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【小説】noteでお花見

風がひとひらの花びらを運んできた。私は、髪に付いた桃色のそれを指でそっと摘む。畑仕事の手を休め、風上へ顔をむけると訪ねてきたのは山のふもとに住むおばあだった。

(上記の続編になります)

無造作に新聞で包まれた桜はそのほとんどが姿を見せている。

「わぁ!綺麗。どうしたんですか?」
「お土産ぇ。うちの山に咲いてたんさ、こっちの桜はまだやろう?」

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いつもなにくれと世話を焼き、それでいてほどよい距離感を保ちつつ気にしてくれるおばあはまるで田舎のもう一人の母親のようだ。

「ふふ、こんな早くにお花見できるなんて。ありがとうございます!」

受け取った桜を近くのかごへ手早く生けながら君はとても嬉しそうに笑っている。

「うちはまだかなぁ」とSNSでもたらされる里の桜とわが庭の桜とを眺めながら毎日のようにつぶやいていたのだ。

「桜、いただいちゃった。」
「ずっと見たがってたもんな。良かったな。」
「ホント嬉しい!私、昔からとっても運がいいの。」
「へぇ?」
「本当よ。願いはかなうもの。いつも」
君はいたずらっ子のように笑った。

確かに運がいい。別れを覚悟した病さえ運がよかったとしか思えない。
死の淵にいた最後の花見から3年、あっという間の歳月。

人づてに奇跡的な出会いがあり、藁にもすがる思いで向き合ってみるとそれは君の体におどろくほどぴたりと合った。時間はかかりながらも少しずつすこしずつ回復していった。それでも今年が最後かもしれない、もう来年はないかもしれないと覚悟をしながら過ごす毎日の中で桜はひとつの指標だった。

そしてつい先日、もう心配はいらないだろうとお墨付きをもらった。

私の人生も変わった。君の病がなければ選ぶことをあきらめていたもうひとつの人生。これがきっと本当に望んでいたきみと過ごす未来。

私は当時勤めていた激務の職場を退職し、きみと二人でカウンセリングカフェをはじめた。週に3日だけお客様を迎える。のんびりとした営業。
もう仕事と君を天秤にかけることも、自分の望む時間を選ふのに罪悪感を感じることもなく過ごせるようになった。

君の持ち前の聞き上手と優しい笑顔でファンを獲得し半年先まで予約でいっぱいだ。

普段は庭と小さな畑の手入れをして時々頼まれると仲間の手伝いにでかける生活。

「ねぇみて、新芽が出てきているのよ」

次に見たときにおばあの桜は鉢に植わっていた。

「あれ?桜?この前の?挿し木したんだ。」
「そう、だってとってもきれいだったもの。つくかしら?」
「どうだろう、だけど君の言う通り、新芽が出てるからもしかしたらつくかもしれないね。」
「ついたら嬉しいなぁ。そしたらまたお花見できるよね。」

ふいに君は真剣な、少し泣きそうな顔をしてじっと見る。

「…ああ。また、できるよ。お花見しよう。来年も、再来年も、ずっと。」
「ありがとね。」「うん?」「その、いろいろ。」

土にさした桜はきっと根づく、そしていつの日かその花を咲かせるだろう。また花見をしよう。大丈夫君は運がいい、願いはきっとかなう。

「また花見をしよう。」
「今度は三人で…ね。」

静かにつぶやいてこてんと肩に頭をもたせて君はお腹をさする。肩にもたれた君の頭の重さ。目頭が熱くなるのを感じ、目を閉じ天を仰ぎ、瞼に浮かぶ満開の桜を眺めた。

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小説noteでお花見の企画。前回上げた後のふたり。小説の中ではしあわせでいてほしいなと思い、続きを書いてみました。4月のおわり、山ではようやく桜の咲く遅い春がやってくるころです。毎年穏やかな春が皆様のもとへ訪れますように。お読みいただきありがとうございました。#お花見note

yuca.さん素敵な企画をありがとうございました。


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