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短編 参画死角


 人間力は社会へ参画した時間や量に比例するという真実をもっと先に知りたかった。

人間力とは、へこたれない力のことだ。
諦めたり、弱音を吐かない胆力のことだ。

色んな本や映画にもそんな感じのエッセンスをまぶした訓話があったけど、たった1行にも満たないこの真実のこと、もっとみんな言っていった方がいい。

 社会への参画とは、学校、会社、ボランティアとか、そういう堅苦しいのから、友達、恋人、家族と話すことみたいなライトなものも含まれる。

つまり、人間力とは他者と関わっている時間に比例すると言い換えられる。24時間営業の軍隊が辛苦に強い理由だ。

逆説的に云えば、すぐに逃げたり諦めたりするのは、その人が孤独だからだ。

なら今俺がもう諦めているのは、俺が孤独だからなのか?
いや、でも京ちゃんもミヤコもいるし。昨日も会社の先輩と飲みに行ったし。
と、指折り自分が孤独じゃないことをなんとか思い出して、やり過ごそうとしていた。


 なぜなら俺は人生で何回目かの金縛りの真っ最中で、恐怖に打ちのめされているのだ。

                                   *

その夜、布団の上でパッと目が覚めたら、身体が全く動かなかった。

京ちゃんはミヤコを腕に抱いて、隣ですやすやと寝ている。ミヤコの小さい呼吸音が聞こえる。

しばらくして自分の枕元、つまり、この部屋の入口付近に何かがいると直感でわかった。



 その何かは、自分たちの部屋の隅で猫や犬のように、四肢を床について徘徊していた。
そのモゾモゾとする音だけが部屋に響き、更に恐怖をもたらす。

声を出そうとするのだが、胸が苦しくて全く出ない。

それは何かを探していた。

そして徐々に俺に近付くのがわかった。
無遠慮に枕元から
ついにその影が俺を覆った。


それはひとではなかった。
紫色の大きな生き物だった。

まるでデカいサツマイモみたいで、でこぼこした身体をしており、そこから細いツルが無数に伸びており、触手のようにうごめいていた。
そして顔の位置には、目と口の代わりに黒い深い穴が開いていた。

俺はもう気絶寸前で、恐怖が最高潮で、正直何度も何度も諦めてしまっていた。

そいつは、その触手で俺の顔を触り、そして顔を近づけて、暗い目で俺を覗き込んでこう言った。

「おめぇが」

男性の低い大きな声だった。
俺はそこで気を失った。



 俺はハッとして起きて、身体が動くことに安堵し、俺のTシャツを掴んでいる、ミヤコの小さな手に気付いた。

身体の自由を取り戻した俺は、京ちゃんとミヤコの魂ごとぎゅーっと抱きしめた。


それから、サツマイモが嫌いになったこと以外実害は出ていないが、充分だろう。

精一杯努力してもたまに死角からとんでもないものが飛んでくること、参画死角のごとし。



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