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校長の責任は、すべての子どもの学習権を保障すること

文部科学省に勤務していた頃に、有志の職員による勉強会があり、そこで講師として呼ばれたのが、大阪市立大空小学校の初代校長である木村泰子先生でした。
大空小学校は、映画『みんなの学校』の舞台として全国的にも有名な学校で、発達障がいを抱える児童や他の学校では不登校だった児童などが多数在籍している中で、不登校ゼロを実現した学校です。

木村先生の講演を聞く前、自分にとっての学校とは、子ども達の居場所であり、セーフティーネットであり、生きる力を育むために勉強するところであり、人間関係を学ぶところであると捉えていました。
勉強会で映画『みんなの学校』を視聴し、木村先生の講演を聞き終えたときも、その考え方自体は大きく異なるものではないと思いました。その一方で、決定的に違う部分にも気付かされました。それは「子ども達」の前に「すべて」という言葉が抜け落ちているという点です。

中学校の教員時代、自分の担任するクラスにも不登校の生徒がいました。定期的に家庭訪問をすることで、生徒と学校とのつながりは辛うじて保っていたものの、生徒が登校するまでには至りませんでした。
自分のクラスだけでなく、学年や学校全体で見ても不登校の生徒は少なからずいましたが、それぞれの生徒が様々な事情を抱えている中で、教師はできる限りのことをやるしかないと諦観してた部分があったことを正直に言わなければなりません。

けれど、木村先生は違いました。不登校の子どもが学校に適応できないのは子どもが悪いのではなく、子どもが安心して通うことのできない学校が悪いのだと講演で断言されます。
そして、子どもではなく学校が変わらなければならないこと、すべての子どもが安心して学校に登校できるようになることがパブリックである公立学校の責任だとお話されます。その言葉は自分の心に深く突き刺さりました。

続けて、木村先生は「校長の責任は、すべての子どもの学習権を保障すること」であると語り、学校に来ることができない子どもが一人でもいれば、それは校長の責任であると話します。逆に、すべての子どもの学習権を保障するという目的に適うのであれば、やるべきことが文部科学省や教育委員会の方針と違っていたとしても、校長の責任でやり抜くべきと訴えます。

その時、紹介してくれたエピソードはとても印象に残っています。敎育委員会の方針と違うことをするのに不安になった校長が、敎育委員会に問い合わせたところ、ダメだと言われたそうです。その話を聞いた木村先生は「問い合わせるというのは、無意識かもしれないけれど責任を敎育委員会に押し付けているということ。それが子どもの学習権の保障につながると確信しているのなら、校長の責任でやればいいだけ」と伝えたそうです。

敎育行政に身を置く人間としては、不安になったり、悩んだときにはいつでも敎育委員会に相談してもらいたいと思いますし、相談されたときに校長の背中を押してあげられるようになりたいと願いつつ、木村先生の発言からは校長としての責任の重さと覚悟をうかがい知ることができました。

また、木村先生は、校長一人で、すべての子どもの学習権を保障することはできないので、教員や保護者、地域住民がチームになることが必要だと話してくれました。
木村泰子氏の著書『10年後の子どもに必要な「見えない学力」の育て方』の中にも、当時の木村校長が保護者に向けて「今日からみなさんは保護者という名前はシュレッダーにかけて捨ててください。保護者は家の中だけにしてください。・・・一歩学校に入ったら、自分の子どもの周りに260人の大空の子どもたちがいます。みなさんは今日から、このすべての子どものサポーターです」と語りかけている場面が紹介されています。
このエピソードは、大空小学校が不登校ゼロを実現するための不可欠な要素の一つであると感じます。

そして、すべての子どもの学習権を保障するためには、何よりも子ども同士がつながり、子どもが自分で考えて行動しはじめることが不可欠であり、そのために、学校は「見えない学力」を大切にしなければならないと、それが10年後の社会で生きて働く力になると同著には書かれています。
見えない学力として、①人を大切にする力、②自分の考えを持つ力、③自分を表現する力、④チャレンジする力の4つが紹介されていますが、これら「見えない学力」を子どもが身に付けていくためには「みんなが自分らしく安心して学べる場を保障することが大切」であり、その見えない学力が、すべての子どもの学習権を保障する学校づくりにつながっていくという好循環になるのだと学ばせてもらいました。

木村泰子先生の本は、教員や敎育行政に携わる人はもちろん、保護者や地域の視点からも学びの多い著書になりますので、学校に関わる多くの方に読んで欲しいと願っています。


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