「農家が守ってきた大事な畑だから」深谷市のネギ畑を走るロボットの優しさ【レグミン】
埼玉県深谷市で、農業生産者とアグリテック企業のマッチングを促進する試みが開催されている。農業課題解決を図るビジネスコンテスト「DEEP VALLEY Agritech Award(以下、アグリテックアワード)」だ。出資賞金総額は1000万円。深谷市内外から多彩な応募が集まり、農業を元気づけるアイデアが発掘されている。ネギの名産地として有名な深谷市で活躍する、とある農業ロボットもそんなイノベーションのひとつだ。この農業ロボットを開発したのは、株式会社レグミン。2020年の同アワード「現場導入部門最優秀賞」を受賞した、農業ロボットベンチャーだ。レグミン代表取締役の成勢卓裕さんと野毛慶弘さんに、深谷市で目指すアグリテックの価値創造を伺った。
深谷市の農業を活性化するアグリテックロボット
深谷市のネギ畑を走るのは、レグミンが開発した自律走行型農業ロボットだ。
「農業ロボットを使用して、農薬散布代行サービスを提供しています。農薬で虫や病気を防ぐと、収量を増やしたり品質を上げていくことができます。そこに対するアプローチとして、まずは深谷市のネギ農家さんの農薬散布を代行しているんです」(野毛さん)
レグミンが開発したのは、高性能組込みコンピューターやカメラ、GPSセンサーなどを搭載した最先端のテクノロジーロボット。3K(きつい・汚い・危険)と言われることの多い農業だからこそ、ロボットを駆使することには大きなメリットがあるという。
「僕らの農業ロボットでは、体力と時間を大きく短縮できます。たとえば1ヘクタールの畑に人間が農薬を撒くとすると、大体6時間から1日かかります。ネギの農薬散布を人力で行う場合、動噴や噴霧器で竿を振りながら歩いて農薬をまきます。この作業を6時間も続けると腕がかなり疲れてしまうんです。農業ロボットを使えば人が農薬を浴びなくて済むので、健康リスクも抑えられます」(成勢さん)
農家がレグミンに代行を依頼すると、農業ロボットとオペレーターが畑までやってくる。つまり、農家がロボットを操作する必要がないのだ。レグミンがロボットによる農薬散布代行サービスを開始してから、農家からの問い合わせは順調に増えているという。
「特に繁忙期はお問い合わせを多くいただいています。ネギを植える作業と農薬を撒く作業が重なる時期ですね。夏など病害虫が出やすい時期に農薬散布をしたくても、人手が足りないと防除が遅れてしまう。すると収量が落ちるという悪循環に陥ってしまいます。こうした悩みを解決したい農家さんからの引き合いが増えています」(野毛さん)
個人農家のみならず法人農家からの依頼も少なくないそうで、潜在的なニーズの高いサービスだったことがわかる。農家を長年悩ませてきた課題が、レグミンのようなアグリテックベンチャーのサポートで解決できるようになってきたのだ。
レグミンは、会社としてはまだまだ若いベンチャー企業。そんなレグミンの背中を押したのが、深谷市主催のアグリテックアワードだった。
アグリテックアワードで農業都市・深谷市にコミット
アグリテックアワードとは、深谷市の農業課題を解決すること、深谷市を儲かる農業都市へと成長させることを目的とし、法人・個人が提案するアグリテックを評価するコンテストだ。深谷市としては農業の活性化を促進でき、受賞者は資金と環境を得られる。まさにWin-Winの関係だ。
「僕たちはそれまでアグリテック関連のコンテストにはあまり出ていなかったので、皆さんが僕たちのビジネスをどう評価してくれるのか、知りたかったんです。アグリテックアワードの審査員の方々はとても豪華ですから、フィードバックをもらいたいと思いました」(野毛さん)
アグリテックアワードの審査員には、審査員長である深谷市市長、農林振興センター所長やJAの組合長、クボタの特別技術顧問、農林水産省の調査官、北海道大学の教授などが名を連ねる。審査のプロセスでは、提案したプランが深谷市の農業課題を解決できるのか、独創性を持ったアグリテックであるかなどが評価される。
見事に現場導入部門最優秀賞を受賞したレグミンは、深谷市からの出資金を得た。受賞者は出資のほか、深谷市の農家とのマッチングや実証フィールド提供の支援も受けられる。
「(現場導入部門では)受賞後の直近1年をめどに、深谷市内で実証事業を進めていきます。アグリテックアワードでは、『将来的に深谷市で農業支援に取り組むんだ』という気持ちがあるかどうかも確認されていると思います」(野毛さん)
「僕たちも出場前に深谷に来て、畑をぐるぐる回ったりしていました。そのときに『(農業をやるなら)ここだ!』と思い、まだ出場もしていない段階だったのですが会社を深谷市に移転しました。僕たちもどんどん深谷に入り込みますし、市の本気度も高い。お互いのコミットメントが高いですよね」(成勢さん)
レグミンの2人から伝わってくる、深谷市にかける想いの強さ。「関東の台所が深谷じゃないですか。農業ビジネスに取り組むなら産地で、という想いもあったんです」と野毛さん。
「受賞後も、深谷市の地元の方と事業に一緒に取り組めるのが良かったです。僕たちが(外から)深谷市に入ってからもスムーズに受け入れてもらえました。農家さんのほか、農機具屋さんや資材屋さんともお付き合いさせてもらっています。『こういう課題があって困っているから、どんどんやってみてよ』と、新しいことにチャレンジする人を迎え入れる文化があるみたいです」(野毛さん)
「僕たちのビジネスが市のお墨付きのようなかたちになって、さまざまなやり取りがスムーズになるのも良いところ。資金調達でVCと会話するときも、『市から出資を受けているの?』と、まず驚かれるので話が盛り上がるんですよ」(成勢さん)
「農業のために何かしたい人」が集まった会社レグミン
テクノロジーの力で農業を活性化する会社レグミン。大学時代の友人だったという成勢さんと野毛さんがアグリテックベンチャーを設立するまでに、どんなストーリーがあったのだろう。
「僕は実家が静岡県の農家なんです。大学卒業後は静岡銀行に就職し、お茶農家さんやみかん農家さん、青果市場の支援などを担当していました。そうした支援をしているうちに、アグリテックの分野で起業したいという気持ちが湧きました」(野毛さん)
成勢さんは大学で機械工学を学んだ後、⽇本アイ・ビー・エムに就職。農業との関わりは決して濃くはなかった。ところがオランダ出張がきっかけで、農業への関心が高まったそう。
「オランダの農家には、近代的なハウスがたくさん並んでいるじゃないですか。北海道の半分くらいの面積しかない国なのに、農業輸出量がすごい。それならば日本の農業だってもっといけるんじゃないかと思いました」(成勢さん)
偶然にも、農業に対するモチベーションが上がっていた成勢さんと野毛さん。友人の結婚式で再会した2人はすっかり意気投合。日本の農業課題を見つけるべく、九州や四国など国内の農地を共に巡った。
「課題はたくさんあるのですが、やはり人手不足が大きいです。現場の具体的な課題感というよりは、マクロ的に人手が足りなくなっているように思います。人が足りないことによって日本の豊かな野菜がなくなり、食文化や外食産業も衰退するのではと感じました」(成勢さん)
「人手不足の解決には、オートメーション化やロボット化が効果的だと思えたんです。『それなら、ロボットを作ってみればいいんじゃないか?』ということで、農業ロボット開発を始めました」(野毛さん)
農業の人手不足解消に焦点を当て、成勢さんと野毛さんは2018年にレグミンを設立。ところが2人には、農業ロボット開発の知見や経験はほとんどなかったという。
「農業ロボットのことはよくわからなかったのですが、『何かやってみよう』と思って動いていると、今の時代はSNSで見てくれる人がいます。僕たちがやっていることに興味を持ち、協力してくれる人が集まってきてくれたんです。レグミンのメンバーには、元々は自動車会社関連や家電メーカーに勤めていた人などがいます。設計が好きな人や制御系のスキルを持った人もいて、チームメンバーの存在はとても大きいです」(成勢さん)
深谷市のアクセスの良さもチームにとってプラスになった。深谷市に住まいを移すメンバーもいれば、東京から通うメンバーもいる。現在はそれぞれが持つ能力を深谷市に注力するかたちで、農業の活性化を目指しているのだ。
持続可能な農業を支えるための「農家ファースト」
深谷市にコミットしながら実証事業を進めていると、新たな農業課題の発見にもつながるという。
「『出荷の作業を手伝ってほしい』など、農家さんからいろいろな課題をもらっています。今はどうやって課題にチャレンジするか考えている段階です」(野毛さん)
「農業に関して、幅広いニーズを掴んでいかなければと感じています。農業はいろいろな作業が組み合わさっている仕事。1個の作業を改善しても、農家さん目線で見ると劇的には改善されていないということがよくあるんです。だからこそ、いろいろな工程を少しずつ効率化するだけでも、大きく変わる可能性があると考えています」(成勢さん)
農業課題解決に向けて、アグリテックにかかる期待はどんどん高まっている。レグミンが開発した農業ロボットのほか、農業ドローンの活躍も目覚ましい。
「稲作に関してはドローンで効率化されている部分も結構増えているので、農業ドローンと農業ロボットの棲み分けがされているように感じています。お米と野菜では農薬散布の方法も違うんです。ドローンとロボットでそれぞれ得意な領域で活躍し、農家さんが楽になればいいのかなと思っています」(野毛さん)
レグミンが目指すのは、農家ファースト。作業の効率化や収益の向上といった技術・経営的な側面のほか、農家の気持ちに寄り添うことも忘れない。
「収穫や出荷など、手が回り切らない工程や農薬散布だけをアウトソーシングしたいという声もいただいています。大事に守ってきた畑だから、なんとか自分たちで作業したいんですよね」(野毛さん)
「一緒に農業をしている感がすごくあって、運命共同体のようなものですね」と成勢さんも語るように、アグリテックアワードから始まった縁が、深谷市でしっかりと根をはっているのだ。
「深谷市では名産の深谷ねぎが一番有名ですけど、ブロッコリーも全国的に高い収穫量。『未来』というとうもろこしの品種の産地でもあります。ハウス栽培でもキュウリやイチゴなど幅広い農作物を栽培しています。花卉や養鶏、養豚も盛ん。町が農業で回っているんですよね。そんな深谷市で、僕たちは持続可能な農業をしたいと考えていて、レグミンの農業ロボットなら続けていけると考えています」(野毛さん)