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そして座敷の闇が怖くなくなった

「楽園の記憶」の大部分が「懐かしさ」でできているとわかってから、克服できたことがある。――座敷の闇が、怖くなくなったのだ。

何を子供のようなことを、と思われそうだが、田舎の家は無駄に大きくて闇が深い。夕方になると家中のカーテンを閉めてまわるのだが、この時期はボヤボヤしているとあっという間に日が落ちて、家の奥は闇に包まれる。

昔の家というのは、座敷の外側、雨戸の内側に長い縁側がある。我が家にも、雨戸はガラス戸に替わってはいるが、例に漏れず長い縁側がある。

和室二間を抜け、最奥には広い座敷。それら三部屋をぐるっと囲むように伸びる縁側。日が落ちてからカーテンを閉めに行くと、ガラス戸の外も内も暗く、子供の頃から私は、この闇がちょっと怖かった。だから灯りをつけながら部屋を移動する。

だけど少し前、「楽園の記憶」に長く触れていたときに、試してみたことがある。

いつものようにカーテンを閉めようと、和室二間の灯りをつける。そこから縁側へ出る前に、座敷へ目を向けてみたのだ。いつもなら怖くて見ないようにしていた、暗い座敷に。

私が子供の頃、この座敷ではよく人寄せがあった。親戚や親類が集まり、お酒や料理を振る舞い、にぎやかに語り合う。座敷へ続く和室二間にもその日は灯りがつき、飲まない人や飲みすぎた人たちが座敷から離脱して、お茶を飲みながら雑談する。

ああ、懐かしいな――
あの頃のにぎやかさが聞こえてくる。

あれほど怖がっていたのに、気づいたら座敷をしばらく見つめていた。とても穏やかな気持ちで。

座敷以外でも、闇が怖いときはオレンジ色のやさしい灯りで照らしてみる。するとその灯りが、胸の奥にある思い出を照らし、蘇らせてくれる。

「楽園の記憶」のおかげで、闇への怖さを、うまく「懐かしさ」に変えるわざを覚えたようだ。



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