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愛犬との朝の散歩中、ふと向こうに目をやると、畑に母の姿があった。 この時間、母は朝ごはんの支度をしているはず。ということはきっと、朝ごはんの食材をとりに来たのだろう。あの場所はキュウリとミニトマトか。 ――昔、母と交わした会話を思い出す。 私がお昼ごはんを準備しようとしていた、ある夏のことだ。 「あんだ! お昼何作んの?」 「冷やし中華にしようかと」 「よし! ほんじゃちょっと待ってで!」 母はいそいそと畑へ行き、よく育ったトマトやキュウリをもぎ始めた。 「はいこれ
私のパソコンに入っている、小説のネタメモや草稿を整理していたら、なつかしい文章が出てきた。どこに発信するでもなく、荒々しく、ただただ私の言葉を書き綴っただけのもの。 タイトルは「#東北でよかった」――あのときの私が、書かずにはいられなかった思いである。 世の中の皆さんは、「#東北でよかった」をまだ覚えているのだろうか。 元々は時の復興大臣が、震災の被害が「東北でよかった」と失言したことから始まった。 2017年4月25日のことである。 この出来事を受け、Twitterで
久々にたっぷり雪が降り積もったのは、水曜日の夕方からのこと。雪は困るが、あまり暖かい冬というのもかえって不安になる。 しばらくぶりに現れた雪原に、縦断する小さな足跡。 「お、タヌキか? いや違うな、キツネだ」 足跡は美しい一直線を描いていた。 鮮明な爪の跡に『もののけ姫』のアシタカよろしく「まだ新しい」などとつぶやく。 向こうにも小さな足跡。一直線ではない。あちらがきっと、タヌキだろう。 ヒヅメの足跡はない。 夏にはよくカモシカを見たし、我が家の畑は通り道のようなのだ
午前5時50分。 冬至はとうに過ぎたというのに。 まだ夜は明けず、たっぷり真っ暗闇。 まだ眠そうな10歳の愛犬を連れて、散歩コースの畑へ出る。ここまで来れば、愛犬もウキウキと軽い足取り。 かと思えば今度は枯色の草むらへ鼻を押し付け、タヌキの残り香でも追っているのか。 愛犬を待つ間、私は視線を上げた。 ご近所さんちを見る。 これがすっかり癖になった。 庭のセンサーライトがついた。 あちらも今から出発らしい。 ほどなく、庭から小さな明かりが、トントントンとおりてきた。目
私は普段、シルバーのアウェアネスリボンを身につけている。その理由は以前書いたとおり。今でもその思いは変わっていない。 この日仕事を終えた私は、日用品を買うため、職場近くの店に寄った。 メモを見ながら目当ての物をカゴに集め、レジへ並ぶ。ちょっとだけ混んでいて、先頭にいるお客さん1は店員さんにお金を出そうとしている段階。そのあとに続くはずのお客さん2は、カウンターにカゴを置いて、どこかへ行っているもよう。私はその次に並ぶ、お客さん3である。 ほどなくお客さん2が戻ってきた。
我が家の悩みの種、竹。 畑のそばに竹山があり、毎年春になるとタケノコが一斉に侵略してくる。我が家の畑だけでなく、ご近所さんの畑にも。 放っておくとタケノコはあっというまに成長し、何メートルもある竹となる。 去年は母と二人がかりで刈れたからまだいい。今年は私がお勤めに出たため、母が一人で立ち向かった。 だけど母は草刈りや畑仕事にも追われるから、1人では手が回らない。畑に現れたタケノコをやっつけることだけで精一杯で、本拠地である竹山まで手が回らない。 小さい竹山ではあったが
去年の日記を眺めていたら、こんな記述があった。 「13℃!!!」 思わず叫び、日付を二度見した。 (実際は日付かわって29日未明が13℃) 岩手ではお盆すぎたら一気に秋へ傾くのが常。 とはいえ、さすがに13℃は低すぎだが。 今年はいつまで経っても30℃超え。 こんなことは今までなかった。 35℃超えの日だって、私の記憶では毎年一週間ほどしかなく。クッソ暑くても「どうせ一週間で終わる」と思えば我慢もできた。 今年は暑すぎて草刈りも怖い。 「草刈りで命落とすことない」をご
お焼香日。 今年も母と、我が家のお墓へ向かう。 墓地のお隣に住むおばちゃんは、世代的にはおばあちゃんなんだろうけど、とてもハツラツとしたお方。お盆やお彼岸の頃にはいつも、道路沿いの土手の草をきっちり刈っていた。 だけど今年のお盆は違った。 墓地へと続く道の半ばで、母が歩みを止める。 「あぁ……〇〇さん、今年は草刈り、あぎらめだな……」 急勾配の、大きな土手を見つめる、どこか寂しげな母の声。翻ってここぞとばかりにのびのび育つ、青草たち。 勢力が、逆転しつつある。 お
本州で一番寒い藪川(岩手県盛岡市)や区界(岩手県宮古市)ほどではないが、我が家(岩手県一関市)でも先日、ー7℃という凍てつく朝を迎えた。 「おはようさん」 「はいおはようさん! お茶っこ入れっから飲まいん!」 朝、我が家ではまずお茶を飲むことから始まる。 先に起きてヤカンで湯を沸かしていた母。いつもは沸騰するとポットへ入れ、ポットからマグカップへ、マグカップから急須へ入れる。 緑茶に使う湯は、温度が高すぎない方がおいしくなる。我が家ではいつもこうやってマグカップを温めつ
私の小さな農園で育ったカボチャ。 お盆頃からついに収穫が始まった。 これまでに追肥をしたり、子づるを切って整理したり、泥がつかないように干し草を敷いたりとお世話してきたが。 母から「これは茂らせすぎだ」と注意されるほど、つるが伸びまくり、葉も大いに茂った。 そして病気にもなった。多くの葉に白い粉状のものがついたのだ。カボチャ畑の隣で育っていた、母のキュウリも同様だった。母の本によると、通気性が悪くてカビが生えたのだとか。今年はしょっちゅう雨が降ったから、そのせいだろう。
8月13日を待たずに、盆棚に手をつける。去年片付けるときに解体しすぎてしまって、今年は組むときに手こずるだろうと思ったから。 11日の午後、板と棒の束でしかない盆棚を出す。紐をほどいて、一本一本を吟味。祖母と母、それぞれの印が入っているから、それを解読しなければならない。 元々は祖母が組み立て担当で、祖母自身がわかるように印を入れていたらしい。その後母が引き継いだが、祖母の印がわかりづらいからと、母も印を入れた。しかしどちらも黒の油性ペンで書き込まれたので、 「結局なんだ
横浜中華街で手相だか生年月日だかを見てもらったときに、 「あなたは家を守る人」 と言われたことがある。 当時の私は、結婚、同居が決まっていたというタイミング。 「どっちの家のことでしょうか」 質問してみたが、 「あー、んー、だからね、そういうことよ」 返ってきたのは、なんだかよくわからない内容。 次男の嫁なのにわざわざ同居するわけだから、「嫁ぎ先を守る」なのだろうと、そのときは解釈した。だが実家も近かったことから、「嫁ぎ先と実家の両方を守る」なのだろうとも思うように。 離
うちの巣箱で生まれたシジュウカラは、数日前、いつの間にか巣立っていた。 「なんだ、あいさつもしないで」 母が寂しそうにぼやく。 毎日シジュウカラのヒナを狙っていたスズメたちも、ぴたっと来なくなった。 車庫に巣を作って住み着いたツバメたちも、ついに巣立ちのときが来た。卵のカラを見つけた7月3日から、きっかり3週間後のこと。 朝、2階の部屋にいた私の耳に聞こえたのは、すごくたくさんの鳥の声と、母の叫び声。 これは何かあった。 ツバちゃんたちが天敵にでも襲われたか。 慌てて
30℃にとどかない気温。 ほどよく風のある曇天。 チャンスとばかりにあちこちから草刈りする機械音や、草焼きの煙が上がる。 我が家も例に漏れず、この日は母と二人、一日がかりで大きな土手2ヶ所で草を焼いた。 数日前に刈って、すっかり乾燥した草。熊手で集めて火をつけ、それが燃えている間にまた草を集める。 そうやって何個目かの草山を作ろうと熊手を掻いていたとき。私の足元で、土色の生き物がカサカサと通過しようとしていた。 カエルかな? 大きさからそう思ったのだが、腰を屈めてよ