体調不良は自分で治す~泥酔編~
牡牛座は「所有の牡牛座」とも呼ばれるが、私の場合、所有したいのは物質だけでなく、知識や技術もだ。そしてここぞという使いどころで、得た知識や技術をしっかり発揮する知恵がほしい。その最たるものは、やはり健康に関わることだろう。
「体調不良の応急処置は、自分でできた方がいい」と思い始めたのは、生協職員をやっていた二十代前半だったろうか。誰かを助けたいという崇高な願いがあったわけではない。「占いはやってもらうより自分で覚えた方が便利だろう」と思ってタロット占いを覚えたのと同じような感覚だ。
きっかけは出張先での出来事だったと思う。カタログ制作担当だった私は、取材のため果物生産者のもとへ出張した。その夜、広いお座敷でたくさんの生産者さんたちからおもてなしを受けたのだが、これがまあ、いろんなお酒が出てくる出てくる。覚えているだけでも、乾杯ビール、赤ワイン、白ワイン、日本酒、焼酎、ウイスキー、なんだかわからないけど美味しくて強いお酒……
まだお酒の飲み方に慣れていない私は、つがれるがままに飲んでしまった。
そのあと近くにある名物のおそば屋さんでごちそうになったが、すでに人生初のベロンベロン状態で味なんかわかるはずもなく。だけど泥酔しながらも最後まで「仕事で来てる!」と自分に言い聞かせ、乱れないように努めていたことは立派だったと思う。
そこからだ。
私が「自分で治す」に目覚めたのは。
ホテルに帰った私は、「何がなんでも今夜中に回復しなければ」「明日の朝ごはんは何事もなかったように食べなければ」と決意していた。仕事で来てるのに、朝ごはん会場に行けないほどの二日酔いになってはお里が知れてしまう。
酒でフラフラになりながら必死に記憶を漁る。看護師をしていた母が、よく体の雑学を話してくれたのだ。たしか――酔うというのは、血中のアルコール度数が高くなっている状態だと。だから水分をたくさん摂って、アルコールを薄めて、たくさん出せばいいと。
そこから私は、ホテルの水道水か自販機のスポーツドリンクなのか覚えてないが、とにかく飲みまくり、吐きまくり、排尿し――を何度も繰り返し、体内からアルコールを抜くことに専念した。
吐いたあとは塩をひとつまみ口に含んでうがいをするといい、と看護学校へ行った先輩から教えられたことがあった。実際試したことがあったが、口の中がすっきりするし、吐いたあとの脱水予防のためもあるんじゃないかと勝手に思っている。でもさすがに出張先で塩は持ち合わせていない。
翌朝。二日酔いもなく、すっきり爽やか――とはいかなかったが、一応笑顔を浮かべて朝ごはんを食べることはなんとかクリアした。我ながら本当によく頑張ったと思う。
出張から戻り、一部始終を同僚たちに語る。
「チャンポンは悪酔いするから。『私、ビールしか飲めないんです~』とか言って、適当に断れば良かったのに」
酒飲み歴軽く二十年以上はありそうな同僚男性H氏が教えてくれたが、そういうことは出張前に言ってほしかった。
*
それから数年後。お世話になった生協を辞めることになり、私の送別会を開いてくれた年末の金曜日のこと。私の送別会だというのに、新人君がベロンベロンに酔って、お店のひとつしかないトイレから動けなくなってしまった。
しかもベロンベロンの理由は、彼女さんとの結婚を相手の親が許してくれないとかなんとか。私の送別会だというのに。
だけどこのままだとお店に迷惑がかかるし、年末の金曜日なんて超忙しいときに救急搬送なんてことになったら、医療関係の皆様にも大変なご迷惑である。……という考えに至るのは、子供の頃からよく看護師側の苦労話を母から聞いていたからだろう。
とにかくこのままでは周りにも本人の体にも良くないと思い、トイレの新人君のもとへ向かった。私の送別会なのに。
「〇〇君、吐いたら楽になるよ」
「吐けません……」
「じゃあ指突っ込んで吐いてみようか」
「できません……」
「え、なんで?」
「指輪が汚れるから……」
美しい理由だけど、そんなこと言ってる場合か。
「じゃあ反対の指でやろうか」
「できません……」
「なんで?」
「怖くて……」
この直後の私の行動は、お店へ迷惑かけている焦りもあったが、多分、要するに、ちょっとキレたんじゃないかと思う。つまり――新人君ののどに私の指を突っ込んで、吐かせたのだ。
若くて清潔感のある子だからと言い聞かせて、私の指が唾液まみれになることは目をつむった。嘔吐の気配が来た瞬間にすばやく指を抜いたあたりは、自分でもプロフェッショナルだと思う。
無事、新人君を吐かせることに成功。他の同僚たちに介抱を任せて、私は手を洗った。大事には至らず、ベテラン酒飲みのH氏が、新人君を家までタクシーで送ってくれた。
送別会は済んだが、私の出勤日はまだ少し残っている。月曜日職場へ行くと、同僚たちが「すごい!」「えらい!」「よくやったねえ!」と大変に褒めてくれた。
その後、新人君がすっかり恐縮した様子で私に謝りに来た。まったく覚えてないらしいが、みんなが説明してくれたらしい。「送別会なんだからさ」とH氏からもやんわり諭されたようだ。
*
送別会での出来事を母に伝えたところ、てっきり褒められるかと思いきや、
「指突っ込んだときに噛まれる場合もあるから、泥酔相手にやるのは危ないよ」
と、ダメ出しを食らった。
「今度やるときは指にハンカチ巻いてやりな」
アドバイスをくれるあたりはさすがプロフェッショナルである。
もう二度とやりたくないが、飲み会にはハンカチを一枚多く持って行くことにしよう。
体調不良は自分で治す――誰かを助けたいという崇高な願いではなかったのだが、結果的に人助けに繋がったようだ。
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