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幸せの届け愛〈第2章〉


エントリー⁉️

初めて見るタイプだな…
誠弥から見て歳は同じくらいの
目の前の者を真っ直ぐに見つめた。
光る目ん玉かと思ったら、耳だったんだ・・・

銀色に輝く耳、存在全体は黒っぽい霧で包まれていて
胸の真ん中あたりだけ金色っぽく
まん丸の光を帯びている。

ぎんじは、物怖じしない目の前の男が
何者で何をしたのか考えを巡らせていた。
一瞬、眩い光と銀色の布で覆われたように
その存在を隠して包まれたので
自分が与えた筈の恐怖は
すべて自分自身に向けられて
跳ね返ってしまったようだった。

久しく体感することなど無かった
痛みを伴う反発できない力を浴びた。

「君、大丈夫?どこから来たの?」
誠弥は、もしかして、コイツって妖怪の類いなのかと思ったが
一瞬で傷だらけになった彼を見て、さすがに心配になり
覗き込むようにしながら声をかけてみた。

ぎんじは胸の奥がトクン、トクンと鼓動を打つような感覚を覚えた。
ぎんじには、起こり得るはずの無い事
それは、誠弥の鼓動が共鳴している振動だと分かった。
嫌悪感は無く懐かしい感覚になった。

[あ、あ~、平気だ。お前、強いな]

誠弥は、
「そんな事は無いんだけど!何が何だか分からない、でも無事で良かった」

[まぁな。・・・なぁ仲間にならないか?]

「えっ?、よく分からないけど、よろしく!」
不可思議な状況なのに、変わった人?だと思いながら
何だか憎めなくて、あっさり受け入れていた。

かの世界の者達

……アーナン、そんなに慌てて何を恐れるのですか?
ただ、また今日も、この世の風向きが変わりそうですね……

遠くを見つめるかのように目を細めながら語るのは
全世界、かの世界の者達が慕いあがめる万物の創造主であり
あらゆる姿を現わす存在《ムーハス》と呼ばれている者の声

・・・ムーハス様、誠弥様とぎんじ様の魂が、ようやく出会われました
きっと、これで良い方向に・・・

ムーハスはアーナンの話を遮り話し始めた。

……人というのは、計り知れない神秘性を遙か古代より受け継いできており、それは生まれながらに誰もが持っている神髄です
最初に創造したおりは、
”たった一つの細胞から期限を設けた分裂をするという営みのある単純な生命体”で、長年、ただ単調に繰り返し分裂し、その回数の期限に達したなら、命を終えるだけの、何の変哲も無い生命体のままでした
いつまでも、そであろうだと思いながらも、我等の居る【かの世界】とは別に異世界を幾つか築いて、試しにその中の一つに放ったのです
まぁ~なんとも、面白いことに予想外の結果を生み続けてきましたね
分裂する毎に各細胞単位にとどまらず、分子・原子レベルで異質な形状・性質へと進化を遂げ続け、単なる増殖では終わらなかった
生命体の持つ魂自体も、それらの数も無限に増大していったのですからね
私は、それらの進化を止めようとも考えましたが、元々私自身であり
あらゆる変化を愉しむつもりで見届けていこうと考えてやめました
ですから、今も、ありとあらゆる営みを感じています
繋がってるゆえ、そして、どの異世界でも、すべての生命体の期限が必ず訪れる運命を変えることは決して不可能ですから恐れるに至らずかと
この先、どのように、それぞれの終末を迎えるのかを永久に見続けることにしました

どの者が何と出逢い、何かの何を選び、
何を捨て何を築き、何を壊すのか
様々な営みの一つ一つを

今回の彼らの出逢いも、それら営みの一環の一つに過ぎないのです

さぁ、これから、どのような歩みを見せてくれるのでしょうね……

・・・ムーハス様?今まで、ぎんじ殿らの悪行の者達にお困りだったのでは無かったのですか?・・・

……悪行?何のことですか?私がいつ困ったなどと申しましたか?……

・・・いいえ、それは、、、。ただ私は、いつの時代も、成すべき事をご指示頂いた通り行ないながら、人々の生き様を見続けて参りましたが、最近はあまりの残虐な行為が目に余る者達が増え心配にしておりました
お連れする魂のリストも書き換えが頻繁で多忙ですし・・・
実はアーナンは少々腹立たしく思っていた

……アーナン、たった一つの細胞が覚醒し、次々と分裂、増殖し伝達していく課程において、事象の一つに【死滅】があります
その【死滅】という役割だけを持つ細胞が増殖した生命体の多くは、
なりふり構わず、ただ目の前の者達を壊したくなる存在となり得てしまうのです
ですから、種によって、また個々で、永く生きる者、短い命の者、ただ、ほんの一瞬と思える営みの者、どれも、すべて自然体なのですよ
だからこそ、私の中には憂いも無ければ悲しみもありませんし、喜びという思考もありません
そしてアーナンの言う悪行とやらを管理する気も、まったくありませんね
ただ、すべての存在を自身として愛でながら、あらゆる姿、可能性とやらを見届けながら愉しむように過ごすのは、趣深い事だと思うようになりました
……起こりうる事は起こり、起こらない事は起こりませんしね……

・・・(最も恐ろしいお方は、目の前のムーハス様なのか!……いったい、まことの意?本来は悪に近い魂のお方なのかもしれない)・・・

……アーナンもそう思いませんか?違うのですか?……

・・・え、は、はい・・・

アーナンの他にも、かの世界の使者は大勢存在する。
おまとめ役として、アーナン、りき、シャーリ、マッケン、カーシャ、
ブーイ、ルナヤ、チャイ、パリン、ララがいる。

アーナン達は思考がおかしくなりそうだった。
ムーハス様は、創造主として本心から、すべてを愛でているだと?
その誰もがムーハスの真意が読めずに恐ろしささえ感じながら首をかしげ、互いに顔を見合わせていた。

実は【かの世界】には何億年も前から魂の使者の多くが存在しており
《ムーハス》中心に各世界の「命の期限」には関与せずにいた。
しかし、約20万年前より魂の道しるべ管理を行うようになり
およそ2500年前からは
「アーナン」と「りき」は、アジア、ロシアの取り纏め役
「シャーリ」と「マッケン」は、中東の取り纏め役
「カーシャ」と「ブーイ」は、アフリカの取り纏め役
「ルナヤ」と「チャイ」は、欧州と北米の取り纏め役
「パリン」と「ララ」は、大洋州と中南米の取り纏め役
1000年毎にエリア担当者を話し合いなどを通して決めている
よほどの事が無い限り、残り500年ほど交代の予定は無い。

紗優の友達~文(あや)・楓子(かこ)・睦心(むつみ)・彩音(いお)

「久しぶりにプール行く?」文は楓子に声をかけた。
「いいね、少しは気分晴れるかな」即答で応じ、小学生の頃や中学生の頃を思い出した。

紗優と楓子は小学校3年生の時、夏休み限定のスイミングスクールで出会った。
同じ初心者コースで約10日間一緒だった。
その間に、とっても気が合い友達になった。
家族同士も仲良くなって、時々家族ぐるみで食事に行ったり、遊びに行くようにもなった。

文と楓子は、同じ中学に通い共に水泳部。
そして、紗優の通う中学には水泳部は無かったけれど、気の合った3人は会い遊ぶようになっていた。

文と楓子は、行動派で明るい紗優が大好きで、中学校が別なため、なかなか会えず、本当は、とてももどかしかった。

「高校は、一緒がいいなぁ」
中学2年生になり、文が心に思ったことを何気なくつぶやいた。
それは、紗優と楓子の心を動かし
「制服のかわいい高校に3人で行こうよ!」そう、決めたのだった。

とは言え、楓子の成績は下の方、文は上位の方、紗優は話しぶりや実力テストの結果から中の上のようで……
同じ高校へ進学するには、楓子は自分が一番足手まといだと思った。

「塾へ行きたい!!」中2の夏休み前、楓子は親に懇願した。
「自分で決めたからには、行くなら行く、ちゃんと出来る?」
「絶対、がんばる」

それまで、勉強すべてにおいて苦手意識が強く、正直逃げ腰だった。
生まれてはじめて、させられてる感では無く、やりたい!行きたい!と思えた。

たとえ、結果がどうなっても、目指してみよう!

火事場の馬鹿力並に、周りも楓子自身も驚くほど勉強に取り組めた。
そして冬期講習の時には多数の教室合同で参加の授業も申し込んだのだった。

睦心は、中学生の時、楓子と塾仲間として出会った。
楓子は、睦心の紗優とはまた違う明るさと活発な性格に、一緒に居て楽しくて仲良くなれた。
睦心は、楽しそうで、いっつもやる気満々の元気な楓子に好感を持ち、話してて面白く友達になった。
ただ、塾の外で会うことは無かった。
また睦心の母親は、とても多趣味な人で、コーラス、生け花、テニスと習い事を愉しみ、仕事もしながら、すごいバイタリティーだと尊敬もしていた。
そして小学生の頃は、ずっと一緒に参加していたので、陸心も歌好き、お花も大好きになった。
中学に入ると母親について行く事はなくなり、軟式だったけれどテニス部に入った。
彩音とは、生け花教室で知り合った友達だ。
一緒にお花を生けてみたり、お絵かきしながら静かに遊びながら仲良くなった。
彼女も中学生になると来なくなり、母親に預けて、交換ノートを楽しむようになった。
お互い毎回イラスト入りで。
彩音はいつもニコニコしていて本当に絵が上手で和ませてくれた。
そんな関係がずっと続きますように。
願いを込めながら睦心は交換ノートを母親に届けて貰っていた。

彩音は、物静かで特定の心許せる人以外の大勢と過ごすことは苦手な方。
保育園の頃から一人で絵を描いて過ごしたり、読書していることが多く、近くに住む親類の従姉が大好きで、とても慕っており週末のお泊まりがすごく楽しみだった。
でも、従姉が高校生になると、その交流は途絶えしまい寂しい思いでいた。
そんな様子を見かねた母親が静かで落ち着いた生け花教室へ一緒に行ってみようと思い連れ出した。
彩音は、そこで睦心に出会い心を開くようになり、はじめて心から慕う友達を得られたのだった。

紗優の中の[さえ]

紗優は、自分の中のもう一人の自分である[さえ]の感情が中心となっていることに気づいていた。
相変わらず誠弥の家には遊びに行き、我が家のごとく、くつろぐ日もあれば、ゆめと戯れ過ごしたりしながら、なんとか心を落ち着かせ、この先のことを考えていた。
時々アーナンがやってきては怒りを込めかの世の心配事を言うけれど
”ぎんじ”のことは少しも憎めなかった。
どちらかと言えば、今でも大事にしてあげたい、
傍にいてあげたい、一緒に居られるなら、どれほど嬉しいか、
好き、愛してる、という思いが自然とあふれてくる自分がいた。

誠弥の事は、好き。でも、その気持ちを伝えたいよりは、信頼できる姉弟感覚でいたい、そんな気持ちになっている。
私だけが一方的に好きだったのかな?
今となっては、確かめることも出来ないし、しない方がいいよね。

さてと、これから、”ぎんじ”の魂に
何をどうやって伝えていったらいいの?

『紗優ちゃん、ちょっと出てみない?』

物思いにふけっていたら、いつの間にか星來が顔を覗き込んでいた。

もしかしら、我が子として出会ってかもしれないんだよね。

みんなの運命の巡り合わせの糸も
いったい、どんな風に編み込まれてるんだろう?

紗優は、色々考えながらうなづくと、星來と外へ出た。

巡り出逢う運命

誠弥は”ぎんじ”と一緒に歩きながら昔話を聞いた。
彼は自慢のように色々話すが、内心なんて恐ろしいことかと随分腹が立ってきた。
仲間になれって言われたけど、悪党集団じゃないか?
なんで僕が気に入られたんだ?
誰かを殺める?
会ってはいけない怖い奴じゃないか、、、。

つまり、星來が言ってたアイツらなのか?!

[…でな、あの時は、、、なんだ、どうしたお前?睨むように怖い顔してるな?]と”ぎんじ”は不思議そうに誠弥を見た。

「やっぱり、君とは仲良くなれそうに無いね、
僕は争いや戦いをしたり、誰かをおとしめる、なんて事は嫌いだ!」
誠弥は真っ直ぐ見つめ言い放った。

[何を言ってるんだ、強いお前がいれば、もっと面白いことになる]

「悪いけど、帰りたいから、消えてくれない?」
キツメに言い放った。

[変なやつだな~。あ~、まっ今日会ったばかりだからな。
そうするか、またな!]
”ぎんじ”は、急に態度が変わるヤツだと思ったが腹は立たなかった。
どうにも気になりつつ、とりあえず姿を消した体で、高く飛び上がり姿を消し、離れて様子を見ることにした。

やがて反対方向から、紗優と星來がやって来た。

『誠弥、今帰りなの?』

二人から声をかけられ、誠弥は、まず気持ちを落ち着かせた。
「本当に、腹が立つ事ってあるんだね、
さっき、”ぎんじ”って人に会ったよ。
まぁ、人っていうより、なんか妖怪っぽかったけど…」

[えぇ~~、会ったの?ね、大丈夫だった?何ともない?]
とても驚いた様子の二人。

「大丈夫だよ、なんか仲間になれ、とか何とか言われた
けど嫌だから断った」

『何もされなかった?平気?』

「うん、大丈夫さ!」

”ぎんじ”は、気配を消しながら上空から様子を伺っていた。
[なんだ、あの時の声の女の知り合いか、
ふうん、ますます、気になるな]

[ぎんちゃん、本当は根っからの正直者で優しくて強くい人でね、
それなのに、どうして悪巧みするのかな?そんな人じゃないのに]

「紗優、どういう事だ?なんか、まるで知り合いみたいじゃないか」

[そうなのよ、ほんとにびっくりしたんだけど。
前前前・・世くらいで夫だったんだってば!]

「はい?」
誠弥は、紗友の言葉に驚いた。

[なんだって?]
もちろん、聞いていた”ぎんじ”も驚いていた。

新たな巡り合わせ

2020年9月

誠弥は、暑かった夏も終わり、長時間のバイトから解放されている。
今日も夕方以降にバイトへ向かった。
必ず二人体制だが、30分ほど店長が抜けることになり、一人になった。

21時半を過ぎた頃、
「すみません、時間早めですが、作業に伺いました」
お店の清掃業務の方が二人で入店されてきた。
「あ、はい、ありがとうございます。どうぞ」

初顔合わせだな。
一人は僕より少し年上っぽい若い男性と、もう一人は親くらい年の離れた男性だった。
その瞬間、また、見たくも無い物がはっきりと見えた。

真っ黒じゃないか…
若い男性の頭には、濃い霧が被さっていて、顔色はグレーがかっていた。
事故だろうか?
数日の間に、きっと彼は…

「何か、不都合でしたか?」

「いいえ、すみません、なんでもありません」
いたたまれない気持ちになったけれど、僕には、どうする事も出来なかった。

あの日から25日程経っていた。
また、夜21時半頃、バイト先のコンビニに清掃員の方達が来られた。
今度は、若い女性とこの前の年配の男性との二人だった。

「こんばんは、いつもありがとうございます。今から清掃業務に入らせて頂きます」
「あ~、どうぞ~」店長が返事し、僕は商品の在庫チェック中だった。

ふと、女性と目が合い会釈した。
青と白とグレーの落ちつきを保ちつつ悲しみ色の不思議な霧を纏っていた。
そして、傍には、あの彼が、いや、彼の魂が居た。

彼とも目が合い、そのことに、かなり驚いていた様子だったけれど
お互いに会釈した。

退勤時間となり、交代のアルバイトの人も来たので店を出た。
すると、あの彼が近づいてきて
[見えてるんですね、オレが。
あの、彼女に言いたいことがあって、話、聞いて貰えませんか?]

穏やかで真面目そうな彼の様子に迷うこと無く頷いて、店裏で話を聞く事にした。

彼は2日前に、やはり不慮の事故で亡くなったそうだ。
出先での仕事中、階段から落ちそうになった子どもを見かけ、助けようとして自分自身が下敷きとなって犠牲になり命を落としてしまったそうだ。
自分でも驚くほど呆気なくて、倒れた自分を見ながら呆然としていたという。
ところが、気が遠のくような目眩に襲われ、ふと気が付くと、彼女の家の近くに居たそうだ。

彼女は、努めている清掃会社の社長の娘だそうだ。
実は、二人は内緒で付き合っていて、そろそろ半年になろうとしており、
生涯を共にと心に決めていたそうだ。
これからずっと幸せでいよう、と絶頂期に、こうなってしまったんだ。
どうあがいても仕方が無い、と淡々と語る彼は、たいした金額では無いけれど、彼女名義で始めた預金通帳があるそうで、どうしても誰にも気付かれずに彼女に渡したいと言う。

「でも、そんな大事な話を何の関係も無い僕から伝えて大丈夫なんですか?
さっき顔を会わせたばかりで、きっと彼女だって覚えてないだろうし。
どう声をかければいいのか、何かいい方法があれば、、、。」
(いったい、どうすれば…)
僕は少し考え込んでから
「相談してみましょう、一緒に来てください」

彼は少々戸惑ってはいたが、素直についてきた。

「ただいま」
僕は彼を部屋に招き入れ、
「星來~?紗優?今は居るのか?聞こえるか?」呼んでみた。

すると星來だけ出てきた。
『呼んだ?・・・その人、誰?』
「ちょっとね、相談があって。」
『困ってそうな人を連れてきたのね。
すごいわ、誠弥、急成長してる』
ニコニコしながら話す星來は姿は中学生だが
口ぶりは、完全に伯母さんだ。

彼は、名をリョウ、身寄りが無く、22歳だったという。
彼女は、月花(るか)18歳だそうだ。
さっき僕に話した事に加え、色々と話してくれた。

[なになに?]
遅れて紗優が現れた。

『つまり、社長さんには知られないように、こっそり通帳と印鑑を渡したいのよね。
で、コインロッカーに有るわけだ、その鍵は部屋にあって、、、
まだ整理整頓される前なのよね?』
[多分、近々社長が行って一人でやると思います、住んでた部屋の保証人ですし]
「見つけたら、何の鍵かは調べたら分かりそうだし、きっと探してくれるんじゃないかな」
[でも、そうなると、月花も知らないことですし、社長に説明できないと思います]

[やっぱ、ここは、誠弥!一肌脱ぎなさいよ]

「そうなるのかな」
分かってはいたが、今まで、どんなに頼まれても反応しないようにしていたのに、紗優や星來と、そして、最近”ぎんじ”に関わったせいか知らないふりが出来なくなっていた。

[よろしくお願いします] 彼は深々と頭を下げた。


コインロッカー

数日後、彼と彼の部屋の前にやってきた。
僕だけ入れないじゃないか、と思ったが、合鍵の置き場所を聞いて入ることが出来た。
[もしかしたら、もう置いてないかも、って思ってたんですよ]
『月花ちゃんが持って帰ってるかも、て思ったのね』
[はい、でも、あの日から、ここには来てないのかもしれません]

とっても寂しそうなリョウさんだ。
「では、彼女の連絡先を教えてください
来て貰いましょう」

と電話をかけようとした時、
ーーガチャ!ーー
ドアが開いた。

「ど、どろぼーーー!!」

こっちは、大勢で来てるつもりでも、彼女にしたら、いきなり知らない奴が部屋にポツンって状況だ。

彼が、慌てて駆け寄り、一生懸命弁解してるが、彼女には、まったく見えず聞こえないらしい。

僕は、はっきり、力を込めて大きな声で
「リョウさんに頼まれて来てるんです」と言った。

「リョウに?」
「はい、リョウさんは今、あなたの隣にいますよ、月花さん」

彼女は、玄関先にぺたりと座り込み、ぽろぽろ涙をこぼし出し
声をあげて泣き出した。

ずっと泣いていなかったのかもしれない。

彼も、一緒に大泣きしていた。

一時間くらい経ったんだろうか。
とにかく、僕は彼女が落ち着くまで、ただ待っていた。

信じられない、と言いながらも、彼女はようやく泣き止み
僕の話を聞きながら、今からコインロッカーへ行くと言った。

「じゃあ、僕はこれで失礼します」
帰ろうとした。

「待って、ねえ、一緒に行ってくれないかな?」

彼女の隣でリョウさんが頷いて手を合わせた。

「あ、はい、分かりました。一緒に行きます」

彼女は軽自動車で来ていた。
「乗って!」助手席に促された。

「いえ、後ろに・・・」見ると、仕事の道具がたくさん積んであった。

「ごめんね、乗れそうに無いでしょ
気は使わないで。はい、どうぞ」

さっきまで、泣いていた人とは思えないサバサバした感じに
ちょっと面食らったが素直に従って乗り込んだ。

駅のバス停近くのコインロッカー群の一角へと向かい
目的のロッカーを見つけた。

彼女は、中を確認しセカンドバックを取り出すと、しばらく抱きしめ
、のぞき込み
「帰ってからゆっくり見るね」独り言は、彼に話してるつもりだろう。

彼は、僕達に何度も頭を下げ、泣き笑いしていた。

「家まで送るわよ、ここまで連れてきちゃったし」

「ありがとうございます。でも最寄り駅までお願いします」
説明するのが面倒ってのもあり、そう、お願いした。

「これ全部、清掃の仕事の道具ですか?」後ろを覗き、なんとなく聞いてみた。
「そうよ。私、ハウスクリーニングに行く事が多いんだけど、その相棒達。
リョウが居なくなっちゃって夜の仕事がね、増えてるんだけど、信頼できる頼める人手がね~急にはさ、なかなか居なくて。ウチは親も入れて5人だけだったから、ほんと大変」
「月花さんて、ずっと清掃の仕事されてるんですか?」
「ええ、中学出てからね、ずっとよ。
母親は中1の時に早くに亡くなってしまって父さんと二人だったし、自然と父親と一緒に仕事やりたいて思ってたの。
反対されたんだけど、今じゃ、るか~、るか~、よ。
でも、よく喧嘩もするわ」

「そうなんですね、僕とは反対ですね。母親と二人です」
とても話しやすい人で、車の中で自分の身の上話などがスラスラ口から出ていた。

「ほんっとに、ありがとう!最初はびっくりして怖いって思ったけど、嬉しかった」
「いえ、お役に立てたみたいで良かったです」

リョウさんともあいさつをし別れた。

星來が『彼は使者と無事に旅立てそうね、彼女もまだまだ若いし大丈夫ね』言いながら、しばらく見送っていた。

彼女を覆う霧は、暖かな色に変わり、そして、部分的に白く輝くように光る霧が一際美しかった。

目覚まし時計

ソラガ明ルカッタ
アワテテトビオキタ
家ヲデテ走ッタ
デモトミチャン
モウイナカッタ

ページをめくると、ふと目に入った。
日記かな、何だろう?ここで終わっちゃってる。

今年、お婆ちゃん(祖母)が亡くなり、母と一緒に整理整頓などのお手伝いに来ていた彩音(いお)。

古びたノートにびっしり書かれた日記のようなモノを手にしていた。
本が好き、とにかく活字好きの彩音。

お婆ちゃんが書いたモノに違いない。
「お母さん、これ貰ってもいい?」

「何それ?…あら、懐かしい、母さんが残したかった大事な思い出が書いてあるんだわ
彩音が持ってるのなら喜ぶんじゃない」
「そうかな、ありがとう、持って帰るね」

家に着くと、早速最初のページへ。

テヌグイ タッタ
イチバンタカイナ マッスグ

ほとんどカタカナばかりで読みづらい。
「…?お母さん、どういう意味か知ってる?」

「えっと、あはは、これね、私も聞いたの
お婆ちゃんね、昔、中国の大連で生まれ育って、しばらく暮らしてたんだって、冬は息が凍るほど冷たかったそうよ、
朝早く友達と濡らしたタオル、じゃなかった、手拭いを振り回して凍らせて遊んでたんだって」

想像してみた。
寒そう、っていうより、とても冷たくて痛そうな世界。

トウモロコシ
とうもろこし
トウモロコシ
とうもろこし
ハチボクタベタ

「これは?」
「お婆ちゃんが、白いご飯に憧れてたって話なの
つまり、今日も、トウモロコシ、今日もトウモロコシ、粉を練って蒸したような食べ物だったり、とにかく気分変えてがんばって平仮名書いてみたりしてたのよ、で、ハチボクはお米の呼び名なんだって言ってたわ
使わない言葉よね」

「そういえば、お婆ちゃん、いつもお茶碗に日本昔話に出てくるみたいな大盛りご飯食べてた気がする!」
なんだか、それが嬉しそうで可愛く思えたんだった。

どのページの中にも短い文章が幾つも書いてあり
次々と読み進めていった

文字が書いてある最後のページに近づくと
トミチャンて子と、とても仲良しだったのがよく分かる。

そして、ベル音の目覚まし時計がお気に入りだった事、
大事な日には、そのベルが鳴らなくて
トミチャンとは二度と会えなくなった事も。

その夜、私は不思議な夢を見た。

トミチャンに逢いたい

なんて霧が深いんだろう
怖いようで怖くないような
どこなの?
彩音は薄明るく霧のかかる町の中を歩いていた。
夢なんだろうと思いながら歩いていた。

ぐすん、ぐすん、うぇーん、ぇーん

霧の奥から、泣き声が聞こえた。
彩音は意を決して進み
すると女の子に出逢った。

どうしたの?大丈夫?

ぇーん、うぇーん、逢いたかった、
逢いたいよ~
トミチャンに逢いたい~

もしかして、おっきなお婆ちゃん?

おばあちゃん?ちがうもん、みを

みお?

うん、みを

(あ~、みを!やっぱり、お婆ちゃんだ!!)
ねっ、ここに居ても逢えないと思うから、とにかく、こっちへ!

手を繋いで、歩きはじめた途端に目が覚めた。

きっと、トミチャンと会えなくなって悲しかっただろうなぁ
て思ったから夢見ちゃったんだ。

彩音は、この朝の夢を忘れてしまった。

ところが、これは
誠弥にとっての新たな物語のはじまり、はじまり~て事に。


数日後、誠弥のバイト先のコンビニに睦心(むつみ)と彩音は立ち寄った。
ちょうど、誠弥が臨時で出勤していて、バッタリ会った。

「いらっしゃい!」
誠弥は声をかけながら、彩音にピッタリくっついている女の子と目が合ってしまった。
すると、その瞬間、その子は誠弥の真横に
ぴとっ、とくっつくように瞬間移動したのか?寄り添っていた。

「誠弥さん、こんな時間にバイトですか?」
状況に戸惑いながらも誠弥は、「学校が行事の関係で3年生は午後が休みだったんだ」
と話しはじめた。
(誰なんだ、この子は?)
心の中では女の子がものすごく気になっていた。

結局、睦心と彩音が店を出て行っても、女の子は誠弥にピッタリくっついたままで、仕事が終わるまでじっとしていた。

帰宅の準備が整い、声をかけてみた。

さてと、君はどうして僕のところに来てくれたの?

……いたい……

えっ?

……あいたい……

?誰かに会いたいんだ

…トミチャンにあいたい…

そ、うなんだね、、、とりあえず、一緒に来る?

女の子は頷いた。

時をかける

誠弥は、女の子が素直について来たので家に着くと
すぐに「星來~!」と呼んだ。
きっと解決してくれるだろう、と思った。

[初めて見たかも!]
星來が珍しそうに女の子の周りをくるくる歩き回りながら言った。

『初めて、ってどういう意味?』
紗優も一緒に現れたので、会話に混じっている。

「僕も、不思議な感じがするんだ
いつもの人達と見え方も感じ方も違ってるし」

[この子って生き霊よね、しかも、タイムトラベルしちゃった感じ?
でしょ?]

・・・はい、星來さんは生き霊さんは初めてでしたか?・・・

アーナンも一緒だった。

アーナンによると、紗優の友達、彩音の祖母、名を”みを”の幼い頃の生き霊だそうだ。
どうやら、僕が引き寄せた事になるらしい。

残念ながら、現在”みを”さんの友達、トミチャンは生きては存在しないそうだ。
どうする?

・・・星來様、紗優様、一緒に手伝ってくださいますか?
実は、方法が、ございます・・・

アーナンは、何をしようとしてるんだろうか

・・・誠弥様は、今から寝てくださいますか?・・・

「えっ、急に?!風呂とかご飯とかは?まだなんだけど」

[善は急げよ、それに、あまりお腹が膨れてない方がいいかも、ね]

・・・そうですね。湯飲み1杯のお水だけ飲んできてくださいますか?・・・

『誠弥の夢の中を借りるのね、じゃあ、行こっか!』

夢で逢えたら

・・・私と手を繋いでください・・・

しばらくして眠りについた誠弥の左手はアーナンの左手と繋げられ
“みを”、星來、紗優と繋ぎ、最後には誠弥の右手と繋げられた。

・・・参りましょう・・・

眩い光に包まれたかと思うと、深い霧の町に立っていた。
”みを”は、何かに気づき走って行こうとしたが
アーナンと星來にぎゅっと手を握られていて動けなかった。

・・・みをさん、あなたと会っていい方が現れますから、一人では行かないでくださいね
一緒に待ちましょうね・・・

[アーナン、もしかして、ここが時間を遡った世界なの?]

・・・ええ、ここは1940年代の中国の大連です
台湾のように植民地化し日本文化を浸透させるまでに終戦を迎えた地域の一つです・・・

『誰を待つの?あっ!』

しばらくすると、大人の女性2人と小学生くらいの女の子が歩いてきた。
女の子は、何度も振り返り、後ろを気にしながら歩いていた。

母親だろうか
「トミ、前を向いて歩きなさい、危ないでしょ」
女の子に声をかけ、強めに手をひいていた。
「約束したのに」
「ほら・・・船が出てしまうわ、行くわよ」
名残惜しそうにしていた女の子、とその時
ふわ~、と霧のような物体が女の子から出てきた。
そして、その場にとどまってしまった。
当の女の子は、いそいそと母親と行ってしまった。

『あれは?』
・・・やはり、ここで待っていたんですね、
みをさん、良かったですね、さあ、いいですよ・・・

…うん!…
”みを”は、霧に向かって走って行った。
”みを”には、トミチャンとしてはっきり見えていたのだ。
「良かった、会えた!」
…おはよう、ごめんね、見送るって言ったもんね…
手を握りあい、にこやかに見つめ合う二人は
本当に嬉しそうだった。

朝日が上ってきた。
笑い声が聞こえたかと思うと、二人の姿は見えなくなっていた。

・・・それでは、戻りましょうか・・・

[ふーん、なかなか粋なことやってるんだな]

『えっ?!』
[はっ?]
・・・!!・・・

誰もが驚き、声のする方を見た。

”ぎんじ”だった。
その右手には、光る玉のようなモノが二つ
左手で、アーナンとそっくりの使者の首を掴んでいた。

・・・油断しておりました、くっ・・・
[ちょっと、せっかく会えた子達に何すんの!!]
『ぎんちゃん、どうして、、、』

[お前らについて来ると、これからも、おもしろい事がありそうだな]
にやっと笑い、”みを”とトミチャンの生き霊を奪い去ろうとしていた。

すると、世界が激しく揺れ、どこからともなく大量に大波が押し寄せてきた。

[な、なに、どうしたの?]
『うそ~!流される?』
・・・いったい、これは?・・・
[なんなんだ?!]

先ほどの町並みは消え、全員が水の中に居た。

…苦しい~
…もう少しで楽になるからね
…お母さ~ん!
…ごめんね、帰れなかったね

かすかな声がする、
トミと母親のようだ。
男性のように短く髪を切り、身なりも男性用のようだ。
周りにも多くの人々が居た。
ほとんどの人達が息絶えているようだった。

トミや母親、他にも幾人かは、真っ暗な時間帯に移動し、日本へ向かおうと貨物船に乗り込むつもりだったのだ。
しかし略奪等を兼ねて見回り中の敵国兵らに見つかり捕らわれてしまい、心身に耐えがたい傷を負った。
そして生きる気力を無くし、川に飛び込んだのだった。
特に、第二次世界大戦の終盤の頃は、各地で罪も無い民間人ら多くの命が絶たれしまっていたのだ。
それは、身体も精神的にも耐え切れなくなり敵も味方も無い状況だった。

”みを”や他の幾人かも、数日後に同じく帰国を目指し命がけで出発、彼女たち一行は本当に運良く貨物船に隠れて乗り込むことが出来た。

”ぎんじ”は、一連の光景を見た時、顔は見えないが頭に走馬灯のように誰かが蘇り、大きな怒りの念が生まれた瞬間を思い出した。

誰もが、悲しみと苦痛を感じて、余計に身動きが出来ない!

絶体絶命!!夢なのに?

すると声がした。
「君、邪魔しちゃいけないよ!この前、仲間って言ってなかったけ?」

なんと、そこに誠弥が現れた。

誠弥は、ズカズカと水を裂くように、ぎんじの方へ向かって歩み寄り、
手にしている魂の光る玉を奪い取り、
左手を払いのけ、使者へとそれらの玉を手渡した。

全員、あっけにとられた瞬間だった。

「友達同士が会えて、ほっとしてたんだよ、なのに、こんなイタズラで済まされないようなことはダメだよ」
誠弥はぎんじの頭をぽんぽんしつつ撫でていた。

『あはは、ぎんちゃん、かわいい~』
紗優は怒りで真っ赤なぎんじが照れてると思った。

ぎんじは、誠弥が現れると、動きたくても動けなくなった。
(いったい、なんなんだ、コイツは)

・・・誠弥さん、よく入ってこられましたね・・・
「ずっと光景が見えてたんです。で、これは、とにかく僕も行かないと、って思ったら、ここに着いてました」

やがて、すべての水がすーっと引き、霧が立ち込みはじめ、夢の中から現実の世界へと戻る事が出来た。

いつもの誠弥の部屋。
普段と違うのは、”ぎんじ”も居るという事くらい?

”ぎんじ”は、さっさと消えて去るつもりが、なぜか全く力が出せなくてアーナンに連れられ誠弥の家に一緒に戻って来たのだ。

そして、誠弥の前では、あらゆる力が出せない事に気づいた。

『ぎんちゃん、ようこそ。いらっしゃい!いいえ、お帰りなさい!』
紗優は嬉しかった(正しくは、さえの魂の記憶)
「僕の部屋なんだけど」
[賑やかになったわね]
[誰なんだ?]
『えっ、そんなぁ、ひどいわ、覚えてないの?』
[お前なんぞ、知るか]

・・・ぎんじ様のお嫁さんの”さえ”様の魂の記憶を持つ紗優様です・・・

ぎんじは、アーナンをカッと睨んだ。
本当にイライラしていた。
一人で居ることが多く、賑やかなのは嫌いだ。
紗優がのんびりとニコニコしている様子にも腹が立った。

誠弥は、ぎんじの様子を伺いながら、どうしてこんなにも不機嫌で荒々しい雰囲気なのか不思議だった。
僕が感じた事の無いような感情だらけなんだ、とも思った。
でも、嫌うとかはなく、むしろ、何とかしてあげたい衝動に駆られ考えを巡らせていた。

みゃお~
ユメが”ぎんじ”にスリスリしようとして、ずっこけてしまった。
その瞬間、誠弥の部屋から出ることが出来た。

[あら?居なくなっちゃった]
『ほんとだ、なんで大人しくついてきたのかしら?』

・・・実はぎんじ様は、誠弥様の夢に入ってこられたのに、急に力が使えなかったご様子で、夢とはいえ、過去に置き去りには出来ませんから、私が仕方なくお連れしたのです・・・
『結局、どうなったの?』
・・・みを様とトミ様の生き霊同士を引き合わせ、かの世にお連れ致しましたよ・・・
「そういえば、アーナンがもう一人居たね」
誠弥はしっかりと見ていた
・・・ええ、私は約30兆人程存在していますから・・・
「30兆???すごい桁だ。。。」
『意味が分からない』
・・・魂は、”人”だけではありませんからね
同じ地域担当の、りき様は私より多く存在されています
どれ程の人数がおられたかは覚えておりませんが
この瞬間も、2人で手分けしているんですよ・・・

誠弥は周りをよく見渡してみた。
確かに、虹のような光が幾つも複雑に交差しながら舞っている。
数えられそうに無い世界だ、、、見ない、見ない、、、見ないぞ!

いつも誠弥の見える世界は
儚く命の期限を全うした淡く神秘的な無数の灯火である《魂の幻影》と
生きとし生ける輝きを放つ数々の《みなぎるエネルギー》が飛び交う光で満ちあふれている。
それらは、交わったり、避けようとしていたり、
吸収され消えたかのように見えたり、
仲良く並んでいたり、
夜なんかは、暗闇なんじゃ?だって?
いやいや、幻想的にも見えて神秘漂う不思議な光景だ。
むしろ美しいくらいだ。

”ぎんじ”は、ここ数ヶ月調子が狂っているのは、紗優とかいう娘と会ってからだと気づいていた。

元々、俺は人間だったのか?
自分がアイツの亭主だったって?自分はいったい何者だったんだ?

[ふっ、今更関係ない
今さえ良ければ、楽しければ、
他の奴なんて、どうでもいい事だ
この先もな]

そう思いながらも、この前、誠弥と共鳴した鼓動の響きと紗優を思い出していた。

思い残したこと

ようやくラクになれたんだ。
これで良かったんだ。
自分自身の葬儀の様子を眺めながら、ほっとしていた。

もう二度と見るはずの無いと思っていた彼女に気付くまでは…

「誠弥、大変なのよ、今から一緒に出掛けるわよ!!
学校には連絡したわ」

父さんの弟さんが住んでる市街地へ急遽向かう事となった。
義理の弟さんの息子さんが、つまり僕にとっての
従兄弟が亡くなったそうだ。
実は会ったことは一度くらい
父の葬儀以来だ。
何となく声は覚えてるけど顔を忘れてしまった。
仮に覚えていたとしても、10年も過ぎているから
どこかですれ違っても、分からなかっただろうな。

何が大変かって、
彼の血の繋がった身内は高齢の方ばかりで父の奥さんなんだし助けて欲しい、と連絡がきたらしい。
自宅で通夜も葬儀も執り行うそうだ。
このご時世、ご近所さんには遠慮して頂いて、家族と近しい親族で集まるにしても、家がとんでもない状況だとか。

初めてのことに、まったく想像が出来なかった。

叔父さんの家に着いた。
彼の部屋だけは、本当に殺風景であまり物が無かった。
すべて整理整頓されている。
でも、リビングといい、キッチン、叔父さんの寝室なんかは、
かなり散らかっていた。
トイレは比較的綺麗で、お風呂も何とかして使ってるような状態だった。
庭の木々や垣根は、かなり生い茂っていた。
ゴミっぽい物や明らかに長年使っていないような物も散乱していた。
とにかく僕は外の掃除を任された。

かなりの重労働に汗だくになりかけていた頃
ご近所さんだろうか?
声をかけられた。

「おたくは?慣れてないようだね
危なっかしくて見てられないよ」
と言うなり、電動ノコギリを持っておられ、脚立に軽々と上がり、次々と枝などを切っていかれた
本体の太い部分も段取りよく程よい高さに揃えて切ってくださった。

「気をつけて集めろよ、兄ちゃん、明日は筋肉痛になるかもな」
笑って話された。

母が庭に出てきた。

「申し訳ありません。ありがとうございます。
どなたが存じませんが、ご近所のかたですか?」

「あぁ、そうです。何かあったんですか?」
「あの、それが、・・・」
母が何から話してよいものかと思案していると、叔父が脚を引きずりながら出てきた。

「すまない、ヤスノリが事故に遭ってな、ダメだった、、、」
「なんだって!!3日ほど前に会ったばかりだぞ?」
「そうか、とにかく、助かるよ、ありがとう」

僕は木を集めながら、叔父さん達のやりとりを聞いていた。
そして、ふと振り向くと、
「あっ、居た・・・」
声に出した僕をヤスノリ君が驚いて見つめた。
「やぁ、久しぶり」
とりあえず、面影から本人(魂)だと確信したので、あいさつをしてみた。
すると、彼はかなり驚いた表情のまま、忽然と消えてしまった。

無理もないか、
アーナンは様子を見に、、、来てないかぁ?

・・・呼ばれましたか?・・・
「アーナン、連れて行く日まで見守るの?」
・・・はい、見守りながら、迷いも思い残すこともないように助言する事があるかもしれませんが予定通りのつもりです・・・
「そう、、、なんだ」

ぐるりを見渡しても、近くでヤスノリ君の気の流れは何も感じなかった。

外回りの掃除に目処がつき、家に入った。
すると彼が叔父さんの後をついて回っていた。
どうやら、脚の様子を気にしている様子だ。

「おじさん、脚大丈夫?どうしたの?」
聞いてみると、
「ヤスノリが病院に運ばれたって聞いて慌てて走り出したんだ
そうしたら、脚がもつれて派手にころんだんだよ
いやぁ、年は取りたくないね~」
「そうだったんですね。ゆっくりしていてください。
だいたい外は終わりました。次は何をお手伝いしましょうか?」

とりあえず、母と手分けして、家の中の掃除をやることに
すると、さっきのご近所さんの奥さんもやって来られ
「水くさいわね、まったく」半分怒りながら、時折、泣きそうな顔で整理整頓しはじめた。

素人集団での片付けはまったく捗らないな。
そう思いながら、途中で、ふと月花(るか)さんの顔が浮かんだ。
元気かな?
お父さんと清掃業をがんばってるんだろうな、と思った。

何時間過ぎただろう?
どうにかこうにか、目処がついた。

「この世に神さんなんて、居ないんじゃない?
奥さんが亡くなってから男手一つで懸命に育ててたっていうのに」
「まったくだ」
母さんは、途中で買ってきたお茶など手渡しながら、
何度もお礼を言っていた
「とにかく、遠慮しないで何でも言ってよ」
ご近所さんの(相田さん、だそうだ)ご夫婦は、そう言いながら帰られていった。

ようやくヤスノリ君が、病院から帰ってきた。

やや遠方での事故だった。
搬送されて数時間後にはこの世での生涯を終えた。

おじさんは、父より二つ下だ。
そして、ヤスノリ君とおじさんには血の繋がりはなく
奥さんの連れ子で僕より10歳も上だった。

まるで兄弟のように仲良く喧嘩もしながら二人で助け合って暮らしてきたようだった。
父さんを見送るとき、ギュッと手を繋いでいてくれたのを思い出した。
ヤスノリ君も僕も泣いていなくて、母さんやおじさん、大人達が泣き崩れている時、僕たちは、手を繋いで、ただ父さんを見つめていたんだ。


「すみません」

声がしたようだ。
玄関先に出ると、女性が立っていた。
泣きはらしたような目をしていた。

「あの、ヤスノリ君が亡くなられたって本当ですか?」
しっかりした口調で聞かれたので、
「はい、今日のお昼頃だったと聞いています
会われますか?」

〔どうして来たんだ、ダメだ!〕とヤスノリ君は言ったけれど
彼女には聞こえていなかった。

「はい、ありがとうございます」言うと同時に、彼女は彼の元へ

彼女は、静かに歩み寄り、枕元に座ると、そっと彼の頬に触れ涙を流しながら、悔しそうに、絞り出すような声で言った。
「どういうこと、行かなきゃ、って違うでしょ、治すって、がんばってみるって、言ってたのに、まだこれからだよ!!」

おじさんが
「あの、どちらのお嬢さんか存じませんが、ヤスノリとは?」
「お付き合いさせて頂いていました、でも、1ヶ月程前に一方的に別れると言われて、訳が分からなくて、理由を聞いて喧嘩してしまって、、、
今朝、夢なんですけど、変な事彼が言ってて、何だか胸騒ぎがして」
そう言うと、今度は声をあげて泣き出した。

ようやく落ち着かれ話を聞くと、ヤスノリ君は会社の健診で再検査を指摘され、結果、闘病を余儀なくされる事に不安と迷いが増し、迷惑をかけたくないから、別れる、と言ったそうだ。
でも、彼女は、そばで支えたいと願い何度も話し合って、彼が何とか前向きになって向き合ってくれた矢先の事故だった。

なんて過酷な運命なんだ。
神様って、きっと何もかも知ってて何もしないんだろうな。

そういう僕だって、
何も状況を変えられないんだから
自分自身に対して、苛立ちと嫌悪感を覚えた。

すると、彼が話しかけてきた。
〔誠弥君、僕が見えてるんだね
僕は、とっさにどうすることも出来なかったんだ
最近、いっそ死んだ方がましだ、そう思ってたし
声がしたんだ
じゃあ、終わらせるか、ってね〕

きっと、[ぎんじ]と同類の奴らの声だろう
残念ながら、波長が合ってしまったんだ。

思いや言葉は一番に自分自身に跳ね返る。
声を発すれば、より働きかけは強くなる。
それは、良いことも、悪いことも。

特に、僕は影響を受けやすいと思っている。
だから、どんな嫌な事、逃げ出したい出来事があっても
とにかくポジティブシンキングに切り替えるように努力するようになった。
自分を一番に労るように心がけてもいる。
いつでも気持ちも体も健康でいられるように気をつけている。
でないと、他の人の事まで気遣える余裕も作れないし
行動にも責任を持てないからだ。
自分の心が壊れてしまったら身近な大切な家族さえ守れなくなる。

「ヤスノリ君、思いは残さないようにしないとね
今の世の事は、この世で納められるらしいよ、そうしないとね」

〔そうだな、何だか、誠弥君、随分大人になったんだな
実はさ、動画撮りはじめてたんだ
もしもの時に、ちゃんと伝えたくて
部屋のパソコンに保存してあるから、案内するよ
それに、色々パソコンのデータとかも気になるよな
ネットバンキングもさ、はぁ~〕
彼は大きなため息をついた。

僕は、ヤスノリ君の部屋に向かった。

すると、先ほどの彼女が居た。

〈あかね、、、誠弥君、お願いするよ〉
「分かった」

「?あの、ごめんなさい、何かお手伝いできたら、って思ってお話ししたら、お父様が案内してくださったんです
でも、とても綺麗に整理整頓されてて、なんにもする事ないわぁ、
あの人らしい」
とても寂しそうな彼女に

「あかねさん、とにかく、パソコンの前に座ってください」

「ええっ!どうして名前を?」

僕は、ヤスノリ君の思いを彼女に伝える事にした。
「僕は誠弥といいます。ヤスノリ君のいとこです
彼からメッセージがあるそうです
今、僕の隣に彼が居ます」

デジタル遺産

多くの人が当たり前のようにインターネットを利用する時代になった。
そして、ネット銀行や通帳の無いインターネットバンキングを利用していたり
電子マネーサービスの利用に、動画配信サービスの利用、
様々なSNSのアカウントを使っていたりもする。
ヤスノリ君は、それらの事も思い出したようだ。

「先ずは、あかねさんにメッセージ動画があるそうです
ログインパスワードは、あかねさんの誕生日だそうです」

「えっ!?あっ、はい、分かりました」
彼女は、すっと背筋を伸ばして座り直し深呼吸すると
キーボードに手をやった

デスクトップのフォルダーに
to akane
ていうのがあった。
彼女が開くとその中に動画がいくつかあった。

僕は、彼女へのメッセージだから、と気を遣って部屋から出ようとした。
しかし
「誠弥君、一緒に見ていただけませんか?彼の今の様子も知りたいです」

状況を真剣に受けとめようと必死なあかねさんの姿だった。
僕は頷いて、彼も頷いたので、一緒に見ることにした。

人はこんなにも誰かを好きになって愛して、本当に優しく大事に思えるようになるんだ。
きっと父さんや母さんにも、こんな時代があったから、僕が存在したのかな、なんて思った。
いつもより、心が温かくなった。

ところで、彼は、ネット銀行のIDやパスワード、その他利用中のSNSやメールのIDやパスワード、カード会社の情報、保険関連、その他諸々、念のため闘病の前に、それらをまとめた一覧を作ってる途中だったらしい。
データの仕上げ作業はあかねさんにして貰った。

そして、彼女が聞いていたって話にして、おじさんが色々と手続をする時に、彼女の希望でサポートする役割を担うこととなった。

「ヤスノリ君、僕と10歳しか違わないのに凄いね」
〔いや、でも、誠弥君がいなかったらどうなってたんだろう
ふと思い出して、どうしようか、って心配で夜も眠れなかったと思うよ
っていうか、僕は眠くなったりするのかな?〕
「さぁ?僕には分からないよ」

〔生前、話したことなんて無かったのに、不思議なもんだな〕
「縁のある人とは遙か昔から繋がっているから、いつでも話せて和めるんだと思うよ」

やがて旅立つであろう魂が
最後に思いっきり輝いて光だけを放ち、迷わず飛び立てるように!!

彼の笑顔を見ながら願った。

»»»»»»つづく»»»»»»


《主な登場人物》

誠弥 読書好きで一人で過ごす時間を大事にしたいタイプ
   大勢の中では疲れやすく、あまり他人と関わりたくないが、
   生命エネルギーが見える事から様々な出逢いに巡り会う

紗優 誠弥の幼馴染みで同窓生
   明るく活発な女の子

星來 誠弥の母の亡き妹の魂の化身

ぎんじ 負のエネルギーの化身
    およそ800年前から存在している

紗優の友人達 文(あや)
       楓子(かこ)
       睦心(むつみ)
       彩音(いお)
月花(るか) 誠弥のアルバイト先の取引清掃業者の娘

▷前話

▷次話


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