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幸せの価値観は交流で変わる

平成27年から海士町に出向した私のミッションの一つが離島への政府機関の移転でした。
地方創生の方針の一つに、都市部に集中する政府機関の機能を地方に移転するというものがあり、離島である海士町も手を挙げることが決まっていたのです。

ただし、手を挙げることが決まってはいたものの、どの政府機関を誘致するのかも決まっていませんでした。
当時の海士町は地方創生の先進的な取組や高校の魅力化プロジェクトが全国から注目されていたので、総務省が所管する自治大学や文部科学省が所管する教員研修センターという話もありましたが、海士町が政府機関の移転候補として選んだのが外務省が所管する独立行政法人国際協力機構、通称JICAです。
JICAを選んだ理由はいくつかあったのですが、その一つが海士町が町政の方針として掲げる「交流」です。
2002年に山内町政がスタートしてから、海士町はたくさんの交流をしてきました。その交流の更なる深化を考えたときに、国際交流というキーワードが自然と出てきました。
ただ、JICAの機能移転の道のりは決して平坦ではありませんでした。それまで海士町とJICAとの関連はほとんどなく、発展途上国の研修生を島で受け入れた経験も全くありませんでしたので、JICAも突然の海士町からの提案に驚いたと思います。
その一方で、JICAの側も地方創生で注目されていた海士町に興味を持っていたことと、これからの発展途上国の支援の在り方を検討していた時期ということもあって、まずは小さく始めてみることで合意できました。

こうして始まったのが、離島における発展途上国研修生の受け入れです。そして、アフリカ大陸の国々から10名の研修生が海士町でのまちづくりや教育を学びに来島することになりました。
離島でアフリカ大陸からの研修生をこの受け入れた経験などなく、どうなるのかまったく予想ができませんでしたし、研修のコーディネートをした私自身も内心は不安でいっぱいでしたが、結果的にお互いにとって学びの多い、刺激的な交流となりました。
アフリカからの研修生は、来日した最初の数日間は東京で研修を受けることになっているので、海士町での研修はプログラムの後半になります。
当初は、先進国の首都である東京の街並みや効率化されたシステムに触れ、これこそが自分たちの国が進むべき形だと感じていたようです。けれど、海士町で過ごす2週間の中で、その価値観が大きく揺さぶられることになります。
秋祭りの餅まきイベントに参加し、住民と一緒に笑顔で(ときに真剣勝負で)餅拾いの体験をする。
小さな商店街で買い物をした際に、海外からはるばる来島した研修生にパンやお菓子をたくさん(購入した商品よりも多くのものを)サービスされる。
コンビニもスーパーも映画館もないというハンディを教育の魅力に変えて、学校を元気にする取組を学ぶ。
青い海や田畑などの自然豊かなを風景を全身で感じる。
これらの体験を通じて「自分たちの国が進むべきは(東京のような都市モデルではなく)海士町のようなまちづくりなのかもしれない」と語る研修生もいました。
また、研修に関わった島側のメンバーも、海士町がこれまでまちづくりで大切にしてきた価値観が遠くアフリカの地でも通用することで自信を深めることができました。

そんな発展途上国の研修生との交流の中で、山内道雄・前海士町長が語ってくれた言葉が、タイトルにある「幸せの価値観は交流で変わる」です。
交流は目的を達成するための手段にもなりますが、価値観を揺さぶられるような深い交流は、目的そのものを変える力があります。
そのことを私は遠くアフリカ大陸から来た人々との交流で学び、この言葉で言語化することができました。

学校も同じではないでしょうか。学校という狭い世界だけでは、どうしても価値観が固定化されがちになります。
テストの成績だったり、運動の得意不得意だったりと。
でも、本当はそれ以外にも子ども達が幸せを感じる価値観はもっとたくさんあるはずです。けれど、それを教師だけで実現するのはとても難しいのだと思います。
教えることを生業にしている教師の多くは、勉強が得意な人と言ってもいいでしょう。また体育や部活動の指導に熱心な教師は基本的に運動ができる人です。
でも、地域に出ると、勉強は苦手だけど一度漁船に乗れば誰よりも魚のことに詳しい人や、運動は嫌いだけど地域の祭りに関しては誰にも負けない人など、多様な価値観の中で生きている人がたくさんいます。
子ども達がそんな地域の大人と交流することで、多様な価値観に触れることができるのだと思います。
海士町で島前高校の生徒が地域住民と交流し、成長していく姿を目の当たりにして、それは確信に変わりました。

多様な子ども達の価値観を学校の教師だけで受け入れていくのは、もう限界がきていますし、そのことは、学校の教師が一番感じていることだと思います。
だからこそ、文部科学省も地域学校協働本部やコミュニティスクールの制度を導入し、新学習指導要領の中心に「社会に開かれた教育課程」を掲げ、地域との協働の必要性を発信しています。
国だけではありません。東日本大震災のときに学習支援で被災の児童生徒を支えてきたNPO法人カタリバは、今の子ども達に必要なのは「ナナメの関係」であると訴え、そのために放課後に学生や地域住民と語り合う話をつくり、学校に色んな風を入れる取組をしています。
今、日本全体の教育が向かっている一つの方向性は交流であり、協働であることは、離島の海士町から文部科学省、岩手県教育委員会と、どこにいても強く感じています。
その根底にある哲学の一つに、私は海士町で出会った「幸せの価値観は交流によって変わる」という言葉があるのだと思います。

(写真は海士町での発展途上国研修受け入れの様子)

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1981年の福岡生まれ。岡山県で中学校の教師を4年経験したのち、文部科学省に入省。その後も島根県の海士町や岩手県への出向を経験。 学校現場から文科省、県教委、町役場と、様々な立場から教育に携わってきた道のりはまるで旅のようで、そんな旅の中で出会った言葉をここに綴っています。