51 、侵略者~  呼び戻せ人間の世界へ、呼び戻せカメ子とカーメルを。。。2/7

カメ爺にとって人間の世界から戻って来たカメ子とカーメルとの再会は思わぬ再会であったが、喜びの再会となった。
戦いに出れば再びこの地に戻る事は出来ないかもしれない、もしかしたらこれが最後になるのかもしれない、と、何をしている時もそんな思いが常にカメ爺の頭から離れず、戦いを決意し仲間を募ってから、いつも通りの日常が緊張の連続だった。
それは自分だけではなく一緒に戦うカメムシの仲間たちも死に向かわせる事になるかもしれないからだ。
しかし、帰郷してきた二人を前にするとカメ爺のその憂えていた顔はたちまちにほころんだ。

「元気そうじゃの」
「うん。あたしたちは元気だよ」
「そうか、そうか。それは何よりじゃ」

カメ爺は帰って早々の二人に戦いに出る前に聞かなければと思っていた、自身が一番大切に思っている事を聞いた。

「例の事は人間達に伝えてくれたかの?」

例の事とはカメ爺がこの戦いに臨むにあたり、人間に一番分かってもらいたかった事。
それは命の危険をかえりみず、何の見返りももとめず、カメムシの世界はもちろん、人間の為にも戦いに向かうそのカメムシ達の気高き精神。
以前カメ爺はその事をカメ子に話し、この精神をもって戦うという事は愛する者のを守る為の戦いなのだと話していた。
その意味を理解したカメ子も人間の世界に、いや、愛するものに別れを告げこのカメムシの世界に戻って来た。

「うん。ちゃんと伝えたよ。人間もカメムシ達に本当に感謝してる」

人間が自分達カメムシに感謝していると聞いたカメ爺はそうかそうか、と、感慨深そうに何度も頷いた。
カメ子もカーメルもカメ爺のその満足そうな顔を見て、自分達がカメムシと人間との橋渡しが出来たと心の底から誇らしく思えた。
カメ爺はその心の内にカメムシと人間が忌み嫌う関係になる事をどうにかしたいと思っていた。
カメムシは人間からすると小さく用のない虫かも知れないが、小さくとも同じ命、また、同じ世界に住む者どうし上手い距離を保ちつつなんとか共存していけないものかと心を悩ませる事が何度もあった。
そんな矢先、カメ子が人間の世界に行って見たいと言い出した。
最初は不安もあったが、これが何かきっかけの様なものになれば良いとの思いから人間の世界へ行くことを許したのであった。
そのカメ子の口から今、カメムシが人間達から感謝されていると聞かされ、カメ爺は胸の詰まる思いで何も言葉にする事ができなかった。
人間に感謝されるという事はその存在意義を認められるという事。
勿論、中にはまだ人間達に恨みを持つカメムシもいる事はカメ爺にもわかっていた。
しかし、どこかでわかり合う事ができ、お互いがお互いを信頼する事が出来れば、今までの悪しき関わり方も変わり、新たな関係が築けるのではないかとカメ爺は考えていた。
その為の代償は小さくないが、今頼りにされているのはカメムシなのだ。
我等しかいないのだ。
そう思うと、カメ子を人間の世界へ行かせたのは間違いではなかったとカメ爺は思った。
そしてその思いを満面の笑みに変え、初めにカメ子とカーメルの二人を見て、次に集っている大勢のカメムシ達の方を向くとその胸の内を熱く語った。

「皆の者、よく聞いてくれ! 人間達に我等の思いが伝わった。 このカメ子とカーメルが人間達に伝えてくれたのじゃ。勿論、わしも様々な思いの者がいるのは知っておる、しかし、これは我等カメムシにしか出来ない事なのじゃ。 今度の戦いで我等カメムシの本当の力を、我等カメムシの気高さを、そしてその生き様を見せてやろう!」

カメ爺の号令はその場にいたカメムシ達を沸き立たせた。
その沸き立ちようは地響きでも起きたのかと思うほどの凄まじいものだった。
それを目の当たりにしたカメ子とカーメルは、その数と熱量に圧倒されたが、群衆の中に見慣れた懐かしい顔をいくつも見つけると、自分達も仲間なんだという誇らしい気持ちが強く湧いた。
カメ爺はそんなカメ子とカーメルの驚き様子を見てとるとに笑顔で語りかけた。

「どうじゃ、この広い世界から様々な種類のカメムシ達が未来を守る為に立ち上がってくれたのじゃ。本当に尊いカメムシ達なんじゃ」

カメ爺にそう話しかけられるまで、カメ子とカーメルの二人は決起したカメムシ達を前に自分達が言葉を失っていた事に気づかなかった。
しかしそれは今まで見たこともない数のカメムシ達を前にして同じ目的を持ち心が一つになる、所謂人間で言うところの一丸となるという一体感に浸っていたからだった。
それは不思議な一体感であったが、戦いに向かう不安も恐怖も吹き飛ばすほどで、カメ子とカーメルにとってとても心地良いものであった。
そして人心地つくと、よくこれだけの数のカメムシが集まってくれたね、と、大勢のカメムシ達を見てカメ子が目を瞠りながら言い、その横で同じように目を瞠っていたカーメルがカメ爺に対してに言った。

「確かに集まった数も凄いけど、これだけのカメムシ達をまとめるなんてさすがはカメ爺ね」

カーメルにそう言われるとカメ爺は照れくさそうに笑った。
そしてカメ婆もカメ爺は本当に偉大なカメムシだと言うと、カメ爺は更に照れくさそうにして、わしをおだてても何も出んぞと言い、照れくささを隠すようにカメ子とカーメルに話しかけた。

「それにしてもわざわざ人間達の事を伝えにやって来てくれてありがとう。 戦いに向かうカメムシも喜んでおる。 それに人間に対して色々因縁を持つ者も、人間の方から頭を下げカメムシの力が必要としている事が分かって少しはわだかまりもなくなるじゃろう」

そう言うとカメ爺は右手でカメ子の左腕を左手でカーメルの右腕を掴み笑顔で何度もうなづいた。
その笑顔はカメ爺が二人に送る最大の感謝の気持ちだった。

「さ、カメ子にカーメルよ、用が済んだら下がりなさい。ここは戦いに向かう年寄り達だけの場所じゃ。お前たちはその後ろで静かに見守っていてくれ。勿論また人間の世界へ行ってもよいぞ」

カメ爺は里帰りした娘ともいえる二人にそう言うと、ひとり心の中で思った。
この娘達に会うのはこれが最後になるかも知れない。
でもこれでいいのだ。
この娘達が、いや、未来ある全ての若いカメムシが楽しく生きて行ってくれれば良いのだ。
自分の戦いはその未来を作る為のもの。
それで良い、それで満足だ。
そう感慨深く思うと、娘達に送られて戦いに向かうのもまた一興、と、カメ爺は笑顔で独り言ちた。
しかしそんなカメ爺に対して二人の娘達の気持ちは固まっていた。
そして娘達はしっかりと、そしてはっきりと自分達の意思を言葉にした。

「あたしとカーメルも一緒に戦いに参加するわ」

カメ子の口から戦いに参加すると聞いたカメ爺の顔は曇った。
人間との橋渡し役になったこの二人はその責任を感じているのかも知れない。
カメ爺はこの二人にどの様に話せば分かってもらえるか頭を悩ませたが、若いカメムシ達を相手にした時とは違い優しく諭すように二人に話す事にした。
それはこのしっかりした考えを持つ娘達は血の気の多いオスのカメムシ達とは違いゆっくり話せばきっと自分の思いを理解してくれると思ったからだった。

「カメ子にカーメルよ、今も若いカメムシ達に言ったところじゃ。この戦いは年老いた者達だけで行く。お前たちの様な若いカメムシ達はここに残って未来を作ってほしい。お前達のその気持ちはありがたく受け取るが、連れていくことは出来ぬ。断じて出来ぬのじゃ」

カメ爺は二人に対して毅然と言い放った。
するとそんなカメ爺に対しカーメルが自分達の考えを話し始めた。

「確かに若いカメムシ達がこの戦いに参加しないって言うのは理解できるけど、あたし達は別でしょ? 」
「だめじゃ。別はない。 何があろうが若いカメムシを戦いに連れて行く事はできぬ」
「だってあたし達は実際に戦ったのよ、あの化け物と。そのあたし達が行った方がいいに決まってるじゃない」
「実際に戦ったからなんだというんじゃ。お前たちにできた事がこの爺に出来ぬとでもいうのか? 何年生きていると思っているのじゃ」
「はぁ? 長く生きてるって言っても、あんな化け物と戦った事なんてないでしょ? いい? もう一度言うわよ、あたしたちはあの化け物を何体も倒したの。そのあたし達が行かないでどうするのよ」
「お前達が何体もというのなら、わしはなん十体も倒して見せるわ」
「何よそれ」
「なんじゃ」
「ちょっと年取ってるからって威張らないでよ」
「な、なんじゃと! 威張ってなんかおらんわ! そっちこそ年配者の言う事を聞け!」

カメ爺とカーメルの二人の話し合いは、段々とああ言えばこう言う、という本筋とは違う言い合いになり全く決着がつきそうにもなかった。
そばで見ていたカメ子も正直大人げないと思いながら二人に割って入った。

「もう、二人ともいい加減にしてよ。カーメルもそんなに興奮しないで、カメ爺ももうちょっと落ち着いてよ」

しかし、カメ子がなだめても、興奮した二人の勢いは止まらず、口を開くとカーメルは、カメ爺は、とまた不毛な言い合いが始まる。
呆れたカメ子はしばらく放っておこうかとも思ったが、一つ目の事を考えるとやはり猶予はない。
カメ爺にはどうしても自分達の思いを分かってもらはなければならない。
確かに一つ目と戦ったといっても、これまで倒した一つ目は必ず自分とカーメルで一人の一つ目を相手にするという圧倒的有利な状況の元でのもので、今回はそうはいかない事はわかっていた。
特に一つ目の、あの目で追う事も出来ない動きの速さには何があってもついていくことは出来ないだろう。
しかし、そんな事は不安材料にはならなかった。
愛するものを守る為、この思いだけが二人を駆り立てるのだった。
カメ子は母サチコに別れを告げる時、死にに行くわけではないと言ったが、その時死という言葉が自然と口から出た事に驚いていた。
それは恐怖の裏返しなのかもしれない。
たとえ自分がどうなっても愛するものを守らなければいけない、自分の命をかけてでも守らなければならないと強く思っていた。
カメ子のその考えは不思議とカーメルにも通じており、話さなくとも分かり合うことが出来ていた。

「ねえカメ爺聞いて。あたし達は一つ目と何度も戦っているの。 そのあたし達がこの戦いに参加する事は何もおかしな事はないでしょ? それにあたし達は人間達の言葉を伝えるために帰って来たんじゃなくて、戦いに参加する為に帰って来たんだから」
「じゃから何度も言うておろうが、若者を死地に向かわせることは出来ん。お前達には未来を見て欲しいのじゃ。その為にここに残ってほしいのじゃ」
「命の危険がある事はあたしもカーメルも十分わかってる。 でもそれでもいいの。あたし達には人間の世界に守らなくちゃならない人がいるの。その人を守る為なら命だって惜しくないわ」

命も惜しくない。
確かに戦いに臨むにあたり、これ以上勇敢な言葉はないかもしれない。
しかし、カメ爺は頑として首を縦に振らなかった。
先に何度も話をした若いオスのカメムシ達の決起した様子はカメ爺にも多少なりとも頼もしくも嬉しくもあった。
しかし、今カメ子が言う、命も惜しくないとは、悲壮感漂う言葉にしか聞き取れなかった。
カメ爺はカメ子には努めて冷静に話をしたが、そこまで思い詰めている事を知りほとほと困り果てた。
すると大勢のカメムシの中から一匹のカメムシが現れた。
それは年老いたカメムシでカメ爺と同じ風格を醸しているカメムシだった。

「困った娘達だな、カメ爺よ」
「おお、ヤンバルか。久しぶりじゃの。元気じゃったか?」
「わしは元気じゃ。そう簡単にくたばったりはせんよ。それにしても命も惜しまず戦いにとは、昔人間の世界で見た特攻隊のようじゃの」

いきなり現れたヤンバルという名のカメムシ。
風体こそカメ爺に似ていたが、そのとげのある物言いは明らかにカメ爺のそれとは違った。
そしてヤンバルはその独特のしゃがれ声で、カメ子とカーメルに向かって怒鳴りつけるように言った。

「おい娘達よ! お前達にはこのカメ爺の心がわからんのか!」


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