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【1話完結小説】節分の日、鬼の面が動き出し、息子が覚醒する瞬間を母は目撃する

息子が保育園や小学校で毎年作る鬼のお面。捨てられず、でも飾るほどでもなくて、まとめて押し入れの段ボール箱に入れてあった。

節分の日の今日、ふと思い立ち、整理しようと久しぶりに段ボール箱を引っ張り出し開けてみる。すると、何故か一つを残してお面はバラバラになっていた。

____まるで何かに食いちぎられたみたい…。

突然、残ったお面がゆらりと宙に浮き上がる。その表情はまるで生きているかのようで、私は畳に座り込んだまま身動きもできず天井近くに浮かぶそれを見つめていた。

お面は耳まで避けた口をクワッと開けたかと思うと、私の方へとユラユラ近づいてきた。

…ああ、いまいちよく分からないけどきっとこのお面は良くない物で、私はこのまま食われてしまうパターンだわ。

普段から察しのいい私は、この意味不明な状況を自分の中で何となく理解して、何となく恐怖を感じ、己の人生が終わる覚悟をなんとなく決めようとしていた。

すると、和室のふすまがバーンと開いた。

「鬼はー外!鬼はー外!鬼はー外っ!!」

中二の息子が飛び込んできて、お面めがけて凄い勢いで豆を投げつける。私はあまりの出来事に声も出せず、息子とお面を交互に見つめていた。

お面は豆がぶつかるたびに色が薄くなり、そのうち空気に溶けて消えてしまった。

*******

「お母さん、大丈夫?」
「えっ、あ、うん大丈夫。ありがとう。…てゆーかあんたは…大丈夫?」
「大丈夫!あれは僕が小六の時に作った鬼の面なんだよ。」

息子はいきなり語り出した。毎年、保育園や学校で鬼のお面を作るたびに手応えを感じていたこと。試行錯誤を繰り返し、年々鬼の表情に魂が宿るようになってきたこと。

「そしてついに六年の時、最高傑作ができたんだ。でもそのまま忘れて、うっかりしてたよ。そしたらさっきアイツの気配を久しぶりに感じて…作者として落とし前をつけにきたってわけ。」

ちょっと何言ってるのかよく分からなかったが、私は普段から察しがいいので何となくそれっぽい漫画の設定なんかを当てはめて、自分なりに理解したことにした。

「今日が節分で、豆があって丁度よかった。僕、アイツを作りながら“お前は豆を恐れる”っていう暗示をかけておいたからね。アイツは鬼なんだけど元は人間だった…っていう悲しい設定なんだ。だから本当は人間を傷つけたくないと思ってるけど、鬼の血がそれを許さない…」

いやいや、アイツめっちゃ私のこと襲う気満々やったやん!…そんな私の心のツッコミも知らず、息子は得意げに解説を続ける。

すると外が何やら騒がしくなった。近所のおばさま達の悲鳴のような声。

「…ハッ!アイツの気配を感じる!まだ生きてたんだ!ごめん母さん、ちょっとトドメを刺してくるよ!僕の責任だから僕がやらなきゃならないんだ!悪いけど家の豆、全部貰って行くね!」

息子は焦ったような、でもこの状況を楽しんでるような顔で豆の袋を握りしめバタバタと外に走って行った。

********

豆だらけの和室で、気付けば私の目からはボロボロと涙が流れていた。

___息子は、中学生になってから今日の今日までずっと部屋に引きこもっていたのだ。

アイツは…あのお面は、鬼じゃなくて福の神かも知れない…。察しのいい私は何となくそんな気がしていた。外からは息子や近所の人達の笑い声が聞こえてくる。

end

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