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幸せの届け愛 〈第1章〉

あらすじ


「幸せの届け愛」
~人は出会いと別れの狭間で生きている。
主な登場人物の誠弥(せいや)は普通の人が見えない姿や世界が見える。そして、あまり人と話さず自分の世界に生きているような彼が、幼馴染みの紗優(さゆ)をはじめ、関わる複数の登場人物と共に成長していく姿を描く物語🍀*゜
フィクション。

登場する人物名や団体名等が万が一実在する名称等と同一であっても一切関係ありません。

「プロローグ~届かない思い」


僕の見えてる世界は
複雑に交わっていて
いつも暗くて汚くて
ずっと嫌な事ばかりだと思っていた
でも
よく見たら
案外とても綺麗だったんだな

惑う霧

運命の光

午前中には帰らなきゃね!
はぁ~
ちょっとくらいは顔色変わるのかな?

誠弥(せいや)、意外と
すっごく、ビックリしたりして

少し胸の奥がつーんと痛い気がする。

ーキラッ!!ー
きゃ~~

夢か?現実なのか

行かなきゃ、もう…
寒い、寒いよ

だったら、一緒に帰ろう❗️

静かに首を振り彼女は
すーっと離れて行った。

霧のかかる中、灯籠が立ち並び
僕は
そこへは進めなかった…

2020年2月19日(水)

「誠弥、久しぶり~
時間作って会える日あるかな?」
「えっ?まぁ、、、3日後の午後なら空いてる
終わったら連絡するよ」

幼なじみで同じ年、何でも気軽に話せる紗優(さゆ)とは双子のように仲良しだ。
親同士も幼なじみとあって家族ぐるみで仲がいい。
小さい頃、お泊まり会はしょっちゅうだった。
紗優の家は大人が5人入っても余裕のある大きなお風呂だった。
だから、浮き輪つけて入ったり
思いっきり遊んでも怒られなかった。
いつ泊まれるのか、そればっかり考えてたな。

さすがに、中学生になると、お互いにクラスも部活も別々で
二人で話す時間は少なくなっていった。
日用品店でもある紗優の家では、いつも、おばあちゃんが店番をしていて
飲み物やお菓子も売ってたし、今でも毎週のように顔を出している。
高校は、方向は一緒だけど2駅違いの学校へ進学したから
最近は滅多にゆっくり顔を合わせなくなっていた。

何だろう?
子どもの頃のように気軽に返事してしまい、後から困惑してきた。

2020年2月22日(土)

会う約束の3日後の朝、変な夢を見て目が覚めた。

真っ白なサマーセーターをお揃いで着ていて
和気あいあいとお喋りしていたんだ。
すると、だんだん
彼女のセーターだけが真っ赤に染まっていった。
海が見える町までドライブのはずだったのに
気がつくとだだっ広い高原に果てしない道だけが見えて
紗優が哀しげな顔を一瞬見せると
車から降りると言い出した。
急に霧が立ちこめ車を停めた。
そしてすっと降りて離れていった。
二度と振り返らなかった。
呼んでも、呼んでも、振り返らない彼女、
慌てて追いかけても、追いかけても、たどり着けない僕は途方に暮れるしかなかった。

夢の中では、確かに
僕と紗優の二人だった。
車の免許なんて無いから余計に妙な気分だった。
起きたら本当に追いかけて走ったみたいに、汗でビッショリだった。

午前中は塾行きだったが、あまりにも気になって電話をかけた。
「♫♫・・・・・・・出ないなぁ」
電話をかけながら同時に家に向かっていた。
近所だからすぐだ。
家に着くと、静まり返っていた。
「おかしい、誰もいない、おばあちゃんに何かあったのか?
いや、そんな筈はないだろう。
むしろ、紗優に何か・・・」
心がざわざわして、次から次からと冷や汗が出てきた。

3日前のあの日、紗優の顔半分には薄く霧がかかっていた。
絶対に見たくも無い嫌な霧が見えていた。

メモだけ置いておこう…

その日の夕方、彼女の父親から僕の母親に電話が入った。
「紗優ちゃん、昨日ね、ちょっと行ってくる、て声かけて出たらしいけど、3時間ほどしたら警察から電話があってひき逃げにあったらしい、って」
「そんな、容態は?」
「分からない、深刻だと思うわ、彼の声が・・・」

どうして、いつもこんな事になるんだ。

誰にも言えずにいる事がある。
テレビで心霊番組とかYouTubeでも肝試しだかなんだかって動画あったりするけど
そんなハッキリした物が見えないし
意味も確実には分かってないから
ずっと隠している事がある。
一人一人に見える色んな色の雲のようにも見える霧。
どうやら深刻な病気の人や亡くなる日が近い人にだけは
やたら暗い黒っぽい、濃い黒紫のような霧がかかって見える。

はじめは、目の病気かと思った。
小学生の頃、時折、頭痛も伴って酷く怖くなって騒いだから大きな総合病院へ精密検査に連れていかれた。
でも、異常なしだった。

この前だって
テスト中、担任の頭に霧がかかり始めたと思ったら濃い影が見えはじめ
酷い頭痛になり冷や汗が出てきた。
影のある当人は平然としているようだった。
なんとかテストは受けられたが
後日、先生が急性虫垂炎で緊急入院して、もう少しで手遅れになるほど酷かったと聞いた。
今も入院中だ。

見える時は、毎回、色や濃さは微妙に違ってる。
とにかく、なるべく見ないようにしている。

2020年2月29日(土)


今年はうるう年
この日、紗優は永遠の眠りについた。
その朝
暖かい光を当てられてるかのように感じて目が覚めた。
目の前に霧のような紗優が
同じく霧のような星來(せいら)と
二人で僕をのぞき込んでいた。

星來は、若くして亡くなった母の双子の姉だ。
物心ついたときから、家で頭が痛かったり熱が出て寝込んだりすると
側に現れてそっと撫でたり、時には何もしないで話さず微笑む女の子だ。

、、、子でいいのかな?

夕方から慌ただしくなった。
紗優とのお別れは、世間一般的な告別式前の様子とは違い
取材らしき人や警察関係者も来ているようだ。
ひき逃げ犯は、まだ見つかっていない。

2020年3月1日(日)

情報番組でも取り上げられているが
何も詳しい事が見つかっていない。
近くを歩いている姿が防犯カメラに写っていて
事故があったと思われる時間帯の前後の映像だけが乱れ
その乱れた映像の後には、大きく道路が損傷し、そこに紗優が曲がりくねった自転車と共に倒れていたそうだ。
事故現場周辺には、その時間帯、バイクや自転車、人を含めて
紗優の物以外は何一つ写っていないらしい。
いったい何が起きたのか?
外傷はなく、体の中は激しく損傷していた、とだけ聞かされている。
不可解なことが多過ぎて連日報道合戦になりつつあった。

3月3日と3月4日

「どうか、どんな些細な事でもいいので、私や警察の方まで、お知らせください」
「紗優はもっと、もっと生きたかったと思います」
悲痛なお父さんの様子に、その場に居た誰もが涙し、テレビにも流れていた。
そんな姿に心苦しい思いをされた人も居たんじゃないか?
世間では、ひな祭りの日の夜に通夜が営まれた。
翌日、紗優はこの世界からきっと旅立つはずだったんだけど…

本当に家族のように付き合ってきていたからか
紗優のお父さんとお母さんが心配で、ずっと一緒に居た。
母さんも同じ気持ちだったんだろう。
ずっと居た。
そして紗優もそばで一緒だった。

紗優の両親


紗優の母親は生まれつき耳が不自由で
紗優の父親はボランティア活動に参加していたメンバーの中の一人。
二人は福祉のイベントで出会って一緒になったらしい。
僕は手話をほとんど知らない。
覚えようと意識していなかった。
いつも紗優が居たから、おばさんと二人で会話したことが無かった。
母さんは、同じくボランティア活動に参加していた仲間だった。
手話サークルにも通っていたから、おばさんとも普通に手話でやりとりしていた。

日に日に、深い悲しみが襲ってきて、どんどん辛そうだ。
一緒に泣きながら、母さんの話しぶりから
二度と会えない事、受け入れがたい事実を受け止めるしか無い事、
どうやって、これから何を生き甲斐に生きていくのかを
ぽつぽつ話しているようだった。

霧の紗優が、なぜ僕の近くに居るのか分からなかった。
おばさん(母親)の様子を見つめているようだ。

「なぁ、母さんのそばに行かないのか?」
声をかけてみた。
『えっ・誠弥、私が見えてるの?』
あ、そうか、深刻な顔してるし話しかけ辛くて、今、やっと声かけたんだった。
しかも何日も過ぎてたんだった。
「ああ、この前の朝、僕の顔、覗いてただろ
その時から見えてたよ」
何事も無かったかのように、普通に返事してしまった。

『なにそれ、なんでそんなに冷たいの!!』

確かに、他の人ならともかく、紗優なのに、どうかしてると思った。
「ごめん、見、見慣れすぎて、いつもの感じでさ、
(どこが、どう見て、いつもと同じなんだ・・・)
それにしても、いったい、何が起きたんだ?」

『分からないの、気がついたら、女の子に手を強く引っぱられてて
見慣れた場所だと思ったら、誠弥ん家だった』

なんだって、星來の事か?
星來はいつ現れるか分からないし、自分の家以外では見たこと無いしな?

何がなんだか分からない。

[誠弥、私が大事な大事な紗優ちゃんに何かするわけ無いでしょ!!]

「びっくりした、はじめて声聞いたな」
星來は急に現れた。

「何、ぶつぶつ言ってるの~、片付けてるの?確認してくれた?」
母さんがやってきた。
どうやら、まったく見えてないらしい。

3人は顔を見合わせ肩をすくめた。

星來と紗優と僕と

2020年3月10日(火)

今日は卒業式
4月から高校3年になる。
世界的な感染症の影響で後から動画を在宅参観して感想文の提出だとさ。

考えるのは紗優の事ばかりだ。
今は、姿が見えないな。
あ~、それにしても何が起こったんだろう?
後で事故現場に行こう。

ここだよな・・・
昨日まで期制線が張られていたが解除されていた。
割と広めの道、大きな交差点まで500メートルくらいの場所。
見通しも良いし、時間は、昼過ぎくらいか?

まったく、何なんだろうな?
道の真ん中が大きく丸く黒っぽく色づいている。
舗装し直してある跡だ。
よく見ると、まだ緩やかに凹んでるようだな。

[もっと、窪んでたのよ~、あらまあ、ちゃんと舗装されたわね]
星來が現れて言った。
[アイツらのせいで、こんなことに、紗優ちゃんは運悪く巻き込まれたんだわ]
「はぁ?、犯人を知ってるのか?アイツら、って?
えっ運悪くって!?」
[まあ、いわゆる、あの世でも悪さばっかりやらかしてる逃亡中のヤツラがいるのよ]
「まさか、アニメじゃないんだから」
[本当よ、
最初は一つの魂だったの、でも逃亡しながら年数が経つ間に、新しい魂を次々に奪って妙な力に変えてるらしくって神様達が困ってる
どうして、いつまでも野放しなの、って感じ]
かなり怒ってる様子だ。

「今聞いてる話は現実か?
・・・やっぱり、僕は頭がとうとうおかしくなったんだな」

[そうじゃないわ、本当なんだって!誠弥、何とかしなきゃ!
きっとあなたの力も必要になるわ]
「何とかって、僕に何も出来る筈がないさ
夢みたいな話だ」

『夢だって思いたいのは私だよ!!』

「紗優、、、」
いつ現れたのか、涙目で立っていた。

星來(せいら)

星來は生まれた時から体が弱かったそうだ。
双子とは思われて無くて個人の産院で出産を迎えようとした祖母の容態が急変し
大きな病院に搬送され、そこで母と二人この世に生まれた。
でも、誰もが予想していなかったから大慌てだったそうだ。
二人の鼓動はぴったりシンクロ
元気な男の子だろう!と心待ちにされていたと聞いている。
祖母は病院の雰囲気が嫌で町ん中の助産師さんの診療所へ通院してたとか
保健医療の関係で進められた総合病院でのお決まりの検査や診察に
実は行かなかったらしい・・・おいおい。

まさかの双子。
母さんは元気そのものだったそうだが
星來は心臓は丈夫なのに他に幾つも困難を抱えていたそうだ。
結局、中学の卒業まで生きられなかった。

なぜ、星來はこの世に残ってしまったのか
今回の紗優の事件ではじめて分かった。
魂の道しるべにやってきた神の使いの光と共に向かっていた時
襲ってきたアイツらに捕まって連れて行かれそうになったところ
命がけで使いの光が必死で守り抜き、時空へ飛ばしてしまったそうだ。
すると、辿り着いた先は母さんが僕をこの世に産もうとしている。
まさにその時だったとか
だから生まれた時から、僕の側に居たそうだ。

星來のことは、母さんがよく写真を見せながら話してくれてたから
時々側に現れる霧の女の子は
星來に間違いない、と思っていた。

紗優(さゆ)

3月22日生まれ
いつもにこにこしてて活発で明るく行動派
誰にでも気さくで好かれるタイプだ、と思う。
両親に愛されてて、おばあちゃん子で一人っ子
自然な気遣いが出来て誰にでも優しい
家がお店だからか、人懐っこくて社交的でもある。
いつも、誰かに何か頼まれてたり
誰かのためにがんばってて
よくそれだけ動けるよな!
正直、すごいな!
羨ましいヤツだとも思ってた。
飽きもせず、いつも無愛想にしてても
必ず声をかけてくる。
いつも、『今日もありがとうね』て言ってくれる。
どんな暗闇だろうと
必ず輝いて見えている星のような紗優
不思議と安堵感に包まれる。
紗優は幼なじみ以上に
特別な存在として
ずっと居てくれるんじゃないかと
密かに願っていた。

僕と家族のこと

僕は3月23日生まれ、紗優とは一日違いだ。
もうすぐ17歳になる。

今は小学校の先生をしてる母さんと二人暮らし。
家にはピアノがあって
母さんは、よく休みの日に弾いている。
小さい頃、一人で留守番の時には
僕も好きなように鳴らして遊んでいた。
お遊び程度なら何となく弾けるかな。

父さんは小学1年生の時に突然亡くなった。
その頃からだ。
気がついたら僕の見る世界には
いつも霧が見えていた。
父さんには、霧なんてずっと見えた事無かったのに
ある日、父さんの顔がすっぽりと黒紫の霧に覆われ、首から上だけ灰色になっていた。
それは、とても、とても怖かった。
驚きすぎて
「今日の父ちゃんは、父ちゃんじゃ無い」って叫んでしまったんだ。
そして
もう次の日からはもう二度と会えなくなった。
驚いて悲しそうに、少し苦笑いの父さんの顔が最後の思い出。
そう言えば
ずっと自分の事で精一杯で
父さんと母さんの出会いの話や思い出も
亡くなった詳しいいきさつだって聞けてなかったな。

それから僕は、あまり他人とは話さない。
顔を見合わせるのも本当に苦手だ。
一人が好きなわけじゃ無いけど
余計な物、霧ってヤツが見えてしまうのが怖いんだ。
見えると自分自身も辛かったり痛みを伴う事も多いしね。

だから
いつの間にか関わらないようにしていた。
読書や音楽を聴いたり絵を描いたり
まあ、仕方無く籠もりがちだ。

でも、最近はよく出かけるようになった。
高校生になってから始めたコンビニのアルバイトで家から出ざるを得ない。

すれ違う人達の霧は、見るつもりなくても意識していなくても、
あれこれと見えるのが日常だ。

元気で健康的な人、思いの熱量の高い人達は
とても明るい光を帯びた霧をまとっている。

透明性のある黄色やオレンジっぽかったり、赤だったり
それにプラス勉強熱心や仕事を頑張ってるような人達は
輪のように青や緑に光った霧もまとっている。

悩みを抱えていたり、心や体が疲れた顔の人達は
どうしても暗く重い感じの霧に覆われている。

深刻になればなるほど、顔色や本人がグレーや黒っぽくなっている。
誰一人に悪気はないし、一生懸命生きてるんだろうけど
これだけは
まともに見えてしまうと
こっちは、どうにも本当に苦しくなって頭が痛くなる。

小学生の頃は、一番厄介だったな。
家から出なければ、嫌な思いをしなくて済むって
不登校になって何年も休んでたんだ。
働きに行く母さんに絶対大丈夫、ずっと家にいるよ。
そう言って何時間も一人で過ごしていた。

時々、ばあちゃんが泊まりに来てくれて数日居たっけな?
母さん達には心配かけっぱなしだしだったと自覚している。

紗優にも心配かけていた。
いじめに遭っているわけじゃ無い。
大丈夫だよ!
って言っても、理解不能だよな。
毎日のように顔を出してくれていた。

出会う人の霧が見えたところで、体調が悪くなるけど
生きるか死ぬか、なんて思いをする事は無かった。
何も変わらない、悪いと感じる事を変えるのは
どうやら出来そうに無いらしい。

結局、人はこの世に生まれてから早いか遅いかでその生を終える。
唯一平等なのは〈誰にでも、それぞれに限りある命が与えられている〉て事

そして、どう生きるかは
運命に添うなり、反発するなり、人それぞれ、千差万別でしかない。

なら
気にしなきゃいいんだ、って思えるようになっていった。
一度しか無い今日は
誰かや誰かの時間の流れと併走し愉しんでみようか?
何となく気になった方向に進んでみるって事で
いいんじゃないか?
何か違った事や新しい出会いが見つかるかも?

また、学校へ通い始める事にした。
6年生になっていた。

ただ、誰とも親しく話さないように決めた。
そのはずだった。

春休みのこと

あれから紗優の両親とは毎朝顔を合わせている。
紗優の仏前に手を合わせに行くようにしているからだ。
母さんも一緒に。

事故の捜査は進展なし
警察では・・・するわけないか。
ただ、いたずらに悲しく時間だけが過ぎていく。

[誠弥、この時代にアイツらが来てしまった事は違いないよね、
私もよく分からないけど、色んな人に取り憑いちゃって悪さもするんだって!]
「取り憑くって、穏やかじゃないよな」

星來は、この頃は急に現れて話しだす。
さすがに風呂やトイレには来ないけど
星來の話から
何千年も前から、不可解な大量死亡事件や
残虐性の高い事件の数々にアイツらは深く関わっているらしい。
長い歴史の中でサタンやデビルだの
悪魔や悪霊、鬼だの、妖怪と呼ばれ
善良である人達の心にも
ほんの小さくても巣くう悪い心が有って
それら、ほんの欠片だって絶大的糧と喜んで食らう存在達。
集まる一方でかなり厄介な状況になっているそうだ。

3月22日の誕生日

本当なら17歳の誕生日を祝うはずだった。
今朝は紗優の遺影の前には
おばさんの手作りクッキーがお花と一緒に供えてあった。
手話で、母さんに
「ケーキを焼こうと思ったけど一日中供えられないから
やめたの」と母さんが教えてくれた。
そして
「何年ぶりかしら、一日早いけど食べてくれる?って預かったわよ」
ラッピングしてあるクッキーを差し出された。
小学生の頃は、一緒に誕生日会を開いてた。
僕は友達が居なかったけど紗優がいるだけで充分だった。
紗優の他の友達も来ていたけど
それなりに楽しかったから
話さない代わりにニコニコしながら
おしゃべりを聞いていた。
みんな優しい子達ばかりだった。
そういや、男は僕一人だったような。

そろそろ帰ろうと思った、その時

ピンポーン♬

紗優の友人らしき子達がやってきた。
僕は母と紗優を置いてバイトに向かった。

友達との別れ

「文(あや)です」
「楓子(かこ)です」
「睦心(むつみ)です」
「彩音(いお)です」

「紗優~~」
「どうして、こんなことに・・・」
「・・・私が呼び出してなかったら・・・」
「紗優、今日は誕生日だよね・・・」

「ありがとう。よく来てくれたわね。って。」

『ありがとう、おばさん』

誠弥のお母さんが、手話で私のお母さんと話しながら
お母さんや友達に伝えてくれてる。

思い思いに語りかけてくれている。
『みんな!ありがとう!なんか、ごめんね』
聞こえない、見えていないのは分かってはいたけど
一生懸命に叫んだ。
高校で仲良くなった子達、わざわざ来てくれて嬉しい。
睦心が深刻そうにしてる。
かなり気にしてる。
そう、私が預かった手紙の事だろうな。

「あの、変な事聞きますが、紗優さんの事故があったときの持ち物とかありますか?」

「あるそうよ、待っててね」

お母さんが取りに行ってる間も、睦心は心ここにあらずって感じ。

取ってきたバックの中に自分が預けた物があると言って、中身を並べてもらってる。
「実は、あの日、呼び出したのは私なんです」

数ヶ月前、みんなと誠弥のアルバイト先のコンビニに寄った事があった。
誠弥は黙々と仕事してたから、気づかないし邪魔しないように、と思ってた。
買い物をしたのは、睦心と彩音
私は外で文と話してたのよね。
二人が会計を終えて出ようとしたときに
誠弥が私に気づいて声かけてきた。
少し話してすぐに別れたんだけど、、、

睦心の最寄り駅は一つ向こう。
わざわざ一駅分自転車でやってきて電車に乗ってる子。
2年生でクラスが一緒になって仲良くなってからは、ほぼ毎朝一緒に電車に乗るようになった。
定期代安くなるし、って笑ってた。
ちょっと個性的なおもしろい、そんな陸心から
まさかあんな相談受けるなんて…

睦心は、塾で誠弥を何度も見かけていて
コンビニでも見かけて
つまりは、恋してるんだって!?

睦心は高校に入る前から、ここの駅をよく利用していたらしい。
確かにここは一つ向こうの駅より何でもある便利な場所。

とにかく、私が幼なじみと知ってからは色々聞いてきた。
本当に裏表も遠慮も無い子、でも、そこが、素直でめっちゃいい子、
それに、女の私が見ても、かわいいし。

少しは私の気持ちも知ってもらおうかな、って思ったけど
結局、言えなかったな~
誠弥とは少しでもギクシャクなんてしたくなかった。
何かが壊れるより、今のままがいい。
そう思っていたから。

ーー撫で撫でーー

『星來さん!』
[紗優ちゃん、大丈夫?]
言いながら、私より背の低い星來さんが
頭にそっと触れて撫でてくれた。
とても温かく不思議と安心した。
『うん、大丈夫』

「まだ大変な時に大勢で押しかけてすみませんでした」
みんな泣き笑いもしながら長い時間居てくれた。

ありがとう

帰り際、睦心は、私に託した手紙を手にしていた。
一部破れてしまっていた。

『ごめんね
本当は渡したくなかったんだ』
また、ものすごく胸が痛くなったような気がした。

3月23日

翌日はお昼前に
誠弥は、また紗優ん家に寄ってからバイトへ向かった。
今日から午後のバイトだ。
まだ感染状況が落ち着いていないから
新年度になっても自宅学習が続きそうだな。

接客は静かに淡々とでOK!
自粛とマスク生活のお陰で
みんな、さっさと買い物して帰るから
顔を見てあいさつしなくてもいいくらいの状況だ。
店内での長居や大きな話し声の人も居なくなった。
正直、ほっとしている。
霧は見えたり見えなかったり
最近は体調に影響のある人には出会っていない。
不安を抱えてたり何らかの症状のある人達は
このご時世、きっと出歩いてないからだろう。

「誠弥君、ちょっと来てくれるかな?」
サブリーダーに呼ばれた。
コンビニのオーナーの息子さんだ。

呼ばれたのは店舗裏のゴミ庫だった。
・・・みゃあ、・・・みゃあ
か細い鳴き声、真っ黒に見える子猫だった。
「困ったなぁ、苦手なんだよな」

段ボールにバスタオルと猫用ミルクと一緒に置かれていた。
よく見ると、首に筋のような白い毛
ツキノワグマみたいだ。

「僕、連れて帰ります」
母さんに相談すること無く、バイトが終われば連れて帰ることにした。

これは誕生日プレゼントだ、きっと。

夜8時に帰宅
当然の事に、母さんは驚いた。
けど、まんざらでも無いようだ。

「なんだか紗優ちゃんが帰ってきたみたいね
とっても綺麗な目をしてるのね」
子猫は雌だった。
母さんは、抱き上げることはしないで一生懸命に覗き込んでる。
隣で星來もニコニコしながら見ている。
子猫は、かなりびっくりしてるようだ。

「女の子なのね、名前決めなきゃね」
あーでもない、これでもない
母さんと色々候補を出し合い
ユメ、になった。

ユメに癒やされる

子どもの時、動物を飼いたい、って何度か言っていた。
けれど
「自分の事が何でも出来るようになってからよ」
「命を育てる覚悟が持てるの?もしも病気になったりしたら、自分一人で病院へ連れて行ってあげられる?動物病院は遠いのよ」
母さんはそう言って、絶対にだめだと言った。

小学校を卒業すると部活や勉強や何かと忙しくなった。
近所で犬を飼ってる人にあいさつしたり
触らせてもらったりしてたけど
とてもじゃないが一人で世話できないや。

そう思って、飼いたい、って言わなくなっていた。
でも、いつか一緒に暮らせる出会いがあったらいいな、そう思っていた。

父さんが亡くなって、10年目に
紗優が命を奪われ
ユメがやってきた。

猫って、こんなにかわいいんだな。
歩き方、いろんな仕草、鳴き声、寝てる様子などなど
すっかり僕は猫親バカに
いや、母さんも星來も紗優もか。
ユメに癒やされてる。

夢ならば

目が覚めると泪が頬を伝っていた。
紗優の夢を見たせいだ。
霧に消えていくあの光景…
まったく同じだった。

あの日あの時あの場所

2020年2月21日午前11時頃
とてつもないエネルギー同士がぶつかった

……ぎんちゃん……お願い、もうやめよう……

……あなたは誰?……

[とにかく、逃げなきゃ!!]

『どうしたの?星來さん、ずっと私ばっかり見てる』
[紗優ちゃん、だもんね?ねっ、紗優ちゃんだけだよね]
『意味が分からないんですけど~』
[ううん、いい]

おっかしいな、変だな
やっぱり、あの時は別人に思えたのよね

~~みゃあぁ~~

ユメと戯れてる紗優を見ながら
星來は考え込んでいた。

あの時、なぜ、あの場所に、引き寄せられたんだろう?
あまりにも、一瞬の出来事だった。
目の前の光景に、星來はとっさに手を伸ばした。
それに、何となく聞こえた声は
確かに、紗優ちゃん、だと思ったのに?

[ねぇ、紗優ちゃん、あれから何も起こったりしてないの?]

『え~と、それが、色々考えてみてたんですけど不思議な事が一つあります』
[なあに?]
『遠い昔に、同じ事があったような気がしてるんです』

[そういえば、私も誠弥に出会った時も、そうだったんだわ。
うん、そうよ!何だか、もっと前にも、私も同じような事、あった気がするの。]

2020年4月17日

午前0時回った。
今日は紗優の家で法要がある。
そろそろ寝ないとな…

実は、日に日におかしな状況に頭を悩ませていた。
僕には霧しか見えてなかったのに
ある日は、足の大群が見えたり、声が響いて聞こえたり
上半身を地面を平行移動する人?が見えたり。
時にはすれ違いざまに目が合って
それは生きたこの世の人じゃ無いと分かったり。

昨日は特に酷かった。
寄ってこられて、よじ登られる勢い、
重いってもんじゃない!!

ー悪いけど、関われないよ!ー
念じたら、離れてった。
バイト中なのに、まったく!!
もしかして、これは霊感が高まった、てやつか?

紗優は、今日で居なくなるのかな
はぁ、見当もつかない事、悩むのはやめよう

誠弥は眠りについた。

紗優の四十九日

数時間後、紗優の法要が始まった。
実に奇妙な光景だ。
ずっと天井の遙か上空を睨みつけているかのような星來と紗優。

死に神か使者っぽい人を待ってるのか?
と思いながら僕も天井を時々見上げたが
時間は過ぎ、何も現れず、起きず、法要は終わった。

紗優のご両親は、また泣いて今日を迎えられたのだろう。
憔悴しきった様子で、肩は震えっぱなしで、とても小さく見えた。
お店は閉めっぱなしだったから久しぶりの
紗優のお婆ちゃんは、より小さく見えた。

その夜
アルバイトのシフトをわざと入れていた僕は、店に向かっていた。

……キイテ
……アソボ~
……オラァ、オラァ~
気にしない
気にしない
気にしない

心の中で、呪文のように唱えながら急いだ。

なんで、こんなに居るんだぁ~~

〈悪いけど、僕は今からバイトだから!!〉
念じるしか無かった。
一応、静かに、渋々だったり、彼らは離れてくれた。

2020年6月


高校3年生になってから、すでに数ヶ月過ぎた。
もうすぐ最終の進路調査がある。
やっと母さんと話し合いをした。
実は高校に入学して、しばらくしたら就職しようと決めていた。
母さんへの報告が遅れてしまって無駄に期待させていたかもしれないな。

「進学はした方が良いわ
就職して働かなくても、今みたいにバイトで充分でしょ
若い時に他にも色々すればいいんじゃない?
お金のことは何も心配いらないのよ」
と言ってくれたが、
色々考えた結果的に自分なりのまとまった答えは
「とにかく働きたい」だった。

勉強は全般的にどんな教科も興味わくし好きだと言える。
美術や技術系だっておもしろいし、歴史ある建物を見て回るのも、とても興味深く好んで行く。
住まいに関わる専門的な学習がしたい、とも思ったり。

けれど、直接人とたくさん話したり、長時間にわたり関わるのが苦手な事に変わりは無い。
今以上に多くの人間が集まる大学やそういった場所へ
更に何年もわざわざ行きたくない、というのが心の内だった。
それでいて色んな人の生き方に興味がないわけでもない。
関わり合う事は絶対に嫌だ、とかでも無い。

あぁ、なんて厄介な性格だ、と思う。
結局、どんな進路も自分を含め誰かの幸せを願いながら生きるための環境なんだ、て考えていたら
働くほうが、より良い事に繋がるような気がするから、って塾をやめたいと伝えた。

正直、塾での授業は楽しめたし学校とは違う雰囲気が良かった。
この1ヶ月は紗優の事もあって言い出せず
ずるずると通っていた。
もっと早く言うべきだったと反省。

2020年~塾最終日

「何でまた、本当にやめるのか?まだまだ色々これからだがな」
塾の先生が言った。
自分で言うのもなんだけど、成績は全国一斉テストで、いつも上位だったからかな?
「はい、お世話になりました 今日でやめます 急にすみません 」
「誠弥の人生だからな いつも真ん前で、とてつもない大物感漂ってたぞ!
会えて良かったよ
返金等は後日通知が届いて振り込まれると思うから
まあ、何でもどんどんやってみて、また気が変わったら戻ってこいよ
せっかくだから、最後の授業は出でから帰れよ
がんばれ」

丁寧に頭を下げてから、いつものクラスへと向かった。

比較的低料金の20人のクラス
授業内容は個別コースと比べて勉強のペースは別として教材も内容もほぼ一緒だから十分だった。
僕は常に前列に座っていた。
内容に集中できるし、先生の表情が見て取れて要点も意図もよく伝わってくる。
余計な物も、ほとんど見えない・・・

最終日の今日、はじめて一番後ろに座った。
小学校時代の不登校が影響して中学校では、いつも担任の前の席だった。
幸い自分ではその方が落ち着いて都合良かったから
なんだかんだ理由つけて学校側に伝えて最前列に席を用意して貰っていた。

今まで生きてきた17年間で、
誰かや誰かの後ろに意識してわざわざ座る事、無かったな。
教室の最後列て新鮮だ。
まったく不思議な新しい世界に思えた。
さすがだ、たくさんのやる気に満ちていて
カラフルな光のプリズムの世界だった。

「あの~・・・誠弥さんですよね」
最後の授業が終わり、塾の外へ出て帰ろうとした時だった。
突然声をかけられた。
前に紗優の家に来た友達の中の一人に似てると思った。

「いつも前に座って授業受けておられたので、今日は驚きました」
「えっ」
こっちこそ驚きすぎて言葉に詰まった。
敬語にも・・・
「あっ、ごめんなさい。びっくりしますよね
実は、あなたのこと、紗優に聞いてて知ってました。」

睦心(むつみ)というその子は一人で少し興奮気味に話しはじめた。
紗優との色んな話、僕がコンビニで働いてるのを知っている事などを。
紗優の友達だと思えば、あまり悪い気はしなかったが
僕から話すことは無さそうなので
「実は、今日でここは最後なんだ
やめるんだ じゃあ」
そう告げると足早に帰ろうとした。
「あの、今から帰るんですよね?
同じ方向なんで一緒に歩いてもいいですか?」
と彼女は言い歩き出した。
僕は内心かなり変わった子だと思ってしまったが、「あぁ」と一言だけ返した。

歩きはじめると、彼女はだまっていた。
何か言いたそうだったが、僕自身が、意地悪のつもりは無いが
<何も話すなオーラ>を放っていたと思う。
心に入られたくなかった。

普通にスタスタと駅まで歩き、黙々と改札を通り、同じ車両に乗った。
お互い、ずっとだまったままだった。
降りる駅に着いた。

ふと、目が合った。
「降りようか」最寄り駅が同じだと言っていたから何となく声をかけた。
マスクをしている彼女の目が、すごくにっこりと笑ったように見えた。
そう言えば、誰かが笑う顔を見たのは、いったい、いつだろう、と思った。

駅を出ると、彼女は「おやすみなさい」とだけ言って一番駅に近い自転車置き場へ向かい帰って行った。

僕は自転車に乗って出てきた彼女を
何となく待って後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

一緒に歩いた夜


塾を辞めてから、一応自主学習を趣味感覚で続けながらバイトの時間を増やした。
そして人生最後の夏休み期間に入っていた。
紗優と星來は相変わらず、急に現れてはユメと戯れている。
ユメはしっかり二人を認識しているらしく
スリスリしたくても出来ないから、ずっこけてばかりいた。
母さんの目には、むちゃくちゃな酔っ払い猫に見えていたようで
「なにか変な病気かしら」深刻に心配している時もしばしば。
理由を知ったら驚くだろうな~
「大丈夫だよ、マタタビ嗅ぎすぎたんだよ、よく食べて動いてるし」
僕は笑いながらごまかした。

数日後、いつものように
「バイト行ってくる」そう言って急いだ。

最近、思い出した事があった。
高2になってから紗優がコンビニ寄って帰る時は、あの子達は一緒だったんだと。
でも、睦心とは、高1から出会っていた。
彼女は決まって梅干し系のお菓子を手にレジに並ぶ子だった。
改めて顔をじっくり見ることは無かったから
まさか塾で一緒だったなんて気づきもしなかった。
買い物の度に手にしてるお菓子が梅系の子だ、て何となく思っていた子で
ここ10年間、紗優以外の子とあいさつ程度以外で話したのが
はじめてだった事に気づいた。
自分でも驚いた。
まったく、どれだけ人を避けてきてたんだ、僕は、、、。

「こんばんは!」
塾帰りだろうな、
夜遅めに彼女は店に買い物にやって来た。
やっぱり梅系のお菓子を手にしてレジに
「こんばんは。塾の帰り?梅好きなんだ」僕も一言添えて声をかけた。
びっくりしたような顔で
「そうなの!梅って名がつく食べ物全部好きなんです。」
マスク越しでも、とても笑っているように感じた。

「そろそろバイト終わりですよね、お疲れ様です!
途中まで一緒に帰りませんか?ねっ」
18歳未満は原則22時以降、翌日5時までは働く事が禁止されている。
見ると3分前だった。

この前とは違い、時々話しながら駅へ向かい
改札を通り、同じ車両へ。

もう遅い時間だからさっさと帰る方がいいよ、と言ったけれど
何となく、押し切られるような流れで降りた最寄り駅から一緒に自転車を押しながら歩くことに。

今日の授業の話や梅系を語る彼女に相づち打ちながら聞いている僕は
いつもの帰りより、不思議といい気分だった。

紗優の家に差し掛かろうとした時
彼女が言った。
「ありがとう。ここから乗って帰ります」
「そっか、じゃ、気をつけて」
「ええ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
僕は、また夜の明かりに遠くまで走り見えなくなる彼女を見送った。
そういえば、最寄り駅が同じだけど
家はどのあたりなんだろう、と気になった。

睦心の思い

「駅は同じでも中学は違うんだね」
「そうなの、高校生になる頃に引っ越してきたから」
はぁ~、嘘ついちゃった…
睦心は自転車を走らせながら、伝えてないことを考えていた。

塾では中学から通っていた時も同じクラスだった事
最寄り駅は本当は一つ向こうな事
こっそり、後をつけて最寄り駅が一つ違いだと知ってから
利用駅を変えた事
好きになってしまった事
ずっと話したかった事
紗優と話すのを見たから気になって彼女と友達になった事

今日はすっごく勇気出して良かったよね。

「ただいま~」
「お帰りなさい。
ねぇ、睦心、やっぱり夜は心配だから塾の時は近くの駅から行きなさい!」
「大丈夫だって」

慌てて部屋へ入った。
まだ、胸がドキドキ高鳴っている。
お母さん、心配かけてごめんなさい、
どうしても、譲れないの、
心の中で必死に謝った。

高校入試を迎える中3の春から、はじめての塾通いへ。
初日、緊張しながら恐る恐る後ろに座った私は
颯爽と教室のドン前の席に向かって歩いて行き
ど真ん中にすとん、と座った彼に釘付けになった。
その時は、すごい自信家で嫌な奴に違いない、て思った。
週に3日の塾は自由席だった。
毎回、彼は同じ席に座る。
何だか、暗黙の了解になっていった。
テストはずっと上位ばかり!
でも、いつも淡々としてて自慢するような素振りも無く、1番を狙ってギラギラ感も無い。
授業中の質疑応答の様子は冷静で穏やかで、とても同じ年には見えなかった。
そんな姿勢が格好良くて気に入ってしまった。

最初は、誰とも話そうとせずしないし、
先生とだけ話してて勉強だけに来てる変なヤツ、
て心の中でおもしろがっていた。
普段は何をして、どういう人なんだろう?
いつの間にか、ずっと目で追うようになって
独特の雰囲気から私の一番気になる人になった。

とある土曜日、午後一からテストで明るい時間に塾が終わった。
そっとついて行くことにした。

乗る電車の方向は?
あっ、一緒だ!

とりあえず、定期あるからどこか確かめよう!
えっ、ここで降りるんだ。

私は離れて歩きながら改札を出た。
彼は近くの自転車置き場へと入り、自転車を押しながら出できた。
そして大通りの方へと押しながら歩いて向かっていった。

「ここから自転車なんだ」
少し小走りに後を追ってみるとコンビニの敷地内に入っていった。
さっき見た自転車は裏側に停めてあった。
表のガラス越しに覗いてみた。
あれ?いないなぁ
あ~、WCかな?

しばらくすると、店員らしき人が奥から出てきた。
お店の制服姿の彼だった。
ここでバイトしてるんだ。

会話が聞こえた。
「悪いね、急遽、啓君が休みでさ」
「いえ、今日は早く終わる日だったんで、大丈夫です」

意を決して、お店に入った。
「いらっしゃいませ」声が響く。
私はカリカリ梅の青を手にした。

「ありがとうございます。このままでよろしいですか?」
「はい」
現金で支払い、店を後にした。

繋がる過去と未来

アイツラの世界~[ぎんじ]

[人が恐怖におののく顔
苦しむ姿が大興奮する
その瞬間がおもしろくて、たまらない
泣き叫ぶ声は最高に心地良いもんだ
逃げ惑う様子は滑稽で愉快だ
何度でも、いつまでも見ていたい
諦めさせる瞬間が楽しくて仕方がない
すべて、俺の魂と同化させてやる]

[永遠に、このまま
好きなように、やりたいように
そう思ってはいたはずだが
ここ最近
何を見ても、どこへ行っても
あまりおもしろくもない
世の中の流れ、ってやつが
無機質になりすぎて
まるで生気のないヤツだらけだ
なんなんだ、諦めすぎてやしないか?
どうにも腹が立つ
魂の奪い甲斐ってものすら無いんだからな
こんなにも多く彷徨ってるのは
なんでなんだ?
あがこうとはしないのか?
ぼんやりした魂に
こうもウロウロされちゃあ
珍しく気が滅入るってもんだ
まったく不愉快だ]

[何十年、いや、何百年経ったんだろう
俺は、いったい何者だったんだろう
こんな事、考えてこなかったのにな〜
誰のせいだ?
こいつらか?
いろんな奴らの記憶や感情が邪魔をするようになった
乱れすぎている
自分自身が何をしようとしているのか、
何がしたいのか、よく分からない]

[この感情は、なんなんだ!
抑え切れなくなっている
頭の中がうるさくて滅茶苦茶だ]

[どうして、俺は存在してるんだろう
覚えているのは、最後に呼ばれた
俺の名前らしい
[ぎんじ]ってことだけか
なにかは分からないが、本当は忘れちゃあダメなもんがあった気がするな]

[忘れてしまった・・・]

ーーーブツブツ言いながら、すーっと歩いている男は
銀色に輝く大きな耳を持ち、[ぎんじ]と呼ばれ
星來が[アイツら]と呼んでいた者達の中でも
主(ぬし)に近い存在だったーーー

さぁてと 
今日は、どこで何をしようとするか?!

~~~~バァーン!!~~~~

うわぁ!!
なんだ!!
何が起こった?

常に身を隠し影を潜める闇の存在の筈の[ぎんじ]は、
どういう訳か《気》の統制が乱れたためか
自分の存在を完全には消し忘れてしまっていたようだ
そのために、何かと衝突してしまったのだ

そう、それは、まさに、紗優との衝突の時だった

ぎんじの生涯

ところで
彼は元々はごく普通の人間だった。
しかし生前の記憶が無くなり800年以上存在している。

時は、鎌倉時代、建仁の乱の後
ぎんじ、と呼ばれる男は生まれた。
世界では第4回十字軍によって東ローマ帝国が滅びたとされる頃だ。
いつの時代でも、あちこちで争い事が起きているのは残念ながら事実だ。
多くの地球上の生き物にとっては、どれも迷惑極まりない不毛の争いであり
日々の穏やかな暮らしが脅かされるだけで
良いことなんて何一つ見つからないのでは、と切実に思う。

とある一家にとって、[ぎんじ]は大事な大事な宝だった。
裕福ではないながらも、すくすくと育ち
親思いで心優しい若者になった。
やがて働き手として世間へ出るように
働き先の縁で恋仲の[さえ]とも出会い
幸せに暮らしはじめて
やがては最愛の子にも出会うはずだった。

しかし[ぎんじ]と[さえ]の
すぐ先の幸せな暮らしは
受け入れがたい運命により
決して訪れることは無かった。

[さえ]に好意を寄せていた別の男が度々厄介なもめ事を起こしては、仲間と共に酒に酔った勢いで家にやって来て絡む始末
とある日、理不尽にも二人とも命を絶たれてしまったのだ。
二人とお腹の中の命は、目を覆いたくなるような最後を迎えたのだった。

亡くなる瞬間の[ぎんじ]は
憎しみと恨みの念だけが周りをも抱え混み集約され塊となり
それは清められること無く
闇夜のような黒い化身となってしまった。

一部の純真な願いは、[さえ]と子と共に導かれていった。

その時から[ぎんじ]は長い年月を彷徨う闇の魂として、存在し続けていたのだった。

2020年4月16日


話は戻り、四十九日の前日の話。
紗優は自分の仏前に居て考え事をしていた。

・・・紗優様、紗優様・・・
『どなたですか?』
・・・本来なら、あなた方をお連れする者でございます・・・
・・・本日、四十九日をお迎えになります。しかし、かの世界では、どうしても、あなた方のお力添えに頼らせて頂きたく、お願いに参りました・・・

[それって、私も、て話ですか?]そばに居た星來が応えた。

・・・はい、早速ではございますが、今から、見て頂きたい事がございます。
共にお連れいたしますので、どうか、ご一緒にお願い申し上げます・・・

光を纏う使者は、アーナン、と名乗り
紗優と星來を連れ出した。

3人は、過去の
あの800年ほど前の、あの場所へ

繋がり

幼いぎんじが居た。
弟達も居るようだ。
父の手伝いをしているようだった。

・・・あの幼子が後々に我々を苦しめる元凶と化します・・・

[まさか!]『どうして?』
紗優も星來も信じられなかったが、アーナンに連れられ、その後のぎんじの生き様を追っていった。

[さえ]との出会いの時になった。

その時、紗優は、なぜか懐かしく感じる光景だと思った。

・・・紗優さん、何かお感じにはなりませんか?・・・

アーナンの問いに、紗優は奥にしまい込んでいた、思い出す筈も無かった、もう一人の自分かもしれない者の感情が少しずつ思い出され、激しく胸が苦しくなり、息も激しくなるような気分になった。

[どうしたの?紗優ちゃん!!]

泪が後から後から出て、どうしょうもなく苦しかった

・・・大変、残酷なのですが、この後もご一緒に見て頂きます・・・

そう言って、走馬灯のように[ぎんじ]の人生を追った


『ぎんちゃんだけが、ずっとそのまま存在してきたのね』

・・・はい、あなた様は何度も輪廻転生されています。星來様も。
厳密に申しますと、お二人とも、ぎんじ様も魂の破片という状態なのですが・・・

『破片?どういう事なの?
過去は変えられないの?
少し助けてあげてれば、こんな事にはなってないんじゃ?』

・・・それは、許されないのです。
時に逆らい過去の出来事を変える働きかけは、決して、決して、してはいけない事なのです。
過ぎた事実は、変えられません。
ですが、まだこの先、今からの行いには、何の制約もございません。
良くも悪くも・・・

[ところで私は、何の関係があるの?]
・・・星來様は、前世がさえ様のお腹の中に宿られていた魂の一部ございました・・・

全く記憶が無いわけだった。

3人は、また紗優の自宅へと戻ってきた。

『これから、いったい何をすればいいの?』

・・・私がなぜお願いに参ったのかと申しますと、
ぎんじ様の魂を正しく導くお力があると確信したからでございます・・・

[どういうこと?]

・・・ぎんじ様の魂は、あなた方に引き寄せられるようなのです
この数百年の間に、実は幾度かそのような現象が起きておりました
常々では無く、ぎんじ様の魂の影響を受けている魂の欠片の持ち主同士で近づきますと条件が揃いますようで、
しかしながら
彼の気と強く引き寄せ合った瞬間だけのようではございますが
何かしらの力が働くようでございます
特に最近の彼の気は思いのほか乱れておりまして
かの世界から働きかけてはおりますが、特別に影響を与えられずに歯痒い思いをしております
何としても、これ以上今のまま存在させる訳にもゆかず・・・

『何となく、分かるんですが、う~ん』
[ふぅ~ん?]

・・・ご一緒に、対策を練って参りましょう・・・
・・・ゆえに、本日は、かの世界へはお連れ致しませんので、ご理解とご協力をどうか、どうか・・・

と頭を下げながら言いつつ、アーナンは静かに姿を消した

心寄せて

とんでもない事ばっかり続くなぁ
死んじゃった悔しさが飛んでっちゃった。
悲しむ時間すら無いのは気が楽かも。

だけど、、、

紗優は自分が”さえ”だった頃を鮮明に思い出していた。
心から愛し愛され幸せで笑い合っていた時間を。
現在と違って、ある程度満足のいく食事は一日に1回、時々2回で
肉類や魚類は狩りにでも出ないと口にすることは滅多に無かった。
田畑仕事中心で時々町中へ働きに出る。
文明の機器など無い質素な時代、
それでも、家族やご近所さんとの絆は深く結ばれ
お互いに助け合って暮らしていた。

しかし、同じ時代に
権力や富を得た者ほど
より欲深くなり他人を信用せず
力尽くでの支配をし、ほくそ笑み満足するような者も居た。
思いが通じなければ
徹底的に排除するのも世の常となりつつあった。

さえは、ただただ、今日という日の幸せを感じながら
大好きな家族と過ごしていたい、
そう願い思って暮らしていた。

”なのに、どうして?
離ればなれになったの、
どうして、憎しみなんて
待ったままなの?
ぎんちゃん”

2020年夏


「お疲れ様でした!お先に失礼します。」
誠弥は、コンビニでのバイトを終え帰路に向かった
「今日も、まあまあ、お客さん多かったな~
みんな遅くまで仕事されてるんだな」
誠弥は、本格的な就職活動の事を考えながら、来店客の様子をよく観察するようになった。
仕事に慣れてきたからというのもあるが、自分でも変わろうとしていた。
誰にでも好かれたいのではないが、
意識的に<関わりたくない>と心に壁を作ってしまう自分を
そろそろ辞めなきゃな、と思った。

[ぎんじ]は、先日、衝撃を感じた場所に来ていた。
あれは、何だったんだ?
誰か女の声も聞こえたんだがな?

そこへ、誠弥が通りかかろうとしていた。

自転車のライトが心なしか暗めにパチパチと点滅した。

誠弥は、氷が張ったような空気感を感じ、心を落ち着かせながら走り去ろうとした。

その時、淡く銀色に光る目のような何かが見えた。

「なんだ?これは!」
思うと同時に、何者かが見え、思わず急ブレーキ、
間に合わなかった。

(ダメだ!)
ところが、まぶしげに輝き、冷たい霧を感じただけで
誠弥には何も起こらなかった。

無視できずに振り返った。

誠弥が光る目に感じたのは[ぎんじ]の銀色に光る耳だった。

[ぎんじ]は、瞬時に悪さをしてやろうと
先ずは、かまいたちのように身構え放った。

ところが、自分自身に痛みと衝撃が走ったのだった。

まったくの不測の事態に驚き
[なんなんだ、コイツは?人間じゃないのか?]

誠弥は、いつもなら、関わらないようにしていた
この世の人では無い対象物に
「君は?誰?」と声をかけてしまった。

《主な登場人物》

誠弥 読書好きで一人で過ごす時間を大事にしたいタイプ
   大勢の中では疲れやすく、あまり他人と関わりたくないが、
   生命エネルギーが見える事から様々な出逢いに巡り会う

紗優 誠弥の幼馴染みで同窓生
   明るく活発な女の子

星來 誠弥の母の亡き妹の魂の化身

#小説書いてみた #眠れない夜に

»»»»»»つづく»»»»»»



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