助詞「は」の話(2):有効範囲の広さと対比・対照の用法
こんにちは、よんのすけです。
前回は、「は」が基本的な機能として「主題を提示する」こと、「助詞『が・の・に・を』の役割を持ちうる」ことについて説明しました。今回は「は」と「が」の主な違いである有効範囲の広さについて例文を通じて確認し、対比・対照を表す「は」についても少し触れます。それではさっそく始めましょう。
前回の記事はこちら
「は」の有効範囲は「が」より広い
「は」は、前回の記事でご説明したとおり主題を表します。「が」は、皆さんご存知のとおり、主格を表します。しかし、それ以外にも重要な違いがあります。それは、「は」の有効範囲は「が」よりも広い、という点です。「は」は「が」と違い、節の中に収まらず、後方の述語や次の文までかかっていきます。また、前方にかかる場合もあります。それぞれ例を見てみましょう。
・前方にかかる「は」
「弟は」は「元気になった」だけでなく「食べて」の主格でもあります。例文(1)の「弟は」は「弟が」に変えることもできますが、やや不自然になります。本多勝一氏は、このパターンが英語の分詞構文に類似していると紹介しています。
ここで少し注目してもらいたいのは、「は」を持つ主語が必ずしも文頭に置かれる必要はないということです。たとえば例文(1)の「弟は」を文の冒頭に持ってきてみましょう。
例文(1)と(1‘)のどちらが読みやすい文でしょうか?(1)では動詞「食べて」の動作主が先に明示されないので、わずかですが情報の提示順序がわかりにくいかもしれません。一方、(1’)は「食べて」の動作主が先に明示されます。視線を逆戻りさせる必要はなくなりますが、動作主「弟」と動詞「食べて」の間に「私があげた」という「動作主+動詞」が入れ子になって挟まれており、思考の流れを妨げているようでもあります。
実際の案件で、このように訳出の選択肢が複数あり、どちらにも一長一短がある場合は、流れのよさを重視すべき場面か、それとも主題の先行提示を優先したほうがよい場面かなどを考慮して、どちらの形で訳出するかを決定すべきでしょう。
・後方にかかっていく「は」
次は、「は」の後方にかかっていく性質について例を挙げながら見ていきましょう。
例文(3)の「リュウジが」の「が」を「は」に変えてみるとどうでしょうか。
だれでも不自然に感じると思います。「リュウジは」の「は」で「リュウジ」が主題化されていて、「出会ったとき」の先までかかってくることが想定されるのに、かかり先の述語が出てこず新たな主題「彼女は」が出てきてしまうからです。この例では、「が」を「は」に変えることができません。
一方、例文(4)の「彼は」の「は」を「が」に変えてみましょう。
「彼が」がかかるのは「入ってくる」だけで、「スーツをタンスにしまった」にはかかりません。そのため、「スーツをタンスにしまった」の動作主が明示されず、少し不明瞭な文になっています。この文は文脈があれば問題なく機能するでしょう。たとえば、私がスーツを脱いだところに、兄がちょうど入室してきた、といったシチュエーションであれば、「彼が部屋に入ってくると、(私は)スーツをタンスにしまった」というように自然に主格が補われることになります。
・文をまたぐ「は」
次に「は」が文をまたいでかかっている例を簡単に見ておきましょう。
日本語ネイティブであれば、深く考える間もなく、後ろの文の動作主も「彼は」であることがわかります。新しい主題が提示されなければ引き続き主題を「彼」としたまま文を続けることができます。これもまた、「が」にはない特徴です。
ここまで見てきたように、「が」と「は」のかかる範囲にはかなり違いがあるので、翻訳時に不自然な使い方をしないように注意が必要です。
対比・対照を表す用法もある
最後に、「は」には対比・対照を表す用法もあることを押さえておきましょう。
こういった対比の「は」は、"one~, the other~"など、「一方は~で、他方は~」という表現でよく使用するかと思います。
まとめ
この記事では、「は」と「が」の相違点として有効範囲の違いを簡単に説明し、「は」の対比・対照の用法について確認しました。いかがでしたでしょうか。次回は今までの2記事で確認した内容を土台として、「は」を訳文で使用する際の注意点について見ていきたいと思います。翻訳会社やクライアントによるチェックで見られている点をなるべく取り上げますので、ぜひお読みいただければと思います。長く翻訳業務に携わっている方にも役立つような例を取り上げたいと思いますので、よかったらご覧ください。
参考文献
・『新装版 日本語の作文技術 』著・本多勝一
・『よくわかる文章表現の技術Ⅰ 表現・表記編(新版)』著・石黒圭