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【1話完結小説】お母さん型AI

家に帰るとお母さん型AIが台所から明るく声をかけてきた。
「お帰りなさい!今日の夕飯はカレーですよ」
言いながら、手慣れた仕草でテーブルの上にミルクたっぷりのカフェオレと手作りクッキーを素早く並べる。
「今日も疲れたでしょうから、まずはおやつでもどうぞ。食べる前にちゃんと手を洗ってくださいね」
言われなくても外から帰れば当然手ぐらい洗うが…お母さん型AIは帰ってきた家人にそのように一声かけるプログラムなのだから仕方がない。
私は手を洗った後テーブルに腰掛けてクッキーをかじった。美味しい。
「今日のクッキーは美々子さんの好きなメープルシロップを混ぜ込んでみました」
お母さん型AIが慈愛に満ちた表情でこちらに向かって微笑んでいる。
私はゆっくりとクッキーを咀嚼する。私好みに程よい甘さで作られたカフェオレをごくりと飲み込む。クッキーもカフェオレも非のつけどころがないくらい美味しい。美味しくて美味しくて…今日も涙が出てくる。

「ただいまー!!」
やがて玄関の方から元気な声がした。ドタバタ走る音と共に息子達が部屋に駆け込んでくる。
「お帰りなさ」
「お帰りなさい!今日の夕飯はカレーですよ」
お母さん型AIがよく通る声で先ほど私に言ったのと同じセリフを発する。
「カレー!?やったあ!僕AIママのカレー大好き!」
「あ!AIママ、このクッキー今日のおやつ?食べていい!?」
「勿論ですよ。食べる前にちゃんと手を洗ってくださいね」
「はーい」「はーい」
息子達が返事をしながら洗面所へドタバタ走っていく。
かつて彼らは私の言うことをこんな風に素直に聞いたことがあっただろうか?

手を洗って戻ってきた息子達は非のつけどころがないクッキーを頬張りながらニコニコと喋り続ける。
「AIママ聞いてよ!俺ら今日の草野球で5,6年生のチームに勝ったんだぜ!俺はホームラン2回も打ったし、カケルは盗塁成功したし!な、カケル!」
「うん、そう!凄いでしょママ!」
「カケルさんもタケルさんも3,4年生なのに凄いですね。これから先が楽しみです。プロ野球のスカウトの人が来たらどうしましょう」
「そしたら絶対絶対プロになる!」
「じゃあワタクシもスカウトの人に出す美味しいお茶の入れ方を研究しておかないといけませんね。失礼があってはいけませんからね。ケーキに添えるフォークは投げてお出ししましょう。スカウトの人の手前で良い感じに落ちるようにズバッと」
「ママ何それー!意味不明ー!」「フォークボールじゃないんだからさー」
「あはは」「あはは」

私は、お母さん型AIと息子達が盛り上がっているテーブルから立ち上がりそっと離れた。誰もこちらを気に留めない。
家事全般を担うお母さん型AI。料理上手で聞き上手で盛り上げ上手。何よりいつも機嫌が一定だ。私のように仕事でイライラして子供に当たる事もなければ、クッキーを噛み締めて泣くような事もない、無視されて拗ねて席を外すような事も当然しない。
よくよく考えてみると一つの家にお母さんは2人もいらないのではないか。お母さん型AIが我が家に来て3ヶ月。日に日に自分の存在意義が薄らいでゆく。私は一体何のためにこの家に居るのだろう。

「ただいまー」
夫が帰ってきた。
「お帰りなさい!今日の夕飯はカレーですよ」
「おっ、丁度カレーの気分だったんだよな。大盛りで頼むよ」
「パパずるい!俺も大盛り!」
「僕も!」
「ハイ、皆さん大盛りですね。食べる前にちゃんと手を洗ってくださいね」

家族団欒の声を背中に聞きながら私はのろのろと家を出た。行くあてはないけれど、あの家にも私の居場所は、ない。夕闇の中、声を出さずに泣きがながら歩く。誰か私を拾ってくれないかしら。家族の一員として受け入れてくれないかしら。私も家族に言いたいの。
「食べる前にちゃんと手を洗ってくださいね」

***

近年、お母さん型AIの普及により野良お母さんが増えているという。

end

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