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父の柿の木

父がまだ子供だった頃から、うちの畑の土手には三本並んだ柿の木があった。いつからか父は私たちに、真ん中の柿の木だけは切るな、と言うようになった。

のちに母から聞いたのだが、職人気質で完璧主義のあの父が、トラクターの運転中、土手から落ちそうになったことがあったらしい。トラクターの下敷きになって命を落としたという訃報を、田舎では時々聞く。だけど父は、運良く柿の木に引っかかって助かったという。

「俺はあの柿の木に命助けられたのだがら。あれだけは切ってダメだがんな」

父の言いつけを長いこと一家で守ってきたのに、かなり枯れてきたということで、結局父みずから三本とも切ってしまった。左右の二本は根本から切られたが、真ん中の一本だけは切り株を長めに残しているあたり、やはり思い入れは強かったらしい。

去年の夏に見たときは、枯れているように見えた長めの切り株から、新芽がいくつか伸びていた。畑を歩きながら、明るい色の葉の初々しさを眺める。

秋になる頃には、そのささやかな新芽たちの茎の部分が、細いながらも木の枝のような姿をなしていた。やがて一丁前に、いくつかの実がつき始める。

「まだまだ細っこい新芽なのに。……細っこいながらも、身の丈に合った実をつけるんだなぁ」

すごいなぁ、と畑でつぶやく。
それに比べて私は……とも。

それからなんとなく、その柿の木に尊敬の念を抱くようになり、時々手を合わせたりしている。――私も今は頼りないけど、頼りないなりに、身の丈に合った、何か実を成せますように。あとまた何か危ないことがあったら、どうか私たちをお守りください、と。

そういえば父がもういないこと、柿の木に言ってなかったな。

もうすぐ夏になる。去年は初々しかった新芽たちも、今では葉をわさわさと茂らせて、ますます一丁前な姿になってきた。

今年は去年よりさらにたくさんの実がなりそうだ。


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