的に学んでいく環境がありますね。1日1回は子どもたちと保育者は円になって座り、対話をする環境があります。民主主義とは何かを、今日のように丸く座って、対話をすることから学べるんですね。中心がいない、誰もが中心であるということです。そしてみんなの顔を対等に見ることができる。スウェーデンのプレスクールの環境の中では、保育者が先頭に立って話をするのではなくって、大人も子どもも人として同じ価値があることを、体験をとおしてその価値観を学んでいるのです。

ここでvol,1公園での活動を終了して部屋に移動します。


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