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言霊

現代中国にまだ残っているのかは判らないが、嘗てかの大国には【破嘴】(ポォツェ)と言うカルチャーが存在していた…いや、これをカルチャーと呼んで良いのかワタクシは些か心許ない。と言うのもこの【破嘴】、かなりネガティブな側面を持つからだ。
その内実は、特定の相手に対しあらん限りの不吉な言葉を投げつける事で、その言霊の力を借りて相手を甚だしく呪咀する…と言うものだからだ。

派遣社員として様々な現場に奉職していた30代の頃、幾度かワタクシは意図せずこの【破嘴】を発動してしまった事がある。単なる偶然と一笑に付すにはあまりにもタイミングが絶妙過ぎて、未だに自責と後悔の念が拭えずにいる。以下、懺悔のつもりで書き記す。

始めは夜勤で入ったとあるパン工場での話になる。この当時、同輩に傍若無人で厚顔無恥な奴が居て、いつも周囲に迷惑をかけたりベテラン社員に苦汁を飲ませたりしていた。ワタクシも少なからずこの同輩に傍若無人な振る舞いをされたので、ある日とうとう堪えきれなくなり、mixiに「アイツ死ぬ程酷い目に遭ってくれないかな」と書き記したのだ。
そうしたらmixiに呪詛の言を書いてから数日後、その同輩が交通事故を起こした。乗っていた車は大破し、肋骨を何本か折る重傷だったと聞いている。起き上がれるようになるまでに長い期間かかった筈だ。

次も同じ職場での話。
今度は別の先輩に八つ当たり然に怒鳴りつけられた。理由は良く覚えていない。ただ、八つ当たり然に怒鳴りつけられた事が余程癪に障ったと見え、ワタクシは同じようにmixiに呪詛の言を書き散らした。
すると、それから数日後にその先輩が倒れて緊急搬送された。倒れた原因は脳の中に腫瘍が見つかった為だった。この先輩は外科手術の上復帰を希望していたが、職場から「悪いがリスクが高過ぎて現場仕事をこれ以上任せられない」と通達があり、職場を去る結果になった。

その次は別の現場だった。確かダイレクトメール発送の代行会社だったと思う。
この現場に、新しく入った派遣社員にマウントを取る事を好むどうしようもないチンピラが居た。ワタクシはあまり関わり合う事は無かったが、別な派遣社員がヘマをした時にかなり悪質なハラスメントを受けると言う事件があり、不快に思ったワタクシは今度はブログで「バチが当たれば良いのに」と書いた。
その後、ワタクシは契約期間の満期に伴いその職場を去る事になったが、去り際にゼネラルマネジャーから空恐ろしい話を聞いた。かのチンピラ社員が別のベテラン社員とトラブルになり、歯が折れ顎が砕ける程の勢いで顔面に鉄拳をお見舞いされたと言うのだ。
ゼネラルマネジャー曰く、元々現場内のハラスメントには頭を悩ませており、かのチンピラもそのハラスメントの要因のひとりであったそうだ。そしてゼネラルマネジャーの"不安"は、かのチンピラが鉄拳制裁を喰らい病院に担ぎ込まれた事で具現化してしまった訳である。

此処まで来ると流石にワタクシも気持ちが悪くなって来て、プラットフォームに呪詛の言を書くのは控えるようになった。とは言え、SNS上での発信内容を吟味するようになるにはそれから更に長い時間を要した。ワタクシがSNS上でネガティブを殆ど記さなくなったのは此処4〜5年の事に過ぎない。

近頃作り出された新しい概念だそうだが、他人を陰で悪く言う【陰口】に対し、他人を陰で褒めたり称えたりする行為を【日向口】と呼ぶそうである。
どうせ言霊の力を駆使するなら、呪咀や陰口よりも日向口の方が遥かに平和で良い。この【日向口】の概念が巷間に広く定着する事を、個人的には期待する。

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