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等身大の夏


オレは生温い風を窓から受けながら惡の華を読み、ハンバートハンバートを口ずさみながらヘラヘラしてた。
27歳。平成最後の夏、オレは働いていない。

仕事を辞めて3ヶ月が経った。
無職の自分を想像なんて働いている時は一切できなかったが、なってみると案外拍子抜けだ。

毎日に予定がない。
本を読んだり、アニメを見たり、こうやって文章を書いたり、曲作ったり、詞を書いたり。たまに外に出かけてみたり。

理想的な生活に感じる。
けど「張り」がない。
無限に時間があると「今やらなきゃヤバい」の気持ちが薄れてどんどん無為に過ごしてしまう。

これを書いている今もオレは部屋にいる。
町内放送が聞こえる。午後からもまだ気温が上がるから熱中症に注意しないといけないらしい。そりゃそーだ。暑いもん。

鼻歌を口ずさみながら別の漫画に手を伸ばす、ハイスコアガールだ。何回も読んだのにまた1巻から読む。理由なんてない。強いて言えば楽しいから。

手はハイスコアガールを読んでるのに、頭では別のことを考えてる。今クーラーつけてるけどそろそろ換気しなきゃヤバいなー。でもクーラー消すの嫌だしなー。まぁでも1時間くらいは換気するかー。

頭では思っていても身体を動かさない。
手はハイスコアガールのページをめくっている。ザンギエフに完封されたら泣いちゃうよ、そんなに格ゲーに思い入れないけど。

近所の中学校から生徒たちの掛け声が聞こえる。体育の授業?部活?それとも体育祭の練習かな?
体育の授業、けっこう大人になってから「授業のシステムが悪い」なんて言説をツイッターとかで見ることがあるけどオレは好きだったなぁ。でも人と明確に比べられるってのは思春期には辛いのかもなぁ。

手が漫画をどんどんめくる。
頭もどんどん別の方向に向いていく。
中学生の時にマジで学年でダントツで可愛かったKさんは今どんな男と結婚したんだろうか。未婚ではないと思うんだけど。なんとなく。

町内放送がまた鳴る。刃物を持った男が市内に出たらしい。怖いわ。でもそれ市内全域に流す必要ある?市内のめっちゃ北部で出たとしたら市内の最南端に住んでるオレには関係なくない?むしろ刃物持って市内全域移動するくらいのヤツは手近なヤツをもう刺してるんちゃうんか。

でもアレか、全然誤報の可能性も考えなきゃあかんよな。だってマジで近所の研ぎ師に包丁預ける人とかだったら可哀想だもんな。

あ、日高氏はここが初登場だったんだ。初登場と今では可愛さのランクが違うね。恋をするって素晴らしい。ってか中学校からの声が全然止まないなぁ、こんだけ長時間聞こえるってことは授業じゃなくて部活かな?

さっきの刃物野郎が元剣道部キャプテンとかだったら最悪だな、いやでも刃物が真剣って決まったわけではないか。
さっきオレが考えてたような包丁みたいな短い刃物のケースの方が考えられるよな。そう考えたら単にもうデカいヤツだったら全員怖いわ。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる思考が空転する。けど手はハイスコアガールだ。
耳も、目も、頭も、身体もみんながみんな好き勝手。え?オレの意思って今どこ?

かぁー、この日高氏とハルオの対戦は熱いよなぁー。ハルオとの恋心と共に自分がゲームをちゃんと好きになってた事に気づく名シーンだよ。
ってかいつのまにか中学校から声が聞こえないな、外も割と薄暗くなってる。夏は日が長い気がしてたけど気のせいか?

ん?ってか外が不自然に暗いな、こんな真っ暗ってある?これ明らかに不自然じゃない?なんて思ったオレは靴を履いて外に出てみるんだけど、なんか外は全然人がいない。

買ったばっかのクロックス履いてんのにウキウキ感ゼロだな…なんて思いながらともかく人に会って安心したいから通りにまで出てコンビニを目指すんだけどコンビニも無人。いよいよおかしいだろこんなの、なんて思いながら店内に入ると中は完全に雪国。完全にロシアンな風景。

ナニコレ…とか思うんだけど入口すぐ脇のスポーツ新聞なんかはちゃんと常備してあってコレを納品した人にものすごく会いたいんだけど…なんて新聞を納品する人に生まれて初めて想いを馳せていたら、背後から入店音が聞こえた。

人だ!!と思い嬉々として振り返ったそこには刃物を握った芋ジャー姿のザンギエフが僕にパイルドライバーを食らわすべく両手をあげて接近してきていた。死ぬやつじゃん。


なんて思ったところで目が覚めた。
いつの間にか寝ていたらしい。読んでいたはずのハイスコアガールは投げ飛ばされていた。どのタイミングだよ。ザンギエフ襲来のタイミング以外考えられないぞ。


外は真っ暗だ。何時間寝てたんだよオレ。
時間は23時だ。なんだよ23時って。死ぬほど寝てるじゃん。ってかいつからが夢だよ。

あー、そういや洗い物溜まってたわ。洗濯物も畳んでない。とりあえず起きてそこらへんの事やらんとダメだわ。でもなんか二度寝してぇなー。いや身体汗まみれだわ、あかん。まず着替えだわ。いや風呂入った方がいいわ、でも風呂入ったあと洗い物したくねぇから上裸で洗い物するかー。

ってかこんだけ寝たのになんで眠いんだろ。
寝すぎてまだ身体とか頭が起きてないだけなのかな。でもこれってなんかしなきゃきっとずっと薄っすら眠いままだよな。

でもなんかする気力ある?
もう23時だよ?
外出して気分を変える事なんてできないし、コンビニ行ったらお金使っちゃうんだから無意味に行くの勿体無いじゃん?
じゃあこの家で何ができる?眠い頭で、怠い身体で朝まで気持ち入れ替えて活動できる?

やることはたくさんあるねぇ。じゃあ何をしよう。どれも期限なんてなくて全部自分で決めないとだよ。

こっから家事こなして風呂入って、ちょっと煙草を吸ってボーっとしたらきっともう午前2時。生活リズム崩してまで今日することはある?今日じゃなくてもいいのかな、明日起きてからスパッと作業に入ればいいかな。

そんな事を言って明日もだらける自分の姿が脳裏に浮かんでくる。ふざけんな、そんなにリアルに浮かんでくるなよ。
詞を書いて、身体のために息抜きで筋トレして、曲作って、なんてしてるオレの姿よりよっぽどリアルじゃんか。ズルいよ。

もう今日はムリなんだな。なんて一人で言い訳して僕は汗まみれのTシャツを脱いで洗い物をする。

洗濯機は回せないけど畳まれてない洗濯物がオレをジッと見てる。
そこそこ中身がある冷蔵庫に逃がさないぞと言われているような気がする。
新しく買ったクロックスはつま先がオレの方を向いている。

ガチャガチャと洗い物を片付けていたオレの目からはボロボロと涙が溢れていた。

#エッセイ #コラム #夏 #短編小説  

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