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暗闇の中に#1

それは風の子と言われる年頃でも厚めのトレーナー1枚では少し肌寒くて、手に暖かい温もりが欲しくなる季節。

その子はみすずと言う名前があり、暖かい図書館で暖をとりながら本を読んで時間を過ごすのが大好きでした。その日も学校が終わり、家に鞄を置くと一目散にお気に入りのマウンテンバイクに乗って図書館に向かいました。図書館では、色々な物語を拾い集め空想に浸ります。静寂の中で誰かが本のページをめくる音、ノートに途切れ途切れに書き込まれるペンの音。それは耳をすませば素敵な一体感のある不思議な空間。

1階の辞書か文庫を漁ってから入り口の横にある暗い階段を上がっていく。そして、2階にある誰かが書いた煌びやかな額縁に入った花瓶に入った黄色や赤の花の絵を横目に見ながら、人がいないスペースにつくと靴を脱いで窓際に腰を下ろす。図書館は1階が主なスペースで2階には多目的室くらいしかない。なので、1階と比べると利用者のいない時の2階はとても暗かった。窓際だと本が見やすいのだ。実は自分で電気をつければいいだけなのだが、みすずは電気をつけずに窓の外の灯で本を読んでいた。時間が経つと文字がだんだん見づらくなってくる。

「今日の言い訳何にしようかな」

みすずは文字が見えづらくなると、必ず言い訳を考える。大人が聞けばすぐに嘘だとわかる言い訳を時間をかけて考える。どうしたら帰らずに済むのか。どうしたら怒られずに済むのか。言い訳を間違えると次の朝になるまで憂鬱な時が続くから必死に考えていた。その日は使いまわした言い訳ばかり頭に浮かんでいた。ふと、窓の外を見ると向かい側にある小さな商店に楽しげに買い物に来る親子がいる。小さな手を離さないように、しっかり握って店に入っていく。

「はぁ…」

みすずはため息をつく。お腹も空いたし、帰らなくてはいけない。でも、出来る限り帰る時間を伸ばしたい。夕方の帰宅を急かす音楽が流れる。

「自転車のチェーンが外れたって言おう」

小さな声で呟くと、暗くなって雰囲気の変わったいつもの絵を見ながら明るい1階につづく階段を降りていく。今日のお供を持ち場に返すと、自動ドアの前に立つ。いつも、みすずがいないかのように手を振るまで反応しないドアがすんなり開いてとてもいい気分だ。

「ミャー」

どこからともなく、小さな鳴き声が聞こえる。でも、目の前は車通りの多い道で歩道にも鳴き声の主はいない。鳴き声が止む時があるので、場所の特定は難しい。

もしかしたら、地下にある駐輪場から聞こえているのかな。

そう思ったみすずは、とりあえず駐輪場に行ってみる。駐輪場はいまにも消えそうな電気が自転車を照らしている。乱雑に並んだ自転車を眺めながら、前後のカゴに鳴き声の主が入っていそうな入れ物がないか確認する。多くない自転車を確認するのに時間はかからなかった。そんな入れ物を載せた自転車はない。駐輪場の隅にもない。鳴き声が止まってしまったので、気のせいかと思い自分の自転車の鍵を開ける。

「ミャー」

また声が聞こえる。声の場所はどうやら階段の辺りから聞こえてくる。鍵が空いたままの自転車をそのままにして階段を見上げる。

階段の途中ならさっき見てきたけどな。

そう思いながら、階段を登る。その図書館は地下に続く階段の上に少し施設がせり出た設計になっている。せり出た、最後の段を顔を冷たい階段につけながら覗き込むと暗くて奥が見えない。

やっぱり気のせいかな。

顔も冷たいし、鳴き声の主はいないと言うことにして階段を降りる。

「ミャー」

降りようとすると、また鳴き声。そのまま自転車に乗って変えてしまわないとそろそろまずい時間。でも、後ろから聞こえるかすれた声がどうしても気になってもう一度、暗闇を覗き今度は手を伸ばす。柔らかいものに触れた。

「ここにいたのか!」

急いで自転車のハンドルについているライト取り外し、暗闇を照らす。

「どうしたの?こんなところで」

図書館の下、階段の隙間の暗闇に声をかけた。みすずが見つめる先には、鳴き続けて遠くまで響かない声になった子猫が1匹いた。
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つづきはまた次回。



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