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【エッセイ風連載小説】Vol.9『その謎はコーヒーの薫りとともに夕日に解けて』

Vol.9
五回裏「ブランドは着るのではなく宿やどるもの」


「だけどもっと怖いのは、全身ハイブランドコーデだとその人の性格や人間性はどうあれ、周りの人からお金は持ってるんだろうって思われがちだから、お金第一主義みたいな人たちがどんどん集まってくるんだよ」
「ってか、そういう人しか寄ってこないだろうね」
 
ハイブランドをまとうことによって、ハイブランドのチカラを自分のチカラであり魅力であると勘違いし、ハイブランドのニオイに集まってきた、お金にしか興味がないオンナたちにチヤホヤされることで、自分がモテるオトコだと勘違いしてしまう。
 
全身をハイブランドでまとっているはずが、気づけば裸の王様になっている。そんなみじめな状況にすら気づけないオトコになっていくのだ。

 
ある程度の年齢になった時、若い頃から知識や教養、人間性を積み上げてきたオトコと、ハイブランドの力を自分の力と勘違いして、全く内面を磨いてこなかったオトコ、その間には途方もなく絶望的な差がついているだろう。
 
ハイブランドを持つ意味など、カレは今まで考えたこともなかった。心持ち次第でハイブランドは魔法にもなれば呪いにもなる、なんて。
 
「ハイブランドを持つことは悪いことじゃないけど、せっかく持つなら、そのハイブランドを持つのに自分がふさわしいかどうかを常に自分に問うような、そんなふうに思いをせられるようなオトコがいいよね。それって凄くカッコいいよ」
 
いい服を着ているのに中身が残念なオトコは多い。

着飾ることばかりに腐心ふしんしているオトコは、人から見える場所にだけお金と神経を使う。

逆に、内面磨きにお金を使っているオトコは、その歩みはゆるやかであっても、いつしか独特のオーラをまとうようになる。

それは時にハイブランドの服を凌駕りょうがするほどの輝きを放つ。年齢を重ねれば重ねるほどに。
 
「人間って年齢を重ねると人間性が顔や雰囲気に出るって言うよね」

「20歳の顔は自然の贈り物。50歳の顔はあなたの功績」ココ・シャネルの言葉だ。
 
そして、カナダの精神科医&心理学者エリック・バーンは言っている。

「過去と他人は変えられない。しかし未来と自分は変えることができる」と。
 
「雨、止んだね」
「そろそろ行こっか」
 
どんよりとした薄曇りの空。
原宿へと続く明治通りの路面は、過ぎゆくクルマのライトやハイブランドの路面店の光でかすかに乱反射している。
 
全身ハイブランドコーデの「例のカレ」は、このまま裸の王様になってしまうのだろうか?

どんな王様も、ずっと裸のままでいたらいつか風邪を引いてしまうだろう。そんな時、懸命に看病してくれる人がいるのだろうか?

「裸じゃ、風邪引くよ」

そう言って、見せかけじゃない、暖かい衣類を着せてくれる人が現れるだろうか?カレにとっては、どこの誰かも知らない人だけど、なぜかとても気になった。
 
それは、誰かに心配してもらうこと、誰かが気にかけてくれることをカレ自身がココロのどこかで望んでいるからかもしれない。

日々、カフェで名も知らぬ女性たちの会話を聞いて、そこから学びを得ようとしているカレだが、その言葉たちは自分だけに向けられたものではない。

自分だけのために、自分だけに向けたアドバイスをしてくれる人がいたなら・・・そんなことを想像してみる。
 
雨は止んだ。

でも、あともう少しだけ降っていてくれたらよかったな。そうしたら、その雨にまぎれられたのに。
 
数時間前、ふいにカレの目の前に訪れた雨がそうさせたのか、あるいは夕刻時の今の、このもの哀しさがそうさせているのか、いつになくセンチメンタルな気持ちでカレはカフェをあとにした。

                    つづく

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