イラン議会選挙で見えた“異変” 止まらない新型コロナウイルスの感染拡大
イランで、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。3月9日の時点で、感染者数は7161人、死者は237人で、日々増え続けている。混乱の始まりともいえる最初の感染者が報告されたのは、2月19日。まさにその時、私はイランの首都テヘランで、国会議員選挙の取材の真っただ中だった―――。
さて、イランをめぐるニュース、ここ最近で思い浮かべるものと言えば・・・
▼ ホルムズ海峡での、日本のタンカー爆破事件
▼ イラン核合意をめぐる問題
▼ アメリカによるイラン革命防衛隊司令官の殺害
といった具合だろうか。
こうしたニュースで決まり文句のように使われるのが、「アメリカとの対立がさらに先鋭化」といった締めくくりの文章である。こうした報道にばかり触れていれば、多くの人に「イランは物騒な国なのかもしれない」という潜在意識が醸成されても仕方がない。イメージというのは怖いものである。イランの政治体制は独裁に近いのでは、と思う人がいるのも理解できる。
ところが、だ。
<テヘラン市内にて 2月19日撮影>
「政権には失望した」
「自分の意見など反映されないから、選挙にはいかない」
「政治が市民の目線に立っていない」
選挙直前、イランの街中で聞かれたのは、こんな市民の声だった。道端で、しかも海外のテレビクルーに対し、公然と政府批判ができる。それが、イランという国だ。
立候補者なんと1万6000人
選挙の話である。イラン議会選挙で立候補する際は供託金がいらない。お金がなくても、誰だって自由に立候補できる。こうした事情もあってか、当初、選挙の候補者数は1万6000人に膨れ上がった。ちなみに、定数は290。後述するが、最終的に護憲審議会という機関によっておよそ7500人にまで絞られるとはいえ、日本の感覚から考えると圧倒的に多い。
選挙区によって議席数は違うため一概には言えないが、例えば30議席のテヘラン選挙区では1300人以上が立候補したため、倍率はなんと40倍を超えた。
そこで火蓋を切るのが、“仁義なきポスター合戦”である。
<テヘラン市内にて 2月19日撮影)>
選挙前日、テヘラン中心部にあるポスター掲示板の前で取材中の出来事だった。背中に大量のポスターを背負った、ある候補者の支援者2人組がやってきた。選挙戦は最終日を迎え、さらに1300人が立候補している選挙区だ。貼るスペースなど、残されているはずもない。
ところが2人は、おもむろに他のポスターの上から、自分たちが支援する候補者のものを貼り始めたのだ。気がつけば、周辺の看板は同じ人物の顔で埋め尽くされてしまった。これぞ、物量作戦。法律で定められているため、しっかりと掲示板にだけ貼っていく。しかし、貼り方がまた適当なので、すぐに剥がれてしまう。歩道では、散らばったポスターをホウキで集める清掃員の姿もいて、なんだかとても自由な雰囲気だった。
<テヘラン市内にて 2月19日撮影)>
最高指導者の意向を汲む「護憲評議会」とは
こんなポスター合戦の自由な空気とは別に、イラン議会選挙ではもう一つ重要なステップがある。「護憲評議会」による事前審査だ。
イランの政治グループは大きく分けて、保守強硬派、穏健・改革派にカテゴライズされる。今のロウハニ政権は穏健・改革派とされていて、欧米との対話を重視している。一方の保守強硬派は、言わずもがな反米を基調とするグループだ。
保守強硬派でもある最高指導者ハメネイ師の意向を汲んだ護憲評議会は、12人のイスラム法学者らで構成され、候補者たちの「適正」を判断する。この審査に通らなければ、立候補できないのである。
今回の選挙では、なんとロウハニ大統領側とされる現職の穏健・改革派の議員ら数十人が、直前になり立候補資格を失った。贔屓目に見ても、これでは反米基調の保守強硬派が有利にならざるを得ない。しかし、失格の理由は公にされない。有権者にとってみれば、票を入れようと思っていた候補者が突然失格になり、失格になった理由すら開示されないという不合理なことになる。
<護憲審議会の会見 2月19日撮影>
選挙戦最終日、護憲評議会の会見に向かった。質問をしたければ、内容を事前に知りたいという。立候補者たちの選別基準について質問したいと申し出たところ、担当者は「やっぱりそこは聞きたいよね」と流ちょうな英語で内容を書き留めた。てっきり事前に検閲されるのかと思ったが、そんなことは全くない。とはいえ、明確な答えが返ってくるかどうかは別問題である。
会場では、BBCやCNNをはじめとする多くの海外メディアが同じような質問を繰り返した。私も、候補者の失格の理由が有権者に公にされない理由について説明を求めたが、「法律で決められたことなので」と取りつく島もなかった。
保守強硬派の圧勝も、歴史的な低投票率・・・新型コロナで街の様子は一変
この会見が行われた2月19日は、イランで初めてコロナウイルスの感染が確認された日だ。しかし、首都テヘランの雰囲気はいたって普通だった。マスク姿の人が歩いているという記憶すらない。
ところが、2日後の選挙当日になると、雰囲気は少しずつ変わり始めた。
<2月21日の投票の様子>
投票所でもマスク姿の人が目立ち始め、明らかにアジア人である私をみると、ハッとして距離を置く人も少なからずいた。実はこの時、私は昨年末から続いた出張で体調を崩していたため、咳を抑えるのに必死だった。一度咳をすれば投票所の取材から追い出されてしまうかも知れない、という懸念が頭をよぎった。
なんとか咳をこらえながら、ある重要な人物の取材を行った。自身も保守強硬派の政党を率いる、革命防衛隊元司令官のカナニモガダム氏である。
「穏健・改革派のロウハニ政権は欧米との対話を続けたのに、結果的にアメリカによる制裁を解除できていない。これ以上政権を任せても生活は向上しないと、国民は思っている。次の議会の過半数は保守派が奪うだろう」
<アメリカ軍に殺害されたソレイマニ司令官とも親交があった、元革命防衛隊司令官カナニモガダム氏>
氏が予想した通り、選挙は保守強硬派の勝利だった。テヘラン選挙区にいたっては、30議席を独占する圧勝ぶり。しかし、イラン指導部には大きな誤算があった。1979年のイスラム革命以降、42%という最低の投票率を記録したのである。
選挙は、イランがイスラム共和制を「市民が主権を行使する民主主義なのだ」と欧米にアピールできる絶好の場だ。投票率が高ければ高いほど、国民が政治システムを支持しているはず、というロジックである。だからこそ逆に、低い投票率は国の指導部の求心力低下ともとられかねない。余談だが、この投票率が高すぎると別の意味で信用性が疑われてしまう。イギリスBBCによると、2019年に行われた北朝鮮の国会にあたる最高人民会議の選挙の投票率は、99.99%だったそうだ。
市民は自由な発言を許されているし(少なくとも私が取材をした範疇では)、投票する、しないも自由であることは、民主的な選挙の大前提だ。でもその結果、政治に未来を見出せない市民が投票を棄権して投票率が下がる、というのはイラン指導部としてもジレンマに違いない。
選挙の大勢が判明した22日は、異様な日だった。
<テヘラン市内にて マスクとビニール製の手袋を身に着ける女性 歩道橋には大きな注意書きが 2月22日撮影>
数日前には一人も見なかったのに、道ゆく人が、マスク姿ばかりなのである。なかには、ビニール手袋をして歩く人の姿も。歩道橋には大きな幕がかけられ、「公共交通機関でのつり革などの接触に注意」などと書かれていた。警戒レベルが一気に上がったことを肌で感じた。
<従業員もほとんどがマスクを着用 テヘラン市内の薬局 2月22日撮影>
薬局ではマスクや消毒液が売り切れ。我々が町中で撮影をしていると、車から窓を開けて「コロナ〜」と叫びながら去ってゆく若者の姿も。この段階ではさほど不快に感じることもなく、「どう見てもアジア人だし、しょうがない」と思っていた。ただ、この日、イランでの死者はまだ数人しか報告されていないにも関わらず、市民の反応は早いな、と感じた。
低い投票率は、新型コロナウイルスのせい!?
そして翌日23日、最高指導者ハメネイ師は、過去最低を記録した投票率について驚きの見解を述べる。なんと、「敵対勢力のメディアが、コロナウイルスを使った宣伝工作をした」と述べたのである。海外メディア(恐らく欧米メディアを指す)が、新型コロナウイルスの脅威を利用して投票を妨害した、と主張したのである。
実態としては体制に不満をもったり、生活を一向に向上させられない政治に失望したりして、投票を棄権した人たち多くいたことが原因だと思われる。イランではここ数ヶ月、ガソリン価格の値上げなどで全国にデモが広がり、多くの死傷者が出ている。国民の不満を吸い上げて、政治で答えを出すのが最善の策であるにも関わらず、低い投票率を新型コロナウイルスのせいにするというのは、首をかしげざるを得なかった。
市民の反応、過剰?当局への不信
そして、その新型コロナウイルスに対する市民の反応である。前述した通り、まだ数人の死者しか報告されていないにも関わらず、テヘランでの市民の動きは異常に早かった。夜、アイスクリームを買おうとカフェに立ち寄ると「ノーノー!コロナ!」と言われ、ティッシュで口を覆い始める。美味しそうなピスタチオとチョコレートのアイスクリームを渡される時も指先でコーンを持ち、できる限り接触しないようにしてくる。中東、特にイランのピスタチオはその高い品質が世界でも評価されていて、さぞかし美味しかろうと期待していたものの、なんだか冷たさだけが口に残った。
国内での初めての感染確認からわずか数日で、なぜこれほどまで過剰に反応したのだろうか。我々の取材を手伝ってくれた、現地のコーディネーターのアミール氏に聞いてみた。彼はどちらかというと体制寄りの考え方で、欧米メディアのイラン事情の取り上げ方に不満を持っている人物だ。その彼がこんな言葉を口にしたのである。
「この国のメディアに自由な報道はできないから。みんなそれを知っているから、自分で自分の身を守ろうとしているんじゃないか」
はっきりとは言わなかったものの、自国メディアが発表するコロナウイルス関連の情報は、鵜呑みにではできない、と思っていたのではないか。
<コーディネーターのアミール氏と取材の合間に 市内を一望できる「Roof of Tehran」にて>
実際、新型コロナウイルスをめぐって、イラン当局が当初発表していた数字には疑問符がつく。長年の経済制裁で疲弊しているものの、イランの医療体制はかなり高度なため、感染者数に対しての致死率が高くなることは考えづらい。にも関わらず、各国の致死率の平均がおよそ3%のなか、イランは11%台とかなり高かったのである(2月8日時点)。これだけ亡くなっているのなら、母体となる感染者の数はもっと多いのではないか・・・そんな疑問がよぎる。
WHOの緊急対策チームも「ウイルスはイラン当局に気が付かれず感染し、拡大した」との声明を出している。気が付いていないのか、それとも公表していないのか、という部分については評価していない。
撮影場所や時間を確認できないため信ぴょう性は定かではないが、SNS上には病院の隣に巨大な穴を掘る重機の映像や、民家のすぐ近くに穴を掘り、防護服姿の人が遺体を埋めているとみられる映像も出回り始めている。イランの反体制派にとってみれば、今回の新型コロナウイルスの騒動は、政府を攻撃する格好の材料でもある。指導部が神経をとがらせるのも、無理はない。
議会選挙を通じて見えてきた、イラン・イスラム共和国の姿。
そこには、革命後40年間に渡って維持されてきたイスラム体制の小さな綻びが、新型コロナウイルスによって浮き彫りになりつつある現状と、市民の戸惑いがあった。イランの人々の中には、欧米に対して好意的でない意見を持つ人がそれなりにいる。しかし、だからと言って体制のいいなりになっていては、自分の身は守れないのだ。
新たな議会は、保守強硬派が先導することが決まった。
アメリカとの対立は、さらに先鋭化するものとみられる。
須賀川 拓 中東支局長
報道局社会部で警視庁担当や原発担当、「Nスタ」デスクを経て2019年から現職。パレスチナ・ガザで寿司を握ったり、タンカー爆破事件の関連で訪れたアラブ首長国連邦で、意図せずマグロをさばく事になったり。。。 趣味は釣り、料理、海、山、カメラ、スキー、ダイビング、トライアスロン、ガジェット…etc