命の味は、おいしい。(閲覧注意


いとこが命を絶った。
母が詳細を言わなかったから、おそらくそういう事だろう。
もう大学1年生だったなんて知らなかった。小さい幼児だった記憶しかあまりない。

母の妹さんは突然訪ねてきた。
「急にごめんね〜、娘の同級生の子が育てた大根送ってくれたから、皆さんに分けようと思って〜」
「ありがとうございます」
僕は顔色ひとつ変えずに頭を下げた。気の利いた言葉も出てこなかった。
「それじゃあお姉ちゃんによろしくお願いしますー」
叔母にあたる彼女が吊り上げるほおは、なんだか灰色っぽく見えた。

「今日は四十九日になります。皆さんも心でお祈りを送ってください🙏」
母から家族LINEにチャットが来ていた。
幼児期からメガネをかけた彼女の顔が浮かんだ。心の中だけで両掌を合わせてみた。

翌日は母の誕生日だった。
家族LINEは母へのおめでとうで、いとこの四十九日は画面の外へと流れていった。
母が仕事から帰ってきたので聞いた。
「なんか欲しいものとかある?」
「あー、ブーツ!がほしい!」
「えーっと、一緒に買いに行くみたいな感じ?」
「うん」
「はーい、明日あさって予定あるから、今度の土日ね」

次の土曜日の夜は家族で母の誕生日ごはんに行った。
最寄駅の隠れ家的なイタリアン。
ワインと4種のデザートプレートを堪能した母は大満足のようだった。
「来年もここ来たい!」
「よかったねー」
僕は顔色ひとつ変えずに言った。
家族LINEは絵画のような色鮮やかな料理で覆い尽くされた。

その日の夜中に高熱が出た。
夕方くらいから体が辛い気はしていたが、久々のテニスのせいだと思っていた。
翌日は11時まで寝たが、熱は下がっていなかった。
戸棚の端にあるパックのおかゆに卵を割ってレンジに入れた。
「熱出たので、色々買ってきてほしいです」
家族LINEに送ると、あれこれの業務連絡でカラフルな絵画たちも画面の外へ流れていった。
「今日の夕飯はうどんです」
寝てるだけでリンゴジュースとあったかいうどんが僕の元に届いた。

アイス枕と氷嚢に囲まれて起きると、微熱まで下がっていた。
母と兄はもうとっくに家を出ていた。父はずっと自室で在宅勤務だ。
外は見るからに寒そうな晴れだった。暖房と加湿器のスイッチを入れ、毛布にくるまってボーッとした。
また戸棚からパックのおかゆを出して、チルドの魚とカニカマをのせた。
一昨日食べた、トリュフのせA5ローストビーフとアワビとは違えど、ほとんど食べてない体には、とんでもなくおいしく、沁みた。
「原始人は風邪ひいたら、こんな寒い中どうしてたんだろ」
「いや、こんな風邪ひとつで死んでたのかもしれないな。」
「そもそも消化に良い食べ物とか選べないだろうし」
やることがないと頭だけが勝手にしゃべり出す。

晩にはだいぶ落ち着いたが、今度は寝過ぎで肋骨の神経がキリキリと痛み出した。
オンラインの授業はしたが、さすがに体力は落ちてて、とても疲れた。
「湯豆腐つくったよ、食べる?」「うん」
電池の残量0でも、人間の脳コンピュータには即答機能があるみたいだ。
「この大根、辛くなくてすーごくおいしい。湯豆腐に合う」
この大根、この大根、、…ああ、”あの”大根、ね。
湯気が舞う鍋の中には、まるでフリルのドレスのように美しく半透明になった大根がヒラヒラと浮かんでいる。
タレもかけず、大根を小さく口に入れてみた。
甘い。これまで食べたことのないような味がする。

「友達が育てたんだから、べつに”形見”でもないか」
残量0なのに独りドラマを作ろうとする脳を、頭がさえぎった。
「まあ、でも彼女が生きてればこの大根を食べることもなかったんだろうな」
いとこ、友達、大根、自分。
彼女の命が矢印をたどり、自分の体内の血肉に変わる円環の図が浮かんだ。
「はぁ、うま。」独り声に出してみる。
なんだか友人との過去のLINEを見返したい気持ちになった。
画面の外に流れていってしまった、あの時間を。うん、今夜はそうしよう。

命の味は、おいしい。

お金いらないんで、ハートを押すと1万円もらった時くらいの脳汁が出ます