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"戦士ではなく、守護者であれ”  ~「全米で最も危険な街」の警察改革~

写真① 警察予算削減横断幕

■抜本的な「警察改革」を求める声

「Defund the Police=警察の予算を削減しろ」
「Disband the Police=警察を解散せよ」

その要求は、やや唐突に見えるかもしれない。
白人警察官に首を絞められ、死亡したジョージ・フロイドさんの事件への抗議デモ。その参加者が掲げるボードや横断幕に、「Black Lives Matter」とともに記されることが多い文言だ。ただ、「警察予算の削減や解散」が、事件を繰り返さないための対策になるのか?それだけでは、単に「警察組織の弱体化」が目的と捉えられかねない。

フロイドさんの事件に、どんな問題点を見出すのか?
まず、死に至らしめるほど首を圧迫する必要があったのか、という警官の「首絞め行為」に焦点が当てられた。ニューヨーク州などでは、即座に「首絞め行為」を禁じる措置が取られた。確かに即効性のある対応ではある。だが、そのうえで、抗議デモが問うているのは、「過剰な力の行使」や「人種差別」といった、警察組織そのものが抱える根源的な課題だ。これまでも、米国の歴史のなかで、黒人への警察の対応は、何度も問題視されてきた。フロイドさん事件が起きた後ですら、アトランタで白人警官が黒人男性を銃撃し、死亡させる事件があり、またニューヨークでも警官が容疑者拘束の際に、首を絞める行為をして停職処分となった。警察組織に組み込まれた、「構造的」な問題があるのではないか。これらを解決するために、小手先ではない〝抜本的な警察改革〟が求められているのである。こうしたなかで、改革の〝成功例〟として、ある街が全米から注目されている。

■〝全米で最も危険な街〟の警察改革とは?

写真③ カムデン市遠景

デラウェア川を挟んだ両岸の都市は、まるで別世界だ。西岸はフィラデルフィア。人口150万人を超え、北米有数の商業都市であり、高層ビルも建ち並ぶ。言うまでもなく、アメリカ建国の舞台となった歴史を有する。その対岸を望むと、何棟かの低層ビルしか見えない。そこは、ニュージャージー州カムデン市。人口8万人に満たない小さな市である。その街が、2012年から数年間、〝全米で最も危険な街〟とされていた。当時の犯罪データが物語る。暴力事件が年間1992件発生。殺人は67件、銃撃(死者無し)は172件、強盗は755件にのぼっていた。殺人事件の発生率は、全米平均の18倍だった。高い犯罪率に悩んでいたカムデン市は、対策の柱の一つに「警察改革」を掲げた。20年以上にわたって、警察組織は腐敗しきっていたという。警官の汚職がはびこり、住民に対する強権的な対応などから、警察に対する住民の不信感が高まっていた。

翌年、警察は一旦、「解体」されるという荒療治が実行された。組織をゼロから立ち上げ、新たに警官を雇用し直したという。
この改革が成果を上げたとみられている。解体前の2012年と2019年を比較する。

写真④ グラフ カムデン警察犯罪推移

左から、殺人67件→25件(−63%)、 銃撃(死者無し)172件→81件(−53%)、強盗755件→304件(−60%)        

暴力犯罪全体でも、1992件から1161件(4割減)と、大幅な減少傾向にある。さらに、「警官の過剰な力の行使」に対するクレームは、65件から3件へと95%減少した。

■警察の何を変えたのか?

写真⑤ スコット・トムソン前チーフ

いったい、警察の何を変えたのか?その立て直しを任された、カムデン警察元チーフのスコット・トムソン氏(写真)は、こう語った。

「私たちの改革で最も重要だったのは、警官たちが、戦士である前に守護者である、という文化と自覚を確実に持つようにしたことです」

〝戦士ではなく、守護者であれ〟

この意識改革が最重要だったと、トムソン氏は強調した。実は、米国では、警察組織の在り方をめぐり、「戦士か守護者か」という論点で議論が続いてきた。米メディアによると、米国における警察の予算は、1977年から3倍に膨れ上がっている。その大きな要因のひとつは、軍のような装備の費用とされる。警察と軍の境界が曖昧となりつつある、とまで指摘される。凶悪犯罪に立ち向かうためには、まさに「戦士」であるべきという考えに基づいている。確かに、ニューヨーク市警察の隊列を街角で見ると、物々しい装備に圧倒される。ちなみに、ニューヨーク市警察の年間予算は、約60億ドル(約6400億円)にのぼる。  
逆に、カムデン警察のトムソン氏は、全く別のアプローチを取った。それがよく分かるエピソードを披露した。組織解体後、警官を再雇用するためのオリエンテーションで、トムソン氏は、集まった元警官や志願者を前に、こう伝えたという。

「私は、全ての警官に、軍隊で武力行使する人員であるというより、平和部隊の一員であるという自覚を持ってほしいと考えている。そうでなければ、今すぐ、この場から去って欲しい。なぜなら、そのような人を、私はいずれ解雇することになるだろうから」

すると、数人が立ち去ったという。
トムソン氏の改革は、方針が明確だった。市民の「守護者」としての自覚。カムデン警察の警官には、毎年40時間のトレーニングを義務付けた。このなかで、特に「争いへの対応」を重視し、どのようにして、争い、衝突のなかに入っていくのか、そのうえで、どう興奮を抑えるようにするのかを中心に訓練したという。


■ナイフを振り回す男が路上に…警察はどう対応? 

さらに、カムデン警察は、18ページにおよぶ「武力の行使」に関する方針を作成した。その冒頭に、こう記されている。

「この指令の第一の目的は、武力の行使に関する判断をする際に、警官が命の尊厳を尊重するようにすることです」

意識改革や訓練の「成果」とされる事件がある。2015年11月の夜、カムデン市内の路上で男が大型ナイフを振り回していた。男は警官を威嚇したという。上記の映像は、その一部始終だ。
トムソン氏によれば、改革の前であれば、間違いなく、警官は男に向けて銃撃し、死亡させたケースだという。ところが、トレーニングを受けた警官たちは、男とともに、一緒に通りを歩き、「興奮を抑え、緊張を緩める」という手法をとった。この結果、男はナイフを手放して、事は収まった。「武力行使は最後の手段」という方針が貫かれた
警察組織に与えられた武力。この行使について、トムソン氏の言葉は重い。ジョージ・フロイドさんの首を圧迫した警官の姿を思い返しながら読みたい。

「私たちが力を行使できるのは、全ての命には重い価値があるという人命への尊重があるからなのです。警察は、どちらの命に、より価値があるのかを決めることはできません。相手に対応している時でも、脅威が取り除かれたら、彼らの命を救うのが私たちの目的なのです」

■警察と住民の関係に変化が…

改革のもう一つの柱が、「地域との信頼構築」である。

「お店の商売はどう?」

警官たちは、店内に入り、店員たちに親しげに声をかける。取材で訪れた日、カムデンの警官たちは、街を歩き、頻繁に住民に声をかけていた。
カムデン警察の現場を統括するキャプテン、ザキーム・ジェームス氏は、「人々に会って、毎日話すことで、住民たちの間に信頼ができるのです」と話した。

写真⑥ ジェームス キャプテン


撮影用の振る舞いではないかとも思われるかもしれないが、撮影前にも、離れた場所にあるハンバーガー店で、別の警官が市民と談笑する姿や、撮影後にも、同じように街を歩き、市民と交わる警官を見かけた。薬局の店員に聞くと「いつも見に来てくれるわ。いつでも、この辺にいてくれる。警察は素晴らしい仕事をしているわ」と話した。
カムデン警察は、日頃から、地域のスポーツ大会などのイベントでも、警官と地域住民の交流の機会を積極的に作っているという。

通りかかった初老の男性にも聞いた。以前は別の地域に住んでいたという。

「ここの警察は違うんだ。話をしてくるし、笑って冗談も良く言い合うんだよ。逃げても、銃で撃ってこない。テレビで見るようなことはしてこないよ。カムデンの警察は違うよ。ここの警察はいいね」

信頼関係の証とも言えるのが、フロイドさん事件への抗議デモに、カムデン警察の幹部が招待されたことだ。全米で、警官が重装備でデモ隊に相対していたときに、カムデン市では警察幹部はデモ隊とともに行進したという。市民からの「敵」と見なされなかったと言える。
元チーフもキャプテンも言っているが、カムデン警察も、未だ改革の途上である。もともと、マイノリティーが多い地域で、警官にも黒人やヒスパニックが多い。地域の活動家からは、まだ改革は不十分との批判もある。このまま、この改革を、全米の警察に当てはめることはできないだろう。それでも、警察組織の在り方の、ひとつのモデルを示していることは確かだろう。

写真⑦ カムデン警察外観

写真:カムデン警察署

■米国の警察改革は進むのか?

では、今後、米国の警察改革は進むのか。
州や市レベルでは進展も見える。ミネアポリスでは、警察解体の決議が市議会で採択された。ニューヨーク州では警官の首絞めを禁止する、懲戒処分の記録を開示する、警官が市民を殺害した場合、司法長官が特別な捜査権限を持つ、などを盛り込んだ警察改革法が成立した。またニューヨーク市は警察予算を10億ドル(1075億円)削減し、教育や社会保障に充てることとした。テキサス州ヒューストンは武力行使の制限を強化した。
だが、肝心のトランプ大統領は、警察の首絞めの原則禁止などを、補助金制度を使って促す「大統領令」に署名したものの、声明では、首絞め禁止を「警官の命が危険にさらされない限り」とするなど、野党・民主党などから「その場しのぎで不十分」と批判されている。またCBSテレビの世論調査では、白人と黒人に対する警察の対応について、「平等だ」と答えた人は4割に満たない。しかし、トランプ氏は、警察内の「構造的な人種差別」についても否定している。共和党・民主党の有力議員が警察改革に関する法案を提出しているが、法制化されたとしても、黒人の人権団体らが求めている、警察の大改革にはほど遠い内容と指摘される。
 
60年代の公民権運動の時代から警察の組織の在り方について、長年、全面改革が求められてきたにも関わらず、部分的なものに終わったために、今日の問題につながっている。「警察」という武力を伴った組織を、市民社会でどう位置づけるのか、という根幹が問われているのだ。そこには、個人や集団の価値観が色濃く反映する。警察組織に、圧倒的な力を持たせ、「敵は力で封じ込める」という発想は、市民を敵か味方に分断することが前提になっているだろう。
それと同時に、社会における「人権」の在り方も問われている。最後に、カムデン警察の改革を担ったトムソン氏の言葉を引いておきたい。

「向き合っている人に対して、尊厳と敬意を持って接しなければ、そこからは何も生まれません。人権の中心的な価値を知れば、公正、公平に人々に接するということが、私たちの行動において、極めて重要な原則になるのです」

萩原さん

ニューヨーク支局長 萩原 豊 

社会部、「報道特集」、「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、社会部デスク、「NEWS23」編集長、外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。