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幸せの届け愛〈第3章〉

願うは自由されど、時、既に遅し?!

情報不足で超不安

『なんとか保てていた気持ち
今は相当揺らいでる
心のどこかで
あ〜どうしよう、ばかり
本当は自分も好きなように時間を使いたいのに
スーパーネガティブな思いを抱えてしまう
誰にでもよく思われたい、好かれようとして
一生懸命努力してた自分の姿を思い出すと
辛いな、て思いながら皆のことがほんとに好きだったんだ、って』

『でも、もう叶わない、何もかも・・・
アーナンも星來さんも、どうしてあんなに一生懸命で楽しそうなんだろう?
私、すっかりダメダメ人間だ、
あっ、普通の人間じゃないんだった
不慮の事故で魂だけで存在している今は
行きたいところに自由に行けるようにはなったけど
おいしい物を食べたり、誰かと一緒に笑って話したりなんて出来ない
友達の近くに寄って行っても、全然気付いて貰えないし
唯一、誠弥とは話せるからマシかも、だけど』

寂しさが募る紗優、
魂の中で共に存在しながら閉じられていた”さえ”の記憶が放たれ
同時に存在し、お互いに意思を持って共有しているが
表には、どちらか一方が存在感を出せるという状態。
そろそろ慣れてきたとはいうものの
時々襲う虚しさ、悔しさ、深い悲しみの感情に支配されそうになった。

”ぎんじ”とは最近会っていない。
そして、”さえ”はまるで眠ってるかのように、ずっと静か。
だからなのか、余計な考え事ばかりしてしまうようだ。
紗優は、実に暇を持て余していた。

”さえ”は過去の魂に出逢った時、”ぎんじ”とも会った影響なのか、その後から閉じこもり悲しみを押し殺して平然を装うとしていた。

ぎんちゃん、私のこと覚えてなかった
しかも、あんな姿になってるなんて・・・

友人や周りの多くが親同士で決めた許婚との婚姻が主流だった時代に
”さえ”は”ぎんじ”と恋をし、生涯を共に誓い合い、皆から祝福をされて暮らしはじめた。
そんな仲睦まじい二人が、何の因果か理不尽極まりない状況で生涯を閉じたのだ。
”さえ”は、そういうもんか、これが私の人生だったんだ、と受け止めるしか無く、すんなり割り切って光の使者アーナンと共に生まれ変わりの道しるべへと進んだ。
その時に、いったん生前の記憶が消されたので、”ぎんじ”を思いやれる余裕があるはずも無く、進むべき道へと、ただ前を向き歩むだけだった。

その後の何百年の間に幾度かの人生を全うし、
そうして現代では、あの事件まで紗優として生きていたのだった。

アーナンが言ってた、ぎんちゃんを救う、って何をすればいいの?
探す?どうやって?探せるの?

不安になり、どうしていいか分からなくて声を上げ、泣きそうになった瞬間、
紗優にも声が響くため”さえ”の思いが届いたようだ。

『さえちゃん、起きてたの?』紗優が問いかけてきた。

『ねっ、ぎんじさんの現れそうな場所ってどこだろう?』
”私も知ってるぎんちゃんじゃないから、思い浮かばなくって”
『もし、自分が悪霊だったら、、、そうだ!病院は?
魂がめっちゃ、いっぱい飛んでそうじゃない?
うん、そうしよう。救急センターのある大きな病院に行こうよ』
”キュウキュウ?”
『そう、急な病気や事故とか、とにかく今にも死にそう!って人達が運ばれてくる場所なの』
”え~、すぐに思い浮かぶなんて。そんな大変な場所があるのね。
紗優ちゃん、でも、なんだか怖いわ”
『仮にもね、ぎんじさんにヤられそうになったら、私たちで協力したら、
あっちを操ったりできるんじゃない?』
”無理よ、、、ちょっと、紗優ちゃん、楽しんでるみたいよ?”
『いえいえ、そんなことは・・・』
”あの、心が繋がってるから丸わかりなんですけど”
『そうだった』

そして、紗優と”さえ”は、事故の時、自分が搬送された病院へと向かった。

すべての出会いは必然

『あっ、でも星來さんも誠弥も一緒じゃ無いと意味ないかも!』
不意にアーナンの言葉を思い出した紗優は、病院の救急の出入り口付近で留まった。
すると、そこに救急車が1台到着し搬送されてきた患者が下ろされた。
なんと、見覚えのある女性だった。
月花(るか)だった。
『何があったの?どうしたんだろう?』
愛し合っていたであろう彼が亡くなり、不運にも別れた彼女、きっと、なんとか元気で暮らしているだろう、そう願っていただけに紗優はかなりショックだった。
思わず〈『アーナン、星來さん、来て』〉と念じた。

しばらくすると、仕事の車が到着し、月花の父親らしき人だろうか?
慌てて降りると病院へ入って行った。
紗優も気になり、ついて行った。

月花はとても苦しそうだったが、病院についてから治療されると割と早くに落ち着いた様子になった。

医師が父親に説明している。
「娘さん、妊娠されていますね。ご存じでしたか?
もう少しで母子共に危ないところでしたが、今は危険な状況ではありません。落ち着きましたが、極度の貧血なので、このまま入院が必要になりますよ。しばらく様子を見ましょう。」

「はっ?!に、妊娠ですか?入院?」
どこか体調が悪いのではと考えていた。
顔色が思わしくない日が多く、仕事のテンポが悪い。
物思いにふける様子も見られ、悩みがあるからに違いないと思っていた。
だが、声をかけられなかった。
父親としても、仕事の先輩としても悔やまれる。
まさか妊娠とは、、、
こうなっては、考えても仕方がない。

一体、どこの誰なんだ?

2020年の12月、誠弥17歳、月花18歳


月花の父親、江田寛男(えだひろお)は、亡くなったリョウと娘の仲に全く気付いていなかった。
実は、周りの誰一人二人の関係を知らなかったのだ。

紗優は、リョウさんとの子どもだ、とすぐに気付いた。
話を聞きながら、月花の落ち着いた様子に一安心したので戻ることにした。

しかし数日後、思いもよらない事態になるなんて!!

「確か前にも、ここで会ったね。君か、誠弥君ってのは?」
江田は、いつも通りコンビニでバイトをしている誠弥を訪ねてきた。
「あ、はい」
「うちの娘を知っているな」
何だか様子が変だとは思いながら
「はい、月花さんですよね、知っています」
「君、歳は幾つだ?」
「僕ですか?17歳です。高3です」
普通に受け答えすると
「まともに稼ぎもしてない男が軽々しくウチの娘に何してるんだ!!」
と言いながら、江田はカウンター越しに誠弥に殴りかかった。
奥から店長が出てきて慌てて止めに入り、誠弥も訳が分からずにいると
急に神妙な顔になり
「とにかく娘に会いに行ってやってくれ。ここだ。」と言いながら
誠弥にメモを手渡した。
そこには、病院名と番号が書いてあり、どうやら月花が入院したという病室だと分かった。

ただ事では無いと思い、店長に断りを入れ誠弥は月花に会いに行った。

一人で来た誠弥は、リョウさんは、本当にもう居ないんだな、と
改めて思いながら月花の居る病室に向かった。
4人部屋の窓側のようだ。

すっぽり布団をかぶっている
「月花、さん?」近くまで行き、声をかけた。

すると、ぱっと顔を出した。
泣きはらしたのか、腫れぼったい目だったが
真っ直ぐに真剣な眼差しで見つめられた。
久しぶりに近くで目が合ったら胸の奥が熱くなったような気がした。

開口一番、彼女は
「ごめん、ほんと、ほんとに申し訳ない!!」
「どうしたんですか?何があったんですか?」
「あっ、ウチの父に殴られたんじゃ?」心配そうに見つめる彼女。
「あ~、まぁ、はい1発だけ」
「やっぱりぃ~」
そうだ。驚いたけど、よほどの事情だと思ったから
江田がメモを渡すなり話はしないまま病院に来たんだった、
と思い出した誠弥は
「リョウさんとの事が知られたのかな、とは思いましたけど、よっぽどの事情があって、わざわざ僕を尋ねてこられたんだと思ったんで来ました。」

「え~、嬉しい、本当にありがとう。急にびっくりしたでしょ?
だから、ごめんね、、、えっと、つまり、私ね、
実は妊娠してたみたいで、時々具合悪いの隠して仕事続けてて、
で、倒れちゃった、ってわけ。」
「そ、そんな、大丈夫なんですか?あの子どもさんは?」
「うん。大丈夫よ、で、、」

話してところに担当の看護師らしき方が入って来られた。
「こんばんは」僕を見て軽く会釈しながらあいさつされた。
「こんばんは」とりあえず、会釈しながら、こちらもあいさつ。

すると
「月花さん、良かったわね。彼、早くに来てくれたんだ、一安心ね。
あんまりおしゃべりしないで今夜は早く休んでね。」
言いながら検温や簡単な問診をし終えると、誠弥に軽く会釈して病室を後にされた。

彼?どうも勘違いされているらしい。
「月花さん、僕、なんだか間違えられたみたいですね」
「えーっとね、違うのよ、誠弥君、あのね・・・」
すごく小声で、
「この子の父親は、誠弥さんて人!て、つい、ついね、言っちゃってて、、、。」
「えぇ~!!つ、つい?つい?」こっちも小声ながら繰り返し驚いた。
「だから、ほんとに、ほんとに、ごめんって
ちょこっと前からね、リョウの夢見たたの。
ただ、内容はリョウが誠弥君が居るから安心だ、
何かあったら、とにかく誠弥君に言うんだぞ、
なんて変な事言う夢ばっかり続けて見てたのよね。
運ばれた時も、なんか夢見てたみたいで、全然覚えてないんだけど、
誠弥君、誠弥君、って何度か呼んでたらしいの、、、。」
困ったような恥ずかしそうな月花だった。

しばらく話をしていたが、安静にしないといけないのは変わらない様子なので、また明日来る事を伝え帰った。

これは、今までに無い大問題だぞ!!
どんな数学より遥かに、、、。
そうか、彼女の中で光ってた白い光は子どもの魂のオーラが見えていたんだ!
今日も、はっきりと輝いてたし、うん、元気そうだ。きっと大丈夫だろう。
月花さんは、あれから一人で立ち直って、がんばって踏ん張ってたんだろうな。
考えたら、一つ年上なだけなんだよな、
なんか、今日は不安なのに、すごく強がってるようにしか見えなかった。

少し時間を遡る。
実は、誠弥が殴られたとき、コンビニの店内にはお客様が数名居られ
通報されそうになったのだが、誠弥が気付き、すぐに制止していた。
でも、その時、気付いていなかった事がある。
店の外には誠弥に会おうと待っていた睦心(むつみ)が居たことを。

馬鹿者か勇者か?!

翌日、誠弥は学校で授業中ずっと上の空だった。

月花さんの父親が言うような、軽々しい事は、もちろんしてないんだし、
なんて説明すればいいんだろう?
とにかく、彼女の体調が回復するまで、それとも、、、

「おい!誠弥、どこ見てるんだ?」

昨日は星來と紗優に会わなかったな、来るかな?今日は呼んでみるか・・・

「おい!!」ぱこん、頭をこつかれた。担任の授業中だった。

「あ、すみません。」
「なに考えてるんだ、2学期になってから、おかしいぞ」
誠弥は、頭を下げながら心の中で、(はい、おかしくなってます。)と答えた。
「そうだ、進路はどうするんだ?今日の放課後来なさい!」
「分かりました」素直に返事した。

放課後、担任と話しながら、本当に心配して親身になろうとしてくれているのが強く伝わった。
しかし自分の中では、今は進路、それどころではなかった。
母親にも、どうやって説明しようか、そればかり考えてしまった。
今も、紗優は居るんだよ、星來はずっと一緒だったんだよ、実は月花さんて人が居て、、、って?言える?

物事を冷静に捉え、常に着実にこなしてきたつもりだけれど
次から次と、、、。

月花さんは父親をとても尊敬しているし、その仕事が好きで、ずっとがんばりたい、って言ってたな。
ただ、子どもは生まれながらに父親が居ない状態になるわけで、
リョウさんがこの世には居ないから彼女一人で育てていく事になるんだよな。
なんて大きな不安を一人で抱えてるんだろう。
考えながら、月花さんの昨日の顔がくっきりと浮かんできた。

よし、いいよな?決めた!!

「先生、入りたい会社があります。」
「どこだ?ウチの高校への求人に掲載されてる企業か?」
誠弥は、
「求人が出てるかどうかは調べていませんが、マイチェック株式会社ていう清掃会社です」と寛男の会社名を告げたのだ。

「清掃?誠弥、よく考えたのか?お前なら、もっと、、、」
「是非、応募したいので、先生は応募可能か不可に関わらず、学校から出す志願書的な書類を用意していただけますか?」
「って、そう簡単に決めるな。
他に誠弥に薦めたい企業が幾つもあるんだ。」
担任の先生は用意していたと思われる資料をガサゴソし始めた。

病院で月花さんが色々話してくれて気にしていた仕事に関しては、興味もあったし、もっと知りたいと思った。
月花さんのこともだ。
誠弥は、正直、ここ一年弱、色々ありすぎて真剣に進路を考えていなかったが、先生の気持ちは本当にありがたい、と思いながらも、今回はやけに直感に従おうと思ったのだった。
月花さんと再会したいきさつはさておき、偶然なのか必然なのかも分からない、けれど、いつもなら、もっと慎重なはずの僕は心に決めた。

目の前の気づいた事、気になる事から、やってみよう。

先生は面食らっているようだった。

翌日、また月花さんのお見舞いに行った。
何だか幼い少女のように無邪気で嬉しそうだった。
少しでも暗い気持ちや悲しい思いはしない方がいいに決まっている。
きっと、子どもさんにも影響するだろうし。

月花は、誠弥の訪問に心から安心感を覚えていた。
そして、話しながら、どうして、リョウのことをお父さんにハッキリと伝えられなかったんだろう、どうして、ウソついたんだろう、私。
この気持ちは何だろう、本当は、後悔していたのかな?
色々と考えを巡らせていた。

人生には何度も選択と転機が訪れる


数日後、誠弥は面談して頂けることになり、寛男の会社へ向かった。
思った以上に、こぢんまりした倉庫併設の事務所で一対一だった。

「何で当社へ応募を?」
「いつも親切丁寧に仕事しておられ、テキパキとされてますし、
お客様には大変喜ばれておられる仕事ですし、自信と誇りに満ちあふれておられました。
その姿がイキイキされてて、自分も堂々と格好良く仕事できたら嬉しいだろうな、と思っていました。
一緒に働かせて頂きたいと考えていたので応募しました。」

嘘では無い。黙々と作業される様子はバイト先で何度か見ていたし、普段、他でも、どんな仕事をされてるんだろう?
そう気になって時々思い出していたのは本当だ。

他に何を聞かれるのか、内心ドキドキしていたが、じーっと履歴書や学校からの書類を見入ってるのか?実は見てないのか?
よく分からない様子で、しばらく沈黙が続いた。

そして、寛男が口を開いた。
「月花には会ったんだな?」
「あ、はい、今日も行きます。」

「そうか、、、君は体は丈夫なのか?」
「えっ?あ、はい」多分、健康かどうかって話だよな?かなり丈夫な方だろう、と思いながら短く返事した。
「とにかく、体が資本の仕事だ。難しいことは特に無い。やり続ければ覚えられる仕事だ。それと、あとはチームワーク、それだけだ。」

だったら、、、
そうだ!誠弥は思いついた!

「あの、土曜日と日曜日に仕事があるなら、すぐにでも働かせて貰えませんか?
今週は土曜日が空いてます!
許して頂けたら、今のアルバイト先に伝えます!」

江田は一瞬驚き、誠弥をジッと見据えると
「そうだな、早速、来てもらうとするか。」
「はい、よろしくお願いします。(よっしゃ!)」

その夜、月花さんのお見舞いに行った時、事後報告には、かなり驚いたようだった。

僕は、月花さんとは最初に会った時に何となく波長が合うと思っていた。
今回の再会で、彼女が、まったく緊張させない雰囲気で話もしやすく、
しっかり者だけど、どこか抜け感もあって明るくて、不思議と飽きない素敵な人だと思った。

そして、月花さんに思い切って一大決心を告げる事にした。
「あの、これからも月花さんとこうして、会ったり、話したりしてもいいかな?」
「いいかな?って、あたしの方こそ。
いいのかな?誠弥君、忙しいでしょ?それに、変な事言っちゃって迷惑かけたね。体調が落ち着いたら、話そうとは思ってる、お父さんには。」

「あまり、考え込まず無理しないで。これも何かの縁か何かだって思うんだ。それに、僕で良かったら、月花さんとリョウさんの子どもの父親になってもいいかな、って。ならせて貰えないかな?」

月花さんは
「えっ?うそうそ。そんな、ダメだよ。
ちゃんと考えなきゃ、って思ってる。
そりゃ、あたしだって一人は不安だし、
今は誠弥君がパパだし、じゃなくて、
パパだったら、て思ってる?
あれ、そうじゃないけど、えっと、、、」

言いながらニコニコ顔から、みるみる涙目に変わり
「あたし、リョウの事ね、不安があったのは事実だけど、
どうして隠してたのかな?って。
心のどこかに、隠したいのは何で?恥ずかしいだけ?変なプライド?リョウの優しさに甘えてただけなんじゃ?とか、気持ち的に、いい加減な部分もあって、後ろめたいような気持ちもあって、で、お父さんに言えなて、、、」
「あのさ、月花さん、リョウさんの夢の話聞いて考えてみたんだ。
で、自分の気持ちもはっきりと分かった。
どこかで、僕がたまたま出会ってたとしても、きっと僕は月花さんを見てたと思う。
それに、リョウさんは、いきなり僕を信用して月花さんに会わせたんだ。
正直、関わるべきかどうか、普通なら迷うと思うんだ。
でも違った。
すぐに、僕が何とかしなきゃ、て思ったんだよ。
普通なら考えられない話。
けど、一緒に体験した事が忘れられない。
あの時から、また会うって決まってたのかな、って思うんだ、
僕たち。」

「ねぇ、でも、、、そうだとしても、父親になるって、誠弥君を利用する事になるんじゃない?まだ10代でしょ、誠弥君さ、」
「月花さんだって、今が18歳、で、もうすぐ19歳の10代だよね」
「うん、そうだけど、、、でも、ちょっと弱気にもなってるし、今のあたしは変だよ?
リョウ以外で最近自分をさらけ出せたのって誠弥君だけだったから。
今日だって、すっごく甘えちゃってるよ?
うん、そう。
変だ、あたし、
うん、とにかく、つい、この前までリョウを愛してたんだよ?
かわいそう、とかだけで、どうにかなる話じゃ無いでしょ?
誠弥君の人生かかってるんだよ?」

「月花さん、だから、それが何?僕は気にしない。
出会った時からリョウさんが大好きで、
今だってリョウさんのこと思ってる月花さんの気持ちがあるのは、ちゃんと分かってる。
僕は、そんな月花さんがいいんだ、大事にしたい、そばにいてあげたい、何とかしてあげたい、きっと、これは好きだ、って思ったんだし。
今だってさ、こうして自分が来たくて来てる。
嫌なら、とっくに、どうにかして抵抗してるよ。
誰にだってさ、今があって過去があって当たり前な話で、そんなことは何も気にならない。
これからも、いつでも会いたいな、て思う気持ちが大事だと思うんだ。
そう、今は、それだけでいいかな!
まぁ父親になる、て偉そうに言ったけど、それに関しては本当は自信はこれっぽっちも無いんだ、だって兄弟もいないしね。」

自分でも不思議だった。
とにかく気兼ねなく傍にいられる月花さんとなら、これからも一緒にいたいと思った。
だったら、今、ちゃんと言葉ではっきり話しておかないと。
めんどうくさい僕の素性の説明も要らない相手なんだし。
真っ直ぐ伝えよう、って強く思えた。
気がつくと、ため口で、どんどん気持ちを伝えていた。

しばらく、複雑な思いになったんだろう。たくさん泣いてしまった月花さんだったが、僕の方へ、しっかりと向き直し、ぼそっと
「ありがとう。運命共同体でお願いします」
と言いいながら深々とお辞儀した。
僕も同じく頭を下げ
「共同体か、こちらこそ、よろしくお願いします。
受けとめてくれて、ありがとう。」
と手をとり言った。


その頃、星來と紗優も、また”ぎんじ”に会えるかもと思い、病院にやってきていた。
『あれ?もしかして誠弥の声?』紗優はそっと病室を覗いてみた。
いったい、どうゆう状況なの?
誠弥と月花の楽しく親しげな様子に驚き、星來と顔を見合わせた。

道が無ければ自分で作ればいい

新米清掃員

週末の土曜日、早速清掃の仕事へ。
朝7時半頃、会社に着くと新しいユニフォームを支給されたので着替えた。
準備が整い次第出発するそうだ。
「松本君だ、今日は君ら二人で行ってくれ」
寛男は別の現場の仕事へ行くそうだ。
誠弥は、緊張はしていなかったが、全くの無知なので迷惑になるだろうな、と内心気がかりではあった。
「よろしくな、誠弥、でいいよな」
松本、という彼は、この仕事に就いて6年目で21歳、リョウさんの一つ後輩だった。
とても明るい印象、他に3人居られ全員中卒だそうだ。
「いやぁ、びっくりしたよ。月花ちゃんに彼氏がいたなんてさ」

「いえ、まぁ・・・」
(あっ、そうだった。すっかり忘れるところだった。僕は、公にそういう事になったんだった。)

最初こそ、話題にされたが、あとは仕事の話になった。
「今日は、工場の改装工事後の仕上げの日なんだ。
建築美装、って仕事だ。規模はそれほど広く無い現場だから、特に今回は教育や書類が無いが、普段は色々あるから、またその時に。
前に仮の仕上げの美装は終わってるから、検査で指摘されたり、施主から指摘のあった所の再清掃さ。現場に行けば、監督が来てるから紹介するよ」
松本さんの運転する車で現場に向かった。

その日は実働4時間程で終了。
目をこらし角度を変えながら見ながら順次すすめていくという、難しく無い作業内容だったが、道具を細々と使い、ちょっと肩が凝った気がした。

改めて、現在マイチェック株式会社には寛男社長、月花さんの他に今日一緒に仕事した松本さん、そして増田さん、近藤さん、内田さんがいる。
これから、どうなるか分からないが、色々と面白そうだ。
面談で江田社長は、特に難しくない仕事、と言っていたが、とんでもないじゃないか!専門の用語や関係する知識と特に技術と度胸も機転、コミュニケーション能力だって、かなり必要だと思った。

帰宅後、母が待っていて呼ばれた。
そうだ、まだ就職のことも何も話せていないんだ、まずいな、その事かな?
「誠弥、今日ね、マイチェックて会社の社長さんが来られたわ。」
江田社長が?家に?
「就職する、て決めてから、バイトにはよく出掛けているのは知ってたけど、どういう事?まったく。」
結局、就職云々の話に加え、若すぎる者同士の今後について散々言われた。

そして親がしばらく見守り手助けする他ない、と話し合い、ある程度親同士の心は解決したようだ。
僕が浅はかな思いつきだったのは認めるし、ちょっと、、、いや、周りから見れば、かなり驚かせる話だ。
でも、決して月花さんやリョウさんとの子どもさんの事、いい加減には考えていない。
(ごめんなさい、母さん)

心の整理


翌日の日曜日は、いつものコンビニエンスストアのシフトが決まっていたので出勤。
品揃えしてると、後ろから睦心が声をかけてきた。
「誠弥さん、この前は大丈夫だったんですか?」
「えっ?何が?」
「実は、たまたま店に入ろうとしてて外にいたんです。
なんか男の人に殴られてたでしょ?」
「あ~、見てたんだ」

睦心は紗優の友達だが、会うのは久しぶりだった。
見られていたなら話は早いと思った。
「実は彼女のお父さんなんだ」
(よし、言えた)

「カノジョ?オトウサン?」
嘘!いつからそんな人が居たんだろう…
睦心は、かなりショックだったが、あまりにもはっきり言われたので、
切り替えるしか無かった。
「何か悪いことしたんですね?」

「まぁ、ね、色々と、そういう話になるかな。」

「え~、なに?気になりますね。聞きたいですが、バイト中ですし、あまり邪魔できないですよね。」
睦心は、困ったような、でも嬉しそうな誠弥を見て完全に失恋したと悟った。
そして、よく買っている梅シリーズをたくさん手にした。

「今日、多くない?」

「ええ、受験ラストスパートだし、まとめ買いします。
誠弥さんも、とにかく、がんばってね。」
睦心は精一杯の気持ちで声をかけ店を後にした。

「うん、じゃ。ありがとうございました!」
誠弥も、いつもより大きな声で送り出した。


先日、紗優は、”ぎんじ”を探しに病院に来ていた時
月花と誠弥が一緒に居るところを見かけ、少し複雑な心境になっていた。

もどかしいけど、自分の事が見えるのは誠弥だけだし
睦心とは話せないんだから、私が心配しても仕方無いっか。

[ねぇねぇ、月花さんてサバサバしてた子でしょ?
でも、さすがに落込んでたはずよね。あれから無理してたのかな?
でも何で誠弥がいるの?どうして?]
次々自問自答している星來は、興味津々なのかちょっと楽しそうだった。

紗優も気にはなったが、きっと話してくれると思い、余計な詮索はやめた。

ふと、上の階の方で異様な《気》を感じた二人。
”ぎんじ”のようで、そうでないような?
[行く?]
『行ってみる?』

抗戦

病院のフロアー全体に異様な《気》が充満している。
院内感染でも起きたようだ。深刻な様子で忙しそうな医療従事者の方達と一緒に、多くのアイツらと数え切れないアーナンがいる。


[いったい、何が起こっているの?]
『星來さん、これって次々にヒトが亡くなるって事ですか?』

アーナンとは、魂の道しるべを担う、かの世の光の使者達。
人々が死に神と呼ぶ存在でアジア地域全体を任されている者らの名だ。

紗優(さゆ)と星來(せいら)は、邪魔ばかりしてるアイツらを何とかしなければ、と思い飛んでいった。

[アーナン、大丈夫?]二人とも声をかけながら、必死でアイツらに抵抗した。

実は、同じ病院内の下の階にいた誠弥は、ふと病院内の何とも言えない《気》が激しく動いたのを感じた。
また、何かが起きてる?

「月花さん、そろそろ帰るよ。ゆっくり休んで!」
「あ、うん、ありがとう。そうするわ、誠弥君、気をつけて。」
「じゃあ、また!」
そう言って、先を急いだ。

駆けつけてきた誠弥に驚く二人とアーナン。

「ダメじゃないか!君!ここは、勝手に入れない階なんだよ!
はい、はい、ダメだから、とにかく!」
ところが、誠弥は病院のスタッフに止められてしまった。

しかし、誠弥には苦しんでいる紗優達が見えるわけで、
そんな制止にひるむはずもなく、
ふりぼどいて、ズカズカと歩き出し、助けに向かった。

周りの人からは、しばらく、ただ踊るように暴れている少年にしか見えないわけで・・・。

警備員の人達が呼ばれた。
結局、誠弥は連れ出されそうになると、

「ごめん、また出直す」と言い走り去る事にした。

紗優も星來も仕方のない事だと思い、やれるだけの事はやろうと思った。
けれども体当たりするか暴れるくらいしか出来ない。
こうしている間にも幾つかの魂は持ち去られてゆく。

『もう、どうして何も出来ないの?』
途方に暮れると、大勢のアイツらが、一斉に紗優に向かってきた。
『そんなぁ!ウソでしょ~!』
[紗優ちゃん!!]

すると、そこに、”ぎんじ”が現れた。

『絶体絶命だ・・・』
紗優も星來も一瞬でその場が凍り付いたように感じた。

ところが、[オマエら、今日はこれぐらいにしな.]
そう言うと、抵抗し刃向かってきた何体ものアイツらを吸収してしまった。そして、数々の旅立つはずの魂を手に取ると、少し見つめてからアーナンに手渡した。

・・・あの、ぎんじ様、あ、ありがとうございます・・・
『えっ?ぎんちゃん、助けてくれたの?うれしい!』
[すごい、一瞬で!]

”ぎんじ”は、紗優の、いや、”さえ”の声に導かれるように惹かれて現れたのだった。

昔の事なんて何も思い出せない、
思い出そうとも思っていなかった。
なのに、どこか懐かしい声、聞きたかった声、
そんな気がした。

その声の持ち主の”さえ”が目の前で壊れて消えてしまう、と刹那に感じると、”ぎんじ”の体は動いていたのだ。

個と個が集まり、体となり、影の存在として何百年を過ごしてきた。
誰かを想う、慕うなんて事など皆無の世界。
ただただ壮大で誰もが羨むような絶対的《力》を得ようと暴れてきた”ぎんじ”には考えられないような行動だった。

[たまたま気が向いただけだ]
そう言うと消えてしまった。

複雑な気持ち

月花は病室のベッドで誠弥を見送った後、とても不思議な感情にとらわれていた。
実は、さっき再会した瞬間、そして思い返せば、最初に会った時から
誠弥の何気ない仕草や笑った横顔に後ろ姿に
「リョウ?!」と感じて、ものすごく、ドキッとしていたからだ。
気のせいなんかじゃ無い。やっぱり、雰囲気が似てるんだ。
夢で、リョウが安心してたのは、私自身の気持ちの表れ?
他にも深い意味があるの?
そう考え始めていた。

それにしてもリョウは産まれて間もなくから施設育ち、って以外に
なんにもリョウの事分からないなんて寂しいな。
だって、お父さんやお母さんがいたはずだし。
もしかして、誠弥君と関係あったりして?
まさかね、、、。

その夜、月花は気になって眠れなかった。


翌日、誠弥は学校帰りにそのまま平日のアルバイト先のコンビニへ向かった。
すると、そこに、同じく学校帰りだろう。
文(あや)と楓子(かこ)と彩音(あやね)がやって来た。
睦心はいないようだった。

「こんにちは。誠弥くんでしょ?
お久しぶりですね。」文が声をかけてきた。
「えっと、紗優の友達の、、、」
「文です、こっちは楓子。で、彩音。」
「あぁ、どうも。久しぶり。」軽く頭を下げると、後ろに紗優も居た。
(今日は、学校に行ってたのか?うん?)
紗優は何となく目を合わせないように彩音の後ろに隠れた。

(えっ?避けたのか?)
誠弥は覗き込もうと思ったが
「誠弥くんて、就職するの?」と文が話しかけてきた。
「うん、そうなんだ。平日はここで働いて、土日は、就職が決まってる会社でバイトをはじめたんだ。」
「ほんとに?全国でも名前が出てるくらい優秀なのに、勿体なくない?」
「えっ?僕の名前が?」
「そうよ。だって、高校一年の時から塾の全国統一テストで、いっつも上位に名前あったはず!」
「そうそう、睦心も、誠弥さんって、すっごく賢い子、って言ってたわ。
なのに、塾やめちゃったんだ。そうなんでしょ?」
と楓子が言い、彩音は頷いていた。
「いやぁ、まぁ、順位はそうだったのかも。気にしてなかった。」
誠弥は既に数ヶ月、塾から離れていたので、まったく意識していなかった。

「どんな仕事なの?土日も仕事って事は、そうね~、あっホテルマン?」
文が聞いてきた。
「いや、まさか!でもホテルも行くよ。清掃会社で働くんだ。」
「え~っ!!おそうじの会社?勉強好きそうなのに。語学もイケそう。
誠弥君なら、絶対ホテルマンの方が似合う!
でも、どうして?なんか違う気がする。」と楓子。
とにかく彼女達は、心底驚いてる様子だった。
「行く先々で、本当に、とても喜んで貰える仕事なんだ。
最初から最後まで僕自身の気分が良いんだよ。」
彩音が「それはそうかも知れませんが、誠弥さんなら、なんか、もっと他にありそうで、、、あ、ごめんなさい!!」小さな声で話し、そして謝った。
「色んな仕事があるけど、とにかく、やってみたい、って思ったから、がんばってみるよ。」
「それはそうよね、やってみないと、分からないし。」文が共感した。

「あの、ところで、最近、陸心に会った?」
楓子が聞いてきた。
「うん、つい最近、店に買い物に来てたけど?どうかした?」
ふと紗優と目が合った。じっと睨んでるような?
「ただ、睦心は最寄り駅変えたっていうか、運動がてら駅を変えてたみたいなんだけど、数日前から地元の駅にしちゃった、って。
もうコンビニに寄ることないかな、って言ってたから。」
「あぁ、そうなんだ。」
誠弥は、3月いっぱいでコンビニエンスストアのアルバイトが終わる。
ここに来るのは、よほどの事が無い限り、清掃の仕事で夜間に月に一度となる。

少し、寂しいような感覚もしたが、彼女とも、この子達とも、どこかで会えば、あいさつくらいは出来るかな、と思った。

紗優は、会話を聞きながら、誠弥の鈍感さに腹が立っていたが、同時に内心は睦心と深い仲になる前で良かったかも、とほっとしていた。

誠弥の父と母の出会い

しばらくすると、携帯が鳴った。
「誠弥、この後、急なんだが、20時から22時の2時間だけ仕事に一緒に出てくれないか?」
「あぁ、はい。聞いてみます。」店長に確認すると、なんと快くOK!とのこと。
「大丈夫です。行かせて頂きます。」
「場所は、相和総合病院だ。人数が足りないそうだ。短時間でも助かるよ。」
相和総合病院は、月花さんが入院している病院だ。

軽くおにぎり1個を買い頬張ると、現地へ向かった。
松本さんと近藤さんと3人のようだ。
到着すると、同業者の方が他に3人おられ合流。

「ほんと申し訳ない!急で悪かったな、助かるよ。」
監督らしき人と同業者のリーダーらしき人が、何度も頭を下げた。
「ちゃっちゃと、やりましょ」松本さんが言うと、作業開始。

世界的規模の感染症の影響で建材、資材の不足などで思うように手配出来ず、大幅に改装工事が遅れていたそうだ。
しかし、このエリアだけは、明日に精密機器・機材の搬入が決まっており、突貫工事で急遽引き渡しすることになったそうだ。
そうして、ギリギリでようやく工事が完了。
最終の美装との事だった。
監督含め、7人でやり進めた。

改装工事では、使用エリアとの間に仮設の壁を設置し、騒音やゴミやホコリが漏れないように隔ててあった。
作業員が使う通路には養生シートが敷かれ傷や汚れを防ぐ役目を果たすものだ。
しかし、いざ、工期が終わると、通路の養生シートは何カ所か破れ、床素材そのものが汚されていたり、工事エリア外の通路周り、窓ガラスや壁面なども空気の流れや工事の作業員の出入りによって広範囲にホコリ等で汚れていた。
今日は、明日搬入するので通路以外の、屋内の窓など汚れた部分の清掃と工事箇所にある、同じく既存のガラス窓やサッシ類、電灯や備品類の清掃、壁面から床まで屋内部分の作業中心でいいので隅から隅までをきれいにする仕事だ。
ということで、急遽、招集された。
(結構時間がかかりそうだ。)

黙々と各自が作業をしていたら、
「おーい、誠弥!22時だ。お前だけ夜間タクシー呼んで帰れよ。
まだ18歳未満だろ?」
「あ、はい。すみません。分かりました。
ありがとうございます。お先に失礼します。」

皆さんに、丁寧にあいさつをし、その場を後にした。
また、怒られるだろうな、と思いながら、昨日の昼間の階に向かった。
すると、詰め所には2人だけ、書類やPCに追われている様子だが、アーナンも慌てず、少し落ち着いてるようだった。
さすがに紗優と星來は帰ったんだな。

アーナンの一人が誠弥に気付いた。
・・・誠弥様?どうして、また、ここに?・・・
「どうなったかな?って気になって。でも、大丈夫そうだね。」
・・・はい、実は、誠弥様が行かれた後、すぐに”ぎんじ様”が来られまして、
なんと申しましょうか、、、ご本人様の意図は分かりませんが、結果的に助けて頂きました。・・・
「そうなんだ!良かったね。じゃ、行くよ」
このまま、うまくいきそうな気がするな。
そうなれば、誠弥は、紗優の気持ちが明るくなるだろうと思った。

自宅に帰ると、母親が声をかけてきた。
「お帰りなさい。誠弥、月花さんの入院先って相和総合病院だったわね?」
「あぁ、そうだよ。」
「この後、少し、話せるかしら?」

「大丈夫だよ、じゃ着替えてくるよ。」
珍しいな、何の話だろう?誠弥は急いで部屋に行き着替えるとリビングへ。

「誠弥、前に、父さんと母さんとの話、聞いたこと無い、って言ってたわよね。丁度、いい機会だわ、って思って。」

「出会いの話とか?」

「そうよ。あのね、お父さんとは、私が相和総合病院で期間限定のアルバイトで看護助手してた時に出会ったの。あの人は、交通事故で何ヶ月も入院してリハビリ始めたばかりの時だったわ。」

「へ~あの病院だったんだ?何だか奇遇だね」

「ほんと!それで、お父さんね、事故の前の随分と長い時間の記憶が無かったのよ。
病院で彼のリハビリのためのミーティングで聞いたのは、交通事故で病院に運ばれてきた時は男女二人で、女性の方は数日後に亡くなられて彼は助かった。で、その、亡くなられたのは、結婚を約束していた彼女だった、てね。
それでお父さん、意識不明の容態で1ヶ月半も過ぎてしまって。
ようやく目が覚めたときには、5年間くらいの記憶が何もかも思い出せなくなってて。でね、お父さん、結局、彼女との事、ずっと思い出せなかったの。そうね、高校受験の前の中学生くらいまで戻ってた感じだったわ?」

「その状態から、どうやって父さんと?」

「あのね、これも偶然なんだけど同じ大学って分かってから、お母さん自身が、同情もしてたけど、すごく親近感が沸いてね。彼からは信頼されたし。
担当だったとはいえ、結構話し込んでたわ。
何となく気が合うな、って思って、楽しかったし話しやすかったから。
でね、記憶障害で学力も飛んでるでしょ?助手のバイト期間が終わって、あいさつしに行ったら、彼から良かったら家庭教師みたいに勉強教えてくれないか?って頼まれたのよ。
えっ?てびっくりしたけど、正直、嬉しかったわ。
また堂々と会えるんだわ、って。
それから、休学中の彼と、どんどん親しくなり、卒業して落ち着いてから一緒になりましたとさ。
ふふっ。
だから同級生だけど父さんは年上よ。
ふぅ、でもね、もしかしたら、彼女の事、思い出していたかも。
だとしても、ずっと口には出さないようにしてたのかしら?
て思う事があったのよ。
だってね、夢見てうなされる日が何度もあって、その、彼女ラシイ人の名前だと思うんだけど、叫ぶの。びっくりしてお母さんが起きるでしょ?
大丈夫?てお父さんを起こすんだけど、起きたら、まったく夢の事、覚えてない、って言うのよ。
呼んでたわよ、叫んだわよ、て言ってもね、知らない、分からない、って。
気を遣ってるのかな?って何回思ったことか…。」

お父さんに、そんな大変な過去があったなんて。
誠弥は、母の話に絶句した。

「驚くわよね。それに、噂で、彼女との間には、既に子どもが居たとか居ないとか。そんな話をしてた彼の友人がいる、って聞いてね、会いに行ったの。でも、彼女がどこの誰で何て名前で、て、何にも知らないて気を遣ってなのか、結局、誰なのか教えてくれなかったわ。
バイトの時だって、もちろん勝手にカルテは見られなかったし。
未だに、なんにも分からないままなのよ。」

「父さんと母さんの話聞いて、驚いたよ。でも、ありがとう。
辛い時とか、きっとさ、たくさんあったよね。なのに全然感じなかったな。母さん強いな~。
仮に彼女の事とか、知ってどうするつもりだった?」

「そうね、もし自分の子どもが居たとしたら、私だったらどうしたいかな?元気なら会いたいな。そう思ってね。お父さんの代わりにはなれないけど。
とにかく、あなたに彼女がいた事も、その彼女が事故、て聞いた時は、もう、ほんと、頭の中が真っ白になって、こんがらがって驚いたわ。
月花さん、早く良くなって、元気な赤ちゃんに出会えるといいわね。」

「うん、ありがとう。」
(母さん、本当にありがとう、それから、ウソついてて、ごめん。)

かの世の者達

天命は天明で転迷開悟する?!

・・・ムーハス様、まさか、それは本当ですか?一体どういう事でしょう?・・・

アーナンは、”りき”と共に、かの世に呼び出され、ムーハスの話を聞いていた。
・・・我々が、ですか?!
星來様と紗優様は、分かります。
とてもお優しくて責任感もおあですし確実に遂行されると思います。
ですが[ぎんじ]様を使者にすべく努めなさい、とは?
何百年も苦手な相手でございます。私は出来れば居合わせたくありません。・・・
……アーナン、そんなに難しく考える事はないですよ。
元々、皆さん私と繋がっていますからね。……
・・でしたら、ムーハス様がどうにか出来るのでは?・・
……りき、それは、そうかもしれませんが。
例えば髪が伸びればプロにカットして貰う方が気分も良く、美しく仕上がるそうですよ。
長年勤めてもらっている、あなた方が適任なんですよ。
天命は天明で転迷開悟ですよ……

*天明とは天が人に与えし使命であり、それは簡単には人の力で変えられないとされる。天寿を意味し、定められた命の時間。
*天明は、夜明けをさす。
*転迷開悟とは、迷いを転じて悟りを開くことをいう。

なんだか乗せられた感はあるものの、アーナンは、”りき”と共に誠弥の家に向かった。
先ずは、星來と紗優に話をし、これから使者のお手伝いをしてもらうことにした。

『この前は、無我夢中でしたし詳しいお仕事、ていうんでしょうか、どんな事するのか内容は理解していませんでした。でも、やるべき事があるって素敵です!』
と紗優は喜んで引き受けた。

[昔、助けて下さってますし、いつかアーナンのお手伝いしたいって思ってたんです。嬉しいです。ぜひ、ご一緒させて頂きます。]と星來も喜びの声。

・・ありがとうございます。こうして出会えて良かったです。
私は”りき”と呼ばれています。これから、よろしくお願いします。
では、せっかくなので日本から離れて、しばらくは僕と一緒にいらしてくださいね。・・

星來と紗優は”りき”と、しばらく研修の日々を送ることになった。


紗優と星來には痛みも空腹も無ければ眠りも必要なかった。
しかし、生きていた頃の習慣で眠りにつく時間もある。

紗優は事故の後、誠弥の部屋に星來と共に現れ、夜になると、眠る誠弥の様子を見ながら、猫のユメとも過ごし、しばらくすると自宅へ出向き、両親の寝顔を見ながら、ほとんどの時間をそこで過ごしていた。
いつぶりだろう?まさか、こんな状況で日本を離れるなんて!
最近は、”ぎんじ”との事もあり、思い巡らす事が多すぎて、頭がパンクしそうだったが、夜が明ける頃には、次の一日に、ありがとう、で過ごそうと思えた。


星來は、産まれてから、ずっと体が弱かったため、多くの人に心配をかけ、お世話になることが多く制約だらけの生活だった。
でも、この約18年は、誠弥の母親でもあり姉のような気持ちで寄り添い見守ってきた。
自分に出来ることがある、そう感じると心から嬉しく誇らしく思えた。
時折、この手で抱きしめたり、面と向かって話をする事が出来ないもどかしさに悲しかったけれど、いつも夜明けが待ち遠しく、新しい朝が大好きだった。
しばらく、ってどれくらいかな?誠弥の夢の世界で移動した中国の地を思い出していた。


誠弥は、とても忙しく過ごす日々に張り合いを感じ、今までの人生で一番嬉しかった。
この世のものでは無い霧や影や姿が見えることで
親友との付き合いだの、誰かと恋だの愛だの、って自分には一生関係ない事だと思っていたからだ。
月花さんとの将来も、まだまだ、これから色々な問題があるかもしれない。
今は、今日は今日、明日は明日!でいいや。
目の前の、一つずつをやってみよう。

誰もが唯一無二の存在。二度と同じ時間は存在しない。
一人一人顔も声も違うように、その人生の、どの瞬間も様々だ。
ゆえに、今もあなたは、自身の尊い歩みの時間を送っている事になる。

江田の過去

「江田社長、申し訳ないです。また、わりと急なんですがお願いできますか?」
電話の相手は、先日の現場監督だ。
別の現場の仕事の依頼だ。次の土曜日指定だ。
「分かりました。お任せ下さい。」

松本の見立てによれば、仕事の飲み込みも手さばきも器用だそうだ。
連れて行けるだろう。
そう考え、誠弥にも、電話をかける事にした。
「誠弥か、次の土曜日は朝7時出発、帰りは夜の9時半頃になる。
行けるか?」
「はい、もちろんです。行きます。」

土曜日になった。
6時45分に会社集合。
現場の確認後4人で作業に車2台で向かう。
誠弥は、江田と車に乗り込むことになった。

「仕事は続けてやれそうか?」江田は声をかけた。
「はい、とてもやり甲斐がある仕事だと思っています。
特に自分の気持ちがスッキリしますね」

「そうか。」一言いうとFMをかけ、黙って運転し始めた。
江田は嬉しかった。
好青年で頭もキレるようだ。月花にはもったいないくらいかもな。

江田は、5年前に妻を亡くしてから月花との二人暮らしだ。
あまり、べらべら話すタイプでは無いので、FMの音量を上げ運転に専念した。
月花と誠弥の将来を案じながら、自身のことを思い出していた。

江田は、関西出まれ。今年で49歳になる。
見た目に白髪がとても多く、実年齢より上に見られる。
そして、かつて恐喝・傷害・窃盗で服役経験のある前科者だった。
10代、20代は、荒くれ者と思われ一目置かれていた。
物心ついた時、住まいは大衆居酒屋の二階で母と2人暮らしだった。
母は関東に出てきたあとに居酒屋を営み始め生計を立てていた。
江田が小学生高学年になると、ある日、突然男が一緒に暮らすようになった。男も関西出身だった。
無駄に明るく、よく喋る男で、子ども心に、あまり真面目では無い人だと思っていた。
江田が中学生になると、母は時々昼間から店のお酒を煽るように飲むことがあり、男とは何度も揉めているようだった。
ハッキリ言って、昼も夜も、家にはあまり居たくない状況が続いていた。
やがて、悪さをする者同士で集まるようになり、学校へは行かなくなった。
一応、高校に進学したものの、結局続かずやめてしまった。

そんな時、地域一帯のまとめ役として出会った兄のような「タツ」を慕うように。本来なら仏法を極めた者の意「極道」。タツはその極道もん、と呼ばれ実は反社会的組織の一員だった。
江田は、タツとの絡みが増え、とうとう家には帰らなくなった。
親のことや世間体、社会的常識など全く気にもとめず、どうやってラクして生きようか?と思ってふらふら暮らしていたのだ。
やらかし過ぎて、検挙され実刑も受けた。
でも、そんな江田が心を許すようになった相手がいた。
それは、タツの妹、つまり月花の母親、詠子(えいこ)だった。
詠子は、ひまわりのように広い心で、気が強く、まさに竹を割ったような性格で、江田より3歳年上だった。
タツの経営するラウンジで働いており、誰からも慕われていた。
江田は、服役後、その店を手伝うようになった。
タツに目をかけてもらってたので、詠子からは、よく話しかけられるようになった。やがて自然と親しくなっていった。
ハッキリ言って、最初は母親のイメージから、女性全般を軽視していた節があった。
しかし、店で働くようになり、詠子をはじめ、他の子達を見ていても、
一人一人抱える問題や家庭事情は様々で、誰もが幸せに生きたくて、
もがいていて、もっと好きな自分になりたくて、
やりたいことも行きたい場所も、色々考えている。
そんな、ただ、懸命な姿ばかりに、ふと、母さんも、
施設にオレを預ける訳でもなく、自分で育てようと必死だったのか、と思えたのだった。
しかし、母親には連絡したり、顔を見に帰る気にはなれずにいた。

転機は突然に


そんな、ある日、詠子から報告があった。
「子どもが、できたみたい。」
まさか、俺が親に?急に不安になった。
今のままでいいんだろうか?この時、俺は28歳になっていた。
俺の父親は誰だが知らないままだ。
母さんは、どうやって産む決断をして生きてきたんだろう?
母親に久々に会ってみようと思った。

数日後、何日か休みをもらい家に帰った江田。
なんと、母親はそこには住んでいなかった。
近所の人に声をかけ、聞いてみると、
「息子は死んだ、って言ってたのにね。あんた、今までどこで何してたの?」

昨年体調を崩し、入院し今は施設に入ってる、とのこと。
膝から力が抜け、悔やむ気持ちが出てきた。
入所先を聞くと、すんなり教えて下さったので、その足で向かった。

着くと、とても老けてしまい、一瞬分からなかったが、傍には、あの男、いや、つまり義父が一緒だった。

とても有り難いと思えた。

「おぉ、ひろお、かぁ。なんや、生きとったんかいな。
遅い帰りやな。
なぁ、ひろお、やで。」
母さんに声をかけている。

体がこわばり、すぐには近づけなかった。

「いっぺん、死んできたんか?また会える、思うてなかったわ~」
声に力は無かったが、確かに母さんだった。

二人の仲良い姿を見ただけで、何だか胸がいっぱいになってしまい、
簡単に報告した。
「お~、生き返ったら、俺、父親になる事になった。」

「はっ、そうか、そりゃ、めでたいな。わしと一緒やな。」と義父。
「あんたが親やて?もう産まれたんか?」と母。
「いや、まだやけど。」

「なぁ、ひろお、今日はこの後、時間作れるんか?」
「え?なんで?」
「わしの仕事、今日だけ手伝うてや。」
「そや、あんた、ここに来た、ちゅう事は暇やろ。行き!」
「お、おう、、、。」

実は、江田は、今日まで義父の仕事を知らなかった。
もう35年も続けている清掃業だそうだ。
いったい、何をするんだろう?

ついて行くと、今日はファッションホテルの改装後の掃除だとか。
他にも2人が居て、既に仕事をしていた。
「おー、江田さん(義父のこと)、お疲れ様です。誰ですか?若いのは?」
「前に話した事あるやろ、生きとったわ。息子や!」
「へー、よろしゅう!」
ぺこっと頭を下げたのが、増田だ。

この後、義父の全く違う、知らなかった厳しい一面をいっぺんに見ることになった。

仕事が終わると、江田の心は決まっていた。

ハウスクリーニング~空室清掃

車は、郊外の一軒家に着いた。
高齢の両親共に亡くなり、息子さん夫婦は既に別宅に住んでおられ、改装後の賃貸もしくは売却物件になるそうだ。

4人なら、一日でラクに終われるだろう。

江田は、誠弥に2階と1階と全室の網戸を外すように言い、1カ所外して見せると、プラスドライバーを渡した。
「持って出る時、壁に当てるなよ」

誠弥は、次々に外して慎重に庭先へと持って出た。

トイレとバスルームは江田が外し、庭先で洗浄するように言うと、誠弥は
「えっと、ホースか何か使って洗うんですよね。どれですか?」
「外にある既存の水栓に、この蛇口ニップルを取り付ける。ホースをつないで、その先をこれ(ヘッド)をつければいい。」
「はい、了解です!」
誠弥は長靴に履き替え、網戸を洗浄し始めた。

各自、作業をすすめていき、夕方遅くまで時間がかかったが、無事終了。

今日も一日が終わる。
誠弥と江田は、清々しい気持ちだった。

その夜、誠弥は月花を訪ね、昼の仕事の話や寛男とあまり話せなかったことを面白おかしく伝えながら、ゆったり過ごしていた。

この何気ない時間が、どれほど幸せのひと時かと思いながら。

すると、突然、背中に痛みが走り、冷や汗が出てきた。
「そろそろ帰るよ」
「そうだね、お疲れ様、ありがとう。お休み。」
「お休み、また明日!」
月花に言うと、気になって病室を後にした。
なんなんだ?
病院の1階に降りると、”ぎんじ”とは違う、比較的大きな黒い影がフロアーに広がってきていた。

いったい、何が?

≫≫≫≫≫つづく≫≫≫≫≫

《登場人物》

誠弥 読書好きで一人で過ごす時間を大事にしたいタイプ
   大勢の中では疲れやすく、あまり他人と関わりたくないが、
   生命エネルギーが見える事から様々な出逢いに巡り会う

紗優 誠弥の幼馴染みで同窓生だった魂

星來 誠弥の母の亡き妹の魂の化

ぎんじ 負のエネルギーの化身
    およそ800年前から存在している

アーナン かの世の光の使者の一人

紗優の友人達 文(あや)
       楓子(かこ)
       睦心(むつみ)
       彩音(いお)

江田 月花(るか) 誠弥の彼女(アルバイト先の取引清掃業者の娘)

江田 寛男(ひろお)月花の父であり誠弥の就職先の社長

マイチェックの社員 松本
          増田
          近藤
          内田

リョウ 月花の亡くなった元彼氏 

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