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TEARDROPSが何者か知りたいときに読むnote

TEARDROPS(通称;ティア)は,2021年1月に任意団体として設立。
2022年1月から「NPO法人ふらいおん」に参画し,さまざまな事業を展開しています。

神戸市西区伊川谷町を主な拠点とし,現在,子どもの居場所づくり,お寺や農園での多世代交流イベント開催,無料自習室の運営(2022年8月に開放)など,多岐にわたって活動を進めております。全国にメンバーが所属しており、Discordやzoomといったオンラインコミュニケーションツールを駆使しながら交流を深めております.



1.「名前のない痛みを聴く」とは?

私たちの団体では「名前のない痛みを聴く」というビジョンを掲げております。

さて「名前のない痛み」とは何を指しているのでしょうか。

現代では「HSP」「LGBTQ」「不登校」のように「生きづらさ」のような、一般的に「属性」と呼ばれるものは「分類し」「名付け」「詳細に記述する」のが当然だと思われている。

「職業」でも同じです。どんな職業に就いていても「自身が持てないから、自分の職業を明かせない」「非正規雇用である。無職である。」などのように、日々、会社や学校、地域社会の中で差別や偏見の目に怯えながら過ごしている人がいます。

じゃあそのような人々は、症状の回復、社会復帰等ができれば、それで終わりなのか。そうではない。差別や偏見(スティグマ)への向き合い方を知り、尊厳を持って地域社会に包括されている,そう感じることが重要です。

無意識にゾーニング、セグメントすることが当たり前になっています。わたしはあのひととは違う。そうやって段々と「見たいものしか見ない」ようになっていきます。自分とは異なる思想や価値観を「腫れ物」として触れなくなります。多様性が認められているように見えるけれど、実際は分断を進めています。

宗教教育が機能していない現代では,カテゴリー化して考える人が多く、ディメンジョン方式で物事を捉えようとする人は少数派。スティグマに向き合うには後者で物事を捉える人を、増やさなければならない。

※ディメンション方式とは:相手をカテゴリー化せずに、一人一人の個人として捉え、異なる個人の経験の間にも、共通可能な「軸」を見出す認識的な枠組みのこと。

当事者研究を行なっている東京大学先端科学技術センター准教授の熊谷晋一郎氏を皆さんご存知でしょうか.熊谷氏は、人々の集団を定義するカテゴリーに対して貼られるものを「スティグマ」と言っています.(特定の人々を指すものではありません。あくまで「属性」「関係性を表す言葉」です。)この「スティグマ」という言葉が世間に大きく浸透し始めたのは2020年のコロナ禍、WHO・国際赤十字連盟・UNICEFが『COVID-19 に関する社会的スティグマの防止と対応のガイド』というものを世界に発表し始めた時からではないかと思います.

私たちTEARDROPSでは主にこの「スティグマ」の存在を’’当事者同士’’で対話しながら認知し、理解し、向き合い、対処していく。そして尊厳を持って地域社会に包括される(と感じる)ことを目指しています。

そこで重要となってくるのは「クオリア(≒体験質)」で「生きづらさ」や「痛み」を共有できることです。そのような体験をするには痛みを伴って越境する覚悟が必要。だけど共同体の概念が崩壊した現代で,わざわざ自ら傷つきにいくような人は稀。でも,ずっと同じカテゴリーに属していると「周りと自分はちがう」ことがどんどん浮き彫りになり,ずっと「満たされない」という感覚に襲われる。

痛みのカテゴリーが違っていても、対話していると「私とおんなじだ」と思うことがあります。私自身、学生団体のリーダーをしていた時の悩みが、NHKの「#8月31日の夜に」という番組で出演していた生きづらさを抱えた高校生の人たちと似ている、とスティグマから解放されるような体験をしたことがありました。痛みのカテゴリーが同じじゃないと理解し合えない、そんなことはないと思います。スティグマに向き合うには他者と積極的に関わり「差異」を感じ、差別や偏見を感覚的なものとして捉えることが重要なのでは、ないでしょうか。

2.伊川谷町について

伊川谷町は神戸市西区の南部に位置しています。「伊川」という川沿いに広がる,東西10kmにわたる自然豊かな大きな町です。

近郊型農業が盛んな地域でもあります。「神戸三宮」から地下鉄に乗り「伊川谷駅」で下車してみてください。真っ先に田園風景が目に入ります。また、国宝である「大山寺」が歩いて行ける距離にあり、座禅体験のできる「龍象院」という茅葺き屋根のお寺も近くにあります。

また,農業に興味のある方は伊川谷町にある「鶴田農園」を訪れてみてください。
どんな立場の人でも受け入れてくださる度量と器量を持ち合わせている方で,一度でも話せば誰でも彼を愛してしまうと思います。

3.立ち上げたきっかけ

代表の私(児玉)は、この伊川谷町という小さな町で生活してきました。

そして「2つの想い」があって、団体を立ち上げることになりました。

1つ目は「伊川谷町に学生が無料で勉強できるスペースを作ること」です
伊川谷町は無料で勉強できるスペースがありません。あったとしても情報は中高生には届いていません。電車で移動すればカフェや有料自習室,ユースステーションなどがありましたが、バイトをしていない高校生が毎日勉強するにはかなり痛い出費。教育の機会は平等に与えられるはずなのに,地域ごとに教育格差が開いている事実に私は疑問を持ちました。

2つ目は「完璧な答えを求められ、否定される社会で苦しんでいる人を癒すこと」です
コロナ禍の時,私は大学3年生で国際交流系の学生団体のリーダーをしていました。私はリーダーに立候補した際に「あなたはリーダーに向いていない」という言葉を40人の聴衆の面前で言われて人間不信になりました。当時の日本では不祥事を起こした政治家や芸能人が必要以上に叩かれていたので,リーダーをしていた私は自分自身の立場と重ねて心が痛みました。もうこんな社会は見たくない。許せない,と心から思いました。

そんな想いを持っていた私は偶然高校時代の友人と出会い,NPO法人設立を目指しました(後に「NPO法人ふらいおん」に参画することになります)Twitterでメンバー募集を行い,オンライン上でメンバー同士で交流を深めながら,伊川谷町での活動も行うようになりました。現在,メンバー募集はactivoというサイトで行っていますが,いまだに応募してくださる方もいてくださるので,すごく言葉の力を感じています。

4.活動内容

話を変えて、現在おこなっている活動について紹介します。

1.子どもの居場所「いこいこ・いかわ」

1つ目は、小学生の子供たちの居場所づくり。
2022年から「ふらっと・いかわ」という任意団体主導のもと、コープデイズ神戸西で「子どもの居場所づくり」事業が開始されました。月一回の頻度で行っています。TEARDROPSもそこに初期から運営に参画しています。2023年4月から「子ども食堂」が開始されました.

運営には元保育士の方や、他の地域で子ども食堂をされている方もいます。
子どもとの関わり方や運営する上での注意点など,勉強になる部分もたくさんあって,こういった場所が少しでも長く続くように手助けしていきたいです.

2.多世代交流の場「Uzume」

2つ目は、伊川谷のお寺で多世代交流の場づくり。
伊川谷町にある「与楽寺」という奈良時代からの歴史をもつお寺で、月に一回多世代交流イベントを開催しています。

なぜそんなに『多世代交流』にこだわるのか疑問に持つ方もいらっしゃるかもしれませんので,私の考えをここで述べておきます。

現代では地域交流どころか,隣に住んでいる人の名前さえ知らずに日々を過ごして生きていけるような時代になっています。つまり個々人で勉強も人間関係も仕事も全てやりくりしないといけない時代になっている。当たり前のことかもしれませんが,そんなふうに「個」から「全体」を見るのはとても難しいし,限界もある.そこで私は「お寺」という「全体性」を持ち合わせている場所で,年齢や価値観の垣根を超えて「多世代」で交流することで,交流している人「全体」から「個」である自分の位置を正しく見ることができると考えているのです。

熊谷氏も次のようにおっしゃっています.

スティグマを減らすための唯一の方法は、長い1冊の本としてのその人の経験ということを知るほかない。一番手っ取り早いのはこんなプログラムをやることよりも、小さいころから一緒に過ごしてればいいんです。一緒にたくさん言葉を交わして、一緒にたくさんの共同活動をして、経験をたくさんつなげればそれで何よりも コンタクトフィルムの何十倍の効果があるに決まっているんですね。分離教育の問題です。

私は大学で国際交流系のサークルに所属していました。日本という同じ国の中にいても全く異なる価値観を持ち合わせる人もいるし,生まれた国が違っても同じ志で今を生きている人がいるのだと,そう感じました。私自身,そのサークルが居場所になっていた部分もあったので,地域にそういった場所を作ろうと思いました。

私はこの場を「Uzume(ウズメ)」と名付けました。
ウズメとは日本神話に出てくる「アマノウズメノミコト」の「ウズメ」です。(「ウズメ」は髪飾りのことを指す場合もあります。)
(新海誠監督の「すずめの戸締り」のモチーフになったとも言われていますので,よければ調べてみてください)

アマノウズメノミコトは「芸能の神様」と言われています。
最高位の神「アマテラスオオカミ」が天岩戸に隠れてしまって世界が闇に隠れてしまったとき,アマノウズメノミコトは舞(神楽)を踊り,アマテラスオオカミの興味を惹いて天岩戸の扉を開かせた。
そう,アマノウズメノミコトは今の時代で言う「発信」の神様とも言える。
他人の興味を惹いて,心を閉じてしまった人の戸(とびら)を開けてあげる役割。

そして,私(代表)の人生のミッションの1つとして考えているものに「発信・発言の楽しさを伝え,伝播していく」というものがあります。
世界が基軸を失っているような今の時代に,夜の海を照らすガイド灯のような存在でいたい。
そんな私の願いと「Uzume」という名前はピッタリだと思ったんです。
私自身コロナ禍(2020〜2023年)の時に「発信」を通してオンラインで交流を取り,それまでの人生ではかつてないほどに,深い関係を持った方々がいました。

私たちが行う「場づくり」で,「発信」を通して,深く閉じてしまったあなたの心の扉を開かせてもらいたい。そして,深く暗い霧に覆われてしまった今の時代に,暗い海を照らす灯台みたいに,進むべき道を照らして,一緒に航海してあげたい。
そんな祈りを密かに込めさせてもらっています。

伊川谷町での認知度が増やし,今後は助成金や寄付等を活用しながら家や学校に居場所が無い中高生に向けた「駆け込み寺」を始めようと思っています.月に2回、ふらっと遊びにきて勉強でもゲームでも、何でもできる場所.スティグマに苦しむことなく、自由に自分を表現できる空間を提供する.多世代交流イベントはそのまま開催し続け、世代を超えた交流をしてほしい.それがわたしの傲慢な願いです.

3.無料塾

無料自習室(無料塾)を長期休みの期間に開放しています。
ただ無料自習室を開放するのが目的ではなく、このような場所があることで、若者が抱える「生きづらさ」を共有できる場としても働くのではないかと考えています。

ボランティアとして運営に協力してくださる方,協賛してくださる個人や団体,会社様がいらっしゃいましたらご連絡くださいませ。

5.各SNS(写真・URLをタップしてください)

6.雑記

武士道と云ふことは、即ち死ぬことと見付けたり。凡そ二ツ一ツの場合に、早く死ぬかたに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわりて進むなり。若し圖にあたらぬとき、犬死などと云ふは、上方風の打上りたる武道なるべし。二ツ一ツの場合に、圖にあたることのわかることは、到底出來ざることなり。我れ人共に、等しく生きる方が、萬々望むかたなれば、其の好むかたに理がつくべし。若し圖にはづれて生きたらば、腰ぬけなりとて、世の笑ひの種となるなり。此のさかひ、まことに危し。圖にはづれて死にたらば、犬死氣違ひとよばるれども、腰けにくらぶれば、耻辱にはならず。是れが武道に於てまづ丈夫なり。毎朝、毎夕、改めては死ぬ死ぬと、常住死身に成つてゐるときは、武道に自由を得、一生落度なく、家職を仕果すべきなり。

http://sybrma.sakura.ne.jp/307hagakure.html

最近私は,生きる気力を失っていた。この世界には’’死にかけて’’いる人がいない。死ぬほど何かを愛している人はいない。人を救いたいと言いながら自分の安定を崩そうとはしない。そういった人から発される言葉は何も美しくない。
そう絶望していた矢先,三島由紀夫の「葉隠入門」という本を手に取った。私は恥ずかしながら今までこの本を読んだことがなかった。だが,この本を読み始めたその瞬間,この本は死ぬほど何かを愛したいと思っている私には最適な書だと感じた。「葉隠」という本の中に「武士道と云ふことは、即ち死ぬことと見付けたり。凡そ二ツ一ツの場合に、早く死ぬかたに片付くばかりなり。」という言葉がある。「武士道」というのは「死ぬこと」と同義である。人間は「生」に執着するから悩みが絶えないのだ。生きることと死ぬことの2つが目の前に選択肢としてあったとき「死ぬこと」を選べ。私は以前から不思議と西田幾多郎や鈴木大拙,小林秀雄や柳宗悦などいわゆる仏教的な世界観がまだ国家の礎として存在していた時代の日本の文化人に強く心を惹かれていたのだが,葉隠入門に触れたことで確信した。私の思想は「日本的」(≒仏教的)であるな,と。

私は「怒り」や「悲しみ」といった感情は,期待していたものが叶わなかった時に起こるものだと考えている。「○○してほしい」と「依存」を向けられた時に,十分に返せないから「なんで○○してくれないの!」と反発心が怒り,絶望し,やがて虚無する。

私も活動していると,そんな感情になることが何度もあった。活動当初は強い衝動性に動かされていたような気もしているが,どこに相談に行っても「実績が足りない」だの「企画書を書け」だのしか言われない。団体の紹介をしたら自殺対策をしている人には「死にたいと呟いている人がいたら連絡してね」と言われる始末。この人たちは「私が今死にたいと思っている」とは考えないのだろうか,と絶望した。そして約1年たった今,何かに期待することをやめた。人に嫌われるなら,自分に嘘をつくぐらいなら,死ねばいいと思った。そうしたら生きやすくはなったが,生きる意味がわからなくなった。

三島由紀夫はとあるインタビューで「戦争時に時自分はいつか遠くない未来に死ぬと考えていた時の方が幸せであった」と答えていた。何かに「生」を脅かされ,死を常に意識せざるを得ない心理状態に置かれていた方が幸せだと。

現代では国家単位で「○○しなければ死ぬ」と議論することはないように思う。(SDGsくらい?)メタバースとかデジタルヒューマンも興味がない人には生きる理由にはなり得ない。だから「何かのために死にたい」と思いながらも,そういったものが見つかりにくい今の時代はすごく生きづらいのだろうなと思う。