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【エッセイ風連載小説】Vol.12『その謎はコーヒーの薫りとともに夕日に解けて』

Vol.12
七回表「井の中の蛙、常識という名の非常識を知らず」

 

品川のカフェ『E』の窓際席には二人の女子が座っていた。
 
インスタにでもアップするのだろうか、ひとりの女子は運ばれてきたデザートとドリンクの写真を撮りつつ、スマホを操作している。そんな様子を微笑ましく思いながら、カノジョたちの隣のテーブルでカレはブレンドコーヒーをたのしんでいた。
 
店内に鎮座ちんざするドイツ製プロバット社マシンにて焙煎ばいせんされた、数種類のシングルオリジンを絶妙に配合したオリジナルブレンドの香りが、日常と非日常の狭間はざまをうまく調和し揺蕩たゆたう薫りとなって、店内の1コマ1コマを水彩画のように縁取ふちどっていく。
 
天気のいい穏やかな午後のひととき、店内も平和そのもの・・・だと思われたが、その状況を一変させるきっかけは、こんな些細ささいなひと言だった。
 
「最初のデートでチェーン店ってありえなくない!?」
 
───そういえば、なにかの番組で女性タレントも言ってたな。
カレ自身、恋愛における基本情報としてそのことについては何となく認識していたので、特に気にすることなくカノジョたちの会話を聞いていたのだが・・・
 
「そんなことばっか言ってるから、アンタはいつもオトコにダマされるんだよ」
「・・・はぁ?」
 
ガラガラガラ・・・にぎやかなはずの店内にキャリーケースを引く音がやけに響く。ゴロゴロといなびく雷鳴らいめいのように。

明るい店内の一角では不穏な空気が漂い始めていた。気づけばそこで積乱雲せきらんうんが発生している。局地的なゲリラ豪雨の予感であった。
 
恋愛において、最初のデートでチェーン店に行くことは基本的には「禁じ手」であり、最初のデートは雰囲気よさげ&それなりにお高めなお店をチョイスするのがよし、つまり「常識」とされている。
 
最初のデートでチェーン店に行くことなどありえないと語るその友人女子の意見は至極しごく真っ当に思えるが、それがどんな風向きで「いつもオトコにダマされる」という結末へと流れていくのか・・・ゲリラ豪雨になる前からすでに、カレだけが全くの視界不良におちいっていた。
 
・・・ガラガラガラ。
ようやくキャリーケースを引く音が止んだ時、それを合図にカノジョが再び口を開いた。一滴、また一滴、刺々とげとげしい言葉の雨がそのテーブルへと、いよいよ落ち始めたようである。カレは慌てて傘をさし、その様子を見守る。
 
「じゃ聞くけど、何で最初のデートでチェーン店がダメなわけ?」
 
デートは非日常であり、だからこそいつもとは違う、いい感じのお店に連れて行って欲しい・・・たいていのチェーン店は賑やかであり、ロマンティックな雰囲気の場所ではない・・・リーズナブルなチェーン店に連れていかれるオンナ=私はお金をかける価値のないオンナだと思われているのではないか、等々。

友人女子は、最初のデートでチェーン店がNGであるいくつかの理由を一気にまくし立てた。
 
「でも、カレはアンタをそのチェーン店に連れてったわけだよね?じゃ、えてそこに連れていった理由は?」
「知らないよ、そんなの」
「カレに訊いた?理由」
「訊けるわけないじゃん!」
「じゃ、お店でどんなこと話したの?」
「覚えてない」
「覚えてないってどういうこと?」
「だって、そんなとこに連れてかれて、それだけでテンションダダ下がりだし、ハラも立ってたから30分ぐらいで具合悪いって帰ってきた。そうなるでしょ、普通」

友人女子は見た目も華やかで、いかにもリア充な雰囲気をかもしているがゆえに、カレにとってはその行動も何となくだがうなずけた。
 
「ってことはさ、カレがアンタをチェーン店に連れていった本当の理由を知らないのに、自分の勝手な推測や憶測だけで自分が安く見られてるだの、大切にされてないだの言ってるってことだよね?」
 
───確かに、そうかもしれない。
しかし・・・カレはココロの中で友人女子の言い分を支持していた。自分でも驚くほど自然に。そして、当然のように。

なぜだろう?
カレはカノジョたちの会話を聞きながらも、その理由について考えてみる。
そして思う。

カレ自身、ココロのどこかで最初のデートでチェーン店はない、と思っているのだ。

それはなぜか?
おそらく・・・いや、間違いない。それが「恋愛における常識」だからだ。
 
「『チェーン店 デート』で検索してみて」
突き放すように友人へと向けられたその言葉に、カレ自身もそのワードを検索してみる。

カノジョたちのテーブルは厚い雲に覆われ、徐々に激しくなる雨は全く止む気配がない・・・
 
やはりというべきか、スマホの検索画面にはカレが予想した通りの情報が並んでいた。最初のデートでチェーン店に行く理由は、そこまで相手の女性を好きじゃないからとか、高級なお店に連れていく価値のない女性だから、というネガティブな意見が多い。
 
しかし、こんな情報も散見さんけんされる。それは、チェーン店に連れていくオトコの男性心理について、だった。

チェーン店の料理を純粋に美味しいと思っていたり、メニューが豊富でリーズナブルだから、あるいはオシャレなお店に慣れていなくて不安だからとか、恋愛経験が少ないがゆえにチェーン店ぐらいしか知らないから、など。
 
そして、他の理由とは全く異なる角度からの意見。
「相手女子のリアクションによって人間性を確かめたい」
つまり、わざとチェーン店に連れていき、相手女子の態度などによってその人間性を見たり、その後の付き合いを考えるという「オトコの計算」である。
 
「どう?」

カレは思う。
カノジョは「オトコの計算」について言っているのではないだろうか。友人女子はチェーン店に行った途端あからさまに不機嫌になり、そしてそそくさとその場を去ってしまったのだ。

つまり、その行動によってオトコに人間性を見透かされたであろうことについて友人女子にダメ出しするのでは・・・常識的に考えればそうだろう、きっと。
 
検索画面を見て友人女子はカノジョにドヤ顔を向ける。
「やっぱ、みんな言ってんじゃん。本命じゃないんじゃないか、って」
検索画面をスクロールしながら友人女子は続ける。
「逆にさ、もしわざとチェーン店に連れてってオンナの出方を見てるんだとしたら、そんなつまんない計算してオンナを品定めするようなオトコなんてこっちから願い下げだよ」
「私だって願い下げだよ、そんなオトコ。そうじゃなくて、私が言いたいのは、アンタが『本当に計算高いオトコ』にダマされてる、ってこと」
 
ん?どういうことだろう??
カレは理解が追いつかない。
 
「話聞いてた?違うじゃん!チェーン店オトコとはそれっきりだし、そもそもそんなオトコはこっちから願い下げって今言ったばっかじゃん!」
「まだわかんないの?アンタがダマされてるのはチェーン店オトコじゃなくて、いいお店に連れてってくれたオトコたちにだよ」
「・・・なに言ってんの?」
 
そしてカノジョは予想だにしない一言を放つ。

「厳密にはオトコたちに、というより、常識にアンタはダマされてんの」
 
常識にダマされる??
カノジョたちの言葉の暴風雨の中、カレの傘はその衝撃で飛ばされてしまった。
 
常識とはすなわち「見えないルール」のようなもの。それも極めて曖昧な決め事でしかない。なのに、人は常識=正しいと思いがちだ。

「そんなの常識じゃん」

そう言われたら、あたかもそれが正義であり真理であると思わされてしまう。
 
「アンタ覚えてる?半年前のカレも、その前のカレも、最初はザ・オトナデートみたいなお店に連れてってくれたんでしょ?だけど、その先はどうだった?結局、適当に遊ばれただけだったじゃん。何でだかわかる?」
「それは・・・」
「アンタはチェーン店に連れていくオトコは不誠実で、きちんとしたお店に連れていってくれるオトコが自分を大切に思ってくれてる、って思い込んでる」
 
どんなに悪いオトコでも、きちんとしたお店に連れて行けば誠実な人をよそおえる。逆にどんなに誠実なオトコでも、チェーン店に連れていくことで不誠実なオトコだと思われかねない、そういうことである。
 
「常識だから正しいとか、みんながそう言ってるから間違いないとか、自分の考えが何もないから、常識を悪用するような『本当に計算高い奴ら』に簡単にダマされるんだよ」
 
常識というのは、それ自体が正否の基準ではないのだ。それはある意味ではとても当たり前な、しかし見過ごされがちで見落としがちな視点だった。
 
世の中ではさまざまな場所や環境で、さまざまな「常識」が使われている。

社会における常識、会社における常識、学校における常識、そして人間関係における常識、恋愛における常識など。

しかし、果たしてそれらの常識は正しいだろうか。

違うだろう。その「常識」を使う人の良識があって初めて正しい意味や価値を持つものになる。自分のため、会社のため、そして社会のためなどと、いかにもな大義名分たいぎめいぶんをこしらえて常識をゆがめ、悪用する奴らはゴマンといる。
 
だからこそ、肝に銘じなきゃいけないこと、それは・・・
 
                    つづく

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