📚歴史書3選！B.B団の本棚〜2022年お盆編〜

2022年8月13日 18:42

はじめに🎐

全国的に暑さが猛威を振るうこの頃ですね。
「お盆を過ぎると風が変わる」と言いますが、冷房を効かせて飲み物スタンバイの熱中症完全予防体制で過ごしたいところ。🥵
お盆休みの予定はもう立てられているでしょうか？ぜひ帰省される方は実家の温もりある空間の中で、そのまま自宅で過ごされる方はお線香でも焚いて、先祖に思いを馳せながら本でも読むのは如何でしょうか？📘

前回の選書企画が大変好評だったため、この度、第二弾を企画することになりました！🙌
前回の企画に♡下さった皆さま、大変ありがとうございます😊
その後俄然やる気を起こしたB.B団一同が年内にもう2回程次なる選書企画を開催しようと画策。今回のお盆編に結実する運びとなりました。👒

さて、今回の読書企画のテーマですが前回と同様に「歴史に関する書物」です。前回の内容を深めるも良し、お盆に合わせた内容でも良し、B.B団員3名が各々の関心(独断と偏見)で選びました！📚
実は秋にテーマを変えた読書企画も計画中なのですが、こちらは次回のお楽しみに🍁(計画倒れしなければ！)

B.B団員は社会人2名&文系院生と社会的身分も異なり、3名の人柄そのものも異なり…で、今回の選書も数は少なしと雖もバラエティに富んだ内容となっているはず！🌈

それでは選書へAllons-y!🏃‍♀️と言いたいところですが、そもそもお盆って地域によって違うというけどなぜなのでしょう？同じ疑問を抱かれた方へお盆の成立や仕組みを簡単にご紹介。
もう前置きは充分読んだ！という方は選書へAllons-y！🏃‍♂️

なぜお盆は地域によって時期が異なるの？

一般的に8/15に定められているお盆は、祖先の霊を祀る行事。8/13に「迎え火」を焚いて子孫を訪ね帰ってきた故人の魂を迎え、8/16に「送り火」を焚いて故人の魂が再び黄泉へと帰るのを見送ります。🕯この4日間がお盆休みです。

ちなみにお墓掃除は祖先を迎える8/13よりも前に余裕をもって済ませておき、お盆の中程に当たる中日(8/14、8/15)にお墓参りに行くのがbetterとされています。🧹🪦

ここまで一般的なお盆の時期について述べてきましたが、沖縄や北海道、本島一部の地域ではお盆の時期が1ヶ月ほどずれ込みます。

📍 旧暦7/15(新暦8/8〜9/7)
　沖縄・奄美地方
📍 新暦7/15(もしくは前後の土日)
　函館、東京下町、横浜中心部、静岡旧市街地、　　栃木市旧市街地、山形県鶴岡市街地区、石川県の一部、佐賀県有田町など
📍 新暦8/1
　東京都多摩地区の一部、岐阜県中津川市の一部

名称は特に旧暦での盆を「旧盆」、一般的な新暦8/15の盆を「月遅れ盆」と呼び、区別されています。

👉参考：ウィキぺディア「お盆」

なぜこのようなズレが生じたのでしょう？
端的に述べると改暦で地域住民の生業の繁忙期と重なったか否かで違いが生じ、特に重なった地域で時期をどうずらすか考え方が異なり違いが生じました。
より丁寧に改暦🗓を見ていくために、まずは旧暦と新暦を整理。

「旧暦」
　グレゴリオ暦の前の暦法で、日本では全て太陰太陽暦。古代から江戸初期までは各時代の中国暦を輸入したものが使われていましたが、1685年に渋川春海によって初めて日本人により編纂された貞享暦が誕生。その後、西洋天文学も取り入れ改暦されていきます。
「新暦」
　明治5年11/9(1872年12/31)にグレゴリオ暦(太陽暦)に改暦。旧暦の天保暦が12/2に廃止されたため、明治5年の12月は2日間のみ。

注目ポイントは太陰太陽暦→太陽暦の変化。👀
「太陰」とは月を指し、太陰暦は月が地球を一周する29日(30日)を1ヶ月にしていました。
しかし29×12=354。365日に足らず暦と季節にズレが生じます。
太陰太陽暦は太陰暦をベースに太陽の動きも考慮して閏月を入れて調節した暦です。

明治5年の改暦では、年中行事が既に旧暦に基づいて定められており、季節が合わないものが発生。
お盆は旧暦では7/15でしたが新暦の7/15は農繁期で農民にとってこの時期にお盆を迎える事はとても大変。
そこで2通りの考え方が発生。
①旧暦を新暦に読み替え、お盆を8月下旬〜9月上旬とする。→「旧盆」
②なるべく日付は変えずにお盆を7/15から1ヶ月遅らせた8/15にする。→「月遅れ盆」
ただし、大都市や農繁期に重ならない東北などの一部の地域では不都合がないのでそのまま7/15がお盆に。
また養蚕が盛んだった岐阜県一部などでは、養蚕の農閑期に当たる8/1がお盆に。

👉参考：お盆はなぜ 7 月と 8 月があるのか

ここまでお盆の時期にズレがある理由を、改暦の歴史から整理しました！✍️
必需品過ぎて現代では存在感が薄れてしまっている暦ですが、季節のサイクルを正確に把握・管理することは特に「食」に直結する大切な視点ですね。
ここにはまとめきれませんでしたが、お盆が日本以外の東アジアの国にもあることや、お盆の成立史(祖先信仰＋仏教)、地域ごとのお盆の風習など興味深いトピック盛り沢山なお盆。🏮
ぜひこの章を読んで興味を持たれた方は、ご自身の地域の風習や信仰など調べてみて下さい🕊✨

歴史書3選！(2022年お盆編)

団員3名が、それぞれ好きな視点で歴史関係の書籍を1冊ずつ選び、実際に読んで読書紹介記事を執筆しました🖋

日本近代化のタ〒役者

加来耕三著『明治維新をカタチにした前島密の構想力』、つちや書店、2019年

はじめに

　６月某日、気まぐれでとある博物館を訪ねた。目黒区にある、切手の博物館。時間の都合で企画展を諦め、奥方のアトリエを覗いた。古今東西の切手が無造作に積み重ねられた異空間、我を忘れて宝の山を漁る。知識皆無のため直感あるのみ、なけなしの現金(キャッシュ)でとっておき(※)を買い占めた。

　切手との不思議な巡り合わせもあり、「日本郵便の父」と呼ばれ、その功績を称え今なお１円切手に肖像画が使用されている人物、前島密に関連する書籍を選んだ。読書のススメ、という意味で一次資料への拘りも捨て(今回の場合、当時まで遡るには相当な根気が必要)、一般的な歴史書とした。
(※)巻末の ◇おまけを参照されたい。

日本近代化に注いだ情熱

　前島密＝郵便制度設立のイメージが強いが、その功績は多岐にわたる。電気通信事業の推進、鉄道建設の推進(現・日本通運の創業)、海運業の推進(“三菱”の育成、“商戦学校“の設立)、「ひらがな」の提唱…本書は、前島の生い立ちから数々の偉業を成し遂げるまでを俯瞰し、様々な人物とのかかわりに着目しながら前島の”構想力”について論じている。ここでは、筆者の視点で見所と見解を紹介しておく。

ー平岡煕一(きいち)に明かした胸の内、大政奉還の進言
　1865年、１年間の期限付きで雇われた薩摩藩を去って江戸へ戻った前島。衰退の一途を辿る幕府へあえて身を投じる決断をした前島の願いはただ一つ、開国して強い日本政府を建造すること。旗本の平岡に問い詰められた際には、忌憚のない発言で自身の構想を説いている。(幸い首は切られず、発言は了承された)

ー大久保利通への建白、遷都の地は江戸こそ相応しい
　大久保が都を京から大坂に移す考えである、との噂が前島の耳に入ってきた際は、抗議の内容を建白書にしたためた。薩摩藩を脱藩した後ろめたさ、大久保(新政府の中枢)と自身(旧幕臣)の身分の違いもあり、差出人は「江戸寒士(※)　前島来輔」とし、使いを遣って運ばせた。しかし、その書きぶりは容赦なく、「副陳書」付きで江戸遷都の重要性を説いたものであった。(これを読んだ大久保は、大坂遷都を思いとどまったという。)
(※)　貧しい書生の意。
↓大坂遷都 vs 江戸遷都の詳細はコチラ

本書で論じられている、前島の“構想力”とは具体的にどのような素養であったか？決して誰もが簡単に真似できることではないが、現代において参考にできる点は多いと感じた。時代の流れを正確に捉え、次の一手を先読みすること。自身の立ち位置を把握し、目的を達成するために必要な手立てを逆算し行動に移すこと。相手に自分の意思を伝え、可能な限り理解と協力を仰ぐこと。先の見えづらい時代、一人ひとりが未来を切り拓き進んでいくためのヒントを示してくれているようである。

人はよく、あれもこれも運だといふが、運は誰れの前をも公平に通る、これを捉らえ得ると否とで、大差が出来る。頭を働かして細心注意、よい運を捉へよ。それから椽 (縁)の下の力持ちになることを厭ふな。人の為によかれと願ふ心を常に持てよ。　

(同書、326頁)

おわりに

　日本が先進国に追い付くには、文明開花こそ急務と考えた前島。持ち前の”構想力”を生かし、明治維新改革の前進に大きく寄与した。とりわけ、郵便制度の設立の偉業は誉高く、国家が中央集権化を目指す過程での象徴的な出来事と言える。のちの1873年に締結された「日米郵便交換条約」は、米国限定ながら、郵便に関する日本の主権を回復するものであり、外国との対等条約の先駆けとなった。

　当時の様子をよりリアルに知りたい方は、一次資料に挑戦してみるのも楽しいかと。(因みに筆者は未達、夏期休暇中に少しでも読み進められれば嬉しいのだが…)

① 前島密『鴻爪痕』(こうそうこん)、市島謙吉、1922年
→国立国会図書館デジタルコレクションにて公開されている。(保護期間満了のため)

② 福沢諭吉『西洋事情』、尚古堂、1866年ほか
→慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクションにて公開されている。

◇訪問予定

　コロナが少しでも落ち着いたら、是非足を運んでみたい。

①郵政博物館
2014年３月１日開館。郵政および通信に関する所蔵品を展示・紹介する博物館。

〒131-8139 東京都墨田区押上一丁目1番2号　東京スカイツリータウン・ソラマチ 9階

⚫アクセス
【東京スカイツリー駅】
・浅草駅から (東武スカイツリーライン) 一駅2分または徒歩約15分
・上野駅から (東京メトロ銀座線) 浅草駅乗換 (東武スカイツリーライン) 約14分

【押上（スカイツリー前）駅】
・東京駅から（JR総武線快速）錦糸町駅乗換（東京メトロ半蔵門線）約16分
・品川駅から（京急線・都営浅草線）直通25分
・羽田空港から（京急線・都営浅草線）直通42分
・成田空港から（京成成田空港線・成田スカイアクセス京成線）直通59分

②前島記念館
1931年11月7日開館。当時の手紙や前島密の遺品、遺墨など約200点の資料を展示。

〒943-0119 新潟県上越市下池部1317-1

⚫アクセス
北陸新幹線「上越妙高駅」から車で15分
妙高はねうまライン「高田駅」から車で15分

◇おまけ

〜切手の博物館での購入品紹介〜

・わたしの愛唱歌シリーズ　第 1 集〜第 6 集 (1997 年〜1998 年 )

・皇太子殿下御成婚記念切手 (1993 年 )

・日本万国博覧会記念切手 (1970 年 )

🍎の切手も発見。筆者のペンネーム”可愛や🍎”は、紛れもなくこの「リンゴの唄」からとったもの。

◇参考文献

加来耕三著『明治維新をカタチにした前島密の構想力』、つちや書店、2019年

可愛や🍎

1000年前のイスラーム法学者による恋愛論

イブン・ハズム著，黒田壽郎訳・解説『鳩の首飾り：愛と愛する人々に関する論攷』，岩波書店，1978年．

時は11世紀。
バグダードのアッバース朝(７５０〜１２５８年)、コルドバの後ウマイヤ朝(765〜1251年)、カイロのファーティマ朝(909〜1171年)に3人のカリフが並び立ち、互いに正当性を競っていたイスラーム分裂(弱体化)時代です。

著者イブン・ハズムはウマイヤ朝カリフに仕える宰相を父に、華やかな宮廷文化の中で繊細な感受性を育みます。しかしコルドバにおけるベルベル人の内部抗争激化に伴い家勢が傾くと、生活は一転。生まれ育ったコルドバを離れ各地を転々とする中で法・神学研究に励むと共に、1022年頃に本書『鳩の首飾り』を執筆したと考えられています。

今回、私がこの本を取り上げた理由は「愛」という身近なテーマを、自分とは全く異なる文化圏、異なる時代の人がどう考えていたのか学ぶことで、歴史的な視点から現代(あるいは私個人)の「愛」を見つめ直すことができるのでは、と考えたから。そして中世イスラームという今から1000年前の時代に書かれ、感想文でも物語でもない「論文」という形で現実の「愛」について考察した本書は、この疑問によく応えてくれるのではないでしょうか。　

実は私がこの本を知ったきっかけは、数年前に焚書について調べていた中で当時話題の新刊本の中で見つけました。「愛を論じた最良の書と称され」とあり、文学なら愛の話題に豊富ですが「論文」は珍しいと思い古本屋で本書を購入。暫く寝かせていたものを今回の企画で引っ張り出してきました。

本書は全30章＋序章・最終章で構成され、幾つか例外もありますが大体各章が10ページ前後でまとめられています。イスラーム教徒独特の賛美の表現が特定の人名の後に用いられている点、人名そのものが長い点で読みにくさはありますが、それも異教徒の著作に触れる醍醐味と考えれば楽しめるでしょう。

それでは、前置き長くなりましたが、本文では本書の構成の詳細や、原点の来歴、筆者が疑問を抱いたポイント、特に魅力的な感じた部分などをまとめました。是非お盆に親しい人と過ごす中で「愛」の議論を深めたい！と思われる方もそうでない方も、共に中世イスラームの恋愛論を学びましょう。

焚書を免れた世界に1冊の貴重書！(原典の来歴)

歴史の中で思想に触れた書物は支配構造の中で排除されやすい傾向にあると思います。私がこの本に出会ったのも『書物の破壊の世界史』(フェルナンド・バエス著，2019年)の中で、イブン・ハズムがセビリア王国の王アル・ムタディドによって400編近くある全著作の焚書を命じられたという文脈においてです(王は自らが詩人のパトロンであり妻子も詩人であったというのに、このような命令に及んだ理由は前掲の書では説明されていない)。

👉参考：フェルナンド・バエス著，八重た樫克彦・八重樫由貴子訳，『書物の破壊の世界史』，紀伊國屋書店，2019 年．

本書の原典は現在オランダのライデン大学図書館に所蔵されている写本で、なんと世界に1冊しか現存しない大変貴重な書物です。写本ってどんな感じなの？と思われた方へ。図書館サイトでデジタル版を閲覧できます。

👉イブン・ハズム，『鳩の首飾り』(ライデン大学図書館，Or. 927)

私が読んだ1978年岩波文庫版は、1950年にカイロ大学教授T.Aマッキーがダール=ル=アマーリフから出版した刊本を底本としています。
このT.Aマッキーの刊本は、E・G・ゴメスの研究・翻訳を基礎にT.Aマッキー自身の見解も加えられた書物だそう。

ここで簡単に『鳩の首飾り』の原典の来歴と研究史をざっくり整理。多数の言語に翻訳されています。

構成と特徴

本書の構成は前書きで述べたとおり全30章＋序章・最終章から成ります。

ただ注意したいのは完本ではないということ。書写生の奥書きに「詩の大半を割愛し、要点だけをきわ立たせるようにした…」とあり、実際に古書に記載された原書からの引用部分がこの写本に欠けている等の証拠が指摘されています。

それでは本書の構成をご覧あれ！

本書の性格づけのために幾つか特徴を取り上げると、まず序章で執筆の意図(筆者は友人を困惑から救うためにこの書をその友人に捧げている)が明らかにされています。
また序章によると本文は筆者が「実際に体験したこと」や「自ら努めて学んだこと」、「信ずるに足る同時代の人々から耳にしたこと」を基に、自作の詩を多数引用しながら書いたものだと説明されています。
ここから何となく現代人の「愛」の問題にも活用できそうな印象を抱きませんか？

そして全30章から成る本文ですが、最もページが裂かれている章ベスト3が①第29章(41ページ)②第21章(23ページ)③第27章(21ページ)です。前掲の表に記載した各省のタイトルと比較してみてほしいのですが、何となくネガティブな内容に多くページが割かれています。

最後に最も著者の冷静な学者としての眼差しを感じる面白い部分である最終章について。なぜ「愛」の「論文」を書いたのか次の引用から著者の考えが読み取れると思うのですが皆さんはどう感じられますか？

本書において私は、詩人たちが好んでしばしばい言及し、あらゆる角度からさまざまな分野にわたり仔細に論評している事柄についても、敢えて筆を控えることをさませんでした。恋人の憔悴に関する詩人たちの誇張した表現、溢れる涙を雨に譬えそれが乾いたまつげを潤すといった言い回し、ひと時も眠られぬ夜、何一つ喉を通らぬほどの恋患いなどがそれです。これらはすべて実際からかけ離れており、根拠のないき嘘言にすぎません。ものごとにはすべて限度があり、アッラーもよろずの事柄に適度な限界を定めておられます。(中略)とまれ私は本書において、誰の眼にも明らかな事実のみを書き止めました。その限度を超えた例は絶対にこの世に存在しえないものでしょう。とはいえ私は、詩人たちの道、習慣から逸脱せぬよう、上述の諸省に相応しい事例を充分に引用しました。(中略)この種の事柄について述べるためには、俗事から遠く、雑念から離れていなければなりません。昔の出来事を記憶にとどめ、かつての日々の痕跡を保持し、これらすべてを想い起こすことは、実にさまざまな経験をし、運命の浮沈に弄ばれてきた私のような者にとって、まったくの奇蹟といえるでしょう。

イブン・ハズム著，黒田壽郎訳・解説『鳩の首飾り：愛と愛する人々に関する論攷』，岩波書店，1978年，pp.

恋愛とそれ以外の「愛」

「愛」といっても恋人同士の愛や家族の愛、友愛、神への愛、隣人愛など様々ですが、本書で主に扱われているのは恋愛の「愛」すなわち恋人同士の愛です。

実は「愛を論じた最良の書」という触書に惹かれて本書を手に取った私が期待していたのは、恋愛よりももう少し広いサークル・概念の「愛」でした。なので恋愛偏重の議論に少しがっかりしたのですが、面白い部分も幾つかあったのでご紹介。

恋愛以外の「愛」

第一章「愛の本質について」で、著者は愛を「現世において切り離された魂の諸部分の、魂本来の高貴な要素における結合」と説明しています。そして愛にはさまざまな種類があり、「原因が失われると消滅し、原因の増減に応じて昂まったり、衰えたりする。また原因が近づくと愛は昂揚し、遠ざかるにつれて衰退する」として、次のような愛を挙げています。

親族関係から生ずる愛
親しい交わり、共通の目的をもつことにより生まれる愛
友人、知己の愛
仲間に対する恩恵にもとづく愛
相手の名誉にとりつかれた愛
ともに隠すべき秘密を分ち合う者同士の愛
快楽を成就し、欲望を満たすための愛
魂の合一のみしか原因をもたぬ渇望に根ざす愛

この中で最後の愛のみ、原因の増減による盛衰を被らない場合があるのだとか。
私はこの章の中で愛が魂の中にあることを証明するために引用されたプラトンの話を面白く感じました。
概要を述べると、プラトンをただ嫌悪感があるという理由で投獄した王に対し、プラトンは王の魂、性格と自身のそれに共通する点を利用し、釈放されることができたという話です。
共通点が何だったのかは、ぜひ本書を手にとって確認してみて下さい。
現代人の感覚からするとこれは愛なのか？と懸念に思われるケースですが、ビジネスなど社会生活で活用できそうな愛ですね。

理想的な「愛」の形

つづいて第20章「愛の成就」から、恋愛における「愛」の理想的な姿を論じた部分をご紹介。本書の構成を見ても明らかなように、恋愛における「愛」は比較的ネガティブな話題に集中したがちですが、幸せな状態についてこの章では検討されています。
以下、著者の説明を引用します。

もしも現世が試練と苦渋に満ちた仮りの宿りでなく、来世が楽園が忌むべきもの一切から浄められた善行の酬いの場でないとするならば、私は次のようにいうであろう。愛する人との和合は汚れを知らぬ純粋な幸福、いささかの悩みも悲しみもない喜びのきわみ、完全な希望の成就、欠けたるもののない願望の達成であると。

イブン・ハズム著，黒田壽郎訳・解説『鳩の首飾り：愛と愛する人々に関する論攷』，岩波書店，1978年，pp.

とにかく幸せな状態ですね。
そして個人的な面白いと感じたポイントが、愛の成就の失敗を「悪魔の罠」と表現している点、あらゆる災難(監視者・中傷者・別離)から守られ末長く愛し合う2人の間にも喧嘩が絶えなかった原因を双方の「傲り」と表現している点です。
どちらも現代でよく見られる事象ではありませんか？

ここまで大きく2点本書の「愛」の議論を取り上げました。全体として愛する人、愛される人ともに男女あるいは同性愛のケースが考察されていて、逸話として挿入されている体験談が著者の身近な人物であることが、より現実味のある議論に結びついていると感じました。「愛」にふと疑問を感じた人は、ぜひ本書を参考にされてみては如何でしょうか。何か新しい発見があるかも。

そもそも「鳩の頸飾り」とは？

恐らく本書のタイトルを初めて目にする人(大半の人がそうだと思います)は、まずタイトルの「鳩の頸飾り」が恋愛とどう結びつくのか疑問を抱かれることと思います。
本書を読んだ結論から言うと、よくわかりません。

鳩は西洋世界では古来から魂や精霊などスピリチュアルなものの象徴として描かれることが多く、特にルネサンス時代に番(つがい)で描かれる場合には恋愛を意味していた生物ですが、中世イスラーム美術で鳩が描かれた作例などちょっと思い浮かびません。
この時期のイスラーム世界の細密画は9世紀頃にアッバース朝の宮廷で始まりイランを中心に作られていました。もし鳩が描かれた具体的な作例を見たことがある！という方は是非コメントで教えて下さい。

では同時代に似たような恋愛に関するイスラームの書物はないかと探すと、『鳩の頸飾り』に先行して9世紀末にイブン・ダーウードが愛をテーマとする先人の詩を編集した『花の書』があります。原典はカイロにあるエジプト図書館所蔵ですが、恐らく最も古い英訳版は1932年にシカゴ大学から出版されたもので、私は未読ですが興味のある方は是非読んでみて下さい。多分、花は登場するのでしょうが鳩が登場するかは分かりません。

👉イブン・ダーウード，『花の書』(カイロ，エジプト図書館 )，1932 年の英訳版

まとめ

もう少しすっきりまとめるつもりでしたが、本書の原典そのものが特殊なだけに雑学を詰め込んでいたら、本文が肥満化してしまいました。ぜひ興味のあるトピックだけでも目次から飛んで読んで頂けたら嬉しいです。

前書きでごちゃごちゃ書き並べた疑問について今回の記事から改めて回答を引き出すと、いつの時代も他者と心を通わせるのは難しい(恋愛に限らず)ことと、自分が感じている「愛」がどういう種類の愛なのか「原因」から分析することで、「愛」についての悩みも幾分か軽減できるのではないかと思いました。

そう考えるとマザー・テレサを生み出した原因など大分壮大なもののような気がしますが、意外に日常の細かいシーンに「愛」の種が落ちているのかも。それでは良いお盆をお過ごし下さい。

2022.08.05

Slyserin🐍

人類700万年のサバイバル

更科功『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』NHK出版、2018 年

夏の読書企画に際し、歴史で最初に習う先史時代、人類の歴史の始まりに目を向けてみようと思い立ち、本書を手に取りました。
人類は、約 700 万年前にチンパンジー類と系統が分かれ、別々の進化を始めます。しかし、乾燥化が進み初期人類は森林から追い出され、食物も少なく捕食者の多い疎林や草原へ進出せざるを得ませんでした。ここから人類の 700 万年にも及ぶサバイバルの歴史が始まります。
本書では、最初の人類が誕生してから、様々な進化・絶滅を繰り返しながら、現在の私たちヒト(ホモ・サピエンス)に至るまでの過程を、時に生物学的な観点を織り交ぜながら考察しています。ここでは、本書で取り上げられているトピックの中から2つ、ざっくりと紹介していきます。

災い転じて福となす？直立二足歩行

ヒトの特徴としてまず挙げられるのが「直立二足歩行」ですが、実はその最大の欠点として「走るのが遅い」ことと「目立つ」ことがあります。上半身を草むらに隠せないので、肉食獣に見つかりやすい上に、もし見つかった場合も速く走れないのですぐに捕食されてしまいます。それなのになぜ、人類は直立二足歩行を始めたのでしょうか？本書では、原始的な特徴を有した初期人類アルディピテクス・ラミダスの化石や、犬歯の縮小、さらには人類独特のある社会形態に着目し、その理由を解き明かしています。
実はその後、約190万年前、アフリカでホモ・エレクトゥスが現れると、直立二足歩行の隠れていた利点が見えてくるのですが、その内容は本書でぜひ確かめてみてください。ここから人類の移動距離は広がり、手に入る食物も増えていきます。

圧勝しなくてもいい―ネアンデルタール人の繫栄と絶滅

約30万年前に出現し約4万年前に絶滅したネアンデルタール人は、ヒトに最も近縁な生物であり、ヒト以外で最後まで生き残っていた人類です。道具を駆使した狩りはもちろんのこと、衣服や火の使用、埋葬など、高度な技術を用いていたことでも有名です。
そんなネアンデルタール人は、いったいなぜ絶滅してしまったのでしょうか。本書では、ネアンデルタール人が絶滅した背景について多様な視点から述べられています。キーワードは、大相撲で例えるなら「8勝7敗でいい」（p.216）。ホモ・サピエンスは、骨格が頑丈なネアンデルタール人に比べ、華奢で力は強くありませんでした。しかし、これまでの進化によってネアンデルタール人よりも周囲の環境変化に適応できたので、徐々に生息域を広げていくこととなったのです。ホモ・サピエンスが番付を上げていく様子は、本書でぜひ確認してみてください。

人類誕生から700万年の歴史の中で、唯一生き残ったホモ・サピエンス。本書を読むと、決して強くはなかったけれど、進化の過程で他の人類の長所を取り入れながら、環境変化にうまく対応することで現在まで生き延びてこられたことがうかがえます。
あっという間に終わってしまいそうな夏休みですが、本書を読みながら、ふと人類の長い歴史に思いをはせてみるのもよいかもしれません。

ぬばたま🖋

あとがき

最後まで読んで下さった読者の皆さま、ありがとうございます😊✨

今回は、先史・中世・近代と異なる時代から、生存競争・構想力・恋愛論と異なる人類史上のテーマを取り上げた選書になりました！
前回よりもさらにバラエティ豊かに！🌏🫶
前回は日本史優勢でしたが、今回は2人が世界史関連書籍をチョイスしていた点で、どちらかと言うと世界史担当の私は団員の関心を世界史極に引っ張ることができて嬉しかったです😌✨
また日本史・世界史に関わらず、3人の選書を見比べながら、歴史を楽しむ着眼点も現在の生活や人生観などその人らしさが滲んでいる気がして感慨深い…🍵
今後、良書に巡り会えれば私もぜひ日本史の選書に挑戦してみたいと思います🖌💪

読者の皆さまは、何か1つでも気になるトピックは見つかりましたか？
お盆休みに先祖を弔いつつ、ぜひ歴史書片手に教養深い夏を送られてみては如何でしょうか。

それでは次回の選書企画もお楽しみに！
良いお盆を！🎐

2022.08.13
Slyserin🐍

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