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助詞「は」の不自然さを解消する(3)

こんにちは、よんのすけです。

前回は、訳文で「は」を使用する際に注意すべき点として、「は」が「動詞から遠くわかりにくい」ケースについてご説明しました。


今回は、「『は』が使用された、自然とは言い切れない微妙な文」のケースについてご説明します。

本記事で扱う改善前の例文は、間違いというには微妙な、絶対にダメとは言い切れない文章です。実は執筆後に同僚に確認してもらったところ、それほど大きな問題を抱えた文章であるとは思えない、との意見をもらいました。ただ一方で、「こういう構文が訳文で頻出すると気になる」、「改善後の例文の方が読みやすくなっているのも確か」とも言ってもらえたので、分析・修正のプロセスを公開することにはヒントとしての価値がありそうだと判断しました。また、この例文が微妙であるからこそ、むしろ実際的であるとも考えられるのではないか、という思いもあり、お蔵入りにはしないでおくことにした次第です。

次の例文について考えてみます。

(1)TPJ data centers are equipped with monitoring systems covering all the rooms and passages, and staffed with security guards for safety patrol.
(1')TPJのデータセンター、すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備え、セキュリティ警備員による安全パトロールを実施しています

読者のみなさんは違和感を覚えますでしょうか?

「データセンターは」の述部として「監視システムを備え」と続くのは問題ありません。「データセンターは」を「データセンターが」と読み替えると主述がしっかりと対応しているのがわかります。しかし、後半部の述部「パトロールを実施しています」という部分については、主部と述部が格関係の明確でない形でつなげられています。言い換えると、この例文の主部は、一方の述部とは格関係がはっきりとわかる形でつながり、もう一方の述部とは「主題化」の機能だけでつながっています。読み手によっては、後半部に違和感を覚えるかもしれません。

詳しく分析するために、いったん文を2つに分けてみましょう。

(2a)TPJのデータセンター、すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備えています。
(2b)TPJのデータセンター、セキュリティ警備員による安全パトロールを実施しています

さらに、2つの文の「は」を格助詞に還元できないか考えてみましょう。(2a)の「は」は、格助詞「が」の役割を担っていることがすぐにわかります。

(2a')TPJのデータセンター、すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備えています。

ところが、(2b)の「は」はどうでしょうか?格助詞「が・の・に・を」のどれに置き換えることもできません。

(2b')TPJのデータセンターが/の/に/を、セキュリティ警備員による安全パトロールを実施しています。????

「データセンターが」は問題ないと感じ方もいるかもしれませんが、本来、「パトロールを実施する」動作主は人(または人の集団や組織)でなければならないでしょう。実務翻訳では、事物の主語が人間の動作を表す動詞と組み合わされることを嫌います。「データセンターが安全パトロールを実施する」という文は明らかに不自然です。

つまり、(2b)の「は」は他の文要素と格関係を持たない、うなぎ文的な「は」になります。前の記事で説明したとおり、こういった「は」の使い方は格関係があいまいで理解しづらくなるため、避けるべきです。(1')の文がやや違和感を覚えさせるのは、格助詞「が」の役割を持つ「は」の文とうなぎ文的な「は」の文とを、ひとつの文へとくっつけてしまったことに原因がありそうです。

ところで、見方を変えると、この例文の「は」はどちらの述部にとっても「主題化」の機能しか持たないと考えることもできます。これは、次のような読み方をした場合です。

(3)TPJのデータセンター(について)、(同社が)すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備え、セキュリティ警備員による安全パトロールを実施しています

2つの文に分けてみましょう。

(3a)TPJのデータセンターについては、(同社が)すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備えています。
(3b)TPJのデータセンターについては、(同社が)セキュリティ警備員による安全パトロールを実施しています。

前半部の文がやや不自然になってしまいます。具体的には、「(同社が)すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備えています」という文が舌足らずです。「備える」という動詞は自動詞としても他動詞としても使用できますが、他動詞として使用する場合は「~が~を~に備える」のようにガ格、ヲ格、ニ格をとるのが通常だからです。この文には「どこに備えるか」を示すものがないため、わかりやすさが欠けています。当然「備える」先は「データセンター」ですが、読み手がわずかに推測を働かせる必要があります。後半部からできた文についてはそういった問題はないでしょう。

ここまで見たところによると、(1')の「は」が果たしている機能をどのように解釈するにしろ、2つの述部のいずれか一方が不自然な印象を与える可能性がでてきそうです。また、「は」を2とおりに解釈できること自体が、読み手にとってやさしくないと言えるかもしれません。

それでは、この文の不自然さはどのように解消すればよいでしょうか?

答えはシンプルで、主語と述語の格関係が統一されるように対応関係を整えてやります。まずは(2c)の文をうなぎ文ではない形で訳してみましょう。

(2c)TPJ data centers are staffed with security guards for safety patrol.
(2c')TPJのデータセンター、安全パトロールを実施する警備員が駐在しています

さらに、1つ目の文も(2c')の「データセンターに、~しています」と同様の形に揃えてあげます。

(2a')TPJのデータセンター、すべての部屋と通路を対象とする監視システムを備えています。

(2a'')TPJのデータセンター、すべての部屋と通路をもれなく対象とする監視システムが備わっています。

これで2つの文はどちらも「~に+しています」の形になりました。これらを1つの文にまとめ、「データセンターに」を「は」で主題化すると、次のような主述の対応関係が明瞭な文が出来上がります。

(1'')TPJのデータセンターには、すべての部屋と通路をもれなく対象とする監視システムが備わっており、安全パトロールを実施する警備員が駐在しています

元の訳と比べると、違和感のない、すっきりとした文になったと思いますが、いかがでしょうか。

余談ですが、独立した2つの文章をまとめて、上記のような複数の述部を持つ文として訳す場合もあります。次の例のように、英語の原文で2回連続して同じ主語の文が続く場合などには積極的に使用したいテクニックです。

(3)The owner is the user who owns a service. The owner has all privileges of a service.
(3a)所有者はサービスを所有しているユーザーであり、サービスに関するすべての特権を持っています。
(3b)所有者はサービスを所有しているユーザーです。サービスに関するすべての特権を持っています。
(3c)所有者はサービスを所有しているユーザーです。所有者はサービスに関するすべての特権を持っています。

(3a)と(3b)のような省略は積極的に行った方が日本語の文章として自然になるのですが、意外と(3c)のようにそのままになっている訳文が多いように感じていますので、読者のみなさんはちょっと気に掛かけてもらえればと思います。

少し話が逸れましたが、主語と述語の関係が異なる2文を無理やり「は」でつなげてしまうと、この記事で取り上げた例のように違和感を覚えさせかねない訳文になってしまうかもしれず、注意が必要です。

ここまでのまとめ:

2文を「は」でつなぐときは、できあがった文の主語と述語の対応関係に注意する。
● 対応関係のわかりにくさを解消するには、「は」を伴う名詞と述語の格関係を整える。
● 2文を「は」でまとめられるときは、積極的にまとめる。

〇最後に

本シリーズ「助詞『は』の不自然さを解消する」では、「格関係が不明確」、「動詞から遠くわかりにくい」、「『は』が使用された、自然とは言い切れない微妙な文」という3つのケースを取り上げました。書き終えて読み返してみると、自分でも細かい指摘だと感じます。しかしながら、これまでのお客様のフィードバックを振り返ってみても、やはり必ず気を配らなければならないポイントだと考えざるを得ません。今まで気にしていなかったという方は、少しだけ気にかけてみることをおすすめします。

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