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動かない鳥

動物の世界では、時折「何故この動物がこのタイミングで流行るんだろう」と疑問符を浮かべざるを得ないようなマニアックな動物の流行がしばしば起こる。
昭和時代末期にはテレビのコマーシャルを切っ掛けに、エリマキトカゲやアホロートル(メキシコサンショウウオ)がそんなカタチでメジャーになった。世が平成に入ってからもその流れは続き、これまでに様々な動物が突然と言って良いタイミングで知名度を上げている。アルパカ、カピバラ、フェネックギツネ、アメフクラガエル、ヒョウモントカゲモドキ、モモアカノスリ(ハリスホーク)…ここいら辺りの動物は、昭和時代では図鑑に取り上げられてもその扱いが小さかったか、そもそも図鑑に記載すらされてなかったりしていた種類である。

本記事で取り上げるハシビロコウもそんな動物のひとつだ。

ハシビロコウ(嘴広鸛)はアフリカの一部地域に棲む特殊な水鳥である。
漢字表記からお察しの方も居られるかも知れないが、嘗てはコウノトリの仲間と考えられていた(現在では遺伝子的見地からペリカン目ハシビロコウ科に分類するのが一般的)。最もそれも無理からぬ話で、ハシビロコウにはコウノトリと共通する特徴が幾つか存在する。例えばぬかるんだ沼地を歩くのに適した趾を備えた長い脚、仕留めた獲物を丸呑みにする仕草(最もこれはペリカン目の鳥全般もまたそうなのだが)、そして【クラッターリング】と呼ばれる、嘴をカスタネットのように高速で打ち鳴らすディスプレイ行動である(クラッターリングにはカップルの絆を深める、または異分子に警告する等の音声情報としての機能があるらしい)。ハシビロコウのクラッターリングによって発生する音は大きくまた非常に重い音で、しばしば機関銃の発砲音に例えられる。

何よりハシビロコウを強く印象づけているのは、まるでティラノサウルスを思わせるその頭部の形状であろう(そう言えばハシビロコウもティラノサウルスも、学名の種小名に"rex"…"王者"とつく共通点がある)。ハシビロコウは縦に分厚い大きな嘴と、恐ろしく鋭い目つきの持ち主だ。分厚い嘴の先端は、良く見ると小さなフックがついている。

ハシビロコウは【動かない鳥】として夙に有名である。飼育下でも野生化でも、一日の大部分を直立不動で過ごす為にそんな渾名がついたようである。これにはちゃんと意味があり、ひと言で言えば【エネルギー温存】の為である。
ハシビロコウは、野生下ではアフリカハイギョを専ら獲物とする(他にナマズなどの魚類、カエル、トカゲ、ワニの仔も捕食する。動物園ではコイやドジョウを与える事が多い)。
ハイギョは低酸素の濁った沼に棲み、口から大気中の酸素を取り入れる為に時折水面に顔を出す習性がある。ハシビロコウは岸辺からじっと睨みを利かせ、ハイギョが顔を出すのを辛抱強く待つ。そしてハイギョが水面にちらと顔を覗かせようものなら、胸板の上に弛めていた首を瞬時に伸ばして獲物目掛けて突進し、頑強な嘴で一瞬の早業で噛み殺して嚥下してしまうのである(前述の嘴のフックは、捕らえたハイギョに素早く留めを刺す為の強力な武器である)。ハシビロコウは、まさにハイギョ狩りのスペシャリストと言うべきであろう。

長らくマイナーな扱いだったハシビロコウが、知名度を上げた要因は矢張り日本での飼育例が増えたからであろう。日本で一番最初にハシビロコウを飼育した動物園は静岡県熱海市にある【伊豆シャボテン公園】である(残念ながら老齢により既に死亡しており、現在は飼育していない)。
その後千葉市動物公園(千葉県)、恩賜上野動物園(東京都)、神戸どうぶつ王国(兵庫県)等で飼育が始まり、繁殖に向けた研究が続いている。特に千葉市動物公園では無精卵ではあったものの、産卵まで漕ぎ着けた実績がある。飼育実績がある動物園同士で情報を交換し、いつか日本生まれのハシビロコウが誕生する事を期待したい。

最後に、先史時代に棲息していたハシビロコウの近縁種を紹介してこの記事を締めよう。
近年、エジプトのファユームと言う地域の漸新世地層から発掘された化石が、ハシビロコウ類に属する鳥類のものである事が明らかになった。この化石種は現存のハシビロコウ(平均身長1.2メートル)よりもやや大型(推定身長1.4メートル)だったと推測され、旧約聖書のダビデ王の逸話に登場する巨人兵・ゴリアテに因んでゴリアーティア(Goliathia)と言う属名が与えられた。
この太古のハシビロコウも、現存種と同じくぬかるんだ沼地を棲息域とし、同じように動きの遅い魚を捕食して居たらしい(英語版Wikipediaによると、現存のハシビロコウと比べ外見の特殊化が顕著ではなかった可能性があると言う)。
鳥類は飛翔の際に少しでも体を軽く保つ適応のひとつとして中空になった骨を持つ為、なかなか化石になりにくいものであるが、それを踏まえるとゴリアーティアの発見は非常に稀少な例と言わねばなるまい。

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