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炎の中の王国のお話

窯の奥で静かに燃えている炎のきらめきはこれまでに見たことのないほどの明るさと美しさだった。見たことはないけれど知っている。

炎の熱さを感じながら目を凝らし、記憶の糸をたどる。

炎の奥の光の中に蜃気楼のように見える王国。

こどものころ、幾度となく母にねだった物語。片づけた実家の母の本棚に大切にしまわれていた火の国の王子さまの物語を思いだしていた。



「まぁだ匂いがからかんべ?」

山に入ろうとした茂人の背後から声をかけてきたのは山師の玄さんだった。

火を入れた炭焼き窯から立ち上る煙の臭いは少し離れた山の入り口にも届き、のどの奥を刺激している。

たしかに辛いという表現がぴったりだ。

玄さんの話によると譲り受けたその山は前回の間伐から数年たっている様子だった。

樹は株元で切ると新しい芽を四方へ出す。株立ちと呼ばれるその姿は「自然風の庭づくり」に都会で人気だ。

材をとるために切られた樹々は山の中で当たり前に株立ちに育ち、それらは自然な景観を作っていた。

「山なんか譲られたって。」

ふって湧いた相続話に案内をされ足を踏み入れた山はうっそうと生い茂る下草に覆われていた。

適当に見て、売却するつもりだった。

山を案内してくれている玄さんは伐採を請け負う傍ら炭を焼いて暮らしていたという。年は自分よりも数倍とっているはずなのに足取りは軽く、まるで平気な顔をしてずんずんと先を行く。後をついていくのがやっとでこちらは息がきれる。

ぐるり山を見て境界を確認し、軽トラックへ戻ると玄さんは手持ちのポットから紙コップへお茶を注いで渡してくれた。

「昔は僕も山の暮らしにあこがれた時期もあったんですけど。」

そんなことを話し、山は手放すつもりだと続けようとすると玄さんは「ちょうど炭焼きにいい感じに育っている。教えてやるから炭でも焼いてみたらどうだ」という。

山はしんとした涼しさに包まれていて、都会のうだるような暑さと日々の喧騒。とりわけ、仕事と家庭のストレス、高齢の母親から逃げるにはぴったりだった。思い立ってまとまった休みをとり、玄さんに教わって炭を焼いてみることにした。

朝6時になると村では音楽が流れる。山にチェーンソーの音が聞こえるのはその音楽がかかる少し前からだ。

「こんな早くから」

6時前、場合によっては5時そこそこから聞こえるエンジン音に最初こそ驚いたがいつのまにか当たり前になった。できるときにできることをできるだけする。けれど日が暮れる前には家路につく。

短い間とはいえ、日の出、日の入り、暮らしと自然がともにあるようで次第に身体も馴染んでいった。

「思いきってこっちに暮らしを移そうか」そんな考えも浮かぶようだった。

炭焼きは放ってはおけないけれど火もついたからびっちりと張り付いていなくてもよい、おらもいるからと玄さんの言葉に素直に従い、そこらを歩いてみることにした。

日差しは強くとも肌にあたる風はさらりとしていてセミの鳴き声すら都会のそれとは違う。

久しぶりに広がる空を見て、ふいに茂人は不思議な感覚にとらわれる。

「なんか夢でも見てるみたいだな。」

誰に聞かせるでもないひとりごとをつぶやく。日暮れ前のほんの一瞬、空が輝くような明るさを見せた。


「炭火の向こうに火の国が見えるのよ」

「ひのくに?」

母は妖精だとか精霊だとか目に見えないものを本気で信じているような、茂人から言わせると夢見がちな人だった。

いつだかおじいの家でいろりを囲んだ時、母から聞いた火の国の物語に夢中になったのを思い出した。

母は炭火をじっと見つめては生き生きと物語を話してくれた。まるで目の前に火の国が見えていて、そこから物語を紡いでいるようだった。けれど茂人の他の家人が近づくと指を唇にあて物語を終えてしまう。

おそらく、母の目にはなにかが見えていたのだろうなと思う。

そう思うと近頃の母の様子も老いてボケてしまったというよりは周りを気にすることなく、自分の目にするものに正直に素直になっているだけかもしれない。

「炭が焼きあがったら、囲炉裏に火を入れるのが楽しみだな。」

自ら焼いた炭に火がはいる時を思い描く。幼い頃、紡いだ物語を聞き、目を輝かせていただろう茂人を見つめ、優しく微笑んでいた母の眼差しを思いだす。

「記念すべき自家製炭のはじまりに火の国の物語を今度は僕が語ろうかな。」そう口にしてみるとふっと心が軽くなった。

軽くなった心で仰いだ空は一層輝くようだった。

母の目にうつっていただろう、物語の火の国をみたような、そんなあたたかな気持ちになった。

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炭を焼いた時、あるいは炭に火が入り熱さが高まる時の明るさに火の国、幻の王国がそこにあるような気がします。

清世さんのタイトルの絵をみたときにそのことを思い出しました。

そして同時に大枝氏の火の国の王子様の物語を思い出してなんとかつなげたいと欲をはったら締め切りギリギリ。

長くなりましたがもし最後までお読みいただきましたら本当に感謝です。
ありがとうございました。

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