【エッセイ風連載小説】Vol.5『その謎はコーヒーの薫りとともに夕日に解けて』
Vol.5
三回表・裏「ヒーローは必ず遅れてやってくる?」
「ココロのハイブランド化」ってなんだろう。そもそも「人間性」ってなんだろう。巷でよく聞く言葉でも、改めてその意味を聞かれると答えに詰まることは、ままある。
カレは今日も一人、少々ささくれた気持ちで代官山のカフェ『F』にいた。
乗る予定だった電車が目の前で発車してしまい、さらには朝から発生している通信障害によってスマホの電波が繋がりにくくなっている。
カウンター席でコーヒーを待ちつつ、スマホで「人間性」という言葉を検索しようとするが、なかなか検索結果が出てこない。
ったく・・・イライラした気持ちでスマホの画面を見ていたカレの背後から、その言葉は鋭角に飛んできた。
「たまにいるよね、わざと遅刻するオトコ」
「いまだにそれをモテテクだと思ってるオトコってある意味スゴくない?」
わざと遅刻?それがモテテク??
カレの中にはわざと遅刻をするという発想がなかった。むろん、その理由を知る由もない。
ヤバい!乗り遅れちゃいけない!!
「人間性」についての検索結果よりもまず、カノジョたちの話を聞くことがカレにとって最優先事項となった。
カレは慌てて、背後にいるカノジョたちの「会話の電車」へと飛び乗った。
「ワザと遅刻する」・・・おもに合コンのような男女が集まる場において、そのテクニックは披露される。
遅れて登場することで場の注目を集められたり、忙しさを演出して自分が仕事のデキるオトコであることをアピール出来るのだ。わざと遅刻するオトコたちの中には「ヒーローは遅れてやってくる」という不文律があるのかもしれない。
「ウルトラマンとか、仮面ライダーとか、いわゆるヒーローものの影響、あると思うんだ。だって彼ら、必ず遅れて登場するでしょ?」
カノジョは大きくため息をつき、うんざりしながら言葉を吐き出す。
「何で気づかないんだろう、あの矛盾に」
「矛盾?」
大怪獣を前に人々が逃げまどい、建物が破壊されていくなかウルトラマンは登場し、殴られたり蹴られたり、さんざん人々が苦しんでいるところに仮面ライダーは参上する。
「もっと早く来れるよね?って思わない??ウルトラマンにしても、仮面ライダーにしても。悪者が出てきた時点ですぐに変身して登場すれば、無駄に人が傷ついたり建物が壊されることはないわけじゃん?ま、実際はウルトラマンや仮面ライダーは物語を盛り上げるために、わざわざある程度の被害が出てから登場するんだけどね。あくまでフィクションだから」
しかし・・・
リアル社会で遅刻してくるオトコはヒーロー気取りのただのバカである。
この人は時間を守れないルーズでだらしない人なんだな、と思われるだけなのに、それがわからないのだから救いようがない。
遅刻することで相手の時間を無駄にしてしまい、その後の予定も変更を余儀なくさせるのに、何より自分を少しでも良く見せたいという身勝手な理由で遅れてくるようなオトコなど、ホントにクズである。そこには相手へのリスペクトもなければ、優しさや微塵の思いやりもない。
「自分さえよければいいって理由で遅れるヤツには絶対わからないだろうけど、遅刻ってそういうもんだよ。全部とは言わないけど、たったそれだけで『人間性』ある程度わかるからね」
カレはハッとした。
そうだ、さっきまで自分は「人間性」についてスマホで調べようとしていたんだった!
カレはスマホ画面に目を移す。
───人間性とは、その人の人間的な性質、つまり思いやりの心・気遣いの心、愛情など人間の内面のことを指す。 他の動物やモノと違い、人間として生まれつき備えている性質が人間性である。一方で、他者に配慮した行動が出来ず、自己中心的な考え方しか出来ない人を総じて人間性に欠ける、あるいは人間性がないという。
「だけどさ、女子側としては、例えば合コンとかで集合時間より早く行くのってハズくない?なんかガッついてるみたいで」
「そこがポイントなんだよ」
カノジョ曰く、合コンで女子が集合時間より早く来ていた場合、オトコには二つのタイプがあるという。
「このオンナ、ガッついてんな」と思うオトコ。
そして「このコ、礼儀正しいコだな」と思うオトコ。
「アンタならどっちのオトコ選ぶ?」
約束の時間通り、あるいは時間より早く来ている女子に対して「ガッついてる」などと思う人間性のオトコなんて、しょせんその程度である。
むろん、相手の気を惹くためにわざと遅れてやってくる女子というのもたかが知れている。
「結局、類友なんだよね」
相手の迷惑や不都合などはハナから頭になく、私利私欲のためだけに約束の時間に遅れるような人間性であるにもかかわらず、自分にいいオトコが寄ってこないとか、いいオンナが寄ってこないとか不満ばかり・・・それは結局自分のせいであり、自分が招いている結果なのだ。
「だから、わざと遅れてやってくるオトコとか見かけるとラッキーって思っちゃう。だって、その時点で候補リストから即消去できるから」
遅れてきて許されるのは、ホンモノのヒーローだけだ。
ウルトラマンとか仮面ライダーとか、アイアンマンとかスパイダーマンとか。ヒーローは遅刻を軽々とリカバリーできるだけの活躍をし、名前も言わず去っていく。
「けど、よくよく考えるとヒーローって遅刻してるわけじゃないのかもね」
「どういうこと?」
「だってさ、実害がないのに相手やっつけるわけにはいかなくない??警察と同じで、被害が出てようやく動けるってことなんじゃないの?」
「何それ?マジメかよ!」
「マジメでしょ!だってヒーローなんだから。それにいくら悪者だからって見かけだけで判断しちゃダメだよ」
「・・・あのさ、イカつい角生えてたり、デッカイ牙むき出しで『自分、めっちゃ悪者ですけど何か?』みたいな風貌で出てきてんのに、見かけで判断しちゃダメって、それ無理でしょ?」
「ま、人じゃないからいっか」
目から鱗のような「なるほど話」かと聞いていたら、愚にもつかない話で終わってしまった。
聞いていたカレも思わず苦笑いを浮かべる。
「ま、こんなメンドくさい屁理屈こねてるから全然アタシに春がやってこないんだろうね・・・にして遅れすぎじゃない??」
「大丈夫。ホンモノのヒーローは遅れてやってくるから」
───その時
「大変お待たせ致しました」
カレの目の前にコーヒーが置かれた。
少し遅れてやってきたそのコーヒーをカレはゆっくりと口にする。その苦みはカノジョたちの言葉とともに、カレのココロにゆっくりと沁みた。
いつか自分も誰かのヒーローになれるのだろうか。
カレはそのコーヒーにミルクと砂糖を入れて再び口に運ぶ。
苦みの強いブラックコーヒーのようなカノジョたちの言葉の数々を飲み干すにはまだまだ自分は未熟だけど、いつか飲み干せる日が来ることをカレはさっきまでブラックだった甘いコーヒーと、今日の夕日に誓うのだった。
つづく
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