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『鶏卵汚職事件』 取材ノート

元農相の吉川貴盛被告(70)が、鶏卵生産会社「アキタフーズ」(広島県福山市)元代表の秋田善祺被告(87)から現金500万円の賄賂を受け取ったとして、東京地検特捜部に1月、在宅起訴された。秋田氏本人や関係者への取材、JNNが入手した資料の分析を通じ、元大臣が起訴された異例の汚職事件の背景を報告する。

■元代表「違法と認識あったが、業界のため」

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「アキタフーズ」の秋田善祺元代表と吉川貴盛元農相
(西川公也氏のブログより)

「吉川元農相への資金提供をしたことは認める。本人への献金は違法だという認識はあった。間違った行為だった」

秋田元代表はJNNの単独取材に応じ、そう応えた。これまで吉川元農相に渡した現金の総額は、正確に覚えていないという。現金の提供はいつから、何のために繰り返されたのか。

「吉川元農相が大臣になる前から、本人を応援するつもりで金を渡した。業界のためにと思い、ポケットマネーを使った。アキタフーズへの見返りは何もなかった」

業界のため-。秋田元代表は自らの会社の利益を求めるのではなく、養鶏業界全体のための現金提供だったと強調した。実際、他の養鶏業者に聞くと、秋田元代表が業界に果たした役割は大きかったと口をそろえる。

■養鶏業者「抜群のリーダーシップ」 大きすぎる影響力

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JNNの取材に応じる養鶏業者

「秋田さんには抜群のリーダーシップがあり、思いやりもある。業界を守っていくため、消費者を守っていくために政治をつかさどる先生たちに理解をしてもらう必死さがあった。補助金などの面で、牛や豚と比べて優遇されていないこの業界を守ってくれた」

ある養鶏業者は秋田元代表をこう称賛する。絶賛、と言っても良い。秋田元代表の勉強熱心な姿勢や人間性について、熱っぽく言葉を続けた。「賄賂を渡した」という報道が出てもなお、この業者のように秋田元代表を擁護する声が上がる。
その一方、別の業者は「良い意味で信念が強く、悪い意味でいえば独裁政権」、また別の業者は「自分サイドに来てくれる人は全力で応援するが、敵は徹底的につぶす」などと秋田元代表の強すぎる個性に苦言を呈した。秋田元代表の名前を出しただけで口をつぐむ業者も多く、「彼を怒らせたくない」「なにかしゃべったことが知られたら商売ができなくなる」と、カリスマの大きすぎる影響力への恐れを口にする。一定の距離を取る関係者がいるのも、また事実だ。
秋田元代表は業界団体「日本養鶏協会」の幹部を務め、政治家や官僚へ積極的に働きかけていた。業者の一人は「行政、議員、こういった人たちに働きかけをしないと予算は取れない」と言い切る。さらに別の業者は「政治家と官僚を動かしてやっと1人前の男の仕事ができる」という秋田元代表の発言を、よく覚えている。具体的には、鳥インフルエンザ対策の国の予算の増額や、卵の価格が下落した際の補填事業の拡充が、業界内では秋田元代表の“功績”とされているという。この業者は「表でも裏でも政治家に対して活動することが多かった。養鶏協会の中でも秋田さんのやり方は危険すぎるという見方があった」と明かした。

■国際基準案の反対を要望 「給料袋で現金」

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そんな秋田元代表が「裏」で吉川氏に働きかけていたのが、「アニマルウェルフェア(AW)」に関する陳情だった。家畜を快適な環境で飼育するAWの考え方は欧州を中心に広がり、日本も加盟する国際団体の「国際獣疫事務局(OIE)」は2018年9月、養鶏場に「止まり木」と「巣箱」などの設置を義務づける案をまとめた。しかし、カゴの中で飼育する「ケージ飼い」が主流の日本にとって、この基準案が採用されれば、設備改修など多大な費用が必要となるため、国内の養鶏業者は反対の声が根強かった

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衆院・農水委員会でアニマルウェルウェアについて答弁する吉川元農相
(2018年11月21日)

2018年11月、秋田元代表は日本養鶏協会の幹部らとともに吉川元農相を訪ね、大臣室でOIE案に反対するよう求める要望書を提出。その約1週間後、吉川元農相は衆院農水委員会で「生産者の理解を得ながら、アニマルウェルフェアを推進してまいりたい」と、要望を踏まえた答弁をした。起訴状などによると、この日の夜、吉川元農相は都内のホテルで秋田元代表から現金200万円を受け取り、2019年3月と8月にもAWに関する「謝礼」などの趣旨で200万円と100万円を大臣室で受領したとされる。この3回にわたる計500万円の現金授受について、特捜部は今年1月15日、吉川元農相を収賄、秋田元代表を贈賄の罪で在宅起訴した。

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「要望書を読んでおいてくれと頼み、金を置いていった。現金は給料袋に入れて渡した。手渡しするのではなく、自分が座った椅子の横に置いて帰った」

秋田元代表は起訴される数日前に再びJNNの単独取材に応じ、吉川元農相に現金を渡した状況を明かした。秋田元代表は「吉川元農相から金を要求されたことは一度もない」とした上で、現金を渡した際は「吉川元農相は何も反応していなかった、知らない顔をしていた」と話した。

■吉川元農相以外の政治家にも現金か

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西川公也氏

JNNはアキタフーズのある内部資料を入手した。秋田元代表のスケジュールを示す手帳や出金記録が書かれた帳簿の写しとみられるもので、照合すると、面会相手の氏名や日時、場所とその前後に出金された金額が推測できる。例えば手帳には「2019年3月26日11時30分 吉川大臣面談 大臣室」と記載され、帳簿にはこの前日に「200万円」が出金されたとみられる記録があり、今回の起訴内容を裏付けるものとなっている。
特捜部も把握しているとされるこの内部資料からは、吉川元農相以外の政治家も秋田元代表から現金を受け取っていた疑惑が浮上する。その一人が、元農相の西川公也氏(78)だ。秋田元代表は少なくとも2018年7月~12月に3回、当時内閣官房参与だった西川氏と面会し、これらの面会当日に計500万円を出金したとされる。JNNは西川氏の事務所に取材を2回依頼したが、いずれも回答はなかった。アキタフーズ関係者によると、秋田元代表は「吉川元農相と西川氏は自分に良くしてくれる」と話していたという。

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河井克行被告

また、秋田元代表はJNNの取材に「そもそも吉川元農相を紹介してくれたのは河井克行議員」と明かした。現在、公職選挙法違反の罪で起訴され、裁判が続いている河井克行被告に関する記述も手帳にはあり、秋田元代表は克行被告と2018年11月20日に議員会館で面会したと記載。帳簿には、この日の日付で「100万円」と記されている。

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亀井静香氏(左)と森山裕氏(右)

2018年7月には、元衆院議員の亀井静香氏と面会したとみられ、帳簿には同日付で「550万円」と記されている。JNNは亀井氏側に現金を受け取ったかどうかを尋ねたが、亀井氏の事務所は「ご質問についてお答え出来ません」と文書で回答した。
また2018年5月には亀井氏を交えて、自民党の国会対策委員長を務める森山裕・衆院議員と会食したとみられる記録もある。森山氏はJNNの取材に応じ、「秋田さんとは亀井さんの席で2回くらい会食し、そのうち1回は2018年5月ごろだったと思う」と答えた。その上で「お金を持ってくるとか、要望とかは一切なかった」と話した。

■「重要関係先名簿」に現役官僚の名も

農水省①

また、JNNが入手した別の内部資料「重要関係先名簿」には、手帳にあった政治家らを含め、多数の現職議員や議員OB、広島県の地方議員のほか、農水省の現役官僚らの名前と連絡先が並んでいる。吉川元農相が在宅起訴された4日後、野上浩太郎農相は会見で、吉川元農相や西川氏が秋田元代表と会食した際、農水省の局長ら複数の幹部職員が同席していたと明らかにした。職員たちは自らの飲食費を支払っていなかったという。野上農相は「国家公務員倫理法に違反する行為が無かったかどうか、今後調査する」と話し、省を挙げての対応に追われている。

■特捜部「在宅起訴」を選択

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東京地検特捜部が吉川元農相の札幌市の事務所を家宅捜索
(2020年12月25日)

河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反事件に関連して、検察当局は去年7月にアキタフーズ本社などを家宅捜索。12月には吉川元農相の事務所などを家宅捜索して捜査を進めた。関係者によると、東京地検特捜部は西川氏にも任意で事情を聴いたが、総理大臣に助言する立場である「内閣官房参与」の職務権限がはっきりせず、吉川元農相のみを在宅起訴した。吉川元農相は特捜部の任意聴取に現金の受け取りを認めた一方、「大臣の当選祝いだと思った」などと賄賂の趣旨は否認したとされる。

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高井康行弁護士

特捜部は、吉川元農相が心臓の手術で入院していて、秋田元代表も高齢だったことなどから逃亡や罪証隠滅の恐れは低いと判断し、2人を逮捕ではなく、在宅起訴することを選択したとみられる。元東京地検特捜部検事の高井康行弁護士は「病状や年齢からすると到底逃走できる状況にない。また罪証隠滅の恐れについても、客観的事実は全部認めている。在宅起訴したという処理は極めて妥当」と話した。

■全容解明へ

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吉川元農相は在宅起訴されたことを受け、「当局からの事情聴取の要請に応じ、真摯に自分の認識を説明してきたところです。今後法廷でも自分の認識を裁判所に対し、しっかりと説明し、公正なご判断を仰ぎたいと思います」と事務所を通じてコメントした。また、事件後に農水省内に設置された第三者委員会では今月から、これまでの鶏卵に係る行政が適正だったかどうかの検証を始めた。違法な働きかけで、政治がゆがめられたことはなかったか。事件の全容が明らかになることを願う。

取材:JNN取材団
執筆:
佐藤浩太郎(TBSテレビ社会部・司法担当