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赤字でなくても PL を見るように、組織が順調でも「人財諸表」を見ましょう

要約
・ヒト領域でも、マネジメント陣がデータに基づいた意思決定を促すツール、いわば人財のための財務諸表(人財諸表)の必要性が高まっている
・人財諸表の作成・運用には、リアルタイム性、再現性、汎用性、透明性が不可欠

ヒト領域だけ「財務諸表」が欠落していた

よく重要な経営資源はヒト・モノ・カネだと言われます。重要であるがゆえに、現状や見通しを数値で可視化したり、健全性や収益性を定量的に評価するために、様々なツールや指標が開発され、日々のマネジメントや意思決定に欠かせない存在になりました。最も代表的な例は、PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)のようないわゆる財務諸表でしょう。

今やCFOや財務部長だけでなく現場の課長クラスのマネジャーであっても、PLを作ることは簡単ではないにせよ少なくとも読み解いた上で、目標や予算配分の策定・見直しといった意思決定に活用できる程度には浸透しています。モノの領域でも在庫管理や稼働状況の他、SFA(営業管理)やCRM(顧客管理)といったツールも、特にここ5-10年でデジタルに浸透し利用しやすくなり、マネジメント陣のデータに基づく意思決定のお供になっています。

しかしヒトの領域ではどうでしょうか。「今年の離職率と、増減の要因は?」「女性の管理職比率は?」こうしたシンプルな問いですらも、残念ながら多くの企業では年に一度も集計することもなかったり、集計するだけで1ヶ月以上も費やしている(その結果まだ分からないこともある)のが現状です。カネの領域に当てはめると、赤字かどうかを確かめようとすらしないか、赤字がなぜ悪化しているのかを1ヶ月以上かけて調査してもまだ分からないようなものです。

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確かめた結果、問題ないとわかるだけでも価値がありますし(本当に健全な企業であれば、実際には更なる改善に向けた課題を抽出し検討すべきですが)、得てして思い込みや感覚とは異なる新事実に気づくこともあります。また昨今の労働市場における環境変化は、多くの企業にとって組織・人事上の新たなチャレンジを呼び起こすでしょう。そうした課題を適切に乗り越えていく上でも、まずは組織の健康状態をリアルタイムかつデータで客観的に把握することがますます重要になります。

ある人事部長さんが「経営会議では事業部長や財務部長は数字で報告・議論できるのに、人事部長である自分だけそれができなくて不甲斐なかった」と漏らしていたのが、非常に印象的でした。財務部長が財務諸表のような "データの武器" を持っているように、人財のための財務諸表(略:人財諸表)のような武器を求めている人事部長さんは、他にも大勢いるのではないでしょうか。

人財諸表の必要性は資本市場からも要請されている

米国では2020年8月に、SEC(証券取引委員会)が人的資本に関する指標の開示を義務付けると発表しました。SECは具体的な指標には言及していませんが、国際基準の1つである ISO30414 に言及されているような項目を上手に組み入れようとする動きは、最近日本でも活発になっています(米国では対照的に「もうとっくに準備できてるよ。何を今さら」といった反応が多いようです)。

ちなみに個人的には ISO30414 の分類方法よりも、財務分析でもよく用いられる●●性に分類して指標を当てはめた方が、人的資本をより立体的・多面的に捉えられると感じています。

成長性: 従業員数、求人充足率、平均採用日数、平均求人日数
健全性: 基本給の中央値、(●年以内)離職率、平均年齢、
     平均勤続年数、社内異動比率
生産性: 従業員1人あたり生産性(売上、利益など)、労働分配率
収益性: 直間比率、1人あたり採用コスト、1人あたり研修コスト
多様性: 男女比率、女性の管理職比率、非ローカル社員比率
公平性: 給与のコンパレシオ

※ 上記はあくまで一例で、自社の状況に合った指標を取捨選択するのが良いでしょう
※ 必ずしもMECEにならないこともあります
※ 各指標の意味合いは、後日別の note で紹介します

こうした資本市場からの要請は、米国だけでなく世界にも早晩波及していくと予想されます。多くの日本企業のIRレポートや決算資料には、人的資本に関する指標や記述はまだあまり見られませんが、今後は「ウチの会社はヒトが財産です」と標榜している企業にとっては特に、(ハッタリでないのであれば)より説得力を持って PR しやすくなり、資本市場から正当な評価を受けやすくもなります。またいずれはBS(貸借対照表)の無形資産の部に、知的財産権やのれんとは別に「人的資本」が加わる日も来るかもしれません。

人財諸表に求められる4つのポイント

労働市場の環境変化や、資本市場からの要請も契機となり、人的資本をデータで可視化してより良い組織の意思決定を行うことは、今後のマネジメントの必修科目になるでしょう。その促進には、上述のような人財諸表の整備が不可欠です。人財諸表そのものはまだ PL や BS ほどには浸透していないため、自社で指標から開発するか、ISO30414 の推奨項目を参照しながら自社でツールを開発するか、私も所属しているパナリットのような専門ツールを利用するなどのオプションがありえます。いずれの場合でもモノ・カネ領域のツールと同様に、

① リアルタイム性: 必要な時にすぐ現状把握できる状態にする
② 再現性: 客観的で繰り返し確認する意味があり、時系列や組織横断で比較可能な指標を選択する
③ 汎用性: 必ずしも人事やデータに明るくない経営層・現場マネジャーにとっても意思決定に活用しやすいように、わかりやすく可視化されている
④ 透明性: 開示範囲には配慮しつつも*、必要な人に必要なデータが開示されている

が担保されていることが重要です。これらを満たすことにより、マネジメント陣(人事+経営+現場マネジャー)にとって組織のより良い意思決定を実現することができるのです。

*人的資本特有の論点として、直接レポートラインにない部署のデータの開示範囲や、給与や評価などセンシティブなデータの取り扱いには、慎重に対処しなければなりません

人財諸表・ピープルアナリティクスの発達阻害要因と処方箋(予告)

ここまで読んで「人財諸表って、要はピープルアナリティクスのことか」とお気づきになられた方もいると思います。『ピープルアナリティクスの教科書』では、ピープルアナリティクスを「人材マネジメントにまつわる様々なデータを活用して、人材マネジメントの意思決定の精度向上や業務の効率化、従業員への提供価値向上を実現する手法である」と定義しており、まさに「人財諸表」に通ずる解釈であると思います。

しかし残念ながら、ピープルアナリティクスはまだいくつかの誤解を宿したまま、多くの企業においてまだ真価を発揮しきれていないとも思うのです。

今後の note では、人材マネジメントに関わる皆さんがピープルアナリティクスないし「人財諸表」に対するハードルを少しでも下げていただけるように、以下のような論点にも答えていく予定です。

・ピープルアナリティクスに潜む誤解
タレントマネジメントシステムやサーベイ、高度な分析とは何が違うのか?

なぜこれまで浸透しなかったのか?(サプライヤー側の視点)
たかがグラフ1つ作るのに、何がそんなに大変なのか?

・なぜこれまで浸透しなかったのか?(顧客側の視点)
「重要度は高いのだろうが、緊急度は高くない」マインドに潜む技術課題と適応課題とは?

・人財諸表の4条件を満たす指標と、その運用方法
具体的に何の指標が、どのような課題やシーンにおいて役に立つのか?

・「人財諸表」をクイックに始めるヒント
やってみるまでは、いまいち ROI や成果が腹落ちしづらいが、はじめの一歩をどう踏み出すのが正攻法か?

・クイックに成果を挙げた事例の紹介
Google や Microsoft のような事例は、面白いけどとても真似できない。もっとライトな成功事例は何か?

・マーケティングでのDXなど隣接領域からの示唆
人事領域に先行して DX が進んでいる領域に、何かヒントはないか?

(リストは順次更新します。リクエストも募集しています)

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