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SaaSのNRRは役に立たない?見るべきは契約後12ヶ月の月次推移。グローバル、日本、自社の数値で解説。

一般に定義されている「NRR (売上継続率)」の算式は、SaaS企業の稼ぐ力を総合判断するには役立ちますが、そのまま数字を見ても直近のカスタマーサクセス戦術評価には役立たないよ、という分析を自社データを交えて解説します。

なお、平均顧客単価とNRRは正比例の関係にあり、例えば月額5,000円のSaaSのNRRは低く、月額15万円のNRRは高くなります。ビジネスモデルの違いから来るもので両者を比較する意味はありません。本記事では高単価SaaSを念頭において書いています。

貴山敬 (@tkiyama)


「NRR (Net Revenue Retention)」とは

日本語では「売上継続率」。既存顧客が伸びているのか/減っているのか、という指標で、SaaS企業の力をあらわす重要指標の一つです。

NRR = 前年同月顧客の当月のMRR / 前年同月顧客のMRR

月次で見る場合もあり算式を誤解しやすいのですが、通常は年間で見ます。1年前の顧客のMRRが、アップセル/ダウンセル/チャーン(解約)/クロスセルして当月いくらになったか、という指標。

NRRが重要な理由は、新規獲得だけだと売上が伸びないから。

NRRがなぜ大事かはあちこちで書かれていますが、シンプルに言うと「新規顧客獲得だけだと売上成長率が落ちるから」です。SaaSバブルが弾けた理由の一つは、既存顧客への売上拡大(Expansion)が投資家の期待を下回ったから、とも言えます。

実際、ARRが$15M-30M+規模の場合、ARR増加の4割が既存顧客のExpansionから来ています。逆にいうと、Expansionできないとこの4割が消えてしまう。ものすごい大事。

"The New Normal For SaaS" (ChartMogul)

NRR100%の難易度

一般的な感覚でいうと、企業が成長するためにはNRR100%は当然な気がします。100%を下回る=バケツに穴があいた状態なので、解約顧客を新規契約顧客で埋めるという自転車操業になってしまう。

ところが実際はすべての企業規模において、中央値はNRR100%を下回っています。ARR$15M以上の規模でさえ、2024年データは85%を割り込んでいる。多くのSaaSは新規獲得がなければ売上は徐々に減ることになります。NRR100%の壁は高い。

"The New Normal For SaaS" (ChartMogul)

上位10%でもコレ。景気後退とともにNRRは下がってARR$15M以上の規模で106%です。

"The New Normal For SaaS" (ChartMogul)

日本のSaaS上場企業のNRR

最近、NRR数値を公開するSaaS企業が増えました。たとえばAppier、Plaid、 Chatwork、oRo、PKSHAが公開してます。ぜひどなたか上場企業SaaSのNRRを平均単価のレンジにわけて分析してほしいところですが、まだサンプル数は少なく、NRR数値が良い会社だけが公開している印象です。

例えばこれはオロ社の決算資料。平均単価、解約率と並べてNRRを公開しています。

オロ社 2024年12 月期第2四半期 決算説明資料

NRRは役立たない?

ここまでNRRはとても大事だよ、という話をしてきましたが、実際のところは、NRRはSaaSの総合力をあらわしているだけです。他社と比較するには有用ですが、戦術の正しさの検証にはなりません。いま目の前で実行しているセールスCS施策の評価にはならないのです。

なぜ役に立たないかというと、遅行指標ということに加えて、NRRには以下の3つの要素が混在してしまうから。

① 新規獲得が多い=NRRが高くなる
新規契約してから1年以内にアップセルする傾向が強いため、新規契約数の比率が多いほど、NRRは高くなります。一般的な感覚と違い、新規獲得営業の強さがNRRの数値を引き上げます。ChartMogul社のレポートにもある通り。 "New customers tend to expand the most during year one of their tenure, as they ramp up their usage and get fully onboarded. Conversely, churn tends to increase in year two."

② 2年以上前のCSオンボーディング施策から強い影響を受ける
解約は初年度ではなく2年目に増える傾向があります。2年前の契約後オンボーディングがイマイチだと、2年目以降に解約が増え、現在のNRRが下がります。イマイチなCS施策を1年前に改善済でも、改善前の負の遺産が残ってしまうわけです。会社の実力ではありますが、現在のCSの実力ではありません。

③ 直近のCS施策
解約防止、アップセル/クロスセル促進などの足元の施策が当然影響します。これが本来NRRでイメージする要素ですが、①②が混在してしまうので、NRRは③の純粋な評価にはなりません。見たいのはここなのに。

セールスCSの施策のExpansion施策の評価は、契約後半年でだいたいわかる。

弊社がもっとも重視するのが最初に契約してから12ヶ月目までの推移です。例えば2024年1月に契約した100万円/月の顧客(コホート)が、アップセル/ダウンセル/解約して、2025年1月までにいくらになるかの月次推移。
※弊社ではこれを区別して「契約12ヶ月後NRR」と呼んでいます。

SaaSのほとんどが年間契約ですが、実は、12ヶ月を待たずに3ヶ月目ぐらいからアップセルする傾向があります。そして6ヶ月目ぐらいまでのアップセルする/しないの傾向が、驚くことにずっとその後まで続きます。
弊社では創業以来の推移をずっと追っていて、例えば契約60ヶ月目とかのデータがありますが、多少の例外はあれ、だいたい6ヶ月目までのトレンドがその後もずっと続くのです。

他社SaaSのCS担当の人に聞くと、みんな口を揃えて「契約して最初の3ヶ月のオンボーディングが超重要。ここでコケると挽回するのは至難の業」と言いますが、最初6ヶ月までのNRRの傾向がその後も続く、という分析結果と一致してる。逆に最初にうまくいくとその後もうまくいく(アップセルする)わけです。
つまり、3ヶ月でなんとなく雰囲気がわかって、6ヶ月でだいたい見えて、12ヶ月後には5年後の未来がわかる。マジか。

こちらが門外不出の弊社の「契約12ヶ月後NRR」グラフ。

全力でぼかしました!

弊社グラフの代わりにChartMogul社の調査をご紹介。月額単価水準でわけたグラフですが、右肩上がり/右肩下がり、のトレンドは、契約後6ヶ月ぐらいでくっきり出ることがわかります。それがそのまま12ヶ月目につながっている。分析の角度は違うんですが、要は6ヶ月までの推移があれば、その先のトレンドが推測できる。

"SaaS Retention Report" (ChartMogul)

参考)グローバルのNRR数値

英語のグラフで引用したのはこの2つの記事です。SaaS Retention Report 2023の方は少しデータが古いですが、違う確度の分析があるのと細かな定義がわかりやすいので、NRRをKPIに置くなら両方の記事を読んだほうがいいです。


参考)NRR定義をこまかく

各社の定義をご紹介。

A = [1年前に当月新規獲得と契約更新をした有料顧客のMRR]
B = [その同じ顧客の今月のMRR]
Net Revenue Retention = B / A

前田ヒロさん

前年同⽉の課⾦顧客のMRRが、当⽉においてどの程度増減したかを⽰す値。
(前年同⽉の課⾦顧客の当⽉のMRR)÷ (前年同⽉の課⾦顧客のMRR)

マネーフォワード社

(i)1年以上契約している既存顧客の⽉次サブスクリプション売上⾼を
(ii)前年同⽉の⽉次サブスクリプション売上⾼で割ったもの

プレイド社

このスライドがわかりやすい。

プレイド社2024年9⽉期第3四半期決算説明資料

もっと細く見たい人は、ChartMogul社のレポートで細かな算式を丁寧に解説してます。

さいごに

見るべきポイントに注意が必要なものの、NRRはわかりやすくプロダクトの力を示す指標で、今後は公開する企業が増えると思います。

SaaSは業務プロセスの一部分をクラウド化するシステムですが、顧客の業務プロセスは単独で存在していません。前工程/後工程の業務と連動しているので特定業務だけSaaSになっても大きな課題解決とならないのですが、顧客にとっていきなり全業務でのSaaS導入はリスクが高いので初期導入は部分的になります。
つまり、契約後にExpansionしない(NRRが100%超ではない)SaaSは特定業務の浅い課題解決しかしてないので、顧客に価値を提供できていないのです。

…という気持ちで普段からNRRを見ています。ささっと書くつもりが、がっつりした解説記事になってしまいました。。反論含め、ぜひご意見とかシェアとかしてもらえると励みになります!

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