見出し画像

馬鹿な女

愛してはくれない男にいつまでも縋りつくなんて、馬鹿な女のすることだ。
頭の中ではわかっているのに、いつまでも彼に期待して、物わかりのいい女を演じて縋りついているわたしは、自分は馬鹿なことをしている、という自覚のない女よりも馬鹿なのかもしれない。

ぼんやりとした寂しさ、そんな不確かなものに流されて、彼の胸に飛び込んだあの日。
あの日から、わたしはどんどん馬鹿な女になっていった。

最初は、彼の方から誘いの連絡が来ればそれに応じていた。あくまでも、わたしは受け身に徹していたのだ。
けれどもひとたびわたしから連絡をして、会いたい、と無様に嗚咽まで漏らしてしまってからは、わたしにストップをかけるものなど何もなくなってしまった。

どんなにみっともない姿を晒そうと彼は笑って受け止めてくれる、そんな甘美な事実に、わたしはすっかり溺れてしまったのだ。
彼の優しさに愛など1ミリもないと理解しているのに、わたしにはもはや岸に上がろうとする意識などはなく、彼との甘い時間に溺れること、それ以外のことを一切放棄してしまったのだ。

そうなってしまっては、当然わたしの頭の中は彼で埋め尽くされる。
朝起きた瞬間、日常の合間に不意に訪れる静寂、心身の熱を持て余す夜――
そんな毎日は、やがてわたしを狂わせた。
わたしの毎日がどれだけ彼で埋め尽くされていようと、彼にはそんなことはまったく関係がなく、彼の毎日の中にわたしはいない。
そんなわたしと彼の境界線を、いとも簡単に見失ってしまったのだ。

だから、彼の胸に飛び込んで、その血潮を浴びたときも、わたしにはそれが不自然なことでも怖ろしいことでも、なんでもなかった。
むしろ、どうしてもっと早くこうしなかったんだろう、と不思議だった。そして腹立たしかった。

今の今までそうしなかったわたしは、なんて馬鹿な女だったんだろう。
そんな苛立ちと後悔に歯ぎしりしながら、いつまでも彼の胸に縋りついていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?