【1話完結小説】露利根山事件
僕の町には言い伝えがある。
「子供の名前に“子”をつけると、子供好きな露利根山の神様にさらわれる」
露利根山ってふざけた名前だけど、本当に町の西側にあるんだよね。ちょっとしたハイキングできるレベルの、しょぼい山。
そもそもこの言い伝え自体馬鹿げてると思わない?でも実際、昔々に優子とか正子とかいう名前の子が行方不明になった…って。長老クラスのご老人はみんな口を揃えて言ってる。
“名前に子がつく子供だけさらわれる”ってどういう理屈なんだろう?神様は目が見えなくて「〜子」と呼ばれるその音声でさらう対象をロックオンするのかな? ちなみに、20歳過ぎた大人の女の人で、名前に子がついてる人が嫁入りしてくるのはセーフなんだって。
…まぁ、そういう細かいルール?よくわかんないよね。とりあえず、この地域の“名前に子がつく子供”は、小学生のうちにみんないなくなっちゃうから詳しく検証できないみたい。
大体、言い伝えなんてものは訳わかんない部分を残してこそ深みが出るんだろうからさ。人間は、訳わかんない部分を勝手に脳内補完して、勝手に怖がる生き物だからね。
…で、結局この辺りって閉塞的な土地柄なんだよ。市町村合併で名前は〇〇町になったけど、少し前まで〇〇村だった。みんな昔からの顔見知りみたいな、お互い監視し合うみたいな、足並み揃えてこ!みたいな空気感。だから、みんなこの言い伝えのことだって半信半疑なんだろうけど、わざわざ出る杭になって目立つような事はしないんだ。
それで代々、子供が生まれても綾だの真美だの…子のつかない名前をつけ続けてきたんだよね。
平成、令和のこのご時世ならむしろそれって当たり前じゃん?子がつく名前の方が少ないぐらいでしょ。だから今では逆に時代の流れにマッチしちゃって、なんだかんだでみんな平和に暮らしてる(笑)
___ところが去年、あの事件が起きたんだ。
どこか縁もゆかりもない都会から、スローライフに憧れてある一家が引っ越して来た。
ずっと空き家だった露利根山の麓の古民家を改装してさ。そこのお父さん、なんだか張り切って俺らなんかよりももっと田舎モンみたいな色合いのネルシャツ着ちゃってんの。なんでも、ここで蕎麦打ちしながら畑で野菜作って鶏育てて…隠れ家的蕎麦屋を目指してるんだって。
それもこれも、この地域の蕎麦農家・内山田さんが、TVのちょっとしたコーナーに「こだわりの国産蕎麦ファーマー!」として登場したことがあってね。それをたまたま見たせいなんだって。
町内会長が「調子に乗ってTV取材なんか受けるからだ」と怒って、内山田さんは「地域の活性化になると思ってごにょごにょ…」と凹んでいたよ。
そうそう!お察しの通り、引っ越して来た一家に子のつく名前の女の子がいたんだよね。桜子ちゃんていう小柄な可愛い小学2年生。
役場の人は、言い伝えのことを一応丁寧に説明したけど、お父さんは蕎麦への情熱が高まりすぎてて全然聞き入れてくれなかったらしい。まぁ、そんな昔話みたいなの聞かされても都会の人は信じないよね。
都会の風に当てられて、最後には逆に役場の人も「こんなのただの昔話だし今時ありえないよな…」って思ったらしいよ。流されやすい人だね。
一家が引っ越して来て3ヶ月。みんなおっかなびっくり観察してたけど、桜子ちゃんは普通に過ごしてた。田舎の小学校だから2年生は10人くらいしかいなくて、すぐにみんなと仲良くなってたよ。
お父さんの蕎麦屋は全然パッとしなかったみたいだね。そりゃあ、なんのコネも実績もないのに、こんな田舎まで蕎麦を食べにくる奇特な人はいないよ。気を使って町の人達がたまに通ってたみたいだけど、味は至って普通だったらしい。「いくら蕎麦にこだわっても、ツユが市販のじゃあな…」とか、グルメレポーターよろしく陰で批評ごっこを楽しむ始末。
お母さんの方は、お父さんの夢に付き合う形でイヤイヤ越して来たんだろうね。日に日に元気がなくなっていたっけ。町内の婦人会に誘われたけど、断ってたな。行事ごとにはあまり顔を出さないけど、町はずれのコンビニからメルカリを発送してる姿がちょくちょく目撃されてた。
そんなこんなの日々が流れて、地域の一大イベント、盆踊り大会の日に、満を侍して桜子ちゃんがいなくなったよね。
夕方、浴衣に着替えて家族で盆踊り会場に行こうとしてて。桜子ちゃんはお父さんお母さんより先にタタタ…と玄関に駆けて行ったらしい。ガラッと玄関の引き戸を元気に開けると、眩しい夕日がバッと差し込んできて。その瞬間、溶けるように姿が消えちゃったんだって。
その日はもう盆踊りどころじゃなくて、地域のみんなで夜通し捜索だよ。でもみんな何となく「見つからないだろうなー」と思ってただろうね。言い伝えが頭の中をぐるぐるだよ。
10日経ち1ヶ月経ち3ヶ月経ち…手がかりすらないから捜索も打ち切られてしまって、お母さんは泣いて怒ったよね。「田舎は冷たい」「だから私は嫌だったんだ」「蕎麦屋なんてやろうと言い出すから」…もう誰に怒ってるのかすら分からないくらい不満が噴出してた。うん、きっとあの時のお母さんは世界中の全てに対して怒ってたんだろうね。
その後、お父さんとお母さんは離婚してそれぞれにこの町を出て行ったんだ。事件のことを町の人達は「露利根山のろ離婚事件」と名付けてこの先の未来まで語り継いでいくのだろうね。
…え?町の事情にこんなに詳しい僕は誰か、って?露利根山の神様だよ。桜子ちゃん達が待ってるから、もう帰るね。さようなら。
end
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