未来の君へ

「ずっとそばにいて」

布団に入ると、最近君は言う。「この部屋から出ないで」そうつぶやく君はどこか寂しそうで、そしてちょっと眠たそうだ。
「大丈夫、ここにいるよ」そう言って君の柔らかな髪を撫でる。安心したように目をつむると、君は瞬く間に夢の世界へと吸い込まれて行った。

君の寝息が聞こえると、そっと布団を抜け出す。「約束を破ってごめん」という気持ちがないわけではないが、ここからは君には言えない秘密の時間だ。
大丈夫、君は朝まで起きないから。もし起きたとしても、自ら言い出した約束なんて忘れて、すぐにまた夢のなかへと戻っていくだろう…。

朝になればそっと隣に戻り、さも夜中じゅう一緒にいたかのようなそぶりで君を起こす。
「おはよう」
長いまつげを揺らしながら、君はまだ半分夢のなかから、こちらを見つめている。


春が来て、長男は小学3年生になった。相変わらず甘えん坊な息子は、手をつながないと眠れない。「そばにいて」「ここにいて」やたらと最近言うようになったのは、まだまだ学校生活に慣れないのか、それとも日々大人に近づくことが怖いのか。
息子たちが眠ったあとは、私のお1人様時間だ。何をするでもない、ボーッとアニメを見ながら、ちびちびとお酒を飲む。そんな時間もささやかな幸せを感じる瞬間だが、その日だけは「この部屋から出ないで」といわれたことに応えようと思い、ゴロゴロと縦横無尽に転がる息子たちを避けながら、暗い部屋でいろいろなことを考えた。

あと何年、続くのだろう。

子どもたちが小さかった頃は「早く2人で寝るようになればいいのに」と思っていたのに、「終わり」へのカウントダウンがスタートしているというか、最近はもはやゴールが近づいているような感覚だ。

もっとこうしていたい、ずっとこうしていたい。

付き合いたてのカップルが軽率に「一生」を誓うような、そうしてどちらかが「どうせそのうち捨てるんでしょう」と言い出すような気持ちを、何となく思い出した。

息子たちはあとどれくらい、母を求めてくれるだろうか。
いつまで一緒に寝て、一緒に出かけて、たくさん笑って、「ママが大好き」だと言ってくれるのだろうか。

いつか私の手を離れていく未来の君を思いながら、寂しくて、悲しくて、それでも笑顔で背中を押せるように、私は君たちに目一杯の愛情を注ごうと、密かに誓った。
後悔しないように。

未来の君には届かないだろう。いまこの瞬間の気持ちも忘れてしまうかもしれない。
それでもいつか、もっと先の未来に君たちが守らなければいけない大切な誰かを見つけたときに、私の気持ちが少しでもわかればいいなと思う。

だけど、たとえもしそうでなくても構わない。
私は忘れないから。

今の君たちも、そして将来の君たちにも、形は変われどぶれない愛を、与え続けよう。

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