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第6回「『いじめ認知件数・過去最多』の発表と共に改めて浮かび上がった“認知力の格差・23倍”という課題」

<全体の“認知力”は向上中だが>

2020年10月22日、令和元年度の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果が文部科学省から発表された。

令和元年度 文部科学省
「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」

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文科省初等中等教育局児童生徒課 江口有隣課長(左)
文科省初等中等教育局児童生徒課生徒指導室 鈴木慰人室長(右)

いじめ認知件数の増加は止まらず、過去最多を更新。特に小学校では5年前と比べて約4倍になった。
連載3回目のnoteに「2017(H29)年度、全国のいじめ認知件数は41万件だったが3割増えて、2018(H30)年度は54万件になった」と書いたが、さらに7万件(12.6%増)増えて61万件(612,496)になった。

文科省は認知件数の増加を「全国的に積極的に認知を行うよう呼びかけている結果だ」と肯定的に受け止めている。児童生徒課による記者会見では、「小学校は年齢が低く、なかなか発見がむずかしいところを、先生たちが繊細にかぎとって認知した努力が出ている」とも評価した。

いじめ6-1改

(文科省 令和元年度「問題行動調査」概要より)


<いじめ重大事態も増加中>

こうして「小さい芽」を積極的に認知して摘み取る努力を重ねている一方、子どもの生命や心身・財産に重い被害が生じるといった深刻な「重大事態」件数の増加も食い止められずにいる。
第3回noteでは「(2017⇒2018年度で)474件から602件と約3割も増えた」と書いたが、さらに121件(20.0%)増えて、723件になった。いじめで自殺した子どもは10人。
重大事態への深刻化を「予防」できなかったケースも目立っている。

②いじめ重大事態の発生件数

(『いじめ重大事態の発生件数』文科省 令和元年度「問題行動調査」概要より)

グラフの「1号重大事態」は「いじめにより児童の生命、心身または財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」で、「2号重大事態」は「いじめにより児童が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」を指す。1号にも2号にも当てはまる場合、それぞれに計上されている。


<浮かび上がった“認知力の格差”>

重大事態については後述するとして、今回指摘したいのは、“いじめ認知力の格差”についてだ。少しずつ縮小されているとはいえ、地域間の格差、学校ごとの格差、そして教員による格差がまだ大きい。
調査によると、いじめを認知した学校は全体の8割を超えた(82.6%)が、逆に言えば約2割の学校は「うちの学校にはいじめがない。“いじめゼロ”だ」と宣言していることになる。いじめの定義が広くなり「どの学校でも起こりうるのを前提に、小さい芽のうちから摘み取ろう」ということなのに、芽の一つも見つからなかったのだろうか。

③いじめ認知学校数の割合

(文科省 令和元年度「問題行動調査」概要より)

地域間の格差については、文科省も問題視している。
都道府県別「1000人あたりの認知件数」では、最多の宮崎県(122.4件)と最少の佐賀県(13.8件)で約9倍の差があった。
ちなみに2018(H30)年度も、宮崎県(101.3件)と佐賀県(9.7件)が最多と最少で、約10倍の差だった。
文科省は調査結果の発表にあわせて全国に「通知」を出し、宮崎県の取り組みなどを参考に、より積極的な認知をと呼び掛けている。宮崎県教委は、各市町村の教育委員会に対し、各学校に認知件数を毎月確認し、特に“いじめゼロ”の学校には積極的な認知が図られているのか確認するよう依頼しているという。

④いじめの1000人当たり認知件数

(文科省 令和元年度「問題行動調査」概要より)


<新潟市の“認知力アップ”作戦>

その通知では触れられていなかったが、実は、20ある政令指定都市の「1000人あたりの認知件数」で見ると、新潟市(259.3件)と岡山市(11.3件)では、約23倍もの格差があった。
新潟市では、1000人につき250件以上、つまり4人につき1件以上のいじめを認知した。これまで述べてきた、いじめの身近さを示す「いじめの一般化」の現状を映し出すような数字だ。
いじめ研究の泰斗、故・森田洋司は、晩年の講演の度に「認知はようやく進んできたが、まだまだ足りない」と訴えていた。
国立教育政策研究所の「いじめ追跡調査」によれば、ある市では、小学4年生から中学3年生までの6年間を通して、「仲間はずれ・無視・陰口など暴力を伴わないいじめ」をされた被害経験者が9割もいた一方で、加害経験者も9割に上った。
いじめの“透明化”が進んでいると言われるように、いじめの“見えにくさ”もあってか、学校によるいじめ認知は、それだけの被害者や加害者がいる可能性をふまえると、やはり“まだまだ”と言わざるを得ない。
新潟市の「4人につき1件」でさえ十分な認知レベルなのか分からないほどだが、いずれにしても、新潟市はどうやってここまで認知力をアップできたのか。振り返ると、「いじめ防止対策推進法」が施行された平成25(2013)年度、新潟市教育委員会は全教職員に“いじめ見逃しゼロ”を理解してもらおうと「いじめリーフレット」を作成した。しかし、市の調査で学校による認知に大きな差があることが浮き彫りとなり、全教職員に認知について徹底する必要性があると捉えた。
そこで平成28(2016)年度には、森田洋司・鳴門教育大学特任教授を講師に迎え「いじめの定義に関する特別研修と市民フォーラム」を開催。教職員だけでなく保護者や地域の人たちで具体的な事例を基に学ぶ機会を設けた。
新潟市教委の山田哲哉・学校支援課長によると、その翌年、大きな動きがあった。平成29(2017)年4月、新潟市いじめの防止等のための基本的な方針(以下「基本方針」)」が制定され、その基本方針に沿ったアンケート調査が始まったのだ。翌、平成30(2018)年4月には「いじめ・不登校初期対応ガイドブック(いじめ編)(以下「ガイドブック」)」も作成され、全教職員に配布された。基本方針に沿ったアンケートとガイドブック、この2つが“認知力アップ”に大きな役割を果たしたという。

新潟市いじめの防止等のための基本的な方針

⑤いじめ対策

(新潟市教育委員会の資料より)

新潟市では、いじめアンケートを1年間に3回以上行う。
基本方針にもアンケートについて書かれていて、子どもたちが安心して記入できる環境を整えることが重要だとしている。教室でアンケートを記入する際には、事前に教員から子どもたちに「君たちのSOSや情報提供は、学校が責任をもって受けとめ、必ず対応する」と伝えることも義務づけている。
また、アンケートの調査用紙にも工夫がある。年齢ごとに読みやすくなっていて、「ひやかしや悪口」、「仲間外れや無視」など9項目の有無について、〇か×をつける方式だ。アンケートを学校で記入してもらう場合、特定の子どもだけが鉛筆を動かすことがないように配慮した。学校の判断で、アンケートを自宅で記入させることもある。記名か無記名かも選べる。
9項目は、文科省の定義では全て「いじめ」に該当するもので、実は、教員たちにも、それらはいじめに当たると改めて確認してもらうための調査用紙でもあるという。

⑥アンケート用紙

(小学校低学年で使用するアンケート用紙の一部  新潟市教育委員会資料より)

新潟市いじめ防止基本方針・資料 アンケートは「資料6」

いずれも重要なポイントだ。こうした取り組みが学校現場に浸透しつつあるのだろう。新潟市のいじめ認知力は格段に向上し、「基本方針」ができた平成29年に一気に8割も増え(8484件⇒1万5470件)、その後は高止まり状態(H30年・1万5129件、R元年・1万5431件)だ。
新潟市でいじめを発見するきっかけの7割以上(74.3%)は、こうしたアンケートなどを通した「学校の教職員等」によるものだった。
山田哲哉課長は「新潟市のいじめ認知の増加は、学校・家庭・地域がいじめの定義を正しく理解し、“いじめは、どの学校、どの学級、どの子にも起こりうる”という認識に立ち、いじめの兆候をいち早く把握する取り組みの成果だ」と強調した。
新潟市では、いじめを認知したら「即日対応」も基本にしている。取り組みの詳細は後述するが、いずれにしても、こうした日々の繰り返しの成果は数字にも出ていて、新潟市の令和元年度の「いじめ解消率」は98.5%、全国平均の83.2%を大きく上回った。
そして、令和元年度の「重大事態」件数は、ここ数年、極めて少ない状態を維持しているという。


<岡山市の“認知力”は、新潟市の23分の1?>

一方、1000人あたりの認知件数が新潟市の23分の1だった岡山市。いじめ発見については、新潟市とは対照的で、7割以上(72.5%)は被害者やその保護者からの訴え等を通した「学校の教職員以外からの情報」によるものだった。見えないいじめを学校側で掘り起こせなかったという面もあったのではないか。
岡山市の認知件数は、平成29(2017)年度は1038件に増えたが、その後、全国的な増加傾向と逆行して、平成30年(2018)は982件、令和元(2019)年度は622件とピーク時の6割に減ってしまった。新潟市の認知件数1万5431件と比べると、圧倒的に少ない。一方、岡山市の令和元年度の「いじめ重大事態」の件数は11件に上った。
こうした現状について、岡山市教育委員会指導課教育支援課の渡邉裕一課長に、反省点や改善点がないのかを聞くと、メールで次のような回答があった。

本市では、ここ数年、いじめの認知が進んでいると認識していたことから、令和元年度の結果は心配する部分もありますが、全ての小中学校で「学校での適応感等を測る質問紙調査」を活用したり、各校での教育相談やアンケートにより、いじめの積極的認知に努めています。
いじめを認知した時、早期に対応できる指導体制づくりを進め、教職員間で児童生徒の情報を共有し、一部の教員で抱え込むのではなく、より多くの教職員で組織的に対応することの重要性を管理職や生徒指導担当者会に指示をしており、学校の対応力が高まっていると感じています。
学校は気になる児童生徒に声かけや教育相談を行う等、児童生徒の居場所づくりや絆づくり等の人間関係づくりの取組を通して問題行動等の未然防止・早期対応に取り組んでいます。日常のささいな言動からもいじめにつながる場合があると意識し、教職員が児童生徒の状況をしっかり把握し早期に対応しています。
また、学校から家庭等への積極的な情報発信や、家庭訪問、懇談会、保護者からの相談対応等、日ごろから本人や保護者等と相談しやすい関係づくりに努めているところです。これらのことが、調査のいじめの発見のきっかけで「学校の教員以外からの情報」の数値につながっていると考え、教職員が周りの子どもや保護者からの訴えに丁寧に対応してきた成果と分析しています。
今後増減はあると思いますが、今回の文部科学省の調査でいじめの認知件数が少ないという結果になったことについて、明確ではないものの、これらの取組等が影響しているのではないかと分析しています。
しかし、いじめを見逃すことはあってはならないことであり、認知の遅れはいじめの深刻化を招くものであるため、いじめはいつでも起こり得るものとして、学校に対して、常にいじめを積極的に認知するよう指導していく必要があると考えています。
今後も他市の取組等も参考にしながら、積極的認知が進められるよう、結果を分析し施策につなげてまいりたいと考えています。

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“認知件数が少ないのは、いじめが少ないから…”なのか、見逃しているのか、判断は難しい。しかし、岡山市では1年間に11件という重大事態があったことも確かだ。もともと学校側に「いじめ」と認知されていなかったものが、長期化した不登校の末に保護者の「実は…」という報告によって、いきなり「重大事態」とカウントしなければならないケースもあったという。そのような見逃しの件数が11件のうちの何件か、という内訳までは市教委の渡邉裕一学校支援課長から答えてもらえなかったが、こうした“見逃し”もあることに市教委も苦慮しているのだろう。
渡邉課長には他にも、新潟市のような「いじめ防止等のための基本的な方針」があるかを聞くと、平成30年3月に改定された『岡山市いじめ等の問題行動及び不登校の防止に関する基本方針』を示されたが、例えばアンケートについては、「教職員は日々の見守りの他に、面談やアンケート等を実施し、授業等学校生活全ての中においていじめ等の問題行動や不登校等につながる事象を早期に発見し、支援するよう心がける」との記載があるだけで、それ以上の詳しい記述はない。

岡山市いじめ等の問題行動及び不登校の防止に関する基本方針

また、岡山市には、教職員全員に配布される新潟市の「いじめ初期対応ガイドブック」のようなものはない。初期対応について教職員にどう伝えているのかを問うと、「『岡山市いじめ等の問題行動及び不登校の防止に関する基本方針』に基づいて、各校で『学校いじめ防止基本方針』を策定し、既存の校内生徒指導委員会を活用しつつ、スクールカウンセラーや『子ども相談主事(岡山市SSW)』、いじめ専門相談員等を加えた、いじめ防止のための校内組織を設置している」とのこと。

基本的には各学校のやり方を尊重しているということだったが、各学校に任せてしまうことで認知にバラつきが出ることも考えられるのではないだろうか。
取材に対し、渡邉課長は「今回、新潟市の事例を詳しく知って、素晴らしいと思った」とも話していたので、改善に乗り出してくれるのではないかと期待している。
“積極的な認知”について文科省から「通知」などが出ていても、具体的なやり方など詳細な情報は、なかなか全国に伝わっていない現状が垣間見られた。


<“認知力アップ”について専門家や文科省は…>

新潟市と岡山市、“認知力23倍という格差”を、専門家はどう見るのか? 生徒指導の問題に詳しい鳴門教育大学大学院の阪根健二特命教授は「日本のいじめ対応は、被害の早期発見と被害者の相談体制の充実に重点が置かれてきたが、地域によって対策の粗密があり、個々の教員のいじめに対する認知度も相違があるといえる。そのため、保護者やメディアからの指摘を受けてから、あわてて介入するという事例も少なくない。いじめに対する認知力を備えることは極めて重要であるが、いじめが深刻化する前に何ができるかという対応力も必要である。こうした力を鍛えておかないと、多くの教育関係者の努力があっても、予防しえないのではないか」と言う。
重要な“対応力の格差”については、また回を改めて考えていく。

⑦鳴門教育大学大学院の阪根健二教授

(鳴門教育大学大学院 阪根健二特命教授)

文科省児童生徒課生徒指導室の鈴木慰人室長は、全国的な認知力の格差について、「教員によっては、未だに昔のいじめの定義のままで認知しようとしている場合もあり、アンケートやヒアリングのやり方が下手な場合もある。そこは我々の反省点でもある。それらが格差の原因になっているのだろう」と述べた。
問題行動調査の発表の影で浮かび上がった“認知力の格差”という課題。一体、なぜこれだけの違いが生まれるのだろうか。今後、それをどうすれば改善できるのだろうか。次は「いじめの定義」を通して、“格差”の根本的な理由を探っていきたい。

川上敬二郎さん

川上敬二郎 TBS報道局報道番組部ディレクター

ラジオ記者、報道局社会部記者、「Nスタ」・「NEWS23」・「報道特集」ディレクターなどを経て現職。2003年4~6月「米日財団メディア・フェロー」(アメリカ各地で放課後改革を取材)。2005年、友人と「放課後NPOアフタースクール」を設立(2009年にNPO法人化)。著書に『子どもたちの放課後を救え!』(文藝春秋・2011年)など。2019年6月に「ザ・フォーカス~いじめ予防」をOA。現在、続編を取材中。