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麻道日記⑩

 人類の持つ環境適応力がなければ、この脆弱な肉体が極寒のツンドラや、灼熱の熱帯を何千年にも渡って生存できたとは思えない。 空気と水と適温という条件さえクリアすれば、我々は意外とどこでも生きていける。昔理科の実験でやったもやしの発芽条件みたいだ。

つまり留置場で1週間くらいたつと、人は段々と慣れてくる。昼間、取調べのない時間帯は、少年マガジンを枕に、足を組んで寝そべって、漫画の彼岸島を読むくらいは環境に適応してきたということだ。

枕にするなら、マガジンよりコロコロだな、
と前向きな気持ちも持てるようになった。


                                    *

 ガチャピンとじいさんと俺の3人一部屋がしばらく続き、メンバーが固定されていた。

3人の同意の元、読む漫画を決め、連続借りをしては、一日に一気に6冊くらい歩を進めるという贅沢も覚えたのだった。

だが、無為に時間だけがあるというのも苦痛になってくる。

本を読んでいても、自らの境遇がオーバーラップし、あまり充足感がない。何を読んでも面白いと思えないと云うか、面白いと思っていいのか疑問に思うのだ。

ジョジョは人間を肯定するし、ゴンもキルアも前へ進むが、俺は檻の中なのだ。どこへも進めないし、肯定されることもない。そのギャップに苛まれるのだ。


となると、自然と同室のじいさんとガチャピンとの会話が多くなる。


お互いに詳しいことは聞かないという暗黙のルールの中で、何となくみえたことがある。


じいさんと話してるとだいたい最後は下の話になり、ガハハで終わる。

で、じいさんは多分何人かで仕事で盗みをやっているっぽい。しかも結構でかいヤマばかりらしい。捕まってからどのくらいここに居るか分からない。本人も分からないらしい。

そして、この留置場には、2年以上いる猛者もいるらしい。上には上がいる。


 熱い話、じいさんは捕まる前に神社の境内の下に一生分の財産を隠しているらしく、出てきたら、それを取り出して、早く酒が呑みてえな、と言って、最後におネエちゃん抱きてえな、ガハハと笑うのだった。

それはとんでもなく夢があるっていうか、羨ましい。

俺はその財産を取り、境内の下から出てくるじいさんを脇から見ていたいと思ったし、そのシーンを頭の中で何度も想像した。


一方ガチャピンは、
ネット系ッスね、と言ったっきり教えてくれなかったが、推察するに、出会い系の詐欺関連だと思われた。
平成20年頃は、iモードの出会い系が活況で、サクラを運営する違法スレスレの会社がたくさんあった。多分そのうちのひとつにガチャピンも関わっていたのだろう。

歳が近いせいもあってよく話しかけてくれたのだが、趣味はスロットと競馬で、俺とは全く違う文化で生きていた。だけど、むしろガチャピンの生活の方が普通で、浮いていたのは俺の方だったんだと思う。

ガチャピンの凄いところは、
パクられすぎてなのか、パクられたことを屁とも思っていないところだ。

これから懲役行ってしばらく出てこれないことも分かっているのに、悲壮感がない。

看守とも上手くやるし、どこに行ってもいじられて好かれるやつだった。


俺が昔エントリーシートを提出した会社の面接会場には、こんな顔ぶれはいなかったが、適応力は俺やそこにいた誰よりも、よっぽど優れた二人だった。


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