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ウェアラブルデバイス × 睡眠の研究事例を斜め読み

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 今回は、ウェアラブルデバイスで「睡眠」の定量化に着目し、ピックした事例などを整理させていただきたいと思います。これから研究や実証実験を進めていきたいと考えていらっしゃる方々の助けになれば幸いです。


1. ウェアラブルではどのような「睡眠」が計測できるのか

 ウェアラブルデバイスの技術的進歩により、心拍や歩数だけではなく、様々なデータが取得できるようになっています。「睡眠」に関するデータもその一つです。ちなみに、ウェアラブルデバイスの代表格の一つであるApple Watchの第一世代は2015年にリリースされており、その頃から睡眠の記録ができたため、約10年もの年月が経っていることになります。その間、機能・精度的にも進展し続けているため、今ではかなりの高精度で記録ができています。
 では、そのようなウェアラブルデバイス(特に腕時計型)では、どのような睡眠のデータが取得できるのでしょうか。簡単にリストアップしたいと思います。

  • 睡眠状態

    • 浅い睡眠、レム睡眠、深い睡眠など

  • 睡眠時間

    • 睡眠状態を推定できることにより、入眠と起床時間を判別できる

    • それを応用し、睡眠時間など時間系の計測ができる

    • さらに睡眠状態ごとの時間の計算も可能

  • 睡眠の質

    • デバイス独自の計算式が存在しますが、上記の時間や状態のデータをもとに、睡眠の質を定量スコアとして表したものも計算可能

  • 心拍

    • 睡眠時の心拍という観点で、安静時心拍数などが計算可能

  • 体温

    • 睡眠中の皮膚温度

  • 血中酸素濃度

    • 睡眠時(安静時)に計算可能で、睡眠時無呼吸症候群などの判定にも利用可能

  • 加速度

    • XYZ軸のセンサーデータから、睡眠時の身体の動きなども定量化することが可能

    • それにより、寝返り回数も計算が可能

  • 環境音

    • 内蔵マイクからいびきなどの測定が可能

    • これらを睡眠の質の評価に利用することもできる

 上記のように、様々なデータが取得できるようになっており、これまで手軽に検証できなかったことが、デバイス一つで簡単にデータ取得することが可能になっています。

2. 事例

 ではここから、ウェアラブルデバイスから取得したデータが利用された「睡眠」に関する研究や事例を整理していきたいと思います。

事例1:ウェアラブルデバイスを用いた従業員への睡眠支援

 ウェアラブルデバイスを用いて、従業員の睡眠の状態、日中の眠気、睡眠習慣行動に与える影響、効果の検証を行った研究です。
 方法は、教育群(睡眠教育と睡眠メモによるモニタリング)及び端末群(睡眠教育とウェアラブルデバイスによる総睡眠時間等のモニタリング)に割り付け、ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI-J)のスコアなどに基づき、統計検定などによる比較を行っています。
 結果としては、ウェアラブルデバイス支援により、睡眠の量的な変化(就寝時間の前倒し、睡眠時間の延長)が認められています。
 一方で、約6週間分のデータを集めたとは言え、若干被験者数が物足りない点を感じます。もう少し被験者にとって楽な実験デザインのもと、多くのデータを収集し、群間比較(統計検定)ではなく、統計モデルによる示唆を得ることができれば、より詳細な分析結果が得られそうです。

図1. 研究フローチャート[1]

事例2:ウェアラブルデバイス x スマートメーターによる室内快適性(睡眠に着目)の研究

 現在市販されているウェアラブルデバイスでは、建物居住者の室内快適性を測定するために使用できる重要なパラメータ(外気温度、相対湿度、皮膚温度、発汗量、心拍数など)を、目立たないように取得することができるようになっています。これらのデータを使うことで、個人の健康状態の改善だけでなく、より良い室内環境条件の調整にも利用できると考えられています。
 この研究では、居住者の睡眠の質を改善するために、ウェアラブルデバイス(Oura Ring)とスマートメーター(KTH Live-in-Lab)からのデータを利用しています。Oura Ringからは、心拍数や皮膚温、睡眠などのデータが収集し、KTH Live-in-Labは、導入されているビルディング管理システム(BMS) に基づき、室温、湿度などの環境データを収集しています。
 そして、睡眠スコアを目的変数に、室温、湿度、睡眠時間、活動量など多くのデータを特徴量に機械学習モデルを構築し、睡眠スコア予測を試みています。最終的には、BMSと連携し、その睡眠スコアを良好な状態にできるように環境の状態からコントロールするというスマートビルディングに関する興味深い研究です。
 欲を言えば、この研究では、室内快適性のパラメータをアウトプットとしていますが、それらのパラメータをもとに、実際に被験者のwell-beingの数値がどのように変化したかの実証実験もできるとその有効性を測ることができると思います。そのような取り組みができると良いですね。

図2. 研究概要図[2]

 また、well-beingに関する研究に関してまとめた記事もあります。ご興味がございましたら、ぜひ読んでみてください。

事例3:就寝時の皮膚体温を用いた排卵日予測の研究

 これは腕時計型のデバイスではありませんが、睡眠中の腹部皮膚温を自動測定するウェアラブル衣服内体温計「Ran's Night」を用いた研究です。本研究では、基礎体温と比較して、排卵を検出する際の腹部皮膚温の診断精度を検討しています。
 睡眠中の腹部皮膚温の計測は、Ran's Nightを下着の間に挟み、測定しています。また毎朝従来の舌下体温計を用いて、基礎体温を計測しています。その基礎体温が、3日連続の体温が過去6日前より高ければ、排卵が起こったと推定することができます。
 研究結果として、腹部皮膚温は基礎体温と同等の精度で排卵日を推定できることが示されています。
 腹部皮膚温を計測すると、原理的な側面から予測の正確性は高い一方で、そのためのデバイス自体が必要です。弊社では、汎用的な腕時計型ウェアラブルデバイス(FitbitやApple Watchなど)を利用して、このような取り組みを開始しています。ご興味があればご連絡下さい。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ithc/17/suppul2/17_6/_pdf/-char/en

事例4:1年間の連続アクチグラフィーデータを用いたウェルネスモニタリングスタディ

 この研究では、うつ病の再発を予測するために、アクチグラフと睡眠の質や日中の活動量などを記録するウェアラブルデバイスを利用し、参加者の睡眠や日中の活動を1年間追跡しています。
 内容としては、データの欠落に関して、グラフなどで確認できることが興味深い点でした。最初はほとんどの参加者がデバイスをつけていたのですが、1年経つと約4分の1の時間はデバイスをつけないようになっていました。この問題は、長期的にデータを収集する上での課題です。
 弊社のプロダクトであるSelfBaseには、事例でご紹介したようなデータモニタリング機能を実装しています。どんなことができるのか、話を少しでも聞いてみたいという方がいれば、ぜひご連絡下さいませ。
 一方で、この研究の結果では、うつ病と活動量・睡眠には明確な関係が発見できていませんでした。そのため、異なる背景因子や年齢層、性別、うつ病の重症度を持つより広範な参加者を含めることで、研究の一般化可能性を高めることが必要と考えられます。

図3. 1年間の装着率のグラフ [4]

4. 最後に

 上記の事例のように様々な研究が実施されてはいますが、正直なところ、ウェアラブルデバイスの技術発展により取得できるようになったデータの種類に対し、既に実施・発表済み研究の数はまだ少ないように感じました。
 身体の健康状態、生活習慣、疾患などに対し「ウェアラブルデバイス x 睡眠」というアイデアで、やりたかったができなかったこと、これまでは想像もできなかったこと、ができる可能性を多く秘めていると思います。人は、1日24時間の内、その約3分の1は睡眠に費やしています。その睡眠を身体の休息だけではなく、起きている時間の健康の把握のためにもデータ活用できると良いなと思います。

 弊社では、多くのウェアラブルデバイス・医療機器を扱い、データの取得・分析を実施しています。さらに、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発、睡眠を細かに評価する際に必要なデータ収集・分析基盤をご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

5. 参考文献

[1] Sawaya Chikako, and Ohnishi Motoki. 2023. “Effectiveness of sleep support interventions for construction company employees: a comparative study using sleep education and wearable devices.” [Nihon koshu eisei zasshi] Japanese journal of public health 70 (7): 442–50.
[2] Malakhatka, Elena, Anas Al Rahis, Osman Osman, and Per Lundqvist. 2021. “Monitoring and Predicting Occupant’s Sleep Quality by Using Wearable Device OURA Ring and Smart Building Sensors Data (Living Laboratory Case Study).” Buildings 11 (10): 459.
[3] Murayama, ○yoshinobu, Masumi Kitazawa, Hikaru Sato, and Aiko Uemura. n.d. “The Accuracy of Abdominal Skin Temperature in Detecting Ovulation Compared to Basal Body Temperature.” https://www-jstage-jst-go-jp.kras.lib.keio.ac.jp/article/ithc/17/suppul2/17_6/_pdf/-char/ja.
[4]
 Slyepchenko, Anastasiya, Rudolf Uher, Keith Ho, Stefanie Hassel, Craig Matthews, Patricia K. Lukus, Alexander R. Daros, et al. 2023. “A Standardized Workflow for Long-Term Longitudinal Actigraphy Data Processing Using One Year of Continuous Actigraphy from the CAN-BIND Wellness Monitoring Study.” Scientific Reports 13 (1): 15300.

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